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先輩の元カノ
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「祐美、おはよう。」
大学の講義室で席に座っていると隣に真希が座ってきた。
その側で好実と景子が手を振って前の席に座る。
「ねぇ、昨日のさ、サークルの先輩の話なんだけどさ、私はありだと思うんだよね。そんで先輩も私のことをありだと思ってる気がするんだけど…」
真希は最近、自身が入っているバスケサークルの先輩といい感じみたいで頻繁に話をしてくる。
私は彼女の金髪のインナーカラーが入った髪が揺れるのを眺めながら、その話を適当に聞き流す。彼女はミーハーだからすぐに興味の対象が変わるのを知っていて、今はサークルの先輩が気になっていてもそのうち別の誰かに気持ちが移るだろう。
私と違って誰かにハマっても執着しないですぐに興味が変わる姿は本当は羨ましい。私もそんな風になれたらいいのに…
話を聞きながら前を向くと黒髪ショートカットの好美と黒髪ボブカットの景子の二人がチラチラと後ろを向いて私達に微笑みかける。私はそれに呼応するように微笑み返すと前方の席を見た。
前方の席には先輩の彼女が今日も一人で席に着いてスマホをいじっていた。
長い髪を垂らした状態で俯く彼女の後ろ姿を眺める。
一体、何をしているのだろうか…先輩とラインでも送りあっているのだろうか…
そう思うと胸がナイフで刺されたように鋭く痛んだ。
彼女の存在は私の自信を喪失させる。私は彼女が大嫌いだ。
「祐美!大丈夫⁇今、すっごく険しい顔になっていたよ。」
真希に言われてハッとした私は慌てて視線を先輩の彼女から離した。
「え、嘘っ、完全に無意識だった~」
そう言って笑うと真希に、具合悪いの~?と心配された。首を横に振って、考え事してた~と返す。
いつもそうだ。先輩の女が絡むと私の心は憎しみに支配されて真っ黒に染まる。
高校時代、先輩に新しい彼女が出来た時もそうだった。
相手の女は先輩と同級生だった。バスケ部に所属している背の高いポニーテールの子でいかにも気の強そうなうるさい声をした子だった。
先輩が部活のない日に彼女と一緒に帰宅しているところを目撃した私はすぐにスマホで願いが叶うおまじないを調べた。
私は小さい頃からおまじないが書かれたお菓子の袋や本を読むのが好きで、そういったものを信じてしまうロマンチストな一面があった。だから私は先輩が彼女と別れて欲しくておまじないに頼ることにした。
インターネットで色々、調べていく中で一番やりやすそうなおまじないを一つ見つけた。それが満月のおまじないだった。
おまじないの内容は簡単で満月の夜に月に向かって願いを込めるだけというシンプルなものだった。
満月の夜、私は早速それを実行した。カーテンを開けると窓から真ん丸の満月が顔を出しているのを確認して手を組んだ。そして月に向かって願いを込めた。
(先輩が彼女のことを嫌いになりますように。)
あまりにもシンプルで本当にこんなもので願いが叶うのかと疑ったけれど無力な私はそれを信じることしか出来なかった。
翌日、眠りから覚めた私はベッドから起き上がると、ある良からぬ事を思いついた。
それを実行しようか一瞬だけ躊躇ったが一か八かの作戦に出ることにした。
それは六限目の授業中のことだった。私は先生にお腹が痛いからトイレに行きたいと伝えて教室を抜け出した。
廊下を歩いていると掲示物が張り出された掲示板を見つけて、画鋲を一つ、抜き取った。そして下まで降りて三年生の下駄箱に行くと先輩の彼女の名前を探した。
