下界の神様奮闘記

LUCA

文字の大きさ
上 下
34 / 60

神様とこの街②

しおりを挟む
 次の休日。凪沙ちゃんと俺は神鳴山ドライブに行くために準備をする。一応晴人くんも誘ってみたのだが、なんとなくつまらなそうという理由で断られてしまった。まぁ、目的がある凪沙ちゃんはともかく、晴人くんのような若人が山へドライブなんてつまらないと感じるのも無理はないだろう。実は俺も初めてなんだけどね。

「神山さん、準備出来ましたか? 私はバッチリです! あ、神山さんの画材も用意してますからね! 」

 忘れてた。俺も絵を描くんだった。絵を描くなんていつぶりだろうか。天界模写大会で筆を握ったあの日以来だろうか? はたまた、まだ結婚してた頃に子供とお絵描きごっこをした時以来だろうか? いずれにしても、もうしばらく絵を描いていないことは間違いなかった。大丈夫だろうか。

「細かい仕上げは家に帰ってから行うので、山頂では大まかな下書きと配色だけ行います。それでも、時間がどのくらいかかるのかは分からないので、一応お弁当を作っておきました。お昼時になったら食べましょうね」

「凪沙ちゃん、料理も出来るんだね」

「昔はお母さんとよく料理してたんですよ。学生になってからはあまりやらなくなりましたけどね」

「凪沙ちゃんはいいお嫁さんになりそうだね。何でも出来るし」

「もー、神山さんったら! 褒めても何も出ませんよぉー」

 天然なところはさておき、本音を言ったつもりであった。こんなに良い子を男が放っておくわけがない。悪い男には騙されないように。それだけが俺の願いだ。お父さんみたいだな。

「さて、準備も出来ましたし、そろそろ出発しましょうか!」

 凪沙ちゃんと俺は車へ乗り込む。この車は、この間繁華街に行った時に乗せてもらった、凪沙ちゃんのお父さんの車である。凪沙ちゃんもいつかは車を所有したいらしい。いかついスポーツカーとか買わなければ良いが。

「良い天気になって良かったですねー! 昨日が結構雨降ってたので、どうなるかと思いました。雨降ってるとせっかくの山頂からの景色も台無しですからね」

「結構降ってたよね。雷もなってたから、すき焼きもソワソワしてたよ」 

「怖かったんでしょうね。あの子、雷なんて初体験だっただろうし」

 車内では音楽がかけられている。なんでも、最近流行りの歌を集めたものらしいが、50過ぎのおじさんにはなかなか共感し難い歌詞ばかりであった。愛だの恋だの、会いたいだの離さないだの。どれも似たようなフレーズやメロディを羅列した曲ばっかりで、深さがなく心に響かない。深さよりもわかりやすさを求めるらしい若者にはウケるだろうが。

 しかし、下界のアイドルはかわいい。なんとか坂だったかな、みんなかわいいと思う。この国のアイドルのシステムは良く出来ていると感心する。天界にも似たようなアイドルグループはいたが、顔と名前が一致しないどころか、全員同じような顔に見えてしまったものだ。

「そういえば最近、うちの居酒屋に面白いお客さんが来るようになったんですよ。今では常連さんになりつつあります。登山が趣味で、神鳴山にもよく登ってるみたいですよ」

 最近のカルチャーについて考えていると、凪沙ちゃんがそんな話を始めた。

「あぁ、あの少し年配の方か。たしかに最近良く来るよね。渋い雰囲気出してて、かっこいいおじさんって感じの」

「あ、やっぱりそう思います? あの雰囲気、良いですよね! 神山さんとは違ったかっこいいおじさん像というか」

 なんか少し蔑まれてる感じがしたが、なんせ凪沙ちゃんは天然なので、気にしないことにした。気にすると悲しくなるから。

 そんな話をしていると、神鳴山の麓あたりに着いた。ここからしばらく車で登ると駐車場があるらしい。

「昨日の雨で道が少しぬかるんでいますね。少し速度を落として走ります」

「気を付けないとぬかるみに嵌っちゃいそうだねこれは」

 しばらく車で登ると駐車場が見えてきた。晴れた休日ということで登山客で賑わっている。車を停め、画材を抱えて受付へと歩き出す。神鳴山は雪が降りにくい地形となっているらしく、一部分を除いて冬でも登山できるようになっている。この時期は、冬の景色を求めて多くの登山客で賑わうという。

「今日も賑わってますねー! 地元の方が多いので、知った顔もたまに見かけますね。あ! あそこにいるのは……」

 おもむろに凪沙ちゃんが指をさす。その方向を見ると、俺も知っている顔があった。さっき話していた、どこか渋くてかっこいい雰囲気を醸し出す居酒屋の常連さんだ。

「こんにちはー! 登山に来てたんですね! ちょうどさっき話をしてたんですよ!」

「お、凪沙ちゃん! 偶然だね、こんな所で会うとは。なんか、私の良からぬ話でもしてたのかい?」

「まさか、そんな! かっこいい雰囲気のお客さんですねって話をしてたんです。褒めてましたよー!」

「それは嬉しいね。隣りにいるのは……、たしか従業員の方か。こんにちは」

「こんにちは。いつもお世話になっています」

「あ、ちょっと車に忘れ物しちゃったので、先に待機所へ行っててください!」

 そう言って凪沙ちゃんは車の方へ走り出す。

「凪沙ちゃんは今日も元気だね。実に良いことだ。若者は元気が一番だからね」

「そうですね。もっとも、彼女の場合、もう少し落ち着きがあっても良さそうですが」

「それもそうだね。いやー、しかし、君も最近はどうだい? 心身共に健康かい?」

「自分では元気なつもりですけどね。いかんせん年も年なので、色々とガタが出てきています。居酒屋でしか顔を合わせないのに、心配してくださってありがとうございます」

「いやいや、君のことは随分前から知っているよ。久しぶりだね、!」

「……え? なぜ名前をご存知なんです?」

「君が下界に落とされる少し前まで天界にいた、神村という者だ。君はあんまり覚えていないと思うがね」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

