ハイブリッド・ニート ~二度目の高校生活は吸血鬼ハーフで~

於田縫紀

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第2章 この世の果てに会いに行こう

15 泣きたかっただけなんだ

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 あの後、¥。
 俺の身体能力が何処まで上昇しているかを、軽く試してみた。

 まず動きや筋力そのものが、かなり上がっている気がする。
 比較対象が無いのでよくわからないけれど。

 それと、何故か飛べるようになっていた。
 飛行可能時間は短そうだが、それでも大きな進歩だ。

「もういっそ、委員長に乗っ取ってもらったまま、特訓した方が早いんじゃないか」

「ん、疲労感と痛覚を佐貫に残したままならやってもいいよ。極限まで追い込んであげる」

 それはさすがに……
 OKするのはマゾな奴だけだろう。

「……やめておきます」

「ん、それでよし。じゃあ綾瀬の作業が終わったら帰るよ」

 という訳で約30分後。再び綾瀬の能力で、俺達は通常の場所へと帰還。
 たどり着いたのは松戸の部屋の前。
 ちなみに松戸は伸びたまま。なので俺が抱えている。

 触れている部分が熱く感じられてドキドキものなのだが、態度では見せない。
 顔も確かに整っていて美人だし、細いけれど胸もしっかりある。
 虎男勝田君の言う通りだ。奴めよく見ているな。
 
 綾瀬が玄関内に瞬間移動して扉を開け、俺達は中に入る。
 とりあえず松戸をベッドに寝かせて、これでようやく一安心。

「ん、じゃあ起こそうか」

「その前に床の掃除」

 綾瀬に指摘された。
 そうだ、戦闘前に移動ミスにより、土足でこの部屋に入ったのた。

 幸いこの部屋には絨毯とかは無く、床は単なるフローリングのみ。
 なので委員長がどこからともなく見つけてきたホウキで掃いて、俺が雑巾がけ。
 10分もしないうちに掃除は終わる。

