ハイブリッド・ニート ~二度目の高校生活は吸血鬼ハーフで~

於田縫紀

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第2章 この世の果てに会いに行こう

12 尋ね人は不在です

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 それからしばらくは、割と平穏な日々が続いた。
 むろん俺の訓練は、全然平穏では無いのだが。

 綾瀬がこの学校に来たきっかけも、ある程度は聞いた。
 彼女は臨海学校の行事で地引き網をして、捕れた魚をフライにして食べた。
 そこに人魚の稚魚かその体の一部が紛れ込んでいたらしい。

 結果、人魚を食べた事によって綾瀬の身体は変化し、年を取らない体質になった。
 更に存在そのものも変化して、精霊とかに近い存在になったそうだ。
 俺から見れば単に小柄でちょっと成長が遅い程度にしか見えないのだが。

 不老不死以外の主な能力として、瞬間移動が出来て飛行可能で治療術が使えるとの事。
 特殊能力が使えない状態の俺から見たら羨ましい限りだ。
 ただ身体的な強度はそれほどでも無く、筋力もあまり無いそう。

 そして彼女の場合は、知識や経験で能力が増えるらしい。
 だから放課後は、訓練代わりに色々な時空間を旅しているそうだ。
 松戸と会ったのも、その過程での事。

 さて、俺もあれから時々、松戸の事を観察してみている。
 奴は基本的に遅刻ギリギリに教室に到着し、授業終了後さっさと消える。

 綾瀬が話をしようと色々挑戦しているのだが、全くもって上手く行きそうに無い。
 授業中以外は分厚い本を読んでいるし。
 昼食時すら、本を読みながらゼリー飲料とかをすすすっている状態だ。

 そして服装の一番上は常に白衣。
 一応毎回洗ってあるらしく、常に白くて綺麗ではあるのだが。
 つまりはまあ、よくわからない奴だ。

「でもアイツ、顔はすげえ綺麗だぜ。スタイルもいいし磨けば光る玉と見た!」

 虎男の勝田君はそう言うのだが、普通に見る限りとてもそんな感じはしない。

 まあそんな感じで5月が過ぎ、6月も半ばを過ぎて6月20日水曜日。
 この日、松戸は学校を休んでいた。

 厳密には月曜から学校に来ていない。
 ただこの学校は、生徒も先生も人外のせいか、細かい事はあまり言われない。
 松戸の場合は成績的には文句ないのでなおさら細かい事は言われない。

 友人もほぼいないので、気にする人はほとんどいない。
 でも例外はいる訳で……

 そして放課後。

「松戸さんの部屋、どこかわかる」

 綾瀬の質問に委員長は頷く。

「ん、確かに今週来ていないしね。ちょうどプリントもいくつかたまっているし、何なら様子伺いに行ってみようか」

「行ってらっしゃい~♪」

 右手を振って送り出そうとした俺の、まさに右腕を委員長ががしっと掴む。

「当然だけれど佐貫も一緒だからね。この隙に訓練をさぼろうとか思わない!」

 いや、そんな事は……少しは考えていたけれどさ。

 そんな訳で松戸の机に入りっぱなしのプリント類を纏めて封筒に入れ、俺達3人は歩いて行く。
 歩く事5分。
 現場はかなり新しい15階建てのマンションだった。

「何か俺のところと随分違うな」

 俺の所は古い公団住宅風の建物だ。
 俺だけで無く、男子はだいたいそんな建物。
 虎男の勝田君も棟こそ違うが、俺と同じタイプの部屋だし。

「ん、女子はだいたいここだよ。私は違うけれど」

「私も」

 おいおい、男子と随分待遇が違うじゃないか。
 そんな事を思いながら、委員長の後をついていく。

 14階でエレベーターを降り、廊下を右へ。
 1402号室の扉の前で委員長は立ち止まる。
 表札や名前札等は出ていない。

「ん、いないようだね」

 インタホンのボタンも押さず、委員長はそんな事を言う。
 綾瀬も頷いた。

「押さなくても中にいない事はわかるのか」

「ん、これだけ近ければわかるよ」

 綾瀬も頷く。
 つまりわからないのは俺1人だ。

「ん、ここ数日いたような様子は無いね」

 委員長には、そんな事までわかるようだ。

「んー、実家に帰ったって事は無いと思うんだけどな。だったら学校に届け出をしているだろうし、それに病欠届も出ていないようだし」

「そんな事わかるのか」

 そんなの能力を使ったってわかる事じゃないだろう。

「その手の許可がある休みは、寮当番が寮務室でメモっているんだ。昼にちらっと見た限り、松戸さんの情報は無かったな」

「行ってみる」

「待って」

 委員長が綾瀬を引き留める。

「ん、ちょっと今、猛烈に嫌な予感がする。ここは3人で行った方がいい。瀬、悪いけど一緒に移動お願いできる。無理なら急いで応援呼んでくるけれど、出来れば急ぎたい」

 委員長の能力が何かを感知したのだろうか。
 綾瀬は頷いた。

「大丈夫。常人なら厳しいけれど秀美や佐貫君なら」

「なら急いでお願い。何か急がなければならない気がしてならないの。気のせいならいいんだけどね」

 綾瀬が頷いたその瞬間、あたりの景色が揺れた。

 ◇◇◇

 浮遊感覚と光の渦のシャッフルを受けた後、景色が揺らぎつつも固定されていく。
 白い天井白い壁白い床の部屋だ。

 足が硬い床につく。
 だが何故かうまく着地できず、体が跳ね上がった。
 見ると委員長もバランスを崩している。

「ん、ここは」

「あの場所の一歩手前。ここから外へ出ると松戸さんと会った場所」

 綾瀬は普通に立っている。
 バランスを崩してもいない。

 その背後に小さな苗木のようなものが見えた。
 ここは柿岡先輩が行っていた部屋だなと、やっと俺は気づく。

「綾瀬、こっちの体勢を気にしないで次へ飛んで。何とか立て直す」

 委員長の口調がいつもと違う。
 急いでいる、もしくは焦っている感じだろうか?

