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2.仮説をもとに実行

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数日後の学校にて、マリーエルは放課後、学園の男子が有志で剣技訓練をしているところに侍女を連れて訪れた。
もちろん、お目当ては自分の婚約者の第2王子アレックス。

「アレックス様、お疲れさまです」

「……マリーエルか。見に来ていたのか」

「はい!お疲れかと思い、疲労回復効果のある我が領の果物を使用した飲み物を用意いたしました。皆様もどうぞ!」

一緒に連れてきたマリーエルの侍女に、持たせた例の果物のジュースを、周りの男子生徒へ配らせた。マリーエル自身は、ささっとアレックスへ近づき、ジュースを彼に直接、渡した。
彼は一瞬、眉間に皺を寄せて嫌そうな顔をしたが、ジュースを受け取り、周りの男子生徒たちがおいしそうに飲んでいるのをしかめっ面で観察し、彼らが飲み、無事そうなのを確かめたためか、やっとジュースを口にした。

ジュースを飲んだ後のアレックスをじぃっと観察するマリーエル。

ジュースをいっきに飲み、一息ついたアレックス。
すると、アレックスは何やら衝撃を受けた顔に変わった。

「……●◎×不二KO!」


マリーエルは、アレックスのその変化に、ニヤリっと笑い、自分の一番目の仮説が正しかったことを確信した。

そう、マリーエルは、あの果物に関して、ある仮説を2つたてた。

そのひとつが
『あの果物はジーンフォレスト王国王家の血をひく者が、ある一定量を摂取すると、特殊な反応を起こす。特に前世の記憶を取り戻すことがある』
という仮説である。

今回、マリーエルは、あの果物をある一定量を摂取した途端に、前世らしき記憶が蘇ったと仮定する。そして、同じ量を摂取したと思われる他の令嬢達はまったく反応しなかったが、今回、その現象はマリーエルのみ起こったものであった。単なる個人のみの過剰反応、もしくはある意味アレルギー反応に近いものの可能性も高いが、もうひとつ、あの果物に関する文献があった。
その文献では、マリーエルとアレックスは親戚同士であるが、アレックスとマリーエルの共通の先祖となる人物が、その果物を大量に食した際に起きたことを記したものであった。
それはマリーエルと同様の反応が起きたのであった。しかも、その前世の世界は、マリーエルの思い出した世界に近い記憶であった。
マリーエルは、数年前に惚れ薬の作り方を探して、王族の禁書であったこの文献をこっそり読んだことがあった。そして、その文献にあった前世の世界についての記載が、マリーエルにはその意味がまだよくわからなかった。

その世界こそ、おとぎ話かとも思った。

鉄の塊が空を飛び、海を越え、山を越え人が運ばれる。
目に見えない線でつながり、遠く離れた人同士が連絡をとりあう仕組みなど

しかし、今のマリーエルならその書いてあるものの意味がわかる。
前世の記憶、日本では、それがごく当たり前の日常であった。


そのため、もうひとつの仮説として
『果物により思い出された記憶には共通項があり、同じ世界の場合が多い。
しかも、それは日本と呼ばれる国で、先進国として豊かで平和な時代の世界である』
という仮説である。

そして、マリーエルは穴だらけの無謀な賭けにでた。

その賭けとは……。

「そうだ!アレックス王子も前世仲間になってもらおう!!」


このまま、もし悪役令嬢として断罪される前に、アレックス王子にも前世の記憶が思い出されれば、この乙女ゲームのような世界に対して、あの男爵令嬢や自分のことなど、かまっていられないのではないかと考えた。

つまり、自分の断罪の可能性は確実に減る!

そう考えたマリーエルは、早速、ケーキに含まれていた果物の量をはるかに超える高濃度のジュースをアレックスの分だけ作らせた。公爵領でとれるこの果物は、貴重な果物であるので、使用量は生産領土の公爵家でもある程度は規制されていたため、アレックスの分しか作れなかった。しかし、アレックスのみの分だと不審がって飲まないかも知れないので、他は風味程度のわずかな果物を使用し、別な果物で色や見た目はそっくりなジュースをフェイクとして作った。これでさもみんなへの差し入れの一部に見せかけた。


ジュースを飲んだ後のアレックスは、しばらく混乱しているためか、ケーキを食べた時のマリーエルのように固まっていた。

ニヤニヤとその様子を観察していたマリーエル。


ようやく落ち着きを取り戻した様子のアレックスは咳払いした。

「ゴホンッ。 マ、マリーエル、この飲み物は……」

「アレックス様!それは……「いや、なんでもない!マリーエル。美味しかったぞ。では、私は急用を思い出したので!!」……って、待って―!アレックス様!?」

マリーエルがアッレクスヘ説明しようとするも、それを遮るようにして話しだしたアレックスは、素早い身のこなしでマリーエルの前を立ち去った。
マリーエルの制止も聞かず……。

あれ?アレックス様ったら、前世の記憶、取り戻さなかったの?
いやいや、あの感じは絶対そうでしょう~。

えーっと……。

うん!きっと混乱しているんだな!!
私の時も、しばらく二重副音のような状態だったしね。

あ、でも王子ってば、反応いいなー。
私の時よりも反応が早いような気がする。果物自体でなく、ジュースにしたからかな?
消化速度で変わるのかもな。ふーむ。
まあ、一晩たてば、落ち着くでしょう。
明日は学園も休みだから、アレックス様のところに伺って、お話しないとね。
そうしたら、まあ、無理に前世の記憶を呼び起こしたことを謝罪して、それから色々と断罪されないための根回しをしようかな。
あ、もしかしたら、これをきっかけにアレックス様と前世トークで盛り上がるかも~。そういえば、乙女ゲームに転生の話で、前世の記憶持ち同志で、協力してヒロインを排除するパターンもあったしね。あと、アレックス様が前世、あの世界の男性ならもちろん、たとえ女性でも、あのビッチそうなヒロインとは絶対別れてくれるだろうし、オネエになってもむしろ嫌悪がますだろうな。いずれにしろ私の協力がかなりいるでしょう~。それから……。

のんきにアレックスの反応を分析したり、色々と可能性を考えたりしているが、大半はマリーエルの断罪が遠のくだろうと、たかをくくっていた。

しかし、この実行された賭けには落とし穴がある。
通常、前世の記憶を取り戻した場合の変化とは、精神的に大人になったり、知識も増えたり、人間的に向上する場合がほとんどである。
ところが、マリーエルの場合、平和な国の脳筋な女の子の記憶であったため、むしろアホな子に退化した。マリーエルは、本来の公爵令嬢にアホな子要素を加えた半端な知識の残念ミックスとなったのであった。
そのため、第2の仮説の脆弱さを甘くみていた。もしアレックスが前世の記憶を取り戻しても断罪される可能性はなくなるとは限らないにも関わらず……。

アホな子に退化したマリーエルはこうして、浅はかな仮説をもとに実行された賭けに、マリーエルの未来は大きく変えられていくのであった。
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