ハイブリッド・ニート ~二度目の高校生活は吸血鬼ハーフで~

於田縫紀

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第2章 この世の果てに会いに行こう

13 間違った世界

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 ひんやりした空気が、辺りを包んでいる。
 光が差さず真っ暗。
 しかし俺には暗視能力がある。委員長も綾瀬も同様だろう。

 今いるのは洞窟の途中、そんな感じの場所だ。
 広さはそこそこある。幅は3m位。高さは2mちょい。
 前後方向へと緩くカーブを描いて続いている。

「今度は間違いない。松戸さんはこの奥。でもこれ以上は私の力で行けない。不自然な歪み方をしていて、私の力が及ばない」

「ん、わかった。ありがとう」

 俺達3人は並んで奥へ向かって歩いて行く。
 おおよそ30秒程度歩くと洞窟は真っ直ぐになった。

 50m位先に終点らしき場所が見える。
 地面に巨大な魔法陣のようなものが描かれ、薄く青白い光を放っている。
 そしてその光に照らされた白衣姿。

 白衣姿はこちらを認めると、すっと右手を下から振った。
 紙吹雪のようなものが、こっちへ向かって散るのが見える。

「ん、来るよ」

 俺と委員長は同時に綾瀬の前に出る。
 そして紙吹雪はこっちへ向かって飛ぶ途中白い姿の人型へ変形した。

 一体ではない。
 どうみても100体以上。
 その白い人型の群れが、こっちへ向かってゆっくり歩いてくる。

「式神よ。性能は不明。気を付けて」

 俺もいつでも動けるように軽く膝を曲げ、右腕を引きつける。
 だがその式神の群れは俺達から10m位離れた場所で停止。

 そして奥にいる白衣姿が口を開く。

「ここまで来たのね。でももう、遅いかな」

 聞き覚えがある声なのだが、実際に音として聞いたのは今が初めてだ。

「今引き返せば、多分何も気づかないし痛みも苦しみも感じないで済むと思うわ。だから引き返して、気づかなかったことにしてくれない」

「そうしたらどうなるの」

「全部無くなるの。何もかも」

 松戸はそう言って頷き、言葉を続ける。

「今は地脈の力を借りて、地球ごとこの空間を引っ張っている状態。ほぼ3ヶ月かけてやっと地球の直径分だけ引っ張ったかな。あとは簡単。夏至の一番地脈の力が強まった瞬間に引っ張る力そのものを反転させるだけ。ここの魔法陣でね。
 地球を含む空間は空間の復元力と地脈の力で加速。その勢いで隣接する他の因果関係の次元世界に続けざまに衝突。その結果異なった世界が融合し、因果律の崩壊と事象存在確率の虚数化が進行して、五月雨式にこの付近の時空全体が崩壊するの」

 松戸はそんな台詞を何故か、歌のような奇妙な明るさで語る。

「世界を壊すつもり」

 尋ねる綾瀬に松戸は頷く。

「うん。正確には壊すというより無くしてしまう」

「何故」

「この世界が間違っているから」

 松戸はそう言ってこっちを見る。

「いるのは綾瀬さんと佐貫君、そして委員長だよね。そこで一番色々知っていそうな、委員長にここで質問。
『過去に病気で死んだ人がいた。そして死後、その病気を完治させる方法が見つかった。そして過去に戻る方法も手に入れた』
 さて、この状態で、過去に病気で死んだ人を助けられるかな」

「無理だね」

 委員長は即答。

「時間律より因果律の方が上位だから。過去に戻ってその人を救った時点でそれは既に違う世界線での結果になる。最初の世界で死んだ人は死んだまま」

 松戸は頷いた。

「正解。何故知っているのかな。昔の伝承でもあったの」

 委員長が苦い顔で首を横に振った。
 先程見たのと同じ表情だなと、俺は感じる。

「ここにいるのは、それを試してみた私なんだ」

 松戸は大きく頷いた。

「そうか、委員長も私と同類だったんだね。なら私の気持ちも、少しはわかってくれるかな」

「わかるのと認めるのは違うよ」

 松戸は軽く頷いた。

「そうか、意見は一致せず、と。なら次の質問、さっきの質問の続きね。それではその、病気で死んだ人を助けるためにはどうすればいいと思う?」

 委員長は首を横に振る。

「不可能だね」

 松戸は軽く頷く。

「それもひとつの見解かもね、確かに。確かにあの世界でもこの世界でも、彼女は助からなかった。助けられなかった。でも私はこう考えたの。彼女が助かる世界もあるんじゃないかって。ここから遠い因果律の世界なら、彼女が助かる世界もあるんだろうなって」

「ん、だからこの世界を含む近い因果律の世界を壊す。結果として、彼女が助かる世界の確率が増える。それが目的なんだ」

 松戸がうんうんと2回頷いた。

「ご名答。さすが委員長ね。私がやろうとしているのはそういう事。ただ自分の目で結果を確認する事は出来ないけれどね」

「このまま、それを認めると思う」

 委員長の子御t場に、松戸は軽く首を横に振る。

「その答えも予想範囲内かな。確かに綾瀬さんの能力なら、地脈も龍脈も操作できるでしょう。この場所まで辿り着ければ、事態を元に戻す操作が出来るわ。委員長の知識と能力なら、操作方法を教えたり手伝ったりも出来るでしょうね」

 そうなのか、そう思って俺は委員長と綾瀬の顔を横目で確認。
 どうやらその通りの模様。
 つまりその辺をわかっていないのは、俺一人のようだ。

 松戸の奇妙に明るい、どこか歌声のような説明は続いている。

「でもだからこそ、私も準備したの。地脈と龍脈のエネルギーを蓄えて、環境と装置を整えて。例えばこの場所、もう気づいていると思うけれど、空間を捻じ曲げて移動できないよう措置してあるわ。つまり自分の体を使って、洞窟の空間通り来るしか道はない。式神も私が学校で確認した誰が来ても、防ぐのに十分な力と数を用意済み」

 それがあの、白い人型の群れ100体以上という事だろう。
 確かに数は圧倒的だ。
 強さはまだ、戦っていないからわからないけれど。

「だからお願い、無理だからこのまま外へ帰って。次の授業開始までには、全てが終わるから。苦痛どころか何も気づかないうちに、全部。無益な戦いはしたくない。そっちがこれ以上進まなければ、式神もこのまま動かさない。だからお願い」

 あくまで俺の勘だが、松戸は嘘は言っていない。
 世界を消そうとしているのも、戦いたくないのも、きっと本心だ。

 でもそうは言っても、ここでこのまま見過ごす訳にもいかないだろう。

 本音を言えば、俺自身は別にどうでもいい。
 どうせ元ヒキニート、人生の価値なんてそれほどでもない。

 ただ委員長や綾瀬、こいつらがいなくなるのは、ちょっと納得がいかない。
 多少感情移入する程度には、こいつらと付き合ってしまっているから。

 ならば問題は、こっちの戦力。

「一度戻って応援を読んだ方がいいか」

「無理。多分この洞窟ごと、空間を高位閉鎖される。一度出たら、もうここに戻って来られない」

 綾瀬の返答。
 つまり戦うならこの3人でという事か。

 だとすると気になるのは委員長だ。
 どうも松戸と話している間、何か調子がおかしかった。

「委員長、大丈夫か?」

 念の為聞いてみる。

「ん、何が?」

 いつの間にか、いつもの委員長に戻っていた。
 厳密には俺にはそう見える、というだけだけれど。
 それ以上は、今の俺にはわからない。
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