だって僕は君だけのモノ

沙羅

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3週目 [泡沫]

第28話

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その影は、待ちに待った人の声をしていた。
「おはよう」
いつもと違い、後ろからかけられる挨拶。千秋ちゃん、と名前が付けくわえられることもなく、声はいつもより一段と低い。
「拓海! おはよう」
普段との差に疑問を持たなかったわけではないけれど、やっと挨拶を交わせたことが嬉しくて、体ごとぐるんと後ろを振り向く。

ただ、会話はそれ以上続くことはなく、拓海は美穂ちゃんの方をじっと見ているだけだった。というよりもそれは、睨んでいたと形容する方が正しいのかもしれない。

「拓海」
その態度を律しようと名前を短く呼んだその後、空気を読んだ美穂ちゃんが拓海に軽く茶々を入れる。
「そんなに怖い顔しないでってば。私はもう諦めたんだから」
その言葉を聞いて、ようやく拓海ははぁ、と深いため息を1つ吐いた。急に拓海の手が肩に置かれびっくりしていると、耳元で囁き声が聞こえる。

「千秋ちゃんを好きな人と、喋んないで」

その言葉の意味を理解した途端、顔にばっと血が集まるのを感じた。そっか、拓海の機嫌が悪いのって、嫉妬してくれてたからなんだ。
そして少し気分が浮上したのも束の間、それだけを言い残して彼は去っていってしまった。僕からも、言いたいことがあったのに。

「これ以上ここに居ると殺されちゃいそう。私も席戻るね」
そうして僕は、持て余した感情をどこにやったらいいか分からないまま、単語帳に向き合うことしかできないのだった。


僕に嫉妬をするくせに、僕が嫉妬をするってことは考えないんだ。
人に囲まれながら相変わらず作られた笑顔で受け答えをしている彼に、心がざわついた。
拓海の行動1つ1つに心が乱されて、嬉しさと悲しさが交互に襲ってくる。恋ってこんなに厄介な代物なんだと、生まれてこの方恋愛と無縁だった僕はようやく気が付いた。

心の乱れは、不安となって心に蓄積していった。もしかして、彼はこの前の出来事をなかったことにするつもりなのではないかと。
よく考えたら、「愛してる」とは伝え合ったものの「付き合おう」とは口にしていないのだ。付き合っていると思っているのは、僕だけなのかもしれない。

だから、忘れるために、僕と距離を置こうとしているのだろうか。

朝の挨拶は普通にする。
お昼休みだって、一緒にいる。
なのに拓海はいつも先に返ってしまう。しかもまた、女の子と一緒に。
イライラと寂しさが混じるような気持ちを抱えながら、今日彼の隣にいるのは昨日と違う女の子であることを確認してほんの少しの安堵を覚えた。あれがもし固定化された女の子になってしまったら、惨めすぎてこの場で泣いてしまうかもしれない。

それでも面白くはないわけで。
日が経つにつれ、イラつきは増していく。
拓海がそんな風だから「好き」という言葉をいつまで経っても信じられないんじゃないかと、そう言ってしまいそうなほどに。

金曜日。
今日はあの時間が待っているのだから一緒に帰れるだろうかと少しだけ持っていた期待は、拓海の腕に絡みつく誰かによっていとも簡単に打ち砕かれた。
「……今日もかよ」
その光景を見て、裏切られたような気持ちになる。

だからといって黙っていられる限界は超えていて。
気付けば僕は、拓海に向かって走り出していた。

「拓海!」
数十メートル先にいる彼に大きな声で呼びかければ、彼は驚いてこちらを振り返る。
「今日本屋一緒に行くって約束してただろ!」
僕は、口から出まかせに嘘をついた。息を切らしてまで走ってきた僕の姿に、彼の隣にいる女の子も驚いている。
だが、さすがの幼馴染は機転を利かせるのが早かった。角が立たないように、僕のことを否定しないように、おどけたフリをする。

「あれ、それって14日じゃなかったっけ?」
「だから今日じゃん!」
そう言えば、彼は携帯を取り出して予定を確認する仕草まで見せる。そんな約束なんてしているはずがないのに、何も打ち合わせなんてしていないのに、彼は僕の嘘にのってくれた。

「あー、ごめん。今日の日にち間違えてた。どうしよう?」
そう言って彼は、女の子の方を見る。彼女はこの場の空気に言わされるように、「約束あったんなら仕方ないよ」と言って拓海から離れることを選択した。

彼女が走り去っていったことで、彼がはりつけていた仮面をとる。

「どうしたの? 嘘までついて」
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