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うっかり伯爵令嬢
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うっかり者は、どの時代、どの国にもいる。
ここ、王侯貴族が治める平和なアルーテ王国にもいる。
うっかり者と呼ばれる、アンジェリカ・ハーエスは、一応、伯爵令嬢であった。
うっかり者のアンジェリカは、参加した夜会で、給仕に渡されて、ついうっかり受け取ってしまったお酒のグラスを持って、会場をうろうろしていた。
友人のミリーを探していたのだが、なかなか見つからなかった。
(ミリーったら、どこにいるのかしら?)
実は、アンジェリカは友人と、夜会の前から待ち合わせ場所を決めていたのに、アンジェリカがうっかりそれを忘れて先に来てしまい、友人は友人で、(アンジェリカ、遅いな~)と待ち合わせ場所で待ちぼうけをくらっていた。
そんなアンジェリカなので、グラスを持ったまま、うっかり人にぶつかってしまった。
その拍子にアンジェリカは手と膝を床についてしまい、グラスは割れなかったが、手から離れて床に転がり、中身を少しぶつかった人にかけてしまった。
「ああ、しまった!す、すみません!!
服に少しかかったみたいですが、大丈夫ですか?」
「いえ、これくらい大丈夫ですよ、お嬢さ……」
そのぶつかった男性は、振り向くまでは、アンジェリカに親切そうな発言をしていた。
しかし、振り向いた後、その男性は、じろっとアンジェリカの容姿を一瞥し、けっという顔になった。
「ちっ、何だブスか。気をつけろよ!」
「は、はい~、すみません……」
大変失礼な男性とぶつかってしまったアンジェリカ。
たとえアンジェリカが悪かったとしても、まだ17歳という、うら若き乙女として見ず知らずの相手に、姿をしっかり確認された上で、ブスと罵られるのはちょっとつらい。
一般に、アンジェリカはどちらかといえば、ブスというほどの不細工ではない。
ただ、平凡気味の容貌で、女性の友人からは「どちらかといえば、可愛い」と言われるレベル。
ただし、彼女に好意的な友人に限る。
男性から中の下と評されることも多く、まあ、微妙な容姿と言えた。
しかも、美形で優秀な兄がいるため、昔はひどい容姿コンプレックスがあり、今はすでにもうあきらめたアンジェリカであったが、面と向かってのブス発言にはさすがに落ち込む。
そんなアンジェリカが落ち込んでいるところへ、親切にも声をかけてくれる素敵な方がいた。
「大丈夫ですか?」
その方は、親切にもアンジェリカが転がしてしまったグラスを拾い、さりげなく近くのテーブルに置き、膝をついた状態のアンジェリカには、立てるように手を貸してくれた。
「あ、ありがとうございます!」
「いえいえ、可愛いお嬢さんのためならね」
そう言って、アンジェリカに麗しい微笑みを見せてくれた。
アンジェリカは、さっきの「ブス」発言が心に棘のように刺さっていたが、その方の「可愛いお嬢さん」発言で、そんな棘は一瞬で消え去り、頭の中に「可愛い」がエコーがかかったように響いた。
その方は、黒髪で片目に眼帯をしており、もう片方の目は鋭い切れ長の目をしており、瞳は宝石のように美しい碧色をしていた。
身体も長身な上に、豹のようにしなやかなで、綺麗な筋肉がついているすらっとした体つきをしていて、物語のミステリアスな貴公子の姿を具現化したような格好良さと美しさを持っていた。
(か、かっこいい~!!
このお方はどなたなのかしら!?
隻眼なのが、またミステリアース!!
もう見ているだけで幸せ~。
眼福とはこのことね!)
アンジェリカが、ついうっとり見惚れていると、その方の連れらしき、これまた麗しい女性が声をかけてきた。
「どうしたの?ルクレナ」
「ああ、このお嬢さんが転んでしまっていてね」
「まあ、助けてあげてたのね?
