ハイブリッド・ニート ~二度目の高校生活は吸血鬼ハーフで~

於田縫紀

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第1章 高校生活は暗闇で

8 兄妹喧嘩と俺の特訓(血反吐系)決定

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「どうして」

「怖いからだ」

 委員長の問いに、柿岡先輩はさらっと返す。

「慧眼通は強力な能力だ。慧眼通で未来を見ると、見たとおりの内容で未来がほぼ確定してしまう。見えたのが好ましい未来だったらいい。でもそうでなければまずいだろう。だから慧眼通は使わない」

「弱気だね」

「僕は運命にはいつも謙虚だよ。前に失敗したから」

 突如、委員長が勢いよく立ち上がった。
 その勢いで柿岡先輩に右ストレートを放つ。

 柿岡先輩は軽く右手をスイングさせ、委員長の拳を受け止めた。
 委員長は拳を柿岡先輩に預けたまま、口を開く。

「ん、何か今のお兄、変。肝心な事を言っていない」

 俺から見ると、委員長も充分に変だ。何かがおかしい。
 委員長のリアクションが、妙に過敏過ぎると感じるのだ。
 確かに口より先に手が出るようではあるけれど。

「肝心な事って何かな」

「暴走車を止める方法」

 柿岡先輩は肩をすくめてみせた。
 妙に動作がわざとらしい。そう感じるのは、俺の気のせいだろうか。

「一介の人間に暴走する車を止めろとは、僕には言えない。大怪我をするのが落ちだ。運が悪ければ死ぬかもしれない」

「1人では無理でも何人か、それも人間以上の何人かで戦えば」

「無謀な挑戦はして欲しくないな、今度は」

 何となくわかった。委員長が沸点を突破した事に。
 やはり今の会話には、俺がわからない何かがあるらしい。

 委員長が拳を引いた。
 ただしまだ右手は握ったままだ。

「いいわ。なら私はここで、因果とか運命とかにもう一度、宣戦布告してあげる」

「前よりは勝率は少しは上かもしれない。まだ決定していない未来だから。それでどうする」

 柿岡先輩の言葉は、あくまで平然とした感じに聞こえる。
 そこが委員長との対比で、怖く感じるのだ。

「ん、申し訳ないけれど、佐貫君と綾瀬さんに全面協力してもらう。特に佐貫君には悪いけれど、血反吐さえ生温いと思える程度まで、ガンガンに鍛えてもらう。残念ながら今は私の方が強いから、抵抗させない」

 委員長、ちょっと待って欲しい。

「それはちょっと佐貫君には厳しくないか」

 柿岡先輩の言う通りだ。勝手に決めるな!

 しかし委員長を見ると、とてもそんな事を言える雰囲気では無い。
 間違いなく、今の委員長は本気だ。

「これは私が私のために、私の意思で決めた私の決断。佐貫君には私の意思で、協力を無理強いする。それに、たかが3か月程度特訓したくらいで死ぬ程、佐貫君は弱くないし、追い抜かされる程、私も弱くない」

