ハイブリッド・ニート ~二度目の高校生活は吸血鬼ハーフで~

於田縫紀

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第5章 嵐の前に

29 君と食べよう食べられよう⑴

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 長い事情聴取が、やっと終わった。
 歩く気力もなかったので、ふらふら空中飛行して自室に帰る。

 俺の部屋の玄関ドアを開けると、先客がいた。
 台所で何やら料理をしている。

 誰かは、確認するまでもない。
 綾瀬だ。

 綾瀬が俺の部屋に勝手に出入りするようになった原因は、悪夢の合宿1回目。
 『何ならたまには(料理を)作ってやってもいい』と言ったのに、ついつい礼を言って認めてしまった。
 これが全ての間違いだ。

 今ではそれを言質に、3日に1回は俺の部屋に出現する。
 しかも勝手に俺の部屋のシャワーを浴びていたりする始末だ。
 曰く『私の部屋は最上階だから水圧が低くてシャワーの出が悪い』との事。

 何この犯罪感漂う生殺し状態。
 確かに料理はすごく美味しいんだけど。

「今日のメニューは何」

 匂いで分かっているけれど、聞いてみる。

「簡単に食べられるようにカレーにした。佐貫疲れていそうだから」

「助かる。ありがとう」

 礼は言う。感謝しているのは事実だし。
 生殺し状態はおいておいて。

「でも食費大丈夫。何ならお金払うけど」

「なら明日、買い出しにつき合って欲しい。佐貫カードある」

「VISAの学生用なら一応」

「なら助かる。何処へ行っても使える」

 つまりカードしか使えないような海外まで、買い出しに行く訳だ。

 松戸に色々教えられて、綾瀬も色々海外の店を知ったようだ。
 でも海外へ行くたび、お金を換金するのは効率が悪い。

 しかし高校1年生の癖にカードを持ち歩いているのなんて、海外帰りの松戸くらいだ。
 あぶれ女子合同の『海外お買い物ツアー』も、松戸のカードで支払って、後で明細を確認して松戸に現金で返すのが通例だ。

 でも俺は元の年齢と経歴から、一応自分名義で親父払いのカードを持っている。
 もちろん俺の経歴は皆には内緒だ。
 委員長辺りは俺の色々を知っているかもしれないけれど。

 食事が完成したらしい。
 綾瀬が皿2つを持ってやってくる。
 手伝おうかと俺が立ち上がりかけると。

「大丈夫、佐貫は座っている」

 との事なのでおとなしく待つことにする。

 今日の料理はカレーとサラダ。ドリンクは冷たい麦茶。
 カレーはいわゆる日本風のカレーライス。

 カレーの上にはついでにハムエッグが乗っている。
 変な組み合わせに見えるが、これが結構美味い。
 卵の半熟な黄身を潰して食べてもいい。
 ハムとともに、やや焦げ気味のところをカレーと食べても、また美味い。

「いただきます」

 2人で唱和してテーブル代わりのこたつ台で2人で向き合って食べる。
 カレーが美味い。
 いわゆる日本風のとろみが強くご飯によく合うカレー。

 ただ綾瀬謹製なので、色々所々凝っている。
 例えば柔らかくてスープにも味が出ているのに、何故ka煮崩れていない肉とか野菜。
 市販品ではありえない位、空腹感をえぐる香り。

 工夫は色々あるんだろうけれど、俺はその全貌を知らない。
 ただわかるのは、このカレーが圧倒的に美味い事だけだ。

 綾瀬が俺より先に2杯目に入る。
 こいつは俺よりはるかに小さいのに、食べる量は少なくないし、食べる速さも早い。

 あぶれ女子組皆そうなのだが、それぞれ食べた分はどこに消えているのだろう。
 特に綾瀬。
 そんなに入る場所があるように見えないのだが。

 まあこいつは、食べても太らない幸福な体質なのかもしれない。
 精霊みたいなものらしいからな。

 負けじとおれもお代わり、2杯目突入。
 ちなみに2杯のお代わりは既定路線らしい。
 だから、ちゃんとハムエッグもついてくる。

 2杯目をゆっくり食べると、ほぼいい感じに腹いっぱい。
 ちなみに綾瀬は2杯プラス半分食べている。
 3合炊き炊飯器で目いっぱい炊いた飯が、完全消滅状態だ。

「ごちそうさま、今日も凄く美味しかった」

 本当の事なので礼は言っておく。

「そう言ってくれると作り甲斐がある。独りで食べるより美味しい」

 そう言ってくれると、こっちも嬉しい。

 ちなみに片付けも基本綾瀬が一人でやる。
 前に手伝おうとしたら、止められた。
 自分一人の方が早いし楽との事。
 少し申し訳ないが、まあしょうがない。

「片付ける間先にシャワー浴びてて」

 聞きようによっては危険な台詞だ。
 実態は単に効率を考えてだけれども。
 後で私が入るから、先に入って邪魔をするなというだけの。
 なので素直に従い、着替えを持って洗面所へ。

 ◇◇◇

 着替えた俺と交代で、綾瀬が洗面所へ。
 問題はここからだ。

 綾瀬は髪が乾くまでの間、あられもない姿でこの部屋をうろうろする。
  ○ 髪をドライヤーで乾かすのは髪が痛むので嫌
  ○ タオルでまとめると変な癖がつくので嫌
  ○ 濡れたまま服を着ると服が濡れるのが嫌
との事なのだそうだ。

 つまり綾瀬が風呂から出た後、髪がある程度乾いて、服を着て、自宅へ消えるまでの間が、俺の生殺し時間タイム
 または犯罪者の気分とともに、己の内なる衝動に震える時間タイムだ。

 同級生の虎男勝田君あたりにこの話をすれば凄くうらやましがるとは思う。
 しかし実際は、全然うらやましいものじゃない。

 でも料理のお礼もあるし、強くは言えない。
 前にそれとなく言ったら『合宿で全部見られているし問題ない』と断言された。

 つまりは俺に燃え尽きろということですか。
 まあ綾瀬にそんな気はないだろうけれど。

  ◇◇◇

 テレビもつけた。
 漫画も準備。
 ノートパソコンもブラウザ開いていつでも閲覧OKだ。

 なおノートパソコンのカメラは物理的に塞いだ状態。
 これはまあ念の為って奴だ。

 すべての準備が整った!
 と思ったらシャワー音が止まった。
 危険時間は近い。

 まず俺はパソコンに向かう。
 とりあえず某有名ポータルサイトのニュース画面を開いて、今日のニュースを確認。
 神聖騎士団西欧支部壊滅なんてマイナーすぎる記事は、何処にも載っていない。

 洗面所の扉ががらりと開いた。
 髪をふきふきしながら対象が出てくる。

「今日もシャワーありがと」

「いえいえ」

 生返事。
 意識を向こうに持っていかれないように。

 綾瀬てきは部屋の端の大鏡に向かって移動。
 髪をブラッシングしながら乾かしている様子だ。

 俺はネットに形だけでも集中する。
 今日の株価は3円安か、うむうむ。
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