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10 ~誠司Side~
しおりを挟む医者の話をまとめると、こうだ。
充希は『ほぼ』Ω化をした。『ほぼ』というのは、フェロモンはαを誘うものであるし番う機能もしっかり持っているが、子宮までが体内で形成されることはなく妊娠をする機能は
持っていないという意味においてである。
そして問題はこれが自然と生まれた変化ではなく、おそらく充希自身が意図的に起こした変化であるというところにあった。強制的にΩへと作り変えられた身体には大きな負担がかかり、そのせいでただの発情期がここまで身体に影響を及ぼすものになっているとのことだった。服用量を守っていない可能性も考えられ、それもさらに彼の身体を蝕んでいる要因であろうというのが医者の見立てだった。
「……ここは……?」
「充希……!」
医者の言っていたことを頭の中で整理していると、ずっと目を覚まさなかった充希がようやく目を開いた。彼は右手に刺さった点滴を見つめ、病院に居ることを知ったようだった。その姿に驚きの表情は見られずただ「あー……」と困ったような声を出しており、この状況が彼の想定内であったことが伺えた。
「よかった……やっと目が覚めたんだね。倒れたって聞いて気が気じゃなかった……」
「……ごめん」
充希が謝ることじゃないよと言ってあげたいのに、彼の服用が原因であることも知っているからどうしても心が一致しなくて言葉に出せない。そんなわずかな変化を、この沈黙が重苦しい沈黙であることを充希も感じたようで、、おずおずと話し始めた。
「俺がしたこと……もうバレてんのな」
「薬を飲んでΩになろうとしたことなら、医者から聞いたよ」
「そっか……」
なんでこんなことをしたんだ。僕がβのままの君で良いと言ったのを、やっぱり信じられなかったの。
そう咎めたい気持ちは少しだけ出てきてしまったが、医者から確実に安定したと言える状態になるまでは精神的な負担をかけることはやめるように言われていた。可能ならば、本人の口から語られるまで待った方がいいということも。
少しだけ言葉が出るのを待ってみるけれど、彼は遠くを見つめてぼんやりとしたままだった。無理にはその理由は聞かないということを伝えるためにも、体調を案じた問いかけをする。
「気分はもう悪くない?」
その言葉に彼はひどく安心した様子を見せて、少しだけ和らいだ表情で答えた。
「うん、まだ少し怠さはあるけど大丈夫」
それからはお互いに核心には触れずに、少しだけ雑談をした。点滴なんて久しぶりにしたけどそういえばこんな感じだったねとか、夏樹くんがすぐに僕に連絡を入れたのはファインプレーだったねとか。今日の出来事には触れつつも、経緯には全く触れない会話を続けた。
そうしている間に彼の顔色も随分よくなり、ひとまずは退院の許可がおりた。また発情期が起これば似たようなことになる可能性もあるが、薬を減らすことができればここまで重篤なものにはならないだろうとのことだった。
昼間のことなんかなかったみたいに、表面上は穏やかな時間が流れる。お互いの不安を埋めるようにソファにくっついて座り、ご飯をつくる間も惜しんで2人の時間を共有した。初めて出前も頼んでみて、たまにはこんなのもいいねなんて笑い合った。「一緒にお風呂入る?」って聞けば大抵は恥ずかしがって拒むのに、今日は素直にうなずいた。
お互いに触れたいのに、勇気が出なくて触れられない。タイミングを見つけるためにずっと近くにいるけれど、心地の良い時間に逃げてしまう。
逃げて逃げて、逃げ続けて。先に勇気を出したのは、充希の方だった。
「……誠司はもしかしたら呆れたかもしんないけど。俺ね、あんな風になってでもΩになったこと、後悔してない」
話を促すように、彼の瞳をじっと見つめる。
「どれだけ誠司が俺自身を愛してくれてるって知っても、βのままの自分を肯定できる時だけじゃなかった。定期的に、『Ωだったら良かったのに』『Ωじゃなきゃダメなのに』って思考が顔を出す。……最近は特に、そうだった」
「なんで? 僕が運命の番に会ったから? それとも、何かもっと不満なことがあった?」
今まで彼はΩに憧れることはあっても、ここまで直接的に行動を起こしたことなんてなかった。自分的には最近の彼をずっと一緒に居られる日々は幸せで、βだのΩだの性別の障壁なんて忘れるくらいに幸せだった。それなのに、なぜ。
「ううん。最近は今まで以上に幸せだった。幸せすぎるくらいに……だからこそ怖かった。俺から縛れるものがないことが」
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