ハイブリッド・ニート ~二度目の高校生活は吸血鬼ハーフで~

於田縫紀

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第3章 神聖騎士団の襲撃

19 獣の伝説

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 その能力とは、相手の血を吸う能力のちょうど反対の能力。
 自分の力を相手に分け与える能力だ。
 やり過ぎると相手は俺の単なる奴隷になるが、ある程度までなら自分の意思を持たせたまま、俺の体力や能力を分け与える事が出来る。
 例えば治癒能力とか。

 委員長への吸血がきっかけで、その能力が目覚めた。
 そして俺は気づく。
 この能力なら委員長を助けられる。
 方法はもう、俺の脳裏に既にある。

 俺は吸血を中止し、口を離す。

『ん、何。せっかく気持ちよかったのに』

『悪いな委員長、最後まで思い通りにさせる気はない』

 そう俺は委員長に告げて、そして次の瞬間委員長の唇を奪う。

『ん、んんんんん、何を……』

 問答無用だ。
 唇から唇へ、俺の力を委員長に注ぎ込む。

 委員長もすぐに抵抗をやめて、おとなしくなった。
 順調に力が送られているのを確認しつつ、俺は思う。
 さて、これからが問題だ、と。

 委員長の身体、よく生きていたなと思う位にボロボロになっている。
 槍のようなもので刺された跡が何カ所もある。
 右手に至っては、もう原型をとどめていない。
 足も似たような状態だ。
 要は無事なのは首から上だけ。

 しかし、まだ生きている。
 だから可能性はある。
 これを全部修復して、かつ委員長の体力が回復するまで、俺の体力が持てば。
 勿論持たない場合は双方共倒れ、って訳だけれども。

 いいじゃないか、上等だ。
 どうせ委員長に助けられたんだ。
 だったら逆に委員長を助けるのに全部使って何が悪い!
 俺は全力で委員長に力を送り続け……

 ◇◇◇

 ドラマや小説の中でよくある、『目を開けたら白い天井でした』という話。
 今の俺が体験しているが。まさにそれだった。

 何処かはすぐわかる。
 ここは学校の保健室だ。
 周りに貼ってあるポスターで一目瞭然。
 そして視界の端に、向こう側を向いて事務机に向かっている人物でも。

 お世話になったのは初めて。
 しかし視聴覚室でついさっき会ったばかりだ。

 そう、部屋にいたのは学校医の馬橋先生。
 見かけは20代後半のゆるふわOL系。
 でも噂では校長より年上で、この学校最年長との事だ。

「あら、意識が戻ったようね」

 馬橋先生はデスクワークをしながら、こっちを見ずに言う。

「ええ。委員長は」

 ふっ、と馬橋先生が笑った気配。

「柏さんならとっくに全快したわよ。佐貫君が目覚めるまでいるって煩いから叩き出したわ。ついでに様子を伺っていたクラスメイトは全員本日出入禁止。うふ、好かれてるわね、皆に」

 何やら余分な情報もあるが、気にしてはいけない。

「じゃあ委員長は無事なんだな。怪我とかは」

「大丈夫。ちゃんと傷も全部塞がっています。さすが吸血鬼の再生能力ね」

 あ、何か色々気づかれているような。
 さすが学校最年長(噂)。
 馬橋先生はくるっと椅子を回してこっちを向いた。

「怪我とかよりも、むしろその後の心配をした方がいいんじゃないかしら」

 え、何のことだ。
 そう思いつつ何の事かわからない俺に、馬橋先生は悪戯っぽく笑う。

「身に覚えは無いかな。お姉さんも妬けちゃう位、柏さんを情熱的に抱きしめてディープキスしている状態で発見されんだけどね。まあ皆に対しての言い訳は、今から考えておいた方がいいわよ。きっと明日は大変ね」

 おい先生、待ってくれ。
 それはヤバすぎる。

「……参考までに目撃者は」

「人の口に戸は立てられないという諺、君に送ってあげる」

 あ、これあかん奴だ。
 教室内、いや学校内での俺の立場、死んだ。
 チーン。

「さて、若い子をからかうのは、これくらいにして。ちょっと事情を聴いた柏さんから、気になることを聞いたんだけどね。佐貫君にも質問するけどいいかな」

 馬橋先生はこっちを向いて、足を組んだ姿勢でそんな事を言う。
 その姿勢、スカートの奥が大変危ないんですけれど……
 でも見えるようで見えないんだな、これが。

「じゃあ質問その1。アダム・カドモン計画って知っている?」

 うーん、何かヒキニート時代、ゲームか何かで聞いたような。

「アダム・カドモンって確か、神の似姿としての原初の人間だっけか」
 馬橋先生は頷く。

「正解よ。神の似姿という事は、あと知恵の実と命の実を食べれば神と同等の力を得ることが出来る。要は神と同等の存在をつくる事。それが神聖騎士団のアダム・カドモン計画よ」

