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怪 No.037 「八千代荘203号室」
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お部屋探しってね、大変なんですよ。
僕みたいにお金も大して出せない癖に希望の条件が多いと特にね。
不動産屋をたくさん回らないといけないし、回れど回れど理想の物件が見つからないなんてことが平気で続くわけです。
嫌んなっちゃいますよ。
ただそんな僕でも、一件見つかりまして。
「厳しい条件ですよこれは」
寂れた路地の一角に、小振りな店を構えた「金山不動産」の男は言った。
「この条件でこの予算しか出せないんですか?」
この男は金山不動産に雇われの身だが不動産業務のほとんどを任されている。名は佐伯。
「まああくまで理想を言うとって感じですけど」
「なるほどねぇ」
下はくたびれた黒のスラックス、上はシンプルなペイズリー柄のネクタイを締めたワイシャツ一枚という出立ちで、袖を捲っているが左右の捲り具合が僅かに違う。
「やっぱり難しいですかねえ」
「はい」
微かに乱れた装いは小さいなりにも繁盛していることを表しているのだろう。
「ただまあ…無いことは無いですよ」
「本当ですか?」
「だけどここはねぇ」
「何ですか?」
「何というかその、あの、あんまり大きな声では」
「曰く付きってやつですか?」
「まあそうです」
「全然良いですよ。僕全然そんなの気にしないので」
「ただこの部屋に住んだ人は、みなさん同じ死に方をされてるんですよ」
「そんなの偶々でしょう。僕は気にしませんよ」
「そうですか?じゃあ内見してみます?」
「是非お願いします」
そうして金山不動産の社用車に乗り込み、その部屋へ向かった。
佐伯の運転する車は妙に静かだった。
「ここです」
〔八千代荘〕
築半世紀はくだらない、そんなあばら住宅だった。部屋は6つ。
「住人の部屋は5つで、1つは大家の部屋です」
「なるほど。静かで良い所だと思いますよ。ちょっとボロいけど」
「早速中をお見せします。こちらへどうぞ」
資料で見た時より部屋が狭く感じた。どうせ内見でバレるというのに不動産屋が必ずやる手口だろう。実際よりも広く見える写真を掲載して人を釣るのだ。
否、部屋を狭く見せていたのは、異物の存在だった。
手すり
手すり手すり手すり、手すり手すり手すり手すり。
部屋の至る所に手すりがあるのだ。壁際ならまだしも床にある。大して広くない部屋の床に、手すりがいくつも設置してあった。
それはまるで、手すりの曼荼羅のようだった。
「何ですかこれは?」
「私共の方で取り付けたんですよ」
「何故?」
「皆さん同じ死に方をされると言ったでしょう?ここに住んだ者は皆、床から天井に『落ちる』んです」
「どういうことですか?」
「奇妙に思われるかもしれませんが本当なんです。床から天井に向かって落ちているとしか思えない死に方をするんです。僕らは『天落死』と呼んでいますが」
佐伯は続けた。
「だから金山不動産では、天井に落ちることなく安心して住んで頂けるように、手すりをつけさせてもらいました」
「家賃は結構です」
僕みたいにお金も大して出せない癖に希望の条件が多いと特にね。
不動産屋をたくさん回らないといけないし、回れど回れど理想の物件が見つからないなんてことが平気で続くわけです。
嫌んなっちゃいますよ。
ただそんな僕でも、一件見つかりまして。
「厳しい条件ですよこれは」
寂れた路地の一角に、小振りな店を構えた「金山不動産」の男は言った。
「この条件でこの予算しか出せないんですか?」
この男は金山不動産に雇われの身だが不動産業務のほとんどを任されている。名は佐伯。
「まああくまで理想を言うとって感じですけど」
「なるほどねぇ」
下はくたびれた黒のスラックス、上はシンプルなペイズリー柄のネクタイを締めたワイシャツ一枚という出立ちで、袖を捲っているが左右の捲り具合が僅かに違う。
「やっぱり難しいですかねえ」
「はい」
微かに乱れた装いは小さいなりにも繁盛していることを表しているのだろう。
「ただまあ…無いことは無いですよ」
「本当ですか?」
「だけどここはねぇ」
「何ですか?」
「何というかその、あの、あんまり大きな声では」
「曰く付きってやつですか?」
「まあそうです」
「全然良いですよ。僕全然そんなの気にしないので」
「ただこの部屋に住んだ人は、みなさん同じ死に方をされてるんですよ」
「そんなの偶々でしょう。僕は気にしませんよ」
「そうですか?じゃあ内見してみます?」
「是非お願いします」
そうして金山不動産の社用車に乗り込み、その部屋へ向かった。
佐伯の運転する車は妙に静かだった。
「ここです」
〔八千代荘〕
築半世紀はくだらない、そんなあばら住宅だった。部屋は6つ。
「住人の部屋は5つで、1つは大家の部屋です」
「なるほど。静かで良い所だと思いますよ。ちょっとボロいけど」
「早速中をお見せします。こちらへどうぞ」
資料で見た時より部屋が狭く感じた。どうせ内見でバレるというのに不動産屋が必ずやる手口だろう。実際よりも広く見える写真を掲載して人を釣るのだ。
否、部屋を狭く見せていたのは、異物の存在だった。
手すり
手すり手すり手すり、手すり手すり手すり手すり。
部屋の至る所に手すりがあるのだ。壁際ならまだしも床にある。大して広くない部屋の床に、手すりがいくつも設置してあった。
それはまるで、手すりの曼荼羅のようだった。
「何ですかこれは?」
「私共の方で取り付けたんですよ」
「何故?」
「皆さん同じ死に方をされると言ったでしょう?ここに住んだ者は皆、床から天井に『落ちる』んです」
「どういうことですか?」
「奇妙に思われるかもしれませんが本当なんです。床から天井に向かって落ちているとしか思えない死に方をするんです。僕らは『天落死』と呼んでいますが」
佐伯は続けた。
「だから金山不動産では、天井に落ちることなく安心して住んで頂けるように、手すりをつけさせてもらいました」
「家賃は結構です」
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