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1週目 [束縛]
第9話
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「あつ……」
最近の朝はもう寒いくらいだというのに、なんだか今日は暖かかった。
目を開ければ、その理由に気づく。
お腹にまわされた手。起き上がろうとするが、その手には意外にも力がこもっていて僕のことを離さない。
かろうじて手は自由だったので、時間を確認するために枕元に置いていたスマホを取った。現在の時刻は、午前10時。
「ん……」
自由といえど、まだ手錠ははめられたままなわけで。金属音に反応したのか、彼は小さな声を出す。抱きしめられる力がより強くなったのを感じた。
僕は拓海の寝顔をじっと見つめる。
相変わらず綺麗な顔だと思った。そんな彼が僕なんかを隣において、こんな拘束具なんてつけられながら一夜を過ごす。なんとも、ミスマッチな光景だ。
その上僕らは、もちろん「恋人」なんて名前もついていない。同意の上なのだから、たとえ手錠がついていようと加害者と被害者の関係でもない。
でもきっと、友達はこんなことをしない。僕らだけの、名前のない特異な関係。
「拓海、そろそろ起きて」
暖かいのは気持ちいいけれど、動きが制限されるのは少し辛かった。朝の弱い拓海でも、さすがに10時なら起こしても大丈夫だろう。
「ちあき、ちゃん……?」
目を開けないまま、拓海が気の抜けた声で僕の名前を呼ぶ。
「まだ……もうちょっと……」
軽く彼の手を叩いても、頑なに目を開けようとはしない。こんな調子でよくいつも遅刻をしないものだと、感心さえする。
「もう10時だから。起きろって」
少し強めに言うとようやく彼は目を開け、もぞもぞと動きだす。その拍子に、抱きしめられていた身体が解放された。固まっていた身体をほぐそうと、上半身だけを起こす。
「千秋ちゃん? なんで……」
自分でこの状況を作り出したくせに、まだ夢見心地の彼は僕がここにいることに驚いているみたいだった。数秒後、やっと昨日のことを思い出したのか満足そうに笑う。
「おはよう、千秋ちゃん」
「おはよ」
「朝ごはん食べる?」
拓海は、目を開けることさえできればすぐに動ける体質らしい。起き上がったかと思えば、すぐに活動を始めようとしていた。
再び時間を確認して、少し考える。朝ごはんにしては遅く、昼ご飯にしては早い時間。
「少しもらってもいい?」
「ん。じゃあパンにジャムくらいで。昼は何か作るから」
拓海は、料理だってできる。中学の頃から寝にだけ帰ってくる父親の代わりに夕飯を作り、高校生になってからは時々父親が置いていくお金だけで自分で生活をしているためだ。そのお金というのも、裁判沙汰になるのを回避する程度の最小限のもの。
たとえ毎日カップラーメンで生活をしたとしても、お金はかかるし栄養も偏る。それで病気になってお金が必要になってしまっては元も子もない。だから、仕方なく自炊をするようになったそうだ。
毎週こうなるなら食費を払うべきか……?とも思ったが、ストレートにお金を渡すのはきっと嫌がられてしまうだろう。今度何か、自然な流れで奢ってやろうと心に決める。
「待ってて」
扉が閉まり、トントンと階段を下りる軽快な音が響いた。ご飯を食べさせてもらう上に何も手伝わないなんてと申し訳ない気持ちになるが、手錠の鎖はベッドの脚にはめられているため、この部屋で生活するには不便はないがこの部屋以外には出られない。
いや、たとえこんな状況じゃなくても、きっと僕はこの部屋で待っていただろう。
以前手伝うために拓海についていこうとしたら、「千秋ちゃんを穢したくないから僕の部屋以外には入らないで」ときつく言われたことがあるからだ。
数分後に戻ってきた拓海が、コトン、と机の上にトレイを置く。薄く焼き色のついたパンには、ほどよく苺ジャムが塗られてた。
「手、貸して? それじゃ不便でしょ」
差し出せば、拓海はスマホを取り出した。なんでスマホ? と思っていると、そこにぶらさがっていた何かに目がいく。ストラップのようなそれは、手錠の鍵だった。
「そんなとこに付けたのかよ」
「うん。分かりやすくていいかなと思って」
カチっと音を立てて、両手の重さが消える。
「はい」
拓海は外された手錠を、大切そうにベッドに置いた。僕らは机を挟んで、向かい合って座る。
いただきます、と手を合わせてパンをかじれば、カリっと音がした。
「美味しい」
「大げさだよ。トーストしただけなのに」
それでも普段は面倒でそのまま食べてしまうから、ほんのり温かいパンは新鮮でおいしかった。
「でもほんどだ、美味しい」
拓海の少し茶色がかった瞳が細くなる。
「千秋ちゃんがいるからかな」
