英雄の奥様は…

ルナルオ

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英雄の奥様と息子4

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 マリロード王国の英雄の息子レオナールは、婚約者リンディに夢中である。
 
 レオナールは、母方の従妹で、ムスファ伯爵令嬢のリンディと婚約している。
 本日は、英雄の奥様スーザンの姉夫婦であるムスファ伯爵夫妻は、二人っきりで街におでかけをしたいとのことで、娘のリンディをスーザンに預けていった。
 本日のアバード公爵家は、サイラスは仕事で、タチアナも他の貴族令嬢に招かれたお茶会の日で不在で、スーザンとレオナールの二人だけなので、レオナールは、1日中、邪魔者もなく、婚約者リンディを独占できると張り切って、リンディにべったりしていた。

 最近、リンディは成長して、片言のおしゃべりをするようになった。
「れお~、れお~」とレオナールを呼ぶリンディ。
 もともとリンディの近くにいたレオナールであったが、リンディの元に、シュバッと風を切るが如く瞬時に近づき、リンディを抱き上げる。

「なに?何かな?リンディ!」
「あっち~、おんも!」と外に行きたいと主張するリンディ。
「お外に行きたいの?
 いいけど、今日は寒いから、あったかくしていこうね!」

 リンディは、風邪をひかないように侍女に暖かい上着などを着せられ、ついでに可愛く着飾られた。
 レオナールも、リンディの可愛い姿を絶賛しながら、嬉しそうにしていた。
 二人は仲良くアバード公爵家のお庭に遊びにでた。

「れお~、そっち~」
「わかった、あっちにもいこうか~」
「れお~」
「な~に、リンディ?」

 広いお庭で、レオナールとリンディは、一緒に楽しそうに遊び、まだ幼く気ままなリンディに振り回されても、喜んでリンディのリクエストに答えるレオナール。
 昼食の時も、レオナールは、侍女がリンディに食べさせようとするのを断り、自分がリンディに食べさせたがる。

「僕が食べさせるよ!
 はい、あーんして、リンディ」
「あーん」
「うわ~、リンディ、可愛い~。
 ほっぺ、ぷくぷく~」
 ご飯をもっきゅもっきゅと食べるリンディのぷくぷくのほっぺを突っつくレオナール。
「やっ!まんま!!」とペシッと突っついていた指をリンディに払われたが、レオナールは、こういう時はショックを受けることもなく、デレデレする。
「ああ、ごめんね。
 はいはい、つぎのまんまだよ~、あーん!」
「あーん」

 レオナールにご飯をお腹いっぱい食べさせてもらい、すっかりご機嫌のリンディは、しばらくレオナールときゃっきゃっと遊んでいたが、コトンと眠りに落ちてしまった。
 スーザンがリンディをそっと寝室のベッドに連れて行き、お昼寝をさせることにした。
 もちろん、そこでも、レオナールはリンディと一緒にいたがる。

「母様、僕がリンディについているよ!」
「あら、リンディを見ていてくれるの?」
「うん!リンディのことなら僕に任せて!」
「じゃあ、お願いするわね。
 リンディが起きたり、何かあったりしたら、すぐ知らせてね?」
「うん、わかった!」

 眠るリンディの横で、嬉しそうに優しいリズムでぽんぽんしながら添い寝するレオナール。
 スーザンは、その時、朝からリンディとはしゃいでいたレオナールも、きっと疲れて眠ってしまい、可愛い幼子二人が眠る微笑ましい光景が見られるのだろうな~と思い、微笑んでいた。
 けれども、世の中は決してスーザンの思い通りにはいかず、その後、スーザンは、ある種の恐怖体験をすることになる……。

 しばらくして、スーザンが、 レオナールとリンディの様子を見に行った時であった。
 そっとスーザンが部屋を覗くと、レオナールはまだ寝落ちしておらず、何やらぶつぶつとリンディに話しかけているようである。
 不思議に思ったスーザンが、こっそり聞き耳をたててみると……。

「リンディはレオナールが大好き、リンディはレオナールが大好き、リンディはレオナールが大好き」
「レオナール以外の男は見向きしない、レオナール以外の男は見向きしない、レオナール以外の男は見向きしない」
「リンディはレオナールと結婚する、リンディはレオナールと結婚する、リンディはレオナールと結婚する」
「リンディの中でレオナールが一番、リンディの中でレオナールが一番、リンディの中でレオナールが一番」

 レオナールは、眠るリンディに暗示のような言葉をずっと繰り返し、言い聞かせているようである。

 ええ!何あれ!?
 暗示?暗示なの!?
 眠っている間に、リンディに暗示をかけているの?
 一体、誰の入れ知恵かしら……?

 スーザンは、息子の真剣な様子に、驚きとある種の執念を感じて、やや恐くなった。
 それでも、ここはきちんと教育するべきところだと思い、恐る恐るレオナールに確認するスーザン。

「レ、レオ?何をしているの?」
「えっ?あ、母様!?
 えっと、その、まだ、リンディは寝ているよ~」
「……レオナール。
 今、リンディに何していたの?」
「え?僕がリンディに?
 べ、別に何も!
 添い寝していただけだよ?」

 レオナールはスーザンの追及に目を逸らして答える。
 
 あ、これ、嘘ついて誤魔化す時の癖だわ。
 何てわかりやすい癖かしら!