誰にでも優しいのだから、ルクレナってば……」
「いや、誰にでもないよ、可愛い人」
ルクレナは、そう言って連れの女性の手を取ると、「じゃあ、気を付けてね」と一言アンジェリカに声をかけて、その女性と共に去って行った。
アンジェリカは、そんなルクレナをうっとりと見つめていた。
(あの方のお名前はルクレナ様か~。
あれ?それって女性の名前ですよね?
ええ!?男装の麗人なの!?
てっきり素敵な男性かと思いました。
でも、そうですよね~。
あそこまで美形の男性って、隣国ランダード王国のセリウス第2王子くらいしか見たことなかった。
うーん、いや、もし男性だったら、セリウス王子にも勝てるかも?)
アンジェリカは、そんなことを考えながら、連れの女性と歩くルクレナを目で追って、その後もじいっと観察していた。
どうやらルクレナは、連れと二人っきりになるために、中庭へ行こうとしているようだった。
もちろん、その後をこっそりつけるアンジェリカ。
「ルクレナ、ちょっと今日は心ここにあらずな感じよ?
何かあったの?」
「いえ、人に預けたやんちゃなペットが気になって……」
「まあ、ペットを飼っているのね。可愛い?」
「うーん。可愛いよりも面白くて興味深いかな」
「ペットがいれば、夜寝る時も寂しくないかしらね」
「……夜、寂しいのかい?」
「ええ、まあね。
……ルクレナ、あなたはそんなに素敵なのに、本当は女性なのよね。
すごく残念だわ。
愛し合うのは難しいものね」
「あなたは本当に可愛い人だね。
私は女性でも男性でもどちらでもいけるよ。
夜が寂しい時は是非、私に連絡を欲しい」
そう言って、ルクレナは口説いている女性に連絡先の紙を渡した。
その女性は、連絡先を嬉しそうに受け取ると、ルクレナの腕の中に優しく抱きしめられ、ほうっと幸せそうなため息をつき、頬を染めていた。
そのラブシーンを、木の影からアンジェリカがしっかり覗き見している。
(キャー!
何?何なの?
どちらでもいけるってどういうことなの?
そこらへん、もっと詳しく!!)
ルクレナが女性を口説く様子に、興奮するアンジェリカ。
そんなアンジェリカに後ろから声がかかった。
「おい、何をやっているんだ、アンジェリカ?」
「ぴゃっ!!」
アンジェリカの幼馴染のエドガーが、覗き見するアンジェリカの後ろに立っていた。
このエドガーは侯爵家の嫡男で、アンジェリカの兄アーノルドの友人でもあり、小さい頃からうっかり者だったアンジェリカのことを心配して、見守ったり、フォローしてくれたりする優しい兄貴的存在である。
ちなみに、エドガーは、ルクレナと違ったワイルド系の美形で文武両道の上、身分の高さもあり、兄のアーノルドと並んで、貴族令嬢達にはとても人気がある人物である。
「エ、エドガー様。脅かさないで下さいよ!」
「いや、悪い……」
ルクレナに見つかると悪いので、小声でやり取りをするアンジェリカとエドガー。
とっくにルクレナには、覗いていることはばれているが……。
「でも、他人の恋路を覗くなんてはしたないぞ、アンジェリカ」
「いや、でも、あの方が凄くかっこ良すぎてつい~」
「……ああいうのが、アンジェリカの好みなのか?」
「え?いえいえ、まさか!
あんな高嶺の花は無理です。
素晴らしい観察対象というか、美術品をみているというか、そんな感じです、はい」
「高嶺の花ねえ……。
それなら、私とあいつだったら、どちらと結婚したい?」
「ええ!そんなどちらも恐れ多いですよ!」
「どっちだ?」
「えーと、うーんと、エドガー様かな?」
そう答えたアンジェリカにエドガーは、口を抑えて雄叫びを抑え、しばらく悶えてから、やっと何とか戻って来た。
そして、深呼吸の後、キッと決心したようにアンジェリカに向き直った。
「ア、アンジェリカ、それなら私と結婚してくれ!」
「ええ!?とんでもない!」
「うぉっ、なんで10年前とまた同じセリフで断るんだ!?」
「え?10年前?」
「ああ、そうだ。10年前、私がアンジェリカにプロポーズしたら、『とんでもない!お兄様のようにかっこよくないと!!』と言い放ったんだ。
それから、私はこの10年の間、努力して、容姿を磨き、アンジェリカの兄であるアーノルドにも負けない位に武術、学術を修め、アーノルド以上にかっこいいという評価も多数得ている。
それなのに、また断るのか?