先輩の彼女はバスケ部の友達からクラスと苗字をさりげなく聞いていた為、把握していた。下駄箱で彼女の名前を見つけると私はそこを開けて彼女のローファーに画鋲を一つ、仕込んだ。そして扉を閉めると何事もなかったかのように階段を上がって自分の教室に戻った。
放課後、授業を終えた私は友達を置いて一目散に三年生の下駄箱へと向かうと、下駄箱の死角になる場所に隠れて様子を窺った。すると程なくして無数の生徒たちの中に先輩と肩を並べて歩く彼女の姿が目に入った。
先輩の彼女はいかにも楽しそうに笑顔で先輩と喋りながら自身の下駄箱へと向かう。下駄箱を開けてローファーを地面に落とした。少し乱暴に落とした為、画鋲の針の向きが変わらないか不安になった。
そのまま先輩とお喋りしながら彼女が何の躊躇いもなくローファーに足を滑り込ませた時だった。
「痛っ‼︎」
唐突に彼女が顔を歪めてローファーから片足を引き離した。長い紺色のソックスを履いた彼女が足の裏をひっくり返してかかと付近に刺さった画鋲を凝視する。
すると様子に気がついた先輩が、どうしたの?と彼女の側へと寄ってきた。
彼女は踵に刺さった画鋲を抜き取るとそれをじっと見つめた。そして状況を理解すると顔を真っ赤にさせてもの凄い形相で周囲を見渡した。私は慌てて彼女に見えないように姿を隠す。
程なくして、あんたでしょ⁉︎と言う彼女の怒声が聞こえた為、死角から顔を出して再び下駄箱の様子を見た。
顔を出して様子を見ると彼女が私の知らない女子生徒の腕を引っ張って、もの凄い剣幕で怒鳴り込んでいた。
「私、知ってるんだから‼︎あんた、ずっと裏で私の陰口言ってたこと、他の子から聞いてたんだから‼︎」
叫ぶように怒鳴る彼女に急に腕を引っ張られた女子生徒は眉間に皺を寄せて、はぁ⁉︎と声を上げていた。
その様子を先輩が一歩引いた状態でドン引きした顔で眺めていた。私は先輩のその顔を見ていると面白くて笑いが出そうになるのを必死に堪えて口元に手を当てた。
結局、彼女は腕を引っ張った子を一方的に犯人だと疑って、その子の不満を捲し立てていた。するとその子は彼女の腕を振り払って、知らねぇよ!最悪‼︎と声を上げて、その場を後にした。
その後の先輩と彼女の様子は見ているだけで笑みが溢れてしまう程に地獄だった。
怒りと気まずさを交えた彼女の表情、見たくない彼女の姿を見てどうすればいいのか分からない引き気味の先輩の表情…どちらも最高傑作だった。
その次の日から先輩と彼女が一緒に帰宅する姿を見ることはなくなった。
しばらくしてバスケ部の友達から二人が破局したことを知った時は喜びでガッツポーズしたい気持ちを必死に抑えて、残念だね~と返した。
満月のおまじないでまさかこんなにもすぐに願いが叶うとは思ってもみなかった。
あれ以来、私は満月のおまじないを信じて月に一度、満月が来ると願い事をするようになった。
先輩の進学先を知りたいと願うとサッカー部のマネージャーをやっている友達から偶然に先輩の進学先を教えてもらえた。
先輩と同じ大学に合格出来るように願って受験勉強をしたところ、合格して先輩と同じ進学先に行けた。
先輩に対する願いは着実に叶っていた。唯一、叶っていないのは先輩と付き合うことだけだ。
その夢を叶えたくてここまで来たのに結局、先輩は私と正反対の子と付き合った。私のこれまでの努力は一体、なんだったのだろう…
私にはもうどうすることもできない。でも今更、憧れの先輩を諦めることもできない。
この想いはどうすればいいのだろうか?
