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神様とこの街④
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「そういえば、凪沙ちゃんはどうして画家を目指しているんだい?」
神村さんはしばらく山頂からの景色を眺め、神鳴山名物「神鳴まんじゅう」を買った後、下山して行った。また2人でゆっくり話せる時に話そうという約束を交わして。
俺と凪沙ちゃんは登山客の邪魔にならない所にスペースを取り、画材を広げて山頂からの景色を描き始めた。他にも写真を撮影するために三脚を立てたり、俺たちと同じように絵を描くために画材を広げたりしている人もいるため、特段浮いている存在では無かった。それでも、若い女性とおじさんが並んで景色を描くという構図は、少なからず人の目を引いた。多少の恥ずかしさと沈黙の気まずさを解消するために、少し前から気になっていた先程の質問をぶつけてみた。
「私が画家になりたい理由は2つあって、1つは単純に絵を描くことが好きだからです。それがいつしか、自分の描いた絵が少しでも誰かを感動させられたら嬉しい、そう思うようになりました。結構シンプルな理由でしょう?」
「だけど、そのシンプルな理由が一番の原動力になっていると思うよ。実際、1枚の絵で心を揺さぶられたり、人によっては人生まで変えられたりする人もいるらしいからね」
「もう1つは、お姉ちゃんが関係してくるんです」
「お姉さんが?」
「はい。お姉ちゃん、子供がいるでしょう? 唯斗くん。神山さんも会いましたよね。でも、お姉ちゃんと唯斗くんに会っている間、何か気が付かなかったですか?」
「何か? うーん……。特に何も思わなかったかなぁ。仲の良い親子って感じ」
「神山さん、唯斗くんとキャッチボールしましたよね? 唯斗くんは表立って言っていなかったですけど、神山さんとキャッチボール出来たの、凄い嬉しかったみたいですよ! 久しぶりに男の大人の人とキャッチボール出来た! って」
……なるほど。そういうことか。
「唯斗くんにとってはお父さん、お姉ちゃんにとっては旦那さんがいないってこと……かな?」
「そうなんです。でも、しんみりする必要ありませんよ。亡くなったわけではないですから。お姉ちゃんは早くに離婚しました。相手の女癖の悪さが原因で。だからお姉ちゃんは唯斗くんがまだ小さい時から女手一つで育ててるんです。シングルマザーなんですよ」
「そうだったんだね。少なくとも僕にはそれを感じさせないくらい明るくて優しい親子って感じがした。強いお姉さんだね。立派だよ」
「お姉ちゃんも元々画家を目指していました。私と同じ、大好きな絵で誰かを感動させたいという理由で。しかし、結果的に結婚相手に裏切られてその夢を断念せざるを得なくなりました。シングルマザーをやりながら絵を描くという選択肢もあったみたいですが、とてもじゃないけど両立は無理だったみたいで。それでもお姉ちゃんは、結婚や出産をした責任は自分にもあるからと誰も責めず、現実を粛々と受け止めていました」
「それで妹である凪沙ちゃんが、お姉さんの思いも背負って画家を目指してる、ということだね?」
「そういうことになりますね。画家になることは決して簡単ではないということは重々承知しています。でも、私は夢を諦めたお姉ちゃんの思いも背負って、必ず立派な画家になります。見ててくださいね! 神山さん!」
凪沙ちゃん、いつもはどこか抜けている天然な子だけど、実は芯が一本通っている強くて立派な若者ではないか。弟の晴人くんも、まぁ俺に対しては舐めてる部分もあるけど、救命士になるために頑張ってるし。お姉さんも含めて、3人揃って凄く立派だ。
「ちょっと真面目な話をしすぎて空気が重くなりましたね! 話を変えましょう! ナメクジの生態の話でもします? 」
「い、いや……。遠慮しとくよ……」
ナメクジの生態の話、正直少し興味があったが、一度話に入り込むと熱弁を振るう凪沙ちゃんのことだ。絵を描くことすら忘れそうになるかもしれない。それだけは避けたいので、しばらくは絵に関係のある話を交わすことにした。
「出来ました! 細かい部分や絵を塗る作業は帰ってからやることにします。神山さんはどうですか?」
「俺もぼちぼち完成かな。風景画なんて久しぶりに描いたけど楽しかったよ」
「それは良かったです! では、付いて来てくれたお礼も兼ねて、一番最初は神山さんに私の絵を披露しちゃいます! 特別ですよぉ? いきます! じゃーん!」
……。これは? 絵本? 絵本みたいなタッチだな……。風景画っちゃ風景画だけど……。思ってたのと大分かけ離れてるな……。
「味があって、こう、凪沙ちゃんらしさが出てるというか……。そうだね、うん。僕はめちゃくちゃ好きだなぁ!」
「そんな褒めちぎっても何も出ませんよ、もー! 絵を見せる瞬間はやはり緊張しますねー! さぁ、次は神山さんの番です!」
「あ、あぁ……、あんまり自信無いけど……」
