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さようなら天界⑤
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「伝えたかったことは、全部伝えられたかい?」
天界との通信が終わり、先程まで通信手段に使っていたスマホの所有者である神村さんが話しかけてきた。
「はい。ある程度は伝えられたと思います。全部かどうかと言われると微妙ですが……」
「天界には50年近くいたんだ。そんな天界に対する思いや、神楽くんに対する思いを、あの短い時間で全て伝えるのは難しいだろうな。なにはともあれ、ご苦労さん」
「神村さん。何から何まで本当にお世話になりました。天界に対して未練が全く無いといえば嘘になりますが、今回の通信である程度はスッキリとしました。ありがとうございます」
「なに、私は元天界の裁判官として、そして凪沙ちゃんへの罪滅ぼしとして、自分に出来ることを実行しただけだよ。礼には及ばない。今後も引き続き、あくまで花串の常連として、君たちを遠くから見守っているよ。さぁさぁ、天界との通信も終わって君も疲れただろう。帰ってゆっくりするといい。君の帰るべき場所|でね」
「はい。本当にありがとうございました。今後は凪沙ちゃんが立派な画家になれるよう、陰ながらサポートしていきます。今後は神様ではなく、一人の下界の知り合いとして、また相談に乗ってくださいね」
「うむ。いつでも待ってるよ」
俺は神村さんに軽く頭を下げ、そして神村さんの自宅を後にする。
神村さんの自宅から鳥居家へと帰る途中、神鳴山が見えた。いつからだろう。神鳴山に愛着が湧いたのは。そして、この街に愛着が湧いたのは。昔から情に流されない性格だと自負していた身として、こんな感情になる時が来るとは思いもしなかった。そんな自分に思わず苦笑した。
「おう、神山さん! 今帰ったか!」
鳥居家に戻ると、まだ夜の営業まで時間があるにも関わらず、お父さんとお母さんが厨房で慌ただしく動いている。ホールの方に目をやると、テーブルの一角に豪華な料理が並んでいた。
「ただいま帰りました。なにやら忙しそうですが、何かあったんですか?」
「それがね、神山さん!」
厨房でフライパンを振っているお父さんに代わって、お母さんが話し始める。
「凪沙から聞いてると思うけど、この間凪沙が描いた絵がある絵本の表紙を飾ったって言ってたじゃない? あれが好評らしくて、今度絵の雑誌の取材を受けることになったんですって!」
「へぇ! それは凄いですね!」
「だから、それのお祝いをしようと思って準備をしているの!」
「凪沙ちゃんは知ってるんですか?」
「今日は新しい画材を買いに行ってるから、このことはまだ知らないわ。もうすぐ帰ってくると思うけど……」
その時、外から車の音が聞こえた。
「あらやだ、もう帰ってきたのね! あとちょっとで準備が終わりそうなのに……。どうしましょう、晴人は部屋で勉強してるって言ってたし……。そうだ、神山さん! 少しの間だけ、外で凪沙と話をして時間を繋いでくれる? そうね……、10分ってところかしら」
「分かりました。行ってきます」
外に出ると、車を停車させた凪沙ちゃんが、購入してきたであろう大量の画材を車から出そうとしていた。
「おかえり、凪沙ちゃん。手伝うよ」
「あ、神山さん! ただいまです! すみません、助かります。あれもこれもと買い込んでいたらこんな量になっちゃって……」
「お母さんから聞いたよ。なんか、雑誌の取材を受けることになったんだって?」
「そうなんです! びっくりですよね、私なんかで良かったのかな……」
「でも、それで張り切って大量の画材を買っちゃったんでしょう?」
「えへへ、バレました? 今回はご縁があって運良く良い方向に進んだだけで、じゃあそこに実力が伴っていたかというと、そうではないと思っています。だったらせめて、今の良い流れに乗ろうと、たくさん練習するためにいっぱい画材を買ったんです! 頑張らないと!」
「頑張ろうね、凪沙ちゃん。俺も改めて、下界での生活を頑張っていくよ」
「あ……。たしか、今日は天界の方々とお話をしたんでしたっけ……? すみません、そこに立ち会えなくて……」
「いやいや。元々凪沙ちゃんは、今日は画材を購入しに行く日だったんだ。凪沙ちゃんの夢の方が大切だからね」
少し泣いてた姿なんて見せられないからな。
「神山さん、優しいですね……! 私、実はまだ信じられないんです。神山さんが下界に来るまで、ずっと区域担当神を務められていらっしゃったことが。こんなに優しい性格の持ち主なのに、よく情に流されなかったなって……」
「自分でも不思議に思ってるよ。特に下界に来てからというもの、俺はこんなに簡単に情に流されるのかってね」
本当は……。今思えば、俺こそ区域担当神に向いてなかったのかもしれない。無理をしていたのかもしれない。30年以上、本当の自分を抑え続けて。この街に来てから改めて気付いた。情に流されるままの神生、いや、人生も悪くないなって。
「ありがとう、凪沙ちゃん」
「え? 何がですか? 私、何かお礼されるようなことしましたっけ……?」
「あ、いや、なんでもない。気にしないでくれ」
そろそろ10分くらいになるか。
「それより、そろそろ家に入ろうか。重い荷物は俺が持つから」
「そうですね、帰りましょう! 荷物を持っていただいてありがとうございます!」
神楽のことは……、今は言うべきじゃないか。神楽のことは、凪沙ちゃんが立派な画家になったら伝えよう。それまで、お前も天界で見守ってろよ。
「お腹すいたー。今日のご飯はなんだろうなぁ」
俺も荷物を持って、さっさと帰るか。俺の帰るべき場所へと。
荷物重っ!!
