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獲物は迷い、そして悟る1

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 あの夢のような日から一日が過ぎて、朝となった。

 俺はいつもの宿のベッドで横になった状態で昨日の出来事に思いを馳せてみる。

『ハルト様はハルト様です。私に……私たちに何かをしてもハルト様という存在が変わることはありませんわ。悲しい過去を持っていて、私たちを守ってくれたハルト様はずっとハルト様です』

 俺の心の奥底にあるドス黒い何かを抜き取るような彼女の声音を聞いて俺の心は動いた。そしてアニエスさんはそんな俺の全てを受け止めてくれた。

 暖かさ。

 これを感じたのはいつぶりだろう。俺は一人っ子だったので、両親の愛を独占してきた。お父さんとお母さんは俺の全てを受け入れてくれて、いつでもどこにいても、俺を優しく抱きしめてくれた。

 アニエスさんもそうだ。

 彼女の顔に嘘と偽りなどなく、その華奢で美しい体で、俺の全てを包み込んでくれた。

 そしてアリスとカロルも……

『ずっと待っているから』
『ずっと待っていますわ』

 両親から感じた暖かさだけではない。

 もっと暗くて重い何かを感じる。考えるだけでも恐ろしい謎の感情。それがあの3人の目に宿っていた。

 けど、それは決して、自分の私利私欲を満たすためのものではなく、詐欺師のような狡っからい考えから導き出されたものでもない。

 あれは一体なんだったんだろう。

「……」

 俺は、自分に気持ちよさと温もりをくれたアニエスさんに、そして俺を必要としているアリスとカロルに幸せになってほしいと思っている。俺と似たような過去を持っているから。だから、彼女らが幸せを掴むために俺が使われるのならそれはとても名誉あることで、喜ばしいことだ。もちろん使用人も含めて。

 だから俺は1週間後に俺の故郷(日本)の料理をご馳走するとベッドでアニエスさんに伝えた。すると、アニエスさんは目を光らせて、「作るならこの屋敷を思う存分使ってもいいですわよ」と言ってくれたので、流れで結局3人の母娘だけでなく、屋敷にいる使用人の分も作ることにした。もちろん、メディチ家の料理人を俺につけるというお墨付きまでもらったので、結構大掛かりな野外パーティーになりそうだ。
  
 謎の集団に襲われ、ひどいことをされかけた使用人たち。彼女らは俺に親切に接してくれた。だから日本の美味しい料理を食べて幸せになってほしいものだ。

「はあ……」

 そしてアニエスさんからのもう一つの提案。

 それは、

 アリスとの交際。

 特殊部隊の俺は上官の娘とお見合いを数回させられた。もちろん、俺の方からやんわりと断ったので、結婚には至らなかった。

 そもそも恋愛にはあまり興味がなかったし、付き合おうとすれば、両親の死がフラッシュバックして気が進まなかった。

 けれど、あの3美女は……

「……朝っぱらから考えすぎだ」

 そう呟いてから俺は起きて、朝ごはんを食べてから王都にあるギルド会館へと向かう。

 今日も依頼らしき依頼はあまり見えない。主に雑魚モンスターの討伐依頼とか、クラス1~4の冒険者たちが好みそうな案件だけだ。

「あら!ハルトさん!おはようございます!」
「ルアさん、おはようございます」

 いつもここで案内係をしてくれるルアさんが俺に挨拶をしてきた。

「すみませんね、今日はハルトさんが受けそうな難しい依頼はございません」
「い、いいえ。謝らなくていいですよ。それほどこの国が平和ってことだから」
「そうですね。これもハルトさんのおかげです!」
「ははは……」

 俺は照れ笑いを浮かべてから、咳払いを数回して次の話題を切り出す。

「ところで、一つ聞きたいことがあります」
「え?なんでしょうか?」
「メディチ家について教えて欲しいです」

 そう。俺はメディチ家についての情報をあまり持ってない。俺はここにきてまだ日が浅いのだ。だから、ざっくりとした全体像が掴みたい。昨日は聞ける雰囲気ではなかったから。

 彼女らの家を襲撃した謎の男たちが呟いた情報だけだとやっぱり物足りない。

「ん……メディチ家のことですね」
「はい」

 少し考え込むルアさん。だが、やがて畏敬の念を抱くように憧れの視線を明後日の方に向けて口を開く。

「一言で言うと、すごい家系です。当主を勤めているアニエス様はここラオデキヤ王国でもっとも権威ある公爵とも言えるリンスター公爵の爵位を持っているんですよ。その上は王族公爵位になりますから、王族を除けば、一番頂点に君臨する人ですね」
「そ、そんなに凄い人だったのか……」
「はい!旦那さんがお亡くなりになりましたので、今は独り身ですが、その聡明さと美しさで、多くの事業を手掛けていて、ものすごい資産家でもあるんですよ」
「……」
「それだけではありません。アニエス様の御子女であられるアリスお嬢様とカロルお嬢様の容姿はとても美しく、国内だけでなく国外の有力者からプロポーズをされまくるとか」
「そ、そうですか……」
「でも、プロポーズを受けてもことごとく断るので、多くの殿方の心をヤキモキさせていますね。謎に包まれた一族です」
「うん……」
「ところで、どうしてメディチ家のことを?」
 
 案内係のルアさんは小首を傾げて俺に問うてくる。

「こ、ここにきてまだ日が浅いので色々と勉強してみようかと……」
「あはは、そうですね。確かにハルトさんは名前といい、外観といい、少し変わったところがありますから。黒髪にブラウン色の瞳、それに異国風の顔立ち。それにものすごくお強いんですからきっとモテモテじゃないんですか?ふふっ」
「い、いいえ。それじゃ失礼します」
「はい!またのお越しをお待ちしております!」

 他の冒険者たちに見送られながら俺は外に出た。

「予想通り、凄い人たちだったな」

 と、深々とため息をついて、苦笑いを浮かべる俺であった。

X X X



「どうぞ!美味しいタコ焼きですよ」
「うわああ!ありがとうお兄ちゃん!だこあき!これが噂のだこあき!」
「タコ焼きですが……」
「ん……アツアツっ……ん……おいひい……だこあき……だこあき超美味しい!」
「……」

 住宅街と繁華街のちょうど真ん中に設けられた屋台で、子供がいかにも美味しそうにタコ焼きを頬張っている。

「あの……この上で踊っている薄い紙屑みたいなものはなんですか?」
「……それは鰹節というものです」
「かつ?ぶし?ん……暇つぶし?」
「……」

 みたいな感じで、俺はお客を捌いていく。だけど、あの母娘の姿はずっと俺の尾を引いていた。

「今日もあっという間に完売か」

 材料を結構用意したにもかかわらず、お客がものすごい勢いで押し寄せてきたため、予定より1時間も早く終わった。

 あとは俺用のタコ焼きを食べてから撤収しようか。

 と思った瞬間、

「おい!にいさんよ!」
「こっちこっち!」

 いつも俺のタコ焼きを買ってくれる心優しい(ヤクザっぽい)冒険者二人が大きな酒瓶とイカ焼き数本を持って俺を呼んでいる。

「?」
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