「ん、じゃあ起こすよ。いいね」

 俺と綾瀬は頷く。
 委員長は松戸の顔の上に軽く手を当てた。
 一瞬何か手が光ったかなと思うと、委員長は手を戻す。

 松戸のまぶたが、数回けいれんするようにひくひく動いた。
 何回か瞬きして、そして彼女は目を開ける。俺達の方を見て上体を起こし、頷いた。

「失敗したのね。私」

 俺、綾瀬、委員長の視線が彼女に集まる。
 綾瀬が首を横に振った。

「松戸さんは多分、誰かに止められたがっていた」

 彼女は微笑む。

「どうしてそう思うの」

「ヒントを出し過ぎた。今以上の抵抗だってできた筈。それに最後、動きを止めた委員長を集中攻撃すればこうはならなかった。きっと気づいていた筈」

 委員長も頷く。
 松戸さんは小さく、ため息をついた。

「これから私をどうするの」

 綾瀬が委員長に視線を送る。
 委員長は頷いて、口を開いた。

「ん、どうもしない。でも委員長としては毎日学校に通ってくれれば嬉しいかなあとは勝手に部屋に入ったからその件について許して欲しい。そんなところ」

 松戸は意外そうな顔をした。

「わかっているの。世界を無くそうとしたのよ。一人二人を殺そうとしたんじゃない。最低でもこの世界の全員を道連れに……」

 委員長は軽く首を横に振る。

「ん、私はそうは思ってない。松戸さんはね、ただ」

 委員長は松戸さんと視線をあわせる。

「泣いていただけ、泣きたかっただけ……違うかな?」

 松戸さんの動きが止まった。
 長いような、でも多分短い沈黙の後。

 彼女は泣きだした。声をあげて、大声で。

 ◇◇◇

 3人でマンションから出て、歩いて行く。
 松戸さんと同じ建物の住民の筈なのに、綾瀬もついてきている。
 どうも途中まで見送るつもりのようだ。

「ん、やっぱりはっきりさせようかな」

 委員長はそう言って立ち止まる。
 しかし何だろう、はっきりさせるというのは。

「佐貫、ひとつ聞くけれど、私が怖くない。もしくは嫌じゃない」

 どういう意味だろう。
 わからないから、取り敢えず素直かつ若干茶化して答えてみる。

「腕力的には怖いよな。まだ勝てる気がしない」
 
「ん、そうじゃなくて。だって私、本気になれば表層思考を読めるんだよ。それにさっき佐貫の身体を乗っ取ったから深層意識までひょっとしたら見ているかもしれない。そんな私が嫌じゃ無い」

「いや、だからしょうも無い物をお見せして、申し訳ありません」

「じゃなくて。本当に私が嫌じゃ無いの? 心を読まれたかもしれないんだよ」

 それでやっと、委員長が言いたい事が、少しだけわかったように思えた。
 ならば、だ。
 頭の中で文章をまとめる。

「嫌なのはむしろ心を読んだ方だろう。汚い面とか考え方とかを、無理矢理見せられるんだから。だから委員長が俺を嫌だとか嫌いになったとか言うのなら、理解出来るし謝る。それでも嫌だというならここから出て行くし。でもそれで俺が委員長の事を嫌だと思うのは筋違いだろう。違うか」

 委員長は硬直したように動きを止めた。
 あれ、何か不味い事を言ってしまったかな。
 何か涙目になっているし。

 駄目だ、俺の頭では何が悪いか、もう判断つかない。
 なら正直に謝ってしまうしかない。

「ごめん委員長、俺、何か悪い事を言ったか。だったら……」

「ん、佐貫のせいじゃない」

 そう言いつつも、委員長は明らかに泣いている。
 挙げ句の果てに、上を向いたり目をぱちくりさせたり。

 綾瀬は黙って俺達2人を見ている。
 そして2、3分程度経ったろうか。

「ん、あのね。私がクラスの皆から何となく避けられているの、気づいている?」

 何となくは気づいていた。
 でもそう答えるのも何だろう。

「腕力のせいか」

 予想された委員長チョップはやってこない。
 これは委員長、重症のようだ。

「ん、避けられている理由のひとつはね、私の能力のせい。人の表層思考を読み取る力のせいなの。誰だって、人に見られたり、気づかれたりするのが嫌な事ってあるじゃない。
 そして私はその気になれば、それを視る事が出来る。更にその気になれば佐貫君にやったように、身体を乗っ取って、深層意識まで含めて全部見たり感じたりする事が出来る。私は佐貫君にそれを全部やったんだよ。それでも佐貫君は、私を嫌だとは思わない」

 うん、重症だな。
 俺はちょっとだけ怒りを覚える。
 委員長にでは無く、その不特定多数のクラスメイトやらに。

「嫌な思いをするのは委員長の方だろ。見たくも無い人の嫌な部分を見せられて。だから俺のその辺を読み取った事で、委員長が俺を嫌になる事があっても、俺が委員長を嫌だと思うのは筋違いだ、違うか。それに委員長だって、よほどの必要がなければ思考を読むなんて事はしないだろう。さっきだって、そうしなければ勝ち目が無いのに委員長、躊躇っただろ。そういう意味で、俺は委員長を信じていいと思っている。文句あるか」

 何とか言いたい事は言えた。
 でも反応はどうだ?

 あ、逆効果だったかも。
 委員長、また泣き出した。
 今度は本格的にしゃがみ込んでまで。

 不味い事を言っただろうか。
 ちらっと俺は綾瀬の方を見る。

 よかった、非難しているような視線では無い。
 むしろ大丈夫、って感じで頷いてくれた。

 でもこの後どうしよう。
 泣いている女の子を相手にする方法論、なんてのは非モテニートには無い。
 綾瀬はそれ以上何も言ってくれないし。

 うーん、誰か教えてくれ! 頼む!
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