だって僕は君だけのモノ

沙羅

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1週目 [束縛]

第8話 ~拓海Side~

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千秋ちゃんを傷つけたいわけじゃない。ましてや、千秋ちゃんに嫌われたいわけでもない。
ただ僕の愛されたいという欲を、自分自身の中で消化できなかっただけ。

「断ったら、拓海は傷つくんだろ?」

そう言われたことを思いだして、やるせない気持ちになる。千秋ちゃんは、ただただ優しいだけ。きっと今日僕がしたことに、彼自身が望んだことなんて1つもない。
わかっているのに止められなかった。

『止める気なんてなかったくせに』

頭の中に声が響く。
千秋ちゃんが初めて僕のお願いを拒んだ日、あの時から聞こえるようになった声。



「千秋ちゃん、助けて。お願い、千秋ちゃんに会いたいよ……」

あの日、いつも通り愛を「補給」しようと僕は千秋ちゃんに電話をかけた。そう言えば彼は何も聞かずに僕を受け入れてくれるし、「補給」の効率の良さもなぜか千秋ちゃんが一番だったから。

でも彼は、その日初めてそれを拒んだ。

「ごめん、行けない」
「どうして? 用事でもあるの?」

すぐさま僕はそう聞いていた。
きっと親戚が倒れたとか、そんな急な用事ができたんだろう。そんな大きな出来事でもなければ、千秋ちゃんが僕を拒むはずがないと思っていた。

「いや、用事はないけど……」
だから、そのことを聞いたときの衝撃は大きかった。不安とも怒りとも言えない負の感情の集合体が、心の中を渦巻くのを感じた。

「けど、なに?」
取り繕う余裕もなくて、感情そのままに問いかける。
千秋ちゃんは長い間のあと、こう言った。

「だって拓海、今僕と会ったらキスするだろ?」
だから何だと言うのか。そんなの、今までと何も変わらない。

「嫌、だったの?」
「嫌っていうか……ダメ、だと思う」
思うとか、そんな不確かな理由で拒まないで。どうしてそんなことを急に言い出すの。

どうして、どうして、とパニックになる。
それに答えたのは、自分の中の声だった。

『本当に分からない? お前が、千秋の一番じゃなくなったからだよ』
その声は極めて的確に、僕の疑問への答えを出した。答えているのは僕なのだから、本当にその答えが正解かどうかなんて分からないけれど。

『思いだしてみて? 今までと今日の違い』
その声に促されて、千秋ちゃんのことを思い浮かべる。彼のことを思い浮かべて数秒、彼の隣に1人の女がよく居るようになったことを思いだした。

『……そう、彼女。千秋は、お前より彼女を優先した。彼女を裏切らないために、お前とのキスはやめようだなんて急に言ったんだ』

携帯を持つ手が、震えていく。

『お前はずっと、千秋の中の一番になることを望んできたはずだ。いい加減、気付かないフリして友達ごっこするのはやめなよ』

声が笑う。自嘲のような、あるいは僕を挑発するような笑み。
言っていること全てが図星だからこそ、苛つく。

どうして、ぽっと出の女に千秋ちゃんを奪われなきゃいけないの。
どうして、あの女を優先するの。
確かに自分は、心のどこかではそう思っている。

……違う。僕は、千秋ちゃんを傷つけたいわけじゃない。彼が大切だからこそ、彼の幸せを友達として願っている。いつもだってただ「補給」をしてもらっているだけで、相手は千秋ちゃんからじゃなくたって平気なのだ。

平気の、はずだ。そう、自分に証明してみせる。

「……わかった。キスはしないって約束するから、僕の部屋に来て。千秋ちゃんと会って話したい。それだけでいい」

自分を律することくらいできると、この時は思っていた。


だから言い訳でもなんでもなく、どうしてこの状況に陥ったのかは僕にも疑問だった。
声は巧みに僕を導き、あっという間に千秋ちゃんには俺のモノだという証が付いていて。

『嫌なら外せば?』
そんなことできないとわかっていて、声は楽しそうに聞いてくる。

『大丈夫だよ。だってお前は、あの時から千秋のモノなんだから』
あの時。声がさしているのはきっと、僕が初めて千秋ちゃんにキスをした日。

『あの時、死のうとしたお前を千秋は生かした。お前は確かに死ぬことを選んでいたのに、だ。千秋は、お前の人生を狂わせたんだよ。だったら、責任をとってもらうべきだろう?』

声はいつだって、僕が心の奥底で望んでいることに理由をつける。
それが正しいことだと信じ込ませる。

『突然できた彼女なんかより、お前の方がよっぽど相応しいよ』

僕は千秋ちゃんのモノなんだから、千秋ちゃんも僕のモノであるべき。そう、声は言う。
なんて甘美な暴論なんだろうか。

『でもお前は、千秋がいないと生きていけない。どれだけ否定しようとしても、それだけは事実だ』
最後にそんな確信めいた預言を残して、それきり声は眠ったようだった。


「はぁ……」
心に残った声を消すように溜め息を1つ。ベッドに入った頃に見えていた月の光は既に消えて、部屋には明かり1つない。

「千秋ちゃん、あいしてる」
小声でそう呟いた。あの時は「僕も、愛してる」って返してくれたのに、今は何も言ってくれない。
わかってる。千秋ちゃんが僕と同じ気持ちでないことくらい。自分の都合のいいように解釈して喜ぶほど、もう僕は幼くない。

でもきっと、声の言う通り、僕が千秋ちゃんがいないと生きていけない域まで来ているのは本当なんだろう。今、千秋ちゃんが反対を向いていることさえ受け入れてもらえていないようで苦しいのだから。

愛されたい。この想いを許されたい。
どこまでなら許してくれる?
僕は今、千秋ちゃんの中のどこにいるの。

声が聞こえてから、躊躇っていた手を伸ばす。起こさないようにそっと、彼を後ろから抱きしめた。冷えてきた指先が、徐々に感覚を取り戻していく。
やっぱりこの温度は安心できて、気付いたら自然と目を瞑っていた。
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