冗談か本気か。そんなことを言う拓海に、僕は笑いながら「拓海こそ大げさだよ」と返した。
最近の朝はもう寒いくらいだというのに、なんだか今日は暖かかった。
目を開ければ、その理由に気づく。
お腹にまわされた手。起き上がろうとするが、その手には意外にも力がこもっていて僕のことを離さない。
かろうじて手は自由だったので、時間を確認するために枕元に置いていたスマホを取った。現在の時刻は、午前10時。
「ん……」
自由といえど、まだ手錠ははめられたままなわけで。金属音に反応したのか、彼は小さな声を出す。抱きしめられる力がより強くなったのを感じた。
僕は拓海の寝顔をじっと見つめる。
相変わらず綺麗な顔だと思った。そんな彼が僕なんかを隣において、こんな拘束具なんてつけられながら一夜を過ごす。なんとも、ミスマッチな光景だ。
その上僕らは、もちろん「恋人」なんて名前もついていない。同意の上なのだから、たとえ手錠がついていようと加害者と被害者の関係でもない。
でもきっと、友達はこんなことをしない。僕らだけの、名前のない特異な関係。
「拓海、そろそろ起きて」
暖かいのは気持ちいいけれど、動きが制限されるのは少し辛かった。朝の弱い拓海でも、さすがに10時なら起こしても大丈夫だろう。
「ちあき、ちゃん……?」
目を開けないまま、拓海が気の抜けた声で僕の名前を呼ぶ。
「まだ……もうちょっと……」
軽く彼の手を叩いても、頑なに目を開けようとはしない。こんな調子でよくいつも遅刻をしないものだと、感心さえする。
「もう10時だから。起きろって」
少し強めに言うとようやく彼は目を開け、もぞもぞと動きだす。その拍子に、抱きしめられていた身体が解放された。固まっていた身体をほぐそうと、上半身だけを起こす。
「千秋ちゃん? なんで……」
自分でこの状況を作り出したくせに、まだ夢見心地の彼は僕がここにいることに驚いているみたいだった。数秒後、やっと昨日のことを思い出したのか満足そうに笑う。
「おはよう、千秋ちゃん」
「おはよ」
「朝ごはん食べる?」
拓海は、目を開けることさえできればすぐに動ける体質らしい。起き上がったかと思えば、すぐに活動を始めようとしていた。
再び時間を確認して、少し考える。朝ごはんにしては遅く、昼ご飯にしては早い時間。
「少しもらってもいい?」
「ん。じゃあパンにジャムくらいで。昼は何か作るから」
拓海は、料理だってできる。中学の頃から寝にだけ帰ってくる父親の代わりに夕飯を作り、高校生になってからは時々父親が置いていくお金だけで自分で生活をしているためだ。そのお金というのも、裁判沙汰になるのを回避する程度の最小限のもの。
たとえ毎日カップラーメンで生活をしたとしても、お金はかかるし栄養も偏る。それで病気になってお金が必要になってしまっては元も子もない。だから、仕方なく自炊をするようになったそうだ。
毎週こうなるなら食費を払うべきか……?とも思ったが、ストレートにお金を渡すのはきっと嫌がられてしまうだろう。今度何か、自然な流れで奢ってやろうと心に決める。
「待ってて」
扉が閉まり、トントンと階段を下りる軽快な音が響いた。ご飯を食べさせてもらう上に何も手伝わないなんてと申し訳ない気持ちになるが、手錠の鎖はベッドの脚にはめられているため、この部屋で生活するには不便はないがこの部屋以外には出られない。
いや、たとえこんな状況じゃなくても、きっと僕はこの部屋で待っていただろう。
以前手伝うために拓海についていこうとしたら、「千秋ちゃんを穢したくないから僕の部屋以外には入らないで」ときつく言われたことがあるからだ。
数分後に戻ってきた拓海が、コトン、と机の上にトレイを置く。薄く焼き色のついたパンには、ほどよく苺ジャムが塗られてた。
「手、貸して? それじゃ不便でしょ」
差し出せば、拓海はスマホを取り出した。なんでスマホ? と思っていると、そこにぶらさがっていた何かに目がいく。ストラップのようなそれは、手錠の鍵だった。
「そんなとこに付けたのかよ」
「うん。分かりやすくていいかなと思って」
カチっと音を立てて、両手の重さが消える。
「はい」
拓海は外された手錠を、大切そうにベッドに置いた。僕らは机を挟んで、向かい合って座る。
いただきます、と手を合わせてパンをかじれば、カリっと音がした。
「美味しい」
「大げさだよ。トーストしただけなのに」
それでも普段は面倒でそのまま食べてしまうから、ほんのり温かいパンは新鮮でおいしかった。
「でもほんどだ、美味しい」
拓海の少し茶色がかった瞳が細くなる。
「千秋ちゃんがいるからかな」
冗談か本気か。そんなことを言う拓海に、僕は笑いながら「拓海こそ大げさだよ」と返した。
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