あんたが気にもとめない詩人の人生

瀧山 歩ら歩ら
現代文学
働きもせずにアパートで詩や小説を書く善太郎。 酒に溺れ、金に追っかけ回され、いろんなことから逃げながらも言葉だけを信じて書き続ける。 共に暮らしている猫と亀に話しかけながら、善太郎の人生は続いていく。 あなたが気にもとめなかった人生がそこにはあった。

庭にできた異世界で丸儲け。破格なクエスト報酬で社畜奴隷からニートになる。〜投資額に応じたスキルを手に入れると現実世界でも無双していました〜

k-ing ★書籍発売中
ファンタジー
※元々執筆していたものを加筆して、キャラクターを少し変更したリメイク版です。  ブラック企業に勤めてる服部慧は毎日仕事に明け暮れていた。残業続きで気づけば寝落ちして仕事に行く。そんな毎日を過ごしている。  慧の唯一の夢はこの社会から解放されるために"FIRE"することだった。  FIREとは、Financial Independence Retire Earlyの頭文字をとり、「経済的な自立を実現させて、仕事を早期に退職する生活スタイル」という意味を持っている。簡単に言えば、働かずにお金を手に入れて生活をすることを言う。  慧は好きなことして、ゆっくりとニート生活することを夢見ている。  普段通りに仕事を終えソファーで寝落ちしていると急に地震が起きた。地震速報もなく夢だったのかと思い再び眠るが、次の日、庭に大きな穴が空いていた。  どこか惹かれる穴に入ると、脳内からは無機質なデジタル音声が聞こえてきた。 【投資信託"全世界株式インデックス・ファンド"を所持しているため、一部パラメーターが上昇します】  庭の穴は異世界に繋がっており、投資額に応じてスキルを手に入れる世界だった。しかも、クエストをクリアしないと現実世界には戻れないようだ。  そして、クエストをクリアして戻ってきた慧の手に握られていたのはクエスト報酬と素材売却で手に入れた大金。  これは異世界で社畜会社員が命がけでクエストを達成し、金稼ぎをするそんな物語だ。

ポエヂア・ヂ・マランドロ 風の中の篝火

桜のはなびら
現代文学
 マランドロはジェントルマンである!  サンバといえば、華やかな羽飾りのついたビキニのような露出度の高い衣装の女性ダンサーのイメージが一般的だろう。  サンバには男性のダンサーもいる。  男性ダンサーの中でも、パナマハットを粋に被り、白いスーツとシューズでキメた伊達男スタイルのダンサーを『マランドロ』と言う。  サンバチーム『ソール・エ・エストレーラ』には、三人のマランドロがいた。  マランドロのフィロソフィーを体現すべく、ダンスだけでなく、マランドロのイズムをその身に宿して日常を送る三人は、一人の少年と出会う。  少年が抱えているもの。  放課後子供教室を運営する女性の過去。  暗躍する裏社会の住人。  マランドロたちは、マランドラージェンを駆使して艱難辛苦に立ち向かう。  その時、彼らは何を得て何を失うのか。 ※表紙はaiで作成しました。

未完のクロスワード

ぬくまろ
現代文学
“いつも人と比べてしまう……周りが気になる……とにかく歯がゆい……そんなんじゃダメだよね”  主人公は二十八歳のOL。大学卒業後、社会に出て六年経ち、一通りの仕事や作業を無難にこなせるようになっていました。 「今日も、何ごとも起こりませんように」とつぶやきながら、ストレスは多少あるけれど、大きな不満は特にない日常が続いていましたが、ふと将来に対する不安がよぎります。同い年である同僚との比較で、自分に対する物足りなさを感じるようになります。  同僚には将来有望の恋人が社内にいます。ところがある日、同僚は結婚相談所に入会します。恋人がいるのに、なぜ結婚相談所に入会するのか?  しばらくして、同僚は相手を紹介され、それなりに楽しい日々を過ごします。  そして、二人目となる商社マンを紹介されてから日々のリズムが狂い始めます。  ある日、重大な出来事が起こります。自分だけでは解決できない、取り返しのつかないことが。  解決策は? 平坦な道はありませんでした。

創作の沼

九時せんり
現代文学
新人作家、諸橋ともえ。環境の変化についていけず筆を休めることもたびたびある彼女だったが書くことを止められず創作の沼にはまっていく。

誰がための毒杯

その子四十路
現代文学
幸福は薔薇色だというが、不幸ってどんな色をしているのだろう。 結婚して三年、夫婦共働き。 夫に裏切られた。浮気をされた──

ダンジョン探索者に転職しました

みたこ
ファンタジー
新卒から勤めていた会社を退職した朝霧悠斗(あさぎり・ゆうと)が、ダンジョンを探索する『探索者』に転職して、ダンジョン探索をしながら、おいしいご飯と酒を楽しむ話です。

処理中です...