先輩の彼女が死にますように

水綺はく

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先輩の彼女

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 お昼過ぎに講義を終えて真希たちと食堂に行った時のことだった。
 だだっ広い食堂の真ん中らへんの席を見ると先輩の彼女が先輩と向かい合って食事をしていた。
 少し離れたところでコンビニのおにぎりを食べようとしていた私の心臓はヒュッとなってビニールを剥がす手が止まる。
 先輩は後ろ姿しか見えず、向かいでは先輩の彼女が淡々とうどんを食べていた。
 大学生になってから先輩の姿を見つけるのが高校の頃に比べてより一層、困難になった。高校の時は帰りの時間にグラウンドを見れば練習している先輩の姿を見ることが出来たけれど今は時間もバラバラでサークルの様子を見に行くのも難しい。
 先輩との距離は縮まるどころか、どんどんと遠のいていって、ますます手の届かないものとなってしまった。
 久々に目撃した先輩は彼女と向かい合っていて、後ろ姿で顔を見ることも出来ない。大学生になって黒髪から茶髪になった先輩の後ろ姿と向かい合って食事する彼女の様子を遠くから眺めながら、私は先輩の彼女の部分に自分を当てはめてみた。
 食堂で先輩と向き合って微笑みながらコンビニのおにぎりを食べる私…想像しただけで笑みが溢れそうになるのを抑える。
 そんな想像をしてから現実と向き合うと先輩は本当の彼女と向き合って食事をしている。
 悔しくて涙が出そうになるのを堪えながら梅干しおにぎりにかじりつくと酸っぱくて顔をしかめた。
 「祐美、大丈夫~⁇」
 前に座る好美が私の顔を見て面白そうに笑う。
 私は好美に向かって頷いてペットボトルの水を流し込んだ。
 透明な液体を喉の奥に流し込みながら私の記憶は高校時代の雨の日にまで遡った。
 高校二年生の冬、下駄箱で上履きから靴に履き替えた私は大粒の雨が降る外の様子を茫然と眺めていた。
 傘を忘れた私はこのまま濡れて帰ろうか、お母さんに連絡して迎えに来てもらおうか悩んでいた。
 冬だから濡れたら寒くて風邪を引きそうだし、家族が心配するのが想像出来たからお母さんに連絡して迎えに来てもらうことにした。
 お母さんに電話して車の迎えを待っていると私の横に誰かが立ったのがわかった。
 さり気なく横を見ると先輩が黒い傘を持って立っていた。私は驚きで目を見開いて顔を先輩の方へと向けた。先輩はそんな私に一切、気づかずに無表情で黒い傘を開くと傘を差してそのまま外へと歩いて行ってしまった。
 私は黒い傘で隠れた先輩の後ろ姿が段々と遠くなっていくのを無言で見届けるしかなかった。
 他の人だったら何とも思わない日常の何気ない光景が先輩に替わっただけで多幸感に包まれたり、物悲しい記憶へと変化する。
 この記憶は貴重な憧れの先輩を見れた喜びの記憶と同時に自分が何も出来なかった酸っぱい記憶でもある。甘酸っぱいのではなく、酸っぱいのだ。
 酸っぱくて顔を顰めてしまう記憶だ。
 私は何も行動出来ずに後悔することを幾度も繰り返している。それは今でも変わらず永遠と無限ループしている。
 どうして私は変わることが出来ないのだろう。