「……その暗示法、誰から聞いたの?」
「え?何のこと?」
「レオナール?」
「……ごめんなさい。
 カーラおばあ様から、教わったの。
 これをすると、どんな相手も無意識に抑止力が働いて、浮気しないって……」と渋々、答えるレオナールにがっくりくるスーザン。

 お、お義母さま~!
 何てことを、また幼子に教えているのですか!?
 あ、でも、てっきりサイラス様かと思ったけど、お義母様で良かった!

 スーザンは、てっきりサイラスがレオナールをそそのかしたのかと疑ったが、教えたのがスーザンの姑のカーラだったので、ちょっと安心していた。

「……レオナール。
 そんな暗示は無意味なものなのよ。
 それよりも、リンディがもう少し大きくなってから、きちんとリンディにレオナールのことをわかってもらうべきだわ。
 リンディの気持ちを手に入れたいのなら、もっと真っ当な努力の方法があるわよ」
「そうなの!?
 そっか、わかったよ、母様。
 僕、母様のすすめる方法で頑張るね!」

 こうして、レオナールがリンディにカーラ直伝の暗示をかけることは食い止められたようであった。
 
 サイラスが帰宅した時に、スーザンがこの話をすると、「へ、へ~、そうだったんだ。確かに母上にも困ったものだね~、ははは」とやや棒読みのような台詞が返ってきた。
 その態度にサイラスへの疑惑がまたもや生じる。

 あれ?
 これは、もしや……。

「……私も、サイラス様が他の方をみることがないように暗示をかけてみようかしら?」
「な、何を言っているんだい、スーザン!
 私が君と出会ってから、一度だって、他の女性に目が向いたことなんかないぞ!
 そして、これからもずっとだ!」
「まあ、ずっとですの?」
「ああ、もちろん!
 ずっと、スーザンだけを愛している!!」
「ありがとうございます。
 私もサイラス様を愛しておりますよ?」
「そうか!
 私達は相思相愛だな~!!」
「ええ、そうですね。
 だから、まさかサイラス様は私に暗示をかけておりませんよね?」
「……う、……あ、当たり前じゃないか!」
 
 そう答えつつも、さっと、目を逸らすサイラスに、確信するスーザン。

 あ、これ、サイラス様も私に暗示をかけていたわね……。
 親子でとぼけ方の癖が同じで、わかりやす過ぎですわ!

「……サイラス様?」
「何だい?」
「私の目を見て、もう一度」
「そ、そんなことをしていないぞ……」と目を逸らしながら言うサイラス。
「サイラス様、正直におっしゃってくださいな?」
「うっ……」
「……いつからなさっていたんですか?」
「うーん、その~」
「サイラス様、正直に!」
「新婚初夜からです!」
「……え、本当に?」

 驚いて、ちょっとひくスーザンに、サイラスは一生懸命、言い訳をする。

「そもそも、スーザンは、初めて私がプロポーズした時、良い返事をくれなかったから……。
 あと、普段からも、ちょっと冷たい時もあるし、スーザンを狙う輩は絶えないし、基本的に私よりも子供優先だし、たまに友人も優先するし、とにかく、スーザンが誰よりも魅力的だから不安になることがよくあったから、たまに、不安解消のために暗示でもと……」などと言い続けるサイラス。
 
 スーザンは、大きくため息をついて、サイラスに二度と暗示をかけさせないように、自分の気持ちを伝えることにした。

「サイラス様。私がサイラス様のことを愛しいと思うようになったのは結婚式の時からですよ。
 今、こうして私達が愛し合っているのは、決して暗示のせいではなく、お互い想い合った結果です。
 確かに初めこそ、サイラス様ほどの方に、私のように地味で平凡な人間なんか釣り合わないと恐縮しておりましたが、今は可愛い子供達にも恵まれて、暗示などの効果がなくても、私自身がサイラス様を愛しております。
 だから、そんな無意味な暗示なんて、もうかけなくても大丈夫ですよ!」
 
 そう言って、優しく慈愛に満ちた微笑みを向けるスーザンに、サイラスは感動して、涙ぐみながら「スーザン、私も!私も誰よりもスーザンを愛しているーーーーーーー!」と叫んだ。

 サイラスに言ったことは真実であるが、とりあえず、寝ている時に暗示をかけられるのは何だか怖いし、無意味と思っていても、自分の気持ちを暗示のせいかと疑うおそれもあるので、心の中では、暗示かけは駄目です!と思うスーザンであった。

 英雄の奥様は、英雄にずっと暗示をかけられていた!?

 スーザンは、その後、サイラスが夜中に変な暗示をスーザンにかけないか、やや心配になり、サイラスと一緒に眠る際は、眠りが浅くなる日々が続くのだった。
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