ハイブリッド・ニート ~二度目の高校生活は吸血鬼ハーフで~

於田縫紀

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第10章 ある冬の日に

71 壁

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「殺ったか」

「相談する時間を稼いだだけよ。合流する」

 既にミシェルもこっちに気づいて、向かってきている。

「やっぱり来たね。でも今のうちに逃げた方がいいかもしれない。予想以上に強い」

 それから松戸の方を見て尋ねる。

「今のは?」

「単なる時間稼ぎです。次はおそらく効かない」

 ミシェルも頷いた。

「だろうね。術では向こうの方が遥かに上だ。一度見せたら次は対応されてしまう」

『時間節約のために念話こっちでお話しします。今のが神聖騎士団が召喚した、いわゆる絶対神を称するものですか?』

『うーん、確かに神聖騎士団の召喚した存在なんだけどね。ある意味神より神らしい存在かもしれない』

 ミシェルが肩をすくめる気配。

『神聖騎士団は、僕を召喚んだ時にに失敗した。その失敗は、神に不要な人格を作ってしまったことではないかと考えた。だから今回はより純粋に、力だけの存在を召喚んだ。奴らの教団の物語性から。ああいう見た目になってしまったけれど』

『力だけの存在?』

 ミシェルが頷いた気配。

『本来、神は人間と全く違う道理と常識の世界の存在。道徳も人格もない。人間社会への理解なんてものもない。人間がアリを見て、アリ社会を理解してアリの道徳や人格で行動する事がないのと同じさ。アリにとっても同様で、人間の社会や行動原理なんて理解できない。神と人間なんて元来そんなものだ』

『この世界で信じられたり語られたりする神は、人間こちら側にあわせて変化したものよ。人間がアリを観察して行動様式に合わせて餌を与えたりするようなものね』

 ミシェルと松戸が俺に説明してくれる。

『神とは本質的に人間には理解できない存在だ。今僕が戦っていた存在もまさにそんな存在。強いて言えば目的は、自存在以外の不都合な存在の殲滅。交渉の余地は無い』

『最悪ね』

 松戸はそう言って、自分の長刀をミシェルに渡す。

『私が使うより、あなたが使った方が良さそうだから』

『確かに戦力になるけど大丈夫かい、自分のは』

『他にやる事がありそうだから』

『他に?』

 松戸が頷いた気配。

『ここの土着の神に援助を依頼してみる。少しくらいなら協力してくれると思う』

『大丈夫かい』

『そっちの方が慣れた作業だしね。そろそろまた出てくるよ。戦闘準備はいい』

 俺も刀を取り出して構える。

「来るぞ!」

 目の前の空間が歪んで、敵が現れた。即座にミシェルが斬りかかる。
 惚れ惚れするような太刀筋だ。日本刀の文化圏とは違う育ちの筈なのに。

 長刀の軌跡は、間違いなく敵の肩から右腕を切断した。
 だが敵はそれを意に介せず、左腕をミシェルに向ける。
 すかさずその腕を俺の刀が切断した。

 念のため、すぐにその場を離脱。
 さっきまで俺がいた場所を、何かの波動が薙ぎ払った。
 見ると敵は、ミシェルが斬った筈の右腕を俺がいた場所に向けている。
 見る間に左腕も復活する。
 何だこれは。

『多少のダメージはすぐ復元される。攻撃が通ってもすぐに離脱したほうがいい。あとあの攻撃は受けるな。当たると存在が希薄になり消滅する』

『あんなのどうやって倒すんだ』

『奴は他の世界からエネルギーを送られて、活動や復元をしている。でもそれにも限界がある。エネルギー切れか心臓コアを壊せば、しばらくは出現できなくなる』

『しばらくって?』

『数百年程度』

 つまり心臓を壊すか、斬って斬って斬りまくれという事か。
 かなり厳しい戦いになりそうだ。

 ◇◇◇

 俺とミシェルは、戦い続けている。

 何度も敵を斬った。
 敵の攻撃はまだ、俺にもミシェルにもあたっていない。

 傍目には俺とミシェルが有利なように見えるかもしれない。
 でも違う。
 俺達が苦戦している。

 敵はどんな被害を受けても、すぐに治してしまう。
 こっちは敵の波動攻撃が一度直撃したら終わりだ。

 更にこちらは、いつまでも今の状態で攻撃できる訳ではない。
 いつか疲労や力の使い過ぎによる限界が訪れる。
 まだ俺もミシェルも大丈夫だが。

 勿論敵にも無限の力がある訳ではない。
 でもこのままでは、こっちが先に限界に達する。

 ヒットポイントで例えれば俺が100でミシェルが120程度。
 敵は目の前に見えているだけで1000超えで、正確には未確定。
 なお敵は更に他空間から減ったヒットポイントを補給可能。

 このままではこっちが負ける。このままでは。

 ミシェルの斬撃と俺の斬撃が共同で敵を襲う。
 残念ながら心臓コアは外したが、それでも左腕は切断。

 直後に二人とも逃れ、一瞬後に例の波動があたりを薙ぎ払う。
 今回も何とかそれを避け切ったが、せっかくの攻撃の成果も瞬く間に復元される。

 まだだ、まだ足りない。
 と、不意に何かの衝撃が空間を走った。

『この近郊の土着の神々の助けを借りて、空間を封鎖したわ。もう他の空間からエネルギーを得ることは出来ない。目の前の敵だけを倒せば解決よ』

 同時に敵の力の総量も出る。
 さっきのヒットポイントで例えると、俺が100でミシェルが120、敵は2,200だ。
 まだまだ絶対的な差だが、底が見えただけ進歩だろう。

 そして松戸も剣を抜く。
 今度は少し反りの入った、そしてやっぱり長い長い刀だ。
 全長2mは超えているだろう。

「今度の刀は?」

「祢々切丸。日光二荒山神社の御神刀」

 松戸は八双にその長太刀を構える。
 その構えに不吉なものを感じた。

『相打ち覚悟なんてやるなよ。俺自身の損害無視して助けるからな』

 念のため釘をさしておく。
 余裕が無いので念話で。

『ばれちゃった』

『やりそうな事は想像つくんだよ』

 本当に危ない奴だ。目的意識が生存本能より先走っている。

 今度は松戸が一番先に敵に仕掛けた。
 鮮やかな斬撃は惜しくも心臓には届かなかったが、それでも胴体を深くえぐる。
 すぐに俺とミシェルが追撃。ただどちらも心臓には届かない。

 離脱してすぐ、ミシェルが仕掛ける。
 左手先で防がれたが、代わりに左手が一時使えなくなる。

 そして俺の刀が右手を貫く。
 両手が復元するまでのわずかな隙を松戸が狙う。
 長太刀が確かに心臓部を貫き、付近の肉ごと切り裂いた。
 
 やったか、と一瞬思う。
 念のため松戸を抱えて近くから離脱。

「どうだ」

「だめだ、復元されている」

 ミシェルの声。
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