 それはとある日のことだった。
 その日、私は大学の講義に行くつもりが寝坊をして、いつもよりも遅い時間に家を出た為、慌てていた。
 いっそのことサボろうかとも考えたが、小走りで行けばバスの時間にギリギリ間に合う為、渋々、家を出るとバス停まで軽く走ったのだった。
 バス停に向かうとすでにバスが停車していて中には多くの学生が席に座っていた。私はバスが目の前で走り去らないように最後の気力を振り絞って走り込んで中に入ると、それと同時に扉が閉まって安堵の息を漏らした。
 揺れるバスの中で手摺りに掴まりながら席を探すと一人席は全部埋まっていて唯一、空いていたのは二人席の端だけだった。
 運動不足な私は走った疲労で足が疲れていた為、すぐにその席に腰を下ろした。
 疲労と緊張から解放された私は再び大きな安堵のため息を吐いて、ぼんやりと前を見る。前方には二人席に座る学生らしき人たちが見えて、さらにその先には一人席に座る人たちの頭が順番に見えた。見えた頭の色は黒と茶色と金色だった。その頭たちをぼーっと眺めてから何気なしに隣の人を一瞥すると驚きで二度見した。
 そこに座っていたのは先輩の彼女で、彼女は黒いショルダーバッグを膝の上に乗せて座っていた。
 私は肩にかけていた白いバッグを膝の上に乗せて彼女の横顔をさり気なく覗く。
 まつ毛が長くて黒目が大きいのに切れ長で、愛らしさよりも凛とした美しさを漂わせている。姿勢は真っ直ぐで、まるで花瓶に生けられた一輪の白い百合のようだ。
 私が持ち合わせていないものを持った女性。姿形が私とは真逆で無縁な性質の人で決して彼女のようにはなれない。
 思わず嫌気が差して顔を背けると見たくないものを見ないように目を閉じた。けれど一度、意識してしまうと目を閉じても彼女が存在していることを認識していて彼女の姿形が頭に焼き付いていた。
 頭の中にこびりつく彼女の姿に眉間に皺を寄せていると突然、隣から声がした。
 「あの…」
 唐突な声に目を開けて横を向く。すると彼女が私のことを見ていて思い切り目と目が合った。
 眉毛が整えられたキリッとした顔の彼女が私のことをじっと見ていて、これ…と言いながら私の白いショルダーバッグを指している。
 驚きながら彼女の指先を辿るとそこには私がずっと付けているご当地ゆるキャラのキーホルダーが目に映った。
 「これって○○市のつるピカちゃんですよね?」
 彼女に言われてキーホルダーを見るが、きょとんとする。そのキーホルダーはあづさと国内旅行をした時に思い出として何気なしにお揃いで買ったもので何なのかはいまいちよく分かっていなかった。
 丸いつるっ禿げの女の子でバカ殿様のような赤い唇に長いまつ毛が特徴的なキャラクターで、あづさとお土産屋さんで見かけた時に笑いのネタとして買ったものだった。
 「え、ごめんなさい…よく分からないで買ったもので…」
 申し訳なさそうに目を伏せると彼女はお構いなしに喋り続ける。
 「あ、そうなんだ。それ、すごく有名なゆるキャラでツ○ッターのフォロワーとかもいっぱいいて私もフォローしてるんだ。球体の顔は風船ガムをイメージてるんだって…って言うのも○○市が風船ガムの出荷量全国一位みたいでそれで出来たゆるキャラなの!見た目は変だけど喋ると天真爛漫でね、語尾に~っちゃ⭐︎ってつけるのが癖なんだ。」
 そう言って彼女がスマホを出すと私につるピカちゃんの呟きが載った画面を見せて来た。
 みんな、おはようっちゃ⭐︎
 今日も暑いっちゃ⭐︎
 身体に気をつけるっちゃ⭐︎
 単調なツイートに五十以上のハートマークが押されていて地味に人気なのが窺える。
 「好きな食べ物は梅干しなんだって~そこはガムじゃないんだって初めて知った時に思っちゃった。」
 彼女がスマホ画面を見ながら楽しげに笑う。私は彼女の意外な趣味に口をあんぐりとさせて何て答えればいいのか分からないでいた。
 「…私もよくコンビニのおにぎりは梅干しを買うんだ。」
 何を言えばいいのか分からず、取り敢えずそう答えると画面を閉じた彼女が私の顔を見て微笑んだ。
 「私はハチミツの入った梅干しだけは食べられるの。酸っぱいものより甘いものや辛いものが好き。」
 「私もおにぎりは梅干しだけど普段は辛いものや甘いものの方が好きで…」
 そう言って顔を上げると彼女と目が合った。彼女の大きな黒目に私の顔が映し出される。大きくて綺麗な瞳に素朴な私の顔が映し出された。
 「ねぇ、あのさ、良かったらライン交換しない?いつも同じ講義受けているよね。折角だから交換しようよ!」
 彼女が私にスマホを画面を見せてライン交換を促してきた。
 私は一瞬、躊躇ったが断る勇気もなかったため言われるがままにライン交換する。
 バスを降りると彼女はコンビニに寄ると言って大学とは違う方向に向かって私から離れていった。
 その後、講義室で真希たちと合流して喋っていると、彼女が中に入ってきたが、私たちのことは見向きもせずに前の方の席へと向かって着席していた。
 いつも通り彼女は一人でスマホをいじりながら講義が始まるのを待っていて、私はその後ろ姿を眺めているだけだった。ただ唯一、違うことはラインの友達リストに彼女の名前が入ったことだけだ。
 山口友香(やまぐち ともか)
 先輩の彼女の名前をその日、初めて知った。
 彼女の名前が私の友達リストに入った事実を私はどう受け止めればいいのか分からないでいた。
 その夜、家にいると彼女からラインが届いた。
 “今日はバスの中でいっぱい話せて楽しかったよ!これからよろしくね❤︎私のことは友香って呼んでね(*´꒳`*)“
 彼女はクールなイメージと違って可愛い絵文字を多用するタイプのようだ。先輩はこのギャップに胸打たれたのだろうか…
 “うん、よろしくね~。私のことも呼び捨てでいいよ~“
 彼女に返信した後、私は彼女とライン交換したことを後悔して頭を抱えた。
 片思いしている人の彼女と友達になってしまうなんて…最悪だ。
 こんな自分で自分を苦しめるような展開が待っているなんて…私の未来は一体、どうなってしまうのだろうか。

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