まだ、アンジェリカの基準に達していないということか?」
(ひえー、何てこと!
子供の頃の私ってば、うっかりそんな失礼なこと言ったの!?
覚えていないけど、ひどいな私!!
でも、エドガー様は確か、あの頃からかっこよかったけどな~。
何でそんなこと言ったのかな?
……ああ、あの頃はお兄様に対する容姿コンプレックスがピークだったからか~)
「えっと、その節は大変失礼いたしました。
私の基準に達していないとか、そんな意味で言ったのではなく、むしろエドガー様みたいなレベルの高い方は、大したことない私にはもったいないというか、釣り合わないというか、恐れ多くてとんでもないという意味です」
「そうか、それはつまり合格ということだな?」
「え?合格って何のですか?」
「アンジェリカの結婚してもいい男のレベルのことだ」
「え?いえ、その、レベルが高すぎるというか……」
「つまり、合格レベルは超えているのだな?」
「えっと、その、もちろんそうですが、そういうレベルの問題でなく、私との釣り合いという……」
「よし!それなら、問題は一つ解決したな。
あらためて、アンジェリカに申し込もう」
そう言うと、エドガーはアンジェリカの前で片膝をついて片手をとり、姫君に対する騎士のような体制になった。
「アンジェリカ、子供の頃からずっと好きだった。
他の男にうっかり取られないか、はらはらしながらいつも見ていたよ。
うっかり者のアンジェリカ。
そんなうっかりしているところも含めて愛しいと思っている。
どうか私の妻になって欲しい」
「う、そんなにうっかりしていますか、私?
よりにもよって、プロポーズの言葉で連発するくらい?」
「ああ。え、まさか自覚がなかったのか?」
「いえ、まあ、多少は……」
「多少……?」
「そうですね、かなりです」
気まずい気持ちになったアンジェリカは、エドガーからそっぽを向きながら、とりあえず、うっかり者に関する質問には頷いておいた。
エドガーもプロポーズを申し込むポーズから立ち上がり、ため息をつきながら、アンジェリカを見つめる。
「他の者にもうっかり者と言われたことはあるだろう?」
「そうですね」
「今日もうっかりして、友人とはぐれていただろう?」
「そうですね」
「うっかり、人にぶつかってグラスの中身をかけていただろう?」
「そうですね」
「さっきも、うっかり他人の恋路を覗いていただろう?」
「そうですね」
「うっかり、このまま私と結婚するだろう?」
「そうですね」
「よし!言質、とったぞ!!」
「そうですね、って、あれ?ちょっと待って!」
うっかり者のアンジェリカは、つい流れで、断るつもりだったプロポーズに対して、うっかり承諾の返事をしてしまった。
「つ、つい、うっかり!」と否定しようとワタワタと手を振るアンジェリカの両手を、そっと握るエドガー。
「うっかりでいいから、私を受け入れてくれ、アンジェリカ。
きっかけはうっかりでも、これからはゆっくりと確実に関係を築いていこう。
でも、うっかりと他の者と婚約されては困るから、まずは私と婚約をしよう」
「う、うう……」
そうエドガーに切なくも優しく諭されるように言われ、アンジェリカは、ここで断ったら自分はどんな悪女かと、うっかり考えてしまい、否定できないまま婚約を受け入れてしまった。
こうして、うっかり伯爵令嬢のアンジェリカは、うっかり幼馴染のエドガーのプロポーズを受け入れてしまったが、最終的にはエドガーの努力で、うっかりではなく、しっかりと愛し合い、幸せな結婚をすることになった。
ここ、王侯貴族が治める平和なアルーテ王国にもいる。
うっかり者と呼ばれる、アンジェリカ・ハーエスは、一応、伯爵令嬢であった。
うっかり者のアンジェリカは、参加した夜会で、給仕に渡されて、ついうっかり受け取ってしまったお酒のグラスを持って、会場をうろうろしていた。
友人のミリーを探していたのだが、なかなか見つからなかった。
(ミリーったら、どこにいるのかしら?)