 俺の斜めの視界で綾瀬が頷いた。
 再び景色が変わる。

 赤い岩中心の砂漠だ。
 他の色は空の黒しかない。

 俺はなんとか両手両足で勢いを殺して、着地に成功する。
 そのまま前を見る。巨大な赤い恒星が赤々とこちらを照らしていた。
 ただ感じる熱量はそこまで厳しくもない。
 あと空気は大分薄いし、重力もかなり小さい感じだ。

「久しぶり。今度は3人で来たのね」

 委員長でも綾瀬でもない声がした。
 俺は声の方に視線を向ける。
 いわゆるドローンと呼ばれる小型の機体が、宙に浮いていた。

「ここは危険。あなたも滅びてしまう。そう言った筈よ」

 声、いや正確には声じゃないな。
 でも取り敢えず声のようなものは、その機械が発信源らしい。

「松戸さん、この前はありがとう。おかげで無事戻れた」

 つまり、あのドローンが松戸だって事のようだ。

『松戸さんはあのドローンに意識を飛ばしているの。ここは普通の人間が耐えられる環境じゃないから』

 委員長の声だけれど声でない何かで説明が入った。
 どうも俺あての説明らしい。

『ここは美久に任せよう。私達はいざという時まで手を出さない、それでいいね』

 俺は軽く頷く。
 そのせいでちょっとバランスを崩しそうになったが、何とか立て直した。

 その間も松戸と綾瀬の会話は続いている。

「だからと言って、ここへまた来るのは良くないわ、まあ今となってはどうでもいいんだけれども」

 何かドローンがため息をついたような気がした。
 教室で見ている松戸より、勘定らしきものを感じる気がする。

「なら何故、ここにいるの」

 綾瀬は問いかける。

「私が見た中でも一番救いがない場所だから、かな」

 ドローンの姿なので、表情はわからない。
 それでもやはり、感情を感じる気がする。
 何の感情かは、まだ俺にはわからないけれど。

「何で」

「救いがない事を、自覚したままでいたかったから。それももう、終わりだけれど」

「どういう事?」

「全部終わりにするから。間違ったものは全部」

 その台詞に不穏さを感じたのは、俺だけだろうか。

「どうするの?」

 綾瀬が更に問いを投げる。
 今度はすぐには返ってこない。
 少し間が空く。

「ここにいると感傷的になるせいかな。いつもよりおしゃべりになってしまう。学校では誰とも仲良くならないように注意していたのにね。だからこれ以上は言わない。ごめんね。そしてさよなら」

 ふっと気配が途切れた。
 ドローンはまだそこを飛んでいるのだが、それでもわかる。
 もう松戸はいない。
 何処かへ行ってしまった。

「綾瀬、急いで!お願い!」

 委員長の声とともに景色が変わる。
 さっきの白い部屋だ。
 オリーブの細くて小さい木が一本だけ、部屋の壁際に植わっている。

「ん、どう、後を追えそう」

 委員長はこの部屋に出るなり、綾瀬に尋ねた。

「ちょっと難しい。接続が悪くなっている」

「お願い。今を逃すともう何処にも戻れない、そんな気がするの」

「それって委員長の能力か」

「ん、半分はそう、天眼通ね。後半分は昔の経験」

 何か委員長が苦い?痛い?そんな顔をしている。
 どういう事だろう。
 しかし聞いている余裕は、どうも無さそうな感じだ。

「見つけた!」

 綾瀬の言葉とともに辺りの風景が歪み、また足裏の感触がなくなった。

 ◇◇◇

 白い壁の部屋。
 広さは12畳位はあるだろうか。

 部屋にあるのは、机と椅子と本棚。
 他にあると言えば、実用第一という感じの古い緑のカーテン位。
 本棚にあるのは専門書らしい、分厚い英文字の本が数冊。

 殺風景というか、寒々とした感じの部屋だ。
 私物と呼べそうな物が少な過ぎるせいだろう。
 部屋の持ち主を僅かにうかがわせるのは、机の上の写真立てだけ。

 写真立ての中では2人の少女が微笑んでいる。
 車椅子に乗って笑顔で写っている小柄な知らない少女と、その後ろに立ってぎこちない笑顔を浮かべている長身の見覚えのある顔。

「ここは?」

「分岐を間違えた。今、確認中」

 綾瀬がそう告げる。

「ん、多分この部屋とさっきの場所を何回も往復していたんだね。だから跡が残っているんだと思う」

 委員長が言っているのはきっと松戸の事。
 そう、ここはきっと松戸の部屋だ。
 唯一の私物らしい私物の写真立てが全てを語っている。

 委員長が写真立てに気づく。
 そうして小さく頷き、小声でぼそっと独り言を言った。
 そして次の瞬間。

「見つけた。行ける!」

 綾瀬の叫びとともに風景が揺らいだ。

 俺は写真立てのある風景が歪んでいく中、今の委員長の独り言を思い返す。
 吸血鬼ハイブリッドの俺の耳に届いてしまって、そして残っている言葉。

「ん、でもね。起こってしまった事はもう、変えられないんだよ」

 その言葉の真の意味や重さは、委員長本人ではない俺にはわからない。
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