だって僕は君だけのモノ

沙羅

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プロローグ

第5話

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母の言った通り、拓海はほぼ1人で生活をしている。高校生になったあたりから父親は他の女の家を渡り歩いてばかりで、年に数回しか帰ってこないらしい。父親とは不仲だから、むしろありがたいのだと言っていた。彼の父親嫌いは筋金入りで、たとえ自分の家であっても父を連想させる場所には近づかない。お風呂はキッチンなど最低限生活に必要な場を利用する以外は、未だに1日の大半を自室だけで過ごしている。だから僕も何十回とここへ来ているのに、拓海の部屋以外は1度も見たことがなかった。

「着いたよ」と連絡を送れば、すぐに既読がつく。
次いでカチャリと鍵が外される音が響いたかと思えば、にゅっと伸びてきた手に腕を掴まれる。そのまま無言で引っ張られ、彼の部屋へと連れ込まれた。

「座って」
促されて、小包だけは机の上に置いたあと、そのまま僕はベッドの端に座る。いつもなら俺を見た瞬間に安心したような笑顔を浮かべて、母さんがつくってくれた料理にだって触れてくれるのに、拓海の雰囲気はひどく冷たかった。
「拓海、もしかして怒ってる……?」
「怒ってないよ」
そう言いつつ、目も合わせてくれない。
「じゃあ、なんで」
「……ただ、悲しかっただけ」
下を向いたままで表情は見せず、拓海が近づいてきた。腰の周りに手がまわされ、そのまま勢いよく抱き着かれる。

「ちょっ、危なっ!」
身体にしっかりと力を入れていなかった僕は、突然の重みに耐えきれずベッドに倒れこむ。当然拓海も一緒に倒れるわけで、ベッドの上で男子2人が抱き合うという奇妙な構図ができた。

「拓海……?」
彼も驚いてすぐに離れていくと思ったのに、予想に反して彼は逆に抱きしめる力を強くする。耳元で、泣きそうな声が聞こえた。

「千秋ちゃん、彼女と別れて」

一瞬、何を言われているのか分からなかった。拓海が悲しくなることと、彼女の話とはあまりにもかけ離れているように思えて、その意図が掴めない。
「彼女?」
「彼女が出来たからなんでしょう? 僕とのキスを拒むのは。それとも……僕のことが嫌いになった? 僕のことは、もう愛してくれない?」

それは、あの時の拓海に似ていた。消えるつもりだと宣言した、あの日の拓海に。
そこまで思わせるつもりはなかったのに。ただ、「愛の伝え方」が間違っていると言いたいだけなのに。愛されなくなることに敏感な拓海のことを、僕もまた理解しきれていなかった。
彼にとって伝え方の否定は、愛することの否定にも繋がってしまう。

「違う。愛する気持ちがなくなったとか、そういう理由じゃない。彼女のことも……たしかに理由の1つではあるけど、彼女がいなくてもいつかキスは拒むべきだと思ってた」
「どうして」
「この関係は……どっちのためにもならないと思ったから。拓海だって、僕とキスしてるのが万が一バレたら無事ではいられないよ。きっと付き合ってた女の子たちから、ううん、無関係な人たちだって、僕たちのことを悪く言ってくる。僕は、拓海がまたいじめられる姿を見たくない」
「僕の、ため……?」
顔が少しだけ上がって、戸惑っている瞳と目が合う。

「それでも、ダメ。そうやって千秋ちゃんは言うけれど、臆病な千秋ちゃんが実行に移せたのはやっぱり彼女への罪悪感なんでしょう。そんなの、ダメ。僕を一番にして。僕は、千秋ちゃんの一番でいたい」
そこに触れられると、たしかに何も言い返せなかった。彼女という存在が自分にできなかったら、今日も変わらずいけないとは思いながらも抜け出せなかったのだろう。

「『千秋ちゃんが幸せになってくれるのは嬉しい』って言ったのは本当。でも、僕のことを忘れて幸せにはなってほしくない。他の誰より、僕を優先してほしい」
「彼女は彼女だろ? ただキスをしないようにするってだけで、拓海を優先しないわけじゃない。現に、今日だってここに来てる」
「ううん、絶対に千秋ちゃんは僕よりも彼女を優先する時がくる。だって、世間一般の常識では、親友より彼女が大事にされるべきなんでしょう?」

ずっと近くで見てきた彼の悪い癖。人の気持ちを決めつけて、勝手に自分で傷ついていく。

「なんでそうなるの。そんなに僕のことが信じられない?」

小さくこぼれた言葉は、「信じたいよ」。それは、信じられないと同義だった。
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