実は、アンジェリカは友人と、夜会の前から待ち合わせ場所を決めていたのに、アンジェリカがうっかりそれを忘れて先に来てしまい、友人は友人で、(アンジェリカ、遅いな~)と待ち合わせ場所で待ちぼうけをくらっていた。
そんなアンジェリカなので、グラスを持ったまま、うっかり人にぶつかってしまった。
その拍子にアンジェリカは手と膝を床についてしまい、グラスは割れなかったが、手から離れて床に転がり、中身を少しぶつかった人にかけてしまった。
「ああ、しまった!す、すみません!!
服に少しかかったみたいですが、大丈夫ですか?」
「いえ、これくらい大丈夫ですよ、お嬢さ……」
そのぶつかった男性は、振り向くまでは、アンジェリカに親切そうな発言をしていた。
しかし、振り向いた後、その男性は、じろっとアンジェリカの容姿を一瞥し、けっという顔になった。
「ちっ、何だブスか。気をつけろよ!」
「は、はい~、すみません……」
大変失礼な男性とぶつかってしまったアンジェリカ。
たとえアンジェリカが悪かったとしても、まだ17歳という、うら若き乙女として見ず知らずの相手に、姿をしっかり確認された上で、ブスと罵られるのはちょっとつらい。
一般に、アンジェリカはどちらかといえば、ブスというほどの不細工ではない。
ただ、平凡気味の容貌で、女性の友人からは「どちらかといえば、可愛い」と言われるレベル。
ただし、彼女に好意的な友人に限る。
男性から中の下と評されることも多く、まあ、微妙な容姿と言えた。
しかも、美形で優秀な兄がいるため、昔はひどい容姿コンプレックスがあり、今はすでにもうあきらめたアンジェリカであったが、面と向かってのブス発言にはさすがに落ち込む。
そんなアンジェリカが落ち込んでいるところへ、親切にも声をかけてくれる素敵な方がいた。
「大丈夫ですか?」
その方は、親切にもアンジェリカが転がしてしまったグラスを拾い、さりげなく近くのテーブルに置き、膝をついた状態のアンジェリカには、立てるように手を貸してくれた。
「あ、ありがとうございます!」
「いえいえ、可愛いお嬢さんのためならね」
そう言って、アンジェリカに麗しい微笑みを見せてくれた。
アンジェリカは、さっきの「ブス」発言が心に棘のように刺さっていたが、その方の「可愛いお嬢さん」発言で、そんな棘は一瞬で消え去り、頭の中に「可愛い」がエコーがかかったように響いた。
その方は、黒髪で片目に眼帯をしており、もう片方の目は鋭い切れ長の目をしており、瞳は宝石のように美しい碧色をしていた。
身体も長身な上に、豹のようにしなやかなで、綺麗な筋肉がついているすらっとした体つきをしていて、物語のミステリアスな貴公子の姿を具現化したような格好良さと美しさを持っていた。
(か、かっこいい~!!
このお方はどなたなのかしら!?
隻眼なのが、またミステリアース!!
もう見ているだけで幸せ~。
眼福とはこのことね!)
アンジェリカが、ついうっとり見惚れていると、その方の連れらしき、これまた麗しい女性が声をかけてきた。
「どうしたの?ルクレナ」
「ああ、このお嬢さんが転んでしまっていてね」
「まあ、助けてあげてたのね?