 柿岡先輩が、ここで初めて少し表情を変えた。
 ほんの少しだが、これは驚きだろうか。

「事象発生時期の一部、読んだな」

「ん、これでもにいの右腕代わり目指して、それなりに鍛えたんだよ。何かが起きるという前提があれば、時期位は何とか見える」

 今の台詞に神立先輩が微妙に複雑な表情を浮かべたのが、何となく見えた。

 それにしてもだ。
 俺の意思は無視ですか、そう言いたいけれど、とりあえず俺は黙っている。

 何か事情があるのは確かだろう。俺が知らない事情が。

 委員長は、自分が座っていた椅子をテーブル側に戻した。

「じゃあ今日は帰る。神立先輩、御馳走様でした」

「それはいいんだけど、いいの、これで」

 神立先輩は少し、心配気な感じだ。

「ん、この状態のお兄は折れない。私も折れる気はない」

 柿岡先輩はというと、微妙に苦笑して見ている。
 俺と目が合うと、先輩は軽く頭を下げた。

 こんな妹分だけどよろしくな。
 そう言っているような気がするのは、俺の気のせいではないだろう。
 多分、きっと。

 ◇◇◇

 廊下を歩いて、階段を降りる途中で委員長が立ち止まる。
 そして俺と綾瀬に頭を下げた。

「ん、ごめんね、2人とも」

「何が」

 あえて俺はそう言ってみる。

「何か私が一方的に怒って攻撃してわめいていたでしょ」

 委員長自身も、も自分の様子がどう見えるかわかっていた訳か。
 でも、それなら。

「委員長なりの理由があった。きっと」

 今まで返答以外に喋らなかった綾瀬が、口を開いた。
 綾瀬なりに気を使っているんだろう。

「無理に理由を言う必要は無い。私にも人に話したくない事はある」

「ん、ありがとう、綾瀬さん」

 委員長はそう言って、もう一度頭を下げた。
 こうやって見ると、さっきの暴力女のイメージはまるで無い。
 服装髪型その他含め、典型的な委員長系美少女だ。
 そんな単語があるのかは知らないけれど。

「ん、佐貫君はまた変な事を考えたようだけれども、まあ悪い事じゃなさそうだから許す」

 委員長、お前超能力者か。
 いや、狸だった。
 そう思った瞬間、高等部に衝撃が走る!

「ん、やっぱり余分な事を考えたような気がした」

 委員長チョップ、ただし若干パワーダウン版だ。

「その口より先に手が出るの、勘弁してくれ」

「ん、今のはちゃんと手加減したでしょ」

「そうだけれどさ」

 やっぱり手加減していたようだ。

「ん、それに佐貫君、これからそんな事は言っていられなくなるわよ」

 えっ。嫌な予感がびしびし襲ってくる。

「まさかと思いますが、あの……」

「血反吐位生温いと思える程度までガンガンに鍛える、覚悟してね」

 いや、それを笑顔で言われても。

「世の中には言葉の綾とか比喩とかがあると思うのですが」

「大丈夫、私が付き合うから」

 いや、付き合うというのは、別の用途に使用していただければ嬉しいのだけれど。
 委員長も、おとなしくしていれば充分美少女の範疇だし。
 あっ。

「ん、やるね」

 今度は何とか、委員長チョップをかわす事に成功した。
 先程の柿岡先輩の対応を、見取り稽古した甲斐があったようだ。

「今度は手加減抜きでも大丈夫かな」

「やめて下さい」

 ところで委員長、妙に勘が良すぎる気がする。
 気楽な雰囲気の今のうちに、その辺について聞いておこう。

「ところで委員長、ひょっとして表層思考読めるのか?」

 委員長は軽く頷く。

「ん、本気で能力を使えば言語化している思考なら読めるよ。でも今のは単なる女の直感」

 いや、狸の直感だろう。
 あっ。痛っ!
 とっさに避けたが避けきれなかった。

「ん、今のはお兄に出すのの4割程度のパワーね」

 綾瀬が何か横で笑っている。

「何か2人、仲良さそう」

 やめてくれこんな暴力女、あっ。
 振り上げられた手刀を、今度は全速で回避成功だ。

「ん、筋はいいわね。じゃあこのまま校庭に出て特訓開始!」

「勘弁してくれよ。そろそろ眠い」

「元はと言えば佐貫君の運命でしょ。だから人生諦めが肝心!」

 綾瀬、笑っていないで少しは助けて欲しい。

「では私、今日はちょっと用事があるから」

 そう言うと同時に綾瀬の姿が消える。
 え、何だ今のは、瞬間移動テレポートか?

「感謝の気持ちを伝えに行くとか、言っていたわね」

 そう言えば、柿岡先輩がそんな事を言っていたな。
 だが問題は、これで委員長の暴虐を止めてくれそうな人がいなくなった事だ。

「大丈夫、今日も授業があるし、朝7時までで勘弁してあげるから」

 そう言って指をコキコキ鳴らすのは止めて欲しい。マジで怖い。

 誰か助けてくれ、ここの暴力女から!
 誰か、お願い……
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