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01 脅迫

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ああ、やっかいな仕事を引き受けてしまった。
ユニコーンの角採取。
仕事自体はなんてことない。王家の森に潜むユニコーンをおびき出して、角を折らせてもらう。
それだけだ。
おびき出すには処女の人間を使う。
問題はここだ。

――処女の人間に性別は関係あるのか?
そんなことを、幼なじみの宮廷魔術師アビントンが突然言い出した。
彼曰く、昔から気になっていたと言っていたが、それも怪しい。
変人として名を馳せているあの昔なじみは、思い立ったが吉日とばかりに行動する。
今回の角採取もそうだ。

「ユニコーンの角採取にはまだ男に抱かれたことがない少女を使った結果ばかり出ているが、古文書には処女の人間としか書かれていない。とすれば男女関係なく角を取れる可能性が出てくるんだよ。これって重要だよね? 重要でしょ? 重要に違いない! となれば男を女装させて、ユニコーンのひそむ森に放置すれば完璧だ! 今までみたいに自分の娘の処女性を売り込む貴族連中と交渉する手間もなくなる。これぞ一挙両得、総取りってやつでしょ」

王宮の魔術師団の執務室で自分の語りに酔う昔なじみの姿は、正直気持ち悪いの一言に尽きた。
ぶっちゃけ言うと、さっさとこの部屋を去りたい。
あの時アダムは心底願ったし、実際そうしておけば良かったと今でも思っている。

だが内勤の多い宮廷魔術師のわりにアビントンの動きはすばしっこかった。
がしりと手首を掴まれた。

「だからアダム! 君にお願いしたい。
君だって王宮付き騎士団長として今まで貴族連中の娘の売り込みには辟易してただろう? 
これが成功したら断れる!
だから女装して、ユニコーンの角をとってきてくれ!」
「誰がやるか!」

多忙を極めるなか、どうしてもと涙ながらに訴えられて来てみればこの提案。
ばかばかしいにも程がある。

「えぇ~。でもぉ、この前君の婚約者のご実家である伯爵家から、
我が家の娘をぜひユニコーンの角採取にお使い願いたいって申し出があったんだよぉ。
マリー・オルブライト伯爵令嬢は君の婚約者だよね。
君が断るとなると、僕はこの提案を飲まなきゃいけなくなるなぁ」
「貴様、私を脅すつもりか!?」

マリー・オルブライト嬢はまだ十二歳だ。
元気はつらつな少女で、屋敷を訪ねるたびその純粋無垢な可愛らしさに癒やされてきた。

彼女が角採取の娘に選ばれるとあっては婚約者として黙っていられない。
ユニコーンが神聖な獣とはいえ、万が一はあるのだ。

「まあ、奥手な君のことだから彼女には指一本ふれてないと思うけど、僕がこれにサインしちゃったら、どうなるかなぁ?」

にっこりと満面の笑みで迫ってくる昔なじみの顔を今ほど殴りたいと思ったことはなかった。
ひらひらと提案書をちらつかせてくる。
選択肢はもはやなかった。

「…………ぐぅっ……分かった。やればいいのだろう! やれば!」
「さっすが僕の幼なじみ! 話が早い! となれば善は急げだ。今日にでも角を取ってきてくれ!」

こうして急かされるままに鎧をむしりとられ、女物の衣装を着せられ、ユニコーンが潜む王家の森に馬車で護送させられた。
気分は囚人だ。
唯一の救いは、部下たちにこの恥ずかしい恰好を見られずに済んだこと。それくらいだ。

「角が取れても、取れなくてもヤツは絶対に殴る。半殺しにしてやる」

護衛の騎士はいない。
連れてきたら不確定要素が増える。そんなことはあの実験大好きな旧友が許さないだろう。

「まったく厄介事に巻き込んでくれる……」

整備されていない道を慣れない衣装で歩く。
堅牢な騎士の鎧と違い、女物のローブは薄い。
いつもと同じ感覚で動こうとすると、違和感でつい足がもつれる。
女装と聞いて衣装だけかと思ったら、下着まで女物をはかされた。
すね毛も剃られて、かつてないほど足はすべすべだ。

「きもちわるい……」

頬紅や口紅まで塗られた。
こんなので本当にユニコーンが誘われてくるのか。とても疑わしい。

「まあ、失敗すれば失敗したで、アビントンのヤツも納得するか」

結果はどうあれマリー嬢の角採取は撤回させるが。
もともと親同士が決めた婚約だ。
アダムの家で男子が生まれたら、伯爵家の女子を嫁がせる。
そういう取り決めだったが、オルブライト家は長らく女子に恵まれなかった。

そのため三十歳となったアダムには不釣りあいなほど幼い婚約者ができた。
年の差、なんと十八歳。

生まれた頃から見てきたから、アダムにとってマリーはもはや妹といった方が早い。女性として愛せる自信はまだないが、慈しむ心は溢れている。
彼女が不幸に見舞われる姿は見たくない。
そのために引き受けた厄介事だった。

大樹の根に足を掴まれないよう、慎重に進む。
アビントンの話では、草生い茂る獣道のさきにユニコーンが水飲み場としている小川があるらしい。
そこで半日待ち、ユニコーンを誘い出す手筈だった。

頭上を見上げると、太陽はまだ中天に達していない。
帰りの時間は十分ある。

奥へ進めば進むほど立ち並ぶ木々は太くなり、日の光も通さなくなっていく。
人の手が入っていない太古の森に自然と鼓動が早まる。

(怖れることはない。角を持ち帰れば何の問題も――)

古木の太い幹に手を添えた瞬間だった。

ぴしっ!
なにかがひびわれる音が聞こえた。足元がゆらぐ。

(っ! まずい。なにかの結界か!?)

気づいた時にはもう遅かった。急速に意識をとざされ、獣道に倒れた。

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