誰にでも優しいのだから、ルクレナってば……」
「いや、誰にでもないよ、可愛い人」
ルクレナは、そう言って連れの女性の手を取ると、「じゃあ、気を付けてね」と一言アンジェリカに声をかけて、その女性と共に去って行った。
アンジェリカは、そんなルクレナをうっとりと見つめていた。
(あの方のお名前はルクレナ様か~。
あれ?それって女性の名前ですよね?
ええ!?男装の麗人なの!?
てっきり素敵な男性かと思いました。
でも、そうですよね~。
あそこまで美形の男性って、隣国ランダード王国のセリウス第2王子くらいしか見たことなかった。
うーん、いや、もし男性だったら、セリウス王子にも勝てるかも?)
アンジェリカは、そんなことを考えながら、連れの女性と歩くルクレナを目で追って、その後もじいっと観察していた。
どうやらルクレナは、連れと二人っきりになるために、中庭へ行こうとしているようだった。
もちろん、その後をこっそりつけるアンジェリカ。
「ルクレナ、ちょっと今日は心ここにあらずな感じよ?
何かあったの?」
「いえ、人に預けたやんちゃなペットが気になって……」
「まあ、ペットを飼っているのね。可愛い?」
「うーん。可愛いよりも面白くて興味深いかな」
「ペットがいれば、夜寝る時も寂しくないかしらね」
「……夜、寂しいのかい?」
「ええ、まあね。
……ルクレナ、あなたはそんなに素敵なのに、本当は女性なのよね。
すごく残念だわ。
愛し合うのは難しいものね」
「あなたは本当に可愛い人だね。
私は女性でも男性でもどちらでもいけるよ。
夜が寂しい時は是非、私に連絡を欲しい」
そう言って、ルクレナは口説いている女性に連絡先の紙を渡した。
その女性は、連絡先を嬉しそうに受け取ると、ルクレナの腕の中に優しく抱きしめられ、ほうっと幸せそうなため息をつき、頬を染めていた。
そのラブシーンを、木の影からアンジェリカがしっかり覗き見している。
(キャー!
何?何なの?
どちらでもいけるってどういうことなの?
そこらへん、もっと詳しく!!)
ルクレナが女性を口説く様子に、興奮するアンジェリカ。
そんなアンジェリカに後ろから声がかかった。
「おい、何をやっているんだ、アンジェリカ?」
「ぴゃっ!!」
アンジェリカの幼馴染のエドガーが、覗き見するアンジェリカの後ろに立っていた。
このエドガーは侯爵家の嫡男で、アンジェリカの兄アーノルドの友人でもあり、小さい頃からうっかり者だったアンジェリカのことを心配して、見守ったり、フォローしてくれたりする優しい兄貴的存在である。
ちなみに、エドガーは、ルクレナと違ったワイルド系の美形で文武両道の上、身分の高さもあり、兄のアーノルドと並んで、貴族令嬢達にはとても人気がある人物である。
「エ、エドガー様。脅かさないで下さいよ!」
「いや、悪い……」
ルクレナに見つかると悪いので、小声でやり取りをするアンジェリカとエドガー。
とっくにルクレナには、覗いていることはばれているが……。
「でも、他人の恋路を覗くなんてはしたないぞ、アンジェリカ」
「いや、でも、あの方が凄くかっこ良すぎてつい~」
「……ああいうのが、アンジェリカの好みなのか?」
「え?いえいえ、まさか!
あんな高嶺の花は無理です。
素晴らしい観察対象というか、美術品をみているというか、そんな感じです、はい」
「高嶺の花ねえ……。
それなら、私とあいつだったら、どちらと結婚したい?」
「ええ!そんなどちらも恐れ多いですよ!」
「どっちだ?」
「えーと、うーんと、エドガー様かな?」
そう答えたアンジェリカにエドガーは、口を抑えて雄叫びを抑え、しばらく悶えてから、やっと何とか戻って来た。
そして、深呼吸の後、キッと決心したようにアンジェリカに向き直った。
「ア、アンジェリカ、それなら私と結婚してくれ!」
「ええ!?とんでもない!」
「うぉっ、なんで10年前とまた同じセリフで断るんだ!?」
「え?10年前?」
「ああ、そうだ。10年前、私がアンジェリカにプロポーズしたら、『とんでもない!お兄様のようにかっこよくないと!!』と言い放ったんだ。
それから、私はこの10年の間、努力して、容姿を磨き、アンジェリカの兄であるアーノルドにも負けない位に武術、学術を修め、アーノルド以上にかっこいいという評価も多数得ている。
それなのに、また断るのか?
