ハイブリッド・ニート ~二度目の高校生活は吸血鬼ハーフで~

於田縫紀

文字の大きさ
上 下
32 / 78
第6章 みんなで強化しよう!

32 坑内武闘大会、参加決定

しおりを挟む
 ──祭司が生贄を捧げて贖えば、彼の犯した罪は許される

 脚が熱い。焼けるように痛い。霞んだ視界が、ようやく戻っていく。
 ……は?
 何でこんなに人が倒れて何でこんなに風景がおかしくて何でこんなに部屋が荒れて何でこんなに……酷い臭いが……?

 自分の手をみる。液体がべっとりとついている。何が起こった。何が、ああああ脚が痛い太ももなのかなんだこれはあついあついいたいいたい何でこんなことがわからないわからないなにもかもわからない

 目の前に、警察の人が立っている。そう言えば、目の前にたおれてるのもけいかんで、ああ、冷たい目で、俺を見ている。見て、みている。あの、しせんは、なん、で、なんでなんで、こんな

「……さすがに可哀想…………仕事…………悪く……」

 金属音。そこからはわからない。



***



 誰かの記憶が脳内に流れ込んでくる。
 辛苦が、屈辱が、無念が、孤独が、悔恨が、暴力的なまでの感情の渦が意識を侵す。
 俺の口を借り、訴えかけるように嘆きが溢れ出す。

「……どう思う?」

 嫌味な芸術家……名前はカミーユとかいうらしい……んだったっけ……? 彼が見せてきたのは、汚い字で書かれた文章。……彼もロッドみたいに小説を書くのかと思ったけど、どうにも雰囲気が深刻だった。

「えーと、……精神に異常をきたした人が人を殺しちゃって捕まるところ、とか?」

 どう思う? と聞かれても、わからない。
 どんな答えを期待されているんだろう。どう答えれば、いいんだろう。
 俺は……今、「どう思った」んだろう……?

「……やっぱりそう見えるよね」

 意味深な言葉。気になって……気になって? 別に気になってはないけど、でも、この場面は「気になって意図を尋ねるべき」……なん、だよな……?

「どういう意味?」

 感情を伴わない言葉で、「俺」は意図を尋ねる。
 目の前の男は苦い顔で告げる。

「どちらが被害者か、情報だけならわからないのにね」
「え?」
「……彼、脚を撃たれてるの、わかる?」

 その瞬間、思い出したのは、「警察が善とは限らない」という、わかりきっていたはずの現実。……あれ、これは、誰の記憶?
 俺は……誰? キース? 違う、違う、それは「俺」じゃない。俺は……俺の、名前は……ああ、くそ、考えている場合か。
 俺のことなんか、どうだっていいだろ。壊れたものより、壊れていないものの方が大事だ。どう考えたって、優先するべきはそっちだろ。

「……これ、どういう……?」

 感情が「キース」に近づいていく。俺の意識が、緩やかに塗り替わっていく。

「まあ、単なる例文だと思ってよ。……一人の青年の心を、ぼろぼろに破壊し尽くす原理を示してるのかもね」
「……なに、それ」

 以前整理した情報と合わせると、これは、まさか……
 整理? したのか? キースが? 俺が? どっちが? もしかして、あの「資料室」に、何か……?

「……何で、誰も気づかなかったんだろう」
「わかるわけないよ。……この二人以外、現場には誰も……」

 長い沈黙。ようやく破ったのは、カミーユの言葉。

「わかるわけないのに、彼にもわからないのに……「罪」は彼のものなんだよね」

 ああ、でも……
 きっと、それは、
 地獄と呼ぶのも生ぬるいほどの、苦痛だったに違いない。それだけは、理解できる。
 憎いよな。腹が立つよな。……報復したいって、思うよな。

 でも、「俺」は……その感情に耐えられなかった。
 いっそ何もかも忘れてしまいたかった。
 痛くて苦しくて辛くて、その感情に蓋をして、何事もなかったかのような……「いつも通りのローランド」を……守りたくて……

「……案外平気そうじゃない? え? 姿変わってる? 変なこと言わないでよサワ……って、うわあ、ホントだ。さっきの人になってる? なんで?」

 何の話をしてるんだ、こいつ。

「君、誰なの?」
「僕は……」

「僕」は……いったい、誰だったか……

「僕は、キースだ。キース・サリンジャー」

 僕が名乗ると、カミーユはぽかんと目を丸くした。

「あーーーーー!!!! 君が!!!!!」

 ……? なんだ、この反応。

「えっ、本物? っていうか実在の人物だったんだ? 勝手に名前借りて弟のハンドルネームにしてたんだけど、問題なかった? 使用料とかいるなら払うよ?」

 ……何の話だ……?

