ハイブリッド・ニート ~二度目の高校生活は吸血鬼ハーフで~

於田縫紀

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第5章 嵐の前に

28 嵐の先触れ

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 夏の終わりは物悲しい。
 最初にそう言ったのは誰だろう。
 そんな事を思いながら、俺は早朝の他間ニュータウンを飛行していた。

 ちなみに俺はどうかというと、夏休み終わりが悲しいのが半分。
 余分で危険な出来事にあわないで済むのでほっとするのが半分だ。

 なにせ女子あぶれ者の夏合宿、第2回目まで開催されてしまったのだ。
 面子は全く同じ。内容も全く同じ。
 最終日夜の開放タイムまで全く同じだ。

 今回は他人に剥かれるのだけは回避した。
 燃え尽きて灰になるのは、回避できなかった。
 自分の未熟さが悲しい。

 しかし健康な高校生男子なら当然だろう。
 元中年でも若返ってしまえば、身体上は高校生男子だ。

 今日は、虎男勝田君の部屋で開催された、宿題丸写し大会の帰り。
 各自で分担していた宿題を相互に見せて写し合う、健全で効率的な文化交流だ。

 俺の担当は数学ドリル後半。
 苦手にしている奴も多いが、文章題中心の後半は問題数が少ないので実は楽だ。
 少なくとも計算問題5問よりは、文章題1問の方がいらいらしないで済む。

 効率的な宿題丸写し大会が終わって、のんびりと家路へと飛行中。
 俺の視界に、ふと俺と同じ位の飛行物体が写った。
 速度はかなり速い。
 俺の全速と互角かそれ以上。

 誰だろう。
 俺の知っている中には、該当する飛行性能を持つ者はいない。
 それに見え方が変だ。妙に姿がかすれたりボケたりしている。

 方向は、学校へ直行コース。
 俺も速度を上げ、飛行物体の後を追う。

 飛行物体は俺が後を追い始めると、ゆるい弧を描いて進路を変る。
 俺を誘うかのように速度を落とし、この辺りで一番高い福笑書店のビル屋上へ着地。
 無論俺も高度を上げビル屋上へ。

 見知らぬ顔の少年が、コンクリの出っ張りに腰を下ろしていた。
 少年というか、今の俺の外見年齢と同じくらいの年恰好。

 くすんだ金色の髪。鼻筋の通った典型的な白人系の顔立ち。
 身長は俺よりやや高いから、175cmくらいだろうか。
 中肉中背。学校では見ない顔だ。

 彼は俺を見て笑いかける。

「ここへ来れば会えるかと思って来たのだけれど、思った以上に簡単に会えたね」

 親しげに話し出すが、俺はこいつを知らない。

「いきなりだから用心するか。まあそうだろうな」

 俺の耳に、遠くでかすかに緊急警報が鳴っているのが聞こえる。
 空耳ではない。学校の警報音だ。

 学校の指揮所では騒ぎが起こっているだろう。
 でも先遣隊がここへ来るのは時間がかかる筈だ。
 空間歪曲を利用した障壁が、この周辺に展開中だから。

 勿論それを行っているのは、目の前の見知らぬ彼だ。
 しかも隠蔽障壁まで展開しれている。
 これでは、この場所を突き止めるのも困難だろう。

「安心してくれ。僕は君達の敵ではない」

 天眼通は、彼が言っている事は嘘ではないと判断している。
 ならこいつは何者だ。
 俺はまだ体勢を崩せない。

「用心深いな。まあ仕方がないな。でも僕は単に君に会いに来ただけなんだ。僕と同じく作られた者である・・・・・・・・君にね」

 とっさに最大限の警戒態勢。
 天眼通の権限を拡大して、彼が示す言動すべてを診断し予測する。
 攻撃の気配はない。

 彼は俺より能力的にははるかに上。
 俺の天眼通がそう告げているし、気配だけでもそれは明らか。

 俺が使えない空間制御能力等を持っているだけではない。
 絶対的なスペックが違いすぎる。

「そんなに警戒するな、って言っても無理だろうな。折角君と話すために、日本語をマスターしたのだけれど」

 天眼通の全ての分析結果が、彼に敵意は無いと伝えている。
 俺もそれはわかっている。
 それでも俺は、警戒を止められない。

「まあここには守るべき者が大勢いるから無理もない。ならば朗報を一つプレゼントしよう。神聖騎士団の西欧支部は壊滅した。騎士団はもうここに構う余裕はない」

 とんでもない情報をあっさりと告げる。
 そしてその言葉の意味するものは。

 思い浮かぶのはある名前。
 計画の名前にして存在の名前。

「あんたは、誰だ」

 思わず歯を食いしばる。

 彼は何もしていない。
 ただそこに在るだけだ。
 それだけで凶悪なまでの圧迫感を感じる。

 それは俺と彼との現在いまの力の差。
 そして、もともとの存在の在り方の違い。
 やがて高みを目指せるようにと、手の届く材料から作られた俺と。
 はじめから高みに在る者として作られた、彼の。

「僕は僕だ。名前はまだ無い。作られた器としての名前はあったけれどさ」

 天眼通や彼の言葉は、ある名前を訴えている。
 それでも俺はその名前を見ない。
 その名前が意味する存在ものを目の前に感じているのに。
 彼は俺の目を見て、穏やかな口調で告げる。

「安心していい。神聖騎士団によるアダム・カドモンこと原初の人間創造計画は失敗した。僕が全てを消去した」

 決定的な一言。

 彼こそはおそらくその計画の成果。
 ただ神の似姿アダムは、教団の意志を良しとはしなかった。
 だから彼には今は名前が無い。

 作られた存在ものとしての名前は、彼自身が否定した。
 だから名前が無いままやってきた。
 同様に人間の被造物である、俺に会う為に。

 彼は親しげな笑みのまま話を続ける。

「同じ作られた者でも、僕と君とはずいぶん違うんだな。もっとも戦う気は無い。それに本当はあまり会わない方がお互い幸せなんだろう。それでも君と会って良かった。安心出来た。作られた者でもこの世の幸せは謳歌できる。それを確認できたから」

 それが本心だというのが、俺にはわかる。
 それでも俺は動けない。
 声すら彼にかけられない。

 彼は立ち上がる。

「さらばだ兄弟!もう会う事はないと思うが、お互い幸せになろう」

 彼はそう言って、次の瞬間姿を消した。
 同時に付近に張り巡らされた各種障壁が解除される。

 でもその後しばらく、俺は動けなかった。
 指揮所の守谷の必死の呼びかけにも、簡単な返答がやっと。
 先遣隊の柿岡先輩と神立先輩が来るまで動けなかった。

 膝が震えていること。
 口が乾いて声も出にくいこと。
 それに気づいたのも、全て終わった後だった。
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