まだ、アンジェリカの基準に達していないということか?」
(ひえー、何てこと!
子供の頃の私ってば、うっかりそんな失礼なこと言ったの!?
覚えていないけど、ひどいな私!!
でも、エドガー様は確か、あの頃からかっこよかったけどな~。
何でそんなこと言ったのかな?
……ああ、あの頃はお兄様に対する容姿コンプレックスがピークだったからか~)
「えっと、その節は大変失礼いたしました。
私の基準に達していないとか、そんな意味で言ったのではなく、むしろエドガー様みたいなレベルの高い方は、大したことない私にはもったいないというか、釣り合わないというか、恐れ多くてとんでもないという意味です」
「そうか、それはつまり合格ということだな?」
「え?合格って何のですか?」
「アンジェリカの結婚してもいい男のレベルのことだ」
「え?いえ、その、レベルが高すぎるというか……」
「つまり、合格レベルは超えているのだな?」
「えっと、その、もちろんそうですが、そういうレベルの問題でなく、私との釣り合いという……」
「よし!それなら、問題は一つ解決したな。
あらためて、アンジェリカに申し込もう」
そう言うと、エドガーはアンジェリカの前で片膝をついて片手をとり、姫君に対する騎士のような体制になった。
「アンジェリカ、子供の頃からずっと好きだった。
他の男にうっかり取られないか、はらはらしながらいつも見ていたよ。
うっかり者のアンジェリカ。
そんなうっかりしているところも含めて愛しいと思っている。
どうか私の妻になって欲しい」
「う、そんなにうっかりしていますか、私?
よりにもよって、プロポーズの言葉で連発するくらい?」
「ああ。え、まさか自覚がなかったのか?」
「いえ、まあ、多少は……」
「多少……?」
「そうですね、かなりです」
気まずい気持ちになったアンジェリカは、エドガーからそっぽを向きながら、とりあえず、うっかり者に関する質問には頷いておいた。
エドガーもプロポーズを申し込むポーズから立ち上がり、ため息をつきながら、アンジェリカを見つめる。
「他の者にもうっかり者と言われたことはあるだろう?」
「そうですね」
「今日もうっかりして、友人とはぐれていただろう?」
「そうですね」
「うっかり、人にぶつかってグラスの中身をかけていただろう?」
「そうですね」
「さっきも、うっかり他人の恋路を覗いていただろう?」
「そうですね」
「うっかり、このまま私と結婚するだろう?」
「そうですね」
「よし!言質、とったぞ!!」
「そうですね、って、あれ?ちょっと待って!」
うっかり者のアンジェリカは、つい流れで、断るつもりだったプロポーズに対して、うっかり承諾の返事をしてしまった。
「つ、つい、うっかり!」と否定しようとワタワタと手を振るアンジェリカの両手を、そっと握るエドガー。
「うっかりでいいから、私を受け入れてくれ、アンジェリカ。
きっかけはうっかりでも、これからはゆっくりと確実に関係を築いていこう。
でも、うっかりと他の者と婚約されては困るから、まずは私と婚約をしよう」
「う、うう……」
そうエドガーに切なくも優しく諭されるように言われ、アンジェリカは、ここで断ったら自分はどんな悪女かと、うっかり考えてしまい、否定できないまま婚約を受け入れてしまった。
こうして、うっかり伯爵令嬢のアンジェリカは、うっかり幼馴染のエドガーのプロポーズを受け入れてしまったが、最終的にはエドガーの努力で、うっかりではなく、しっかりと愛し合い、幸せな結婚をすることになった。
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