「あっ、僕のサイン要る? ファン相手でも滅多に描かないし、オークションに出したらマニアに売れるかも」

 こいつほんとにめんどくさいな。コミュニケーション取る気あんのか?
 一瞬浮上した「ローランド」の意識が、「キース」と混ざる。
 そうだ、アドルフ……さん? あの人も困っているみたいだし……話をしたら、何か、変えられる……かも……

 電話が、できたら……何か……

「……それ、貸して」
「携帯? いいけど」

 繋がることを信じて、番号を打つ。「俺」は知らなくても……「僕」は知って……ああ、駄目だ、これだと、まずい。また、「キース」に乗っ取られ……

「アドルフ、レヴィについて聞きたいことがある。冤罪事件の被害に遭ったっていうのは本当か?」

 ……なぁ、「僕」。これは、知っていいのか。
 僕は、間違ってないんじゃないのか。
 僕は……正しいはずなんだ。
 分かって欲しい、ローランド。僕は……僕は、正義を貫くために行動したし、今も行動している。信じてくれ。僕は間違ってないんだ。

「……俺だけは、信じてやるべきだったよ」

 電話の向こうで、アドルフさんはぽつりと呟いた。
 僕は……「俺」は……その辛さと、ほんの少しだけ似た感覚を知っていた。
 ……俺だけは、嘘にしちゃいけなかった。俺だけは、あの時間を真実だと証明しなきゃいけなかった。

 電話機が手のひらから滑り落ちる。

 なあ、ロッド。妄想なんかじゃないよ。本当は、忘れてほしくもない。
 でも、仕方ないだろ。なっちゃったんだから。

「……あれ? やっぱり大丈夫じゃなさそう? えっ、地雷どこ?」

 ……くそ……痛いなぁ……。

「精神的につらくなったら血まみれになるパターン? 心の傷がそのまま反映されてるとか? ちょっ、ホントに大丈夫!? 僕も人のこと言えないけど見た目結構グロいよ!?」

 声が遠い。誰が何を叫んでいるのか、よくわからない。

「いやでもそうだよね。僕も他人から見たら惨殺死体なわけで……どうしよう興奮してきた」

 ……本当に何を言ってるんだろ、こいつ……。
 視界が揺れる。世界がぼやけては砕け、真っ暗になっては真っ赤になって……やがて、何もわからなくなる。

「おいおい大丈夫かい? ひでぇモンだな。ズタボロじゃねぇか」

 ……これは……子供の……声?

「あっ、レニーさんだ」

 誰、だ……?

「ちょいとした気まぐれだが……協力してやろうか?」

 ぐにゃぐにゃと歪んだ視界の中、エメラルドグリーンの瞳が光る。
「どうして?」……と、俺の思考を察したのか、少年はにししと笑ってみせる。

「さっきも言ったろ。ただの気まぐれさ」

 指先でコインを弾きながら、少年は笑う。

「面白そうな場所を見つけちまったんでね。こうなりゃ、楽しまなきゃ損だろ?」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

手が届かないはずの高嶺の花が幼馴染の俺にだけベタベタしてきて、あと少しで我慢も限界かもしれない

みずがめ
恋愛
 宮坂葵は可愛くて気立てが良くて社長令嬢で……あと俺の幼馴染だ。  葵は学内でも屈指の人気を誇る女子。けれど彼女に告白をする男子は数える程度しかいなかった。  なぜか? 彼女が高嶺の花すぎたからである。  その美貌と肩書に誰もが気後れしてしまう。葵に告白する数少ない勇者も、ことごとく散っていった。  そんな誰もが憧れる美少女は、今日も俺と二人きりで無防備な姿をさらしていた。  幼馴染だからって、とっくに体つきは大人へと成長しているのだ。彼女がいつまでも子供気分で困っているのは俺ばかりだった。いつかはわからせなければならないだろう。  ……本当にわからせられるのは俺の方だということを、この時点ではまだわかっちゃいなかったのだ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

素材ガチャで【合成マスター】スキルを獲得したので、世界最強の探索者を目指します。

名無し
ファンタジー
学園『ホライズン』でいじめられっ子の生徒、G級探索者の白石優也。いつものように不良たちに虐げられていたが、勇気を出してやり返すことに成功する。その勢いで、近隣に出没したモンスター討伐に立候補した優也。その選択が彼の運命を大きく変えていくことになるのであった。

男女比が1対100だったり貞操概念が逆転した世界にいますが会社員してます

neru
ファンタジー
30を過ぎた松田 茂人(まつだ しげひと )は男女比が1対100だったり貞操概念が逆転した世界にひょんなことから転移してしまう。 松本は新しい世界で会社員となり働くこととなる。 ちなみに、新しい世界の女性は全員高身長、美形だ。 PS.2月27日から4月まで投稿頻度が減ることを許して下さい。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...