 彼女はそう言って、俺に視線を合わせる。

「質問その2.神聖騎士団言うところの悪竜とかビーストって聞いたことがある?」

 聞き覚えがある。
 俺は思い出して答える。

「何かさっきの戦いで、神聖騎士団のおっさんがそんな事を言っていたような」

「柏さんはもうちょっと良く覚えていたかな。騎士団の儀典祭司が佐貫君の事をこう言ったってね、『悪龍に力を与えられし憎きビースト』って」

 そう言えばそんな事を言っていたような気もする。

「ちなみにビーストは、黙示録に出てくる悪魔軍の中心的な存在よ。神殿騎士団をはじめとした狂信的な一神教系秘密結社等では、自分たちに立ちふさがる最強最悪の存在の一つとして認識している」

 俺はそんなに強くないけれどな。
 模擬戦でも能力ありだと委員長に勝てないし。

「さてここからは昔話。私の独り言みたいなものだから、聞いても聞かなくてもいいわ。知っている人も限られる。この学校だと校長位かな、知っているのは。何せ数百年以上前の話だからね」

 という事は、少なくとも馬橋先生の年齢はそれ以上、ということか、ふむ。
 という俺のくだらない思いとは全く関係なく、彼女は語り始める。

 ◇◇◇

 いつ、とは年代をはっきりさせないけれども、危険な時代があった。
 中世にあった魔女狩りみたいな事が、優生学とか人種差別と混ぜ合わさって、迫害の渦を広げていた時代が。

 その時代でもこの国は、大勢の亡命者を受け入れていたの。
 亜人や錬金術師に対する迫害があまり無かったからね。一神教系の国々と違って。
 そういった中には、普通に社会に溶け込んでいた人もいたし、空間的に隔絶した離れ里みたいなのを作って移住した人もいた。

 その中に、神聖騎士団から逃げ出した錬金術師がいたの。元研究者だったけれど、騎士団の急進的な考えについて行けなくなったという理由で。
 そして彼はアダム・カドモン計画に加わっていた一人だった。もし計画が成功したら、信者以外は千年王国ミレニアム到来のために滅ぼされてしまうのではないか。そう恐れていた。

 しかし真のアダム・カドモンが完成した場合、対抗できる人間や武器は存在しない。
 だから彼はアダム・カドモンに対抗できる存在を作ろうと考えたの。
 一神教の国にはないけれどこの国にある、妖怪や八百万の神、更には逃げ込んできた人々の遺伝子を組み合わせる事によって。

 彼は最強と思われる因子の組み合わせを、片っ端から試してみた。
 ほとんどの組み合わせは失敗した。
 受精できなかったり、受精しても胚にならなかったり。

 しかしある日、彼はついに研究を完成させた。
 東洋の最強種のひとつである龍神と、西洋の最強種の一つである吸血鬼の雑種ハイブリッドの胚を。

 それは多種多様な能力と、不死で強靭な肉体、更には様々な能力を取り込んで成長し、アダム・カドモンを超えうる可能性を持った存在になる筈だった。

 しかし彼とその研究成果は、ある日突然姿を消した。
 神聖騎士団をはじめとする一神教系の秘密結社に襲われたとも、協力者によって姿を隠したとも伝えられている。
 以来彼と彼の研究成果、神をも超えるビーストの所在はわかっていない……

 ◇◇◇

「あくまでも伝説みたいなもの、だけれどね。知っている人も少ないし、知っていても本当だと思う人はもっと少ない、単なるお話よ。それでも神聖騎士団や類似する一神教系統の秘密結社は、今でもビーストの存在を信じているし恐れている。数百年経った今でもビーストの所在を探している。この学校を定期的に襲っていたのもそのためよ。まあ他にも理由はあるけれどね」

 話はわかる。しかし疑問もあるので、効いてみた。

「随分お詳しいですね、神聖騎士団の事まで」

「現状認識が出来る能力者がいるのよ。だからお互い隠し事は出来ないの」

 なるほど。俺は納得する。

「まあ今のはあくまでも余談。参考程度で十分よ。かつてそんな物語があった。それだけの話。それで君自身がどうこう考える必要は無いわ。あと柏さんの身体は異常なし。眷属化とかも無いから安心して。もっとも責任を取りたかったのなら別だけれども」

 ぷるぷる、俺は首を横に振る。

「君の身体も異常なし。生命力を使い過ぎて気絶していただけよ。だから起き上がれればもう大丈夫。歩けるならもう帰っていいわ」

 お許しが出たので俺は起き上がる。特に異常は感じられず。
 両手を動かしてみる。異常なし。
 ベッドから出て立ち上がる。

「あ、取手先生から伝言。今日も授業休みだから、そのつもりでって。まあ授業あるなら夜休みの時間だけどね、もう」

 そんなに寝ていたのか。
 時計を見ると針が12時を指していた。
 
 外が暗いところを見ると、昼では無く真夜中の12時だろう。
 俺は馬橋先生に礼を言って、そして部屋を出る。
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