行き場を失った先輩への恋心を抱えて彷徨い続けなければいけないのだろうか。
私の未来は一体、どうなるのかな。
夜、アパートの窓を覗くと真ん丸の満月が私のことを見下ろしていた。私は窓に向かって跪くと満月を見上げて手を組み、願いを込めた。
(先輩の彼女が死にますように。)
この遣る瀬無い気持ちを解消するにはこのくらい願わないと気が済まない。
私はこれから月に一度、満月の夜になったら先輩の彼女の死を願うことにした。
先輩の彼女が死んだところで私が彼女になれる訳ではない。そんなことは分かっている。でもそれでも願わざるを得ない。
欲しいものが手に入らないのなら、いっそのこと壊れてしまえばいい。
私のものにならないのなら私の心と同じくらいにぐちゃぐちゃになってしまえばいい。
私の歪んだ倫理観は善人には理解されないだろう。それでも一人寂しく指を噛んで、二人の背中を見ることしか出来ない私は彼女の不幸を願うことにする。
私にはこれしか出来ない。
もうこれしかない…
大学の講義室で席に座っていると隣に真希が座ってきた。
その側で好実と景子が手を振って前の席に座る。
「ねぇ、昨日のさ、サークルの先輩の話なんだけどさ、私はありだと思うんだよね。そんで先輩も私のことをありだと思ってる気がするんだけど…」
真希は最近、自身が入っているバスケサークルの先輩といい感じみたいで頻繁に話をしてくる。
私は彼女の金髪のインナーカラーが入った髪が揺れるのを眺めながら、その話を適当に聞き流す。彼女はミーハーだからすぐに興味の対象が変わるのを知っていて、今はサークルの先輩が気になっていてもそのうち別の誰かに気持ちが移るだろう。
私と違って誰かにハマっても執着しないですぐに興味が変わる姿は本当は羨ましい。私もそんな風になれたらいいのに…
話を聞きながら前を向くと黒髪ショートカットの好美と黒髪ボブカットの景子の二人がチラチラと後ろを向いて私達に微笑みかける。私はそれに呼応するように微笑み返すと前方の席を見た。
前方の席には先輩の彼女が今日も一人で席に着いてスマホをいじっていた。
長い髪を垂らした状態で俯く彼女の後ろ姿を眺める。
一体、何をしているのだろうか…先輩とラインでも送りあっているのだろうか…
そう思うと胸がナイフで刺されたように鋭く痛んだ。
彼女の存在は私の自信を喪失させる。私は彼女が大嫌いだ。
「祐美!大丈夫⁇今、すっごく険しい顔になっていたよ。」
真希に言われてハッとした私は慌てて視線を先輩の彼女から離した。
「え、嘘っ、完全に無意識だった~」
そう言って笑うと真希に、具合悪いの~?と心配された。首を横に振って、考え事してた~と返す。
いつもそうだ。先輩の女が絡むと私の心は憎しみに支配されて真っ黒に染まる。
高校時代、先輩に新しい彼女が出来た時もそうだった。
相手の女は先輩と同級生だった。バスケ部に所属している背の高いポニーテールの子でいかにも気の強そうなうるさい声をした子だった。
先輩が部活のない日に彼女と一緒に帰宅しているところを目撃した私はすぐにスマホで願いが叶うおまじないを調べた。
私は小さい頃からおまじないが書かれたお菓子の袋や本を読むのが好きで、そういったものを信じてしまうロマンチストな一面があった。だから私は先輩が彼女と別れて欲しくておまじないに頼ることにした。
インターネットで色々、調べていく中で一番やりやすそうなおまじないを一つ見つけた。それが満月のおまじないだった。
おまじないの内容は簡単で満月の夜に月に向かって願いを込めるだけというシンプルなものだった。
満月の夜、私は早速それを実行した。カーテンを開けると窓から真ん丸の満月が顔を出しているのを確認して手を組んだ。そして月に向かって願いを込めた。
(先輩が彼女のことを嫌いになりますように。)
あまりにもシンプルで本当にこんなもので願いが叶うのかと疑ったけれど無力な私はそれを信じることしか出来なかった。
翌日、眠りから覚めた私はベッドから起き上がると、ある良からぬ事を思いついた。
それを実行しようか一瞬だけ躊躇ったが一か八かの作戦に出ることにした。
それは六限目の授業中のことだった。私は先生にお腹が痛いからトイレに行きたいと伝えて教室を抜け出した。
廊下を歩いていると掲示物が張り出された掲示板を見つけて、画鋲を一つ、抜き取った。そして下まで降りて三年生の下駄箱に行くと先輩の彼女の名前を探した。