「作品を褒めていただいた手前恐縮ですが、美大の私の審査は厳しいですよぉー? では、審査致します! ……、うまっ」
神村さんはしばらく山頂からの景色を眺め、神鳴山名物「神鳴まんじゅう」を買った後、下山して行った。また2人でゆっくり話せる時に話そうという約束を交わして。
俺と凪沙ちゃんは登山客の邪魔にならない所にスペースを取り、画材を広げて山頂からの景色を描き始めた。他にも写真を撮影するために三脚を立てたり、俺たちと同じように絵を描くために画材を広げたりしている人もいるため、特段浮いている存在では無かった。それでも、若い女性とおじさんが並んで景色を描くという構図は、少なからず人の目を引いた。多少の恥ずかしさと沈黙の気まずさを解消するために、少し前から気になっていた先程の質問をぶつけてみた。
「私が画家になりたい理由は2つあって、1つは単純に絵を描くことが好きだからです。それがいつしか、自分の描いた絵が少しでも誰かを感動させられたら嬉しい、そう思うようになりました。結構シンプルな理由でしょう?」
「だけど、そのシンプルな理由が一番の原動力になっていると思うよ。実際、1枚の絵で心を揺さぶられたり、人によっては人生まで変えられたりする人もいるらしいからね」
「もう1つは、お姉ちゃんが関係してくるんです」
「お姉さんが?」
「はい。お姉ちゃん、子供がいるでしょう? 唯斗くん。神山さんも会いましたよね。でも、お姉ちゃんと唯斗くんに会っている間、何か気が付かなかったですか?」
「何か? うーん……。特に何も思わなかったかなぁ。仲の良い親子って感じ」
「神山さん、唯斗くんとキャッチボールしましたよね? 唯斗くんは表立って言っていなかったですけど、神山さんとキャッチボール出来たの、凄い嬉しかったみたいですよ! 久しぶりに男の大人の人とキャッチボール出来た! って」
……なるほど。そういうことか。
「唯斗くんにとってはお父さん、お姉ちゃんにとっては旦那さんがいないってこと……かな?」
「そうなんです。でも、しんみりする必要ありませんよ。亡くなったわけではないですから。お姉ちゃんは早くに離婚しました。相手の女癖の悪さが原因で。だからお姉ちゃんは唯斗くんがまだ小さい時から女手一つで育ててるんです。シングルマザーなんですよ」
「そうだったんだね。少なくとも僕にはそれを感じさせないくらい明るくて優しい親子って感じがした。強いお姉さんだね。立派だよ」
「お姉ちゃんも元々画家を目指していました。私と同じ、大好きな絵で誰かを感動させたいという理由で。しかし、結果的に結婚相手に裏切られてその夢を断念せざるを得なくなりました。シングルマザーをやりながら絵を描くという選択肢もあったみたいですが、とてもじゃないけど両立は無理だったみたいで。それでもお姉ちゃんは、結婚や出産をした責任は自分にもあるからと誰も責めず、現実を粛々と受け止めていました」
「それで妹である凪沙ちゃんが、お姉さんの思いも背負って画家を目指してる、ということだね?」
「そういうことになりますね。画家になることは決して簡単ではないということは重々承知しています。でも、私は夢を諦めたお姉ちゃんの思いも背負って、必ず立派な画家になります。見ててくださいね! 神山さん!」
凪沙ちゃん、いつもはどこか抜けている天然な子だけど、実は芯が一本通っている強くて立派な若者ではないか。弟の晴人くんも、まぁ俺に対しては舐めてる部分もあるけど、救命士になるために頑張ってるし。お姉さんも含めて、3人揃って凄く立派だ。
「ちょっと真面目な話をしすぎて空気が重くなりましたね! 話を変えましょう! ナメクジの生態の話でもします? 」
「い、いや……。遠慮しとくよ……」
ナメクジの生態の話、正直少し興味があったが、一度話に入り込むと熱弁を振るう凪沙ちゃんのことだ。絵を描くことすら忘れそうになるかもしれない。それだけは避けたいので、しばらくは絵に関係のある話を交わすことにした。
「出来ました! 細かい部分や絵を塗る作業は帰ってからやることにします。神山さんはどうですか?」
「俺もぼちぼち完成かな。風景画なんて久しぶりに描いたけど楽しかったよ」
「それは良かったです! では、付いて来てくれたお礼も兼ねて、一番最初は神山さんに私の絵を披露しちゃいます! 特別ですよぉ? いきます! じゃーん!」
……。これは? 絵本? 絵本みたいなタッチだな……。風景画っちゃ風景画だけど……。思ってたのと大分かけ離れてるな……。
「味があって、こう、凪沙ちゃんらしさが出てるというか……。そうだね、うん。僕はめちゃくちゃ好きだなぁ!」
「そんな褒めちぎっても何も出ませんよ、もー! 絵を見せる瞬間はやはり緊張しますねー! さぁ、次は神山さんの番です!」
「あ、あぁ……、あんまり自信無いけど……」
「作品を褒めていただいた手前恐縮ですが、美大の私の審査は厳しいですよぉー? では、審査致します! ……、うまっ」
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