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しおりを挟む「くそっ、アイツが動きやがったか」
愁介の家から愁介の気配が消え、代わりに残る禍々しい気配に顔をしかめる。地の王は残忍さで月界の中でも有名だった。
「愁介、無事でいてくれ……!」
カイトは、唇をぐっと噛み手を前にかざす。ぽっかりと空いた黒い穴が、何もなかったはずの場所に現れた。本来人間界から月界へ行くためには強力な霊力の溜まっている神社やパワースポットのような場所から行く必要があるが、王家の人間は自らの力で月界へのゲートを開くことが可能なのだ。
一刻も早く、愁介を助けに行かなければ。
* * *
うっすらと目を開けると、薄暗い部屋が目に入る。僕はひどい倦怠感とともに身体を起こした。手足を動かしてみるも、意識を失う前と何も状況は変わっていない。ただ金属音が鳴るばかりで、とても逃げられそうになかった。
「……そうだ、僕はリュウキに……」
鎖をじっと見ているうちに昨日のことを思い出す。身体が自然と震え、自分で自分の身体を抱き締めた。
「よかった、やっと起きました」
まるで見ていたかのように、目覚めたすぐのタイミングで彼が部屋に入ってくる。
「……帰らせてくれ」
恐怖から語尾が懇願する形になったが、まっすぐリュウキの目を見つめて言ってやった。彼は一瞬目を細め、こちらを侮蔑するような眼差しを向けたあと、大きな溜息をついた。
「はぁ……。何を勘違いしているのですか? あなたは『帰ってきた』んですよ?」
「違う、僕は……!」
続けようと思った言葉は、リュウキの脅迫によって制せられた。
「あなたと今一緒に居る人、北川晴信って名前でしたっけ」
「なっ……!」
北川晴信。彼が口にしたのは、紛れもなく現在愁介を引き取ってくれている人の名前だった。
「なんで、知って……」
「人間ごときが、私たちから隠れられるわけないでしょう?」
今回こそは、これだけ離れて暮らしていれば大丈夫だと思っていたのに。また僕は、大切な人に迷惑をかけてしまうのか。
「愁介様、選択してください。ここから逃げるか、彼を見捨てるか。あぁ、ちょうどここに錠を外す鍵とナイフがありますね」
そう言って彼は、僕の目の前へと、僕の手で余裕で届く範囲へとその2つを置く。
「ここに残るなら、服従の証として私に血を献上してください。そのナイフを使って、ね?」
とれる選択肢は1つしかないも同然だった。
今までにも、天の一族と関わったばかりに死んでいった者は多い。もう、見捨てるわけにはいかなかった。それに、彼は何も無理難題を押し付けているわけではない。死ねと言われているわけでもブレスレットを渡せと言われているわけでもないのであれば、とる選択肢は1つしかなかった。
僕は恐る恐る手を伸ばしてナイフを取り、自分の腕へとあてる。
「愁介様? その程度では全然足りませんよ。ほら、もっと深く刺して、血が出てきたらそれを横に引いて?」
気持ち悪いほどの優しい声に促されてナイフをすべらせる。不思議と痛みは感じなかった。それよりも、自分の存在が周りに悪影響しか及ぼさないという事実の方が痛かった。
「あぁ、いい匂い……。それくらいでいいですよ。では、私に近付いて」
リュウキを睨みながらゆっくりと近付く。自棄になって彼の口の前に、血の滴る腕を差し出した。満足そうに笑ったリュウキが、傷の上に舌を這わせる。それだけでは満足できなかったのか、皮膚に牙が突き刺さろうとした。
その瞬間、怒りを含んだ重い声が響く。
「愁介から離れろ」
そこに立っていたのはカイトだった。最初に会ったときのように、彼の圧倒的な強さと美しさで身体が固まる。
「ずいぶん早かったですね。意外でした、この部屋を見つけられるとは」
そんなカイトと対面してもまったく臆することなく、むしろ余裕の見える声色でリュウキが言う。
「甘い血の香りが漂ってきたんでな」
「確かに。本当に香りも味も一級品ですもんね。どうです、ここは愁介様を2人でシェアしませんか? 私と争うのは、いくら海の王といえど避けたいでしょう?」
リュウキの提案は恐ろしいものだった。もしこの提案が受け入れられれば、きっともうここから逃げられないだろう。2人の王に散々嬲られ飼い殺される、そんな自分の未来が容易に想像できる。
だが、カイトはきっぱりとこう言った。
「断る。さっきも言っただろ。愁介から離れろ」
僕は驚いてカイトを見る。目が合うと、彼は一瞬僕に微笑みかけた。すると、リュウキの肩が震えだす。どうやら笑っているようだった。
「なるほど? 海の王までもがこんなに愚かだとは思っていませんでした。まさか、『裏切り者』に本気で惚れるなんて!」
「うるさい。離れる気がないなら殺すぞ」
「…………色ボケが。できるものならやってみてくださいよ」
「セイ、ラン。殺れ」
「リン、コウ。応戦しろ」
従者2人と王同士が目視できないほどの速さでぶつかり合う。鎖に繋がれたままの僕はそれに加わることができない。それがとても悔しかった。
「カイト!!」
数分経った頃、若干押され気味だったカイトの体勢がついに崩れた。倒れた彼をリュウキが押さえるが、従者も戦っている今、彼を助けられる者はいない。絶体絶命だった。
僕が、カイトを助けなきゃ。僕しか助けられる人はいないのだ。
僕は無意識に先ほどの自分の腕を傷つけたナイフを手に取り念じた。どうかカイトを助けてくれ、と。
ナイフをダーツのように投げれば、僕の願いを聞き届けたかのように速度を増していく。それは真っ直ぐにリュウキへと向かっていった。
「これは天の……。能