先輩の彼女はバスケ部の友達からクラスと苗字をさりげなく聞いていた為、把握していた。下駄箱で彼女の名前を見つけると私はそこを開けて彼女のローファーに画鋲を一つ、仕込んだ。そして扉を閉めると何事もなかったかのように階段を上がって自分の教室に戻った。
放課後、授業を終えた私は友達を置いて一目散に三年生の下駄箱へと向かうと、下駄箱の死角になる場所に隠れて様子を窺った。すると程なくして無数の生徒たちの中に先輩と肩を並べて歩く彼女の姿が目に入った。
先輩の彼女はいかにも楽しそうに笑顔で先輩と喋りながら自身の下駄箱へと向かう。下駄箱を開けてローファーを地面に落とした。少し乱暴に落とした為、画鋲の針の向きが変わらないか不安になった。
そのまま先輩とお喋りしながら彼女が何の躊躇いもなくローファーに足を滑り込ませた時だった。
「痛っ‼︎」
唐突に彼女が顔を歪めてローファーから片足を引き離した。長い紺色のソックスを履いた彼女が足の裏をひっくり返してかかと付近に刺さった画鋲を凝視する。
すると様子に気がついた先輩が、どうしたの?と彼女の側へと寄ってきた。
彼女は踵に刺さった画鋲を抜き取るとそれをじっと見つめた。そして状況を理解すると顔を真っ赤にさせてもの凄い形相で周囲を見渡した。私は慌てて彼女に見えないように姿を隠す。
程なくして、あんたでしょ⁉︎と言う彼女の怒声が聞こえた為、死角から顔を出して再び下駄箱の様子を見た。
顔を出して様子を見ると彼女が私の知らない女子生徒の腕を引っ張って、もの凄い剣幕で怒鳴り込んでいた。
「私、知ってるんだから‼︎あんた、ずっと裏で私の陰口言ってたこと、他の子から聞いてたんだから‼︎」
叫ぶように怒鳴る彼女に急に腕を引っ張られた女子生徒は眉間に皺を寄せて、はぁ⁉︎と声を上げていた。
その様子を先輩が一歩引いた状態でドン引きした顔で眺めていた。私は先輩のその顔を見ていると面白くて笑いが出そうになるのを必死に堪えて口元に手を当てた。
結局、彼女は腕を引っ張った子を一方的に犯人だと疑って、その子の不満を捲し立てていた。するとその子は彼女の腕を振り払って、知らねぇよ!最悪‼︎と声を上げて、その場を後にした。
その後の先輩と彼女の様子は見ているだけで笑みが溢れてしまう程に地獄だった。
怒りと気まずさを交えた彼女の表情、見たくない彼女の姿を見てどうすればいいのか分からない引き気味の先輩の表情…どちらも最高傑作だった。
その次の日から先輩と彼女が一緒に帰宅する姿を見ることはなくなった。
しばらくしてバスケ部の友達から二人が破局したことを知った時は喜びでガッツポーズしたい気持ちを必死に抑えて、残念だね~と返した。
満月のおまじないでまさかこんなにもすぐに願いが叶うとは思ってもみなかった。
あれ以来、私は満月のおまじないを信じて月に一度、満月が来ると願い事をするようになった。
先輩の進学先を知りたいと願うとサッカー部のマネージャーをやっている友達から偶然に先輩の進学先を教えてもらえた。
先輩と同じ大学に合格出来るように願って受験勉強をしたところ、合格して先輩と同じ進学先に行けた。
先輩に対する願いは着実に叶っていた。唯一、叶っていないのは先輩と付き合うことだけだ。
その夢を叶えたくてここまで来たのに結局、先輩は私と正反対の子と付き合った。私のこれまでの努力は一体、なんだったのだろう…
私にはもうどうすることもできない。でも今更、憧れの先輩を諦めることもできない。
この想いはどうすればいいのだろうか?
行き場を失った先輩への恋心を抱えて彷徨い続けなければいけないのだろうか。
私の未来は一体、どうなるのかな。
夜、アパートの窓を覗くと真ん丸の満月が私のことを見下ろしていた。私は窓に向かって跪くと満月を見上げて手を組み、願いを込めた。
(先輩の彼女が死にますように。)
この遣る瀬無い気持ちを解消するにはこのくらい願わないと気が済まない。
私はこれから月に一度、満月の夜になったら先輩の彼女の死を願うことにした。
先輩の彼女が死んだところで私が彼女になれる訳ではない。そんなことは分かっている。でもそれでも願わざるを得ない。
欲しいものが手に入らないのなら、いっそのこと壊れてしまえばいい。
私のものにならないのなら私の心と同じくらいにぐちゃぐちゃになってしまえばいい。
私の歪んだ倫理観は善人には理解されないだろう。それでも一人寂しく指を噛んで、二人の背中を見ることしか出来ない私は彼女の不幸を願うことにする。
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