天界との通信が終わり、先程まで通信手段に使っていたスマホの所有者である神村さんが話しかけてきた。
「はい。ある程度は伝えられたと思います。全部かどうかと言われると微妙ですが……」
「天界には50年近くいたんだ。そんな天界に対する思いや、神楽くんに対する思いを、あの短い時間で全て伝えるのは難しいだろうな。なにはともあれ、ご苦労さん」
「神村さん。何から何まで本当にお世話になりました。天界に対して未練が全く無いといえば嘘になりますが、今回の通信である程度はスッキリとしました。ありがとうございます」
「なに、私は元天界の裁判官として、そして凪沙ちゃんへの罪滅ぼしとして、自分に出来ることを実行しただけだよ。礼には及ばない。今後も引き続き、あくまで花串の常連として、君たちを遠くから見守っているよ。さぁさぁ、天界との通信も終わって君も疲れただろう。帰ってゆっくりするといい。君の帰るべき場所|でね」
「はい。本当にありがとうございました。今後は凪沙ちゃんが立派な画家になれるよう、陰ながらサポートしていきます。今後は神様ではなく、一人の下界の知り合いとして、また相談に乗ってくださいね」
「うむ。いつでも待ってるよ」
俺は神村さんに軽く頭を下げ、そして神村さんの自宅を後にする。
神村さんの自宅から鳥居家へと帰る途中、神鳴山が見えた。いつからだろう。神鳴山に愛着が湧いたのは。そして、この街に愛着が湧いたのは。昔から情に流されない性格だと自負していた身として、こんな感情になる時が来るとは思いもしなかった。そんな自分に思わず苦笑した。
「おう、神山さん! 今帰ったか!」
鳥居家に戻ると、まだ夜の営業まで時間があるにも関わらず、お父さんとお母さんが厨房で慌ただしく動いている。ホールの方に目をやると、テーブルの一角に豪華な料理が並んでいた。
「ただいま帰りました。なにやら忙しそうですが、何かあったんですか?」
「それがね、神山さん!」
厨房でフライパンを振っているお父さんに代わって、お母さんが話し始める。
「凪沙から聞いてると思うけど、この間凪沙が描いた絵がある絵本の表紙を飾ったって言ってたじゃない? あれが好評らしくて、今度絵の雑誌の取材を受けることになったんですって!」
「へぇ! それは凄いですね!」
「だから、それのお祝いをしようと思って準備をしているの!」
「凪沙ちゃんは知ってるんですか?」
「今日は新しい画材を買いに行ってるから、このことはまだ知らないわ。もうすぐ帰ってくると思うけど……」
その時、外から車の音が聞こえた。
「あらやだ、もう帰ってきたのね! あとちょっとで準備が終わりそうなのに……。どうしましょう、晴人は部屋で勉強してるって言ってたし……。そうだ、神山さん! 少しの間だけ、外で凪沙と話をして時間を繋いでくれる? そうね……、10分ってところかしら」
「分かりました。行ってきます」
外に出ると、車を停車させた凪沙ちゃんが、購入してきたであろう大量の画材を車から出そうとしていた。
「おかえり、凪沙ちゃん。手伝うよ」
「あ、神山さん! ただいまです! すみません、助かります。あれもこれもと買い込んでいたらこんな量になっちゃって……」
「お母さんから聞いたよ。なんか、雑誌の取材を受けることになったんだって?」
「そうなんです! びっくりですよね、私なんかで良かったのかな……」
「でも、それで張り切って大量の画材を買っちゃったんでしょう?」
「えへへ、バレました? 今回はご縁があって運良く良い方向に進んだだけで、じゃあそこに実力が伴っていたかというと、そうではないと思っています。だったらせめて、今の良い流れに乗ろうと、たくさん練習するためにいっぱい画材を買ったんです! 頑張らないと!」
「頑張ろうね、凪沙ちゃん。俺も改めて、下界での生活を頑張っていくよ」
「あ……。たしか、今日は天界の方々とお話をしたんでしたっけ……? すみません、そこに立ち会えなくて……」
「いやいや。元々凪沙ちゃんは、今日は画材を購入しに行く日だったんだ。凪沙ちゃんの夢の方が大切だからね」
少し泣いてた姿なんて見せられないからな。
「神山さん、優しいですね……! 私、実はまだ信じられないんです。神山さんが下界に来るまで、ずっと区域担当神を務められていらっしゃったことが。こんなに優しい性格の持ち主なのに、よく情に流されなかったなって……」
「自分でも不思議に思ってるよ。特に下界に来てからというもの、俺はこんなに簡単に情に流されるのかってね」
本当は……。今思えば、俺こそ区域担当神に向いてなかったのかもしれない。無理をしていたのかもしれない。30年以上、本当の自分を抑え続けて。この街に来てから改めて気付いた。情に流されるままの神生、いや、人生も悪くないなって。
「ありがとう、凪沙ちゃん」
「え? 何がですか? 私、何かお礼されるようなことしましたっけ……?」
「あ、いや、なんでもない。気にしないでくれ」
そろそろ10分くらいになるか。
「それより、そろそろ家に入ろうか。重い荷物は俺が持つから」
「そうですね、帰りましょう! 荷物を持っていただいてありがとうございます!」
神楽のことは……、今は言うべきじゃないか。神楽のことは、凪沙ちゃんが立派な画家になったら伝えよう。それまで、お前も天界で見守ってろよ。
「お腹すいたー。今日のご飯はなんだろうなぁ」
俺も荷物を持って、さっさと帰るか。俺の帰るべき場所へと。
荷物重っ!!
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