若さまは敵の常勝将軍を妻にしたい

雲丹はち

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01 戦場にて

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「へえ、うちの兵士の横っ腹をどんどん突き破ってるじゃないか。いいなあ。欲しいなあ。あいつ」

カイルは馬上からもの欲しそうな目で自分の兵士たちを今も殺していく男を見つめていた。
断崖からは平原が見えていた。
分厚い層を成す中央の陣の横腹が少数精鋭の敵によって食いちぎられていく。
混乱した兵たちが散り散りバラバラになって、あっという間に陣形が崩れる。

「若。アイツは敵ですよ。しかも常勝将軍と名高いヴィルヘルムだ。そう簡単に引き抜けませんよ」

まだ自分に仕えて間もない配下が笑いながらたしなめる。
だがそんなことは知ったこっちゃない。

「オレが欲しいというからには、絶対手に入れるんだよ」

ずいっと顔を寄せて、部下の顔を凝視する。
部下の片頬が恐怖でひくつくのが見えた。
眼下では今も銀色の兜で顔を隠したヴィルヘルムが暴れている。
蛮族と呼ばれて長い我らの軍を、赤子の手でもひねるかのように蹴散らしていくさまは痛快でもあり、不快でもあった。

『よく戦い、よく死ぬ』ことを尊ぶ我らであっても、仲間の死を平然と見過ごせるわけではない。
西方の『奴ら』にとっては蛮族の証と言われる奇怪な仮面を下ろして顔を隠す。
途端に視界が狭くなるが、逆にその障害がカイルを燃え立たせる。
後ろに付き従える長い付き合いの猛者たちも仮面を下ろした。

馬の脇腹を蹴る。
手綱などない。
裸馬に乗ったまま、崖を駆け下りる。
ふつうの馬なら体勢をたもてず即死するだろう。
だがカイルの乗る馬も、部下の乗る馬も並みの馬ではない。
すべて蛮勇の地で育て上げられた、太くたくましい足を持っている。

(この崖くだり、心臓を神に掴まれるようで、実に心地いい!)

仮面の奥でカイルは笑った。
おそらく部下達も笑っているだろう。
急峻な崖をすべるように見事下りきる。目の前には今まで思う存分我らの兵を殺して沸いていた敵軍がいた。
一瞬で形勢が入れ替わる。
狩るものが狩られるものへと切り替わる空気。まるで自分がこの場を操っているかのような征服感。
胸いっぱいに空気を吸い込み、叫んだ。

「殺せ!」

野に放たれた獣の如く部下たちが敵ののど笛を食いちぎる。

(さあ、オレが欲しがっていたあいつはどんな顔をしている? 怖じ気づいたか? 弱腰の姿は見せてくれるなよ)

そんな姿を見せられたら、殺したくなってしまう。

(本当に欲しいのは何者にも屈さない強い男だ。戦の神ケハルの如き男こそ欲しい!)

狭い視界のなか、ゆっくりと『彼』を探す。
すると雄々しく勇敢な声が響いた。

「いまこのときこそ蛮族の将を屠る絶好の好機と見よ!」

その声で今まで怖じ気づいていた敵が一瞬にして力を取り戻す。その目に抗戦する意思が宿る。

(将の言葉を使ったな)

ヤツはいる。
まだこの混戦のなかにいる。
味方を見捨てて逃げたりしていない。
むしろオレが断崖から下りてきたことを好機と捉えている。
敵将みずから目の前に来たことを喜んでいる。

(いいな。実にいい。オレ好みの男だ)

腰の剣を抜く。部下たちよりも最前線に躍り出た。

「今日は死ぬにはもってこいの日だ! みな、よく戦い、よく死ね!」

自分にも敵にも宣言する。
『良い死』を得るには『良い敵』が必要だからだ。

先陣を切って立ちはだかる敵をみごと切り伏せた。
その首を蹴りちぎり、奥へと進む。

肌で分かる。
数秒鼓舞できたとしても、ここはすでに彼らにとって敵地だ。
奇襲に奇襲をぶつけられ、今や完全包囲されつつある。
死地のただなかにあって、ヴィルヘルムはどんな風になっているのか。
最後の敵を切り捨てると、銀色の美しい鎧を纏った男が敢然と立っていた。
血に濡れた剣をまっすぐに構え、こちらを見ている。
顔は見えないが、胆の強さはうかがい知れた。

「敵将とお見受けする。ここで私とあなたで雌雄を決するのはどうだ?」

落ち着いた良い声だ。
自分の死が迫っているのに、取り乱した様子もない。

(ますます欲しい)

「若。変な気は起こさんでくださいよ」

父から命じられて従者となったサムソンがたしなめてきた。
が、知ったことじゃない。

「ここで起こさなくていつ起こすんだ?」

(なによりもオレは自分が欲しいと思ったものは手づから摘み取りたい)

ヴィルヘルムはそれに値する男だ。

「良いだろう。ではオレが勝ったらオレのモノになれ」
「……妙なことを言う。捕虜と何が違う?」
「ホリョというのは家畜と変わらんのだろう。オレのモノになるということは、オレの妻になるという意味だ」

部下たちが一斉にため息をつく。

“また若の悪癖が始まった”

そう言わんばかりのため息だった。
だがヴィルヘルムは別の意味に捉えたようだ。

「貴様の妻になれだと……? 愚弄するにも程があるっ!」

その声は怒りで震えていた。カタカタと切っ先が揺れている。
血濡れの刃に彼の怒気が伝わっていく。

(ああ、いいぞ。もっと怒れ。オレに全てを見せてみろ)

音もなくヴィルヘルムの体が沈む。
気づいた時には目の前に彼が迫っていた。
ガ、ギン。
剣を打ち合わせる音が響く。
今や周囲は円を描くように距離を取って、この決闘を見守っていた。
剣を振り下ろせば、舐めるように彼の刃が食らいついてくる。
その速さ、呼吸たるや尋常ではない。

「いいな! 実にいい! もっと欲しくなったぞ! ヴィルヘルム。あんたを!」
「黙れ! この痴れ者がっ!」

いっそ兜の下にある顔を見てみたい。
どんな顔をしているのだろう。
屈強でたくましい顔立ちか。
この剣戟の強さから見て、野太い男のものだろう。

(どんな外見であれ、これほどの武勇を誇る男なら抱いてみたい)

間断なく浴びせられる剣の雨をいなしながら、すっと彼の兜に手を伸ばす。指を切り落とされる覚悟で強引に兜を外す。
銀の兜が日の光を受けながら、宙を舞う。
と同時に美しい黒髪が現れ、汗に濡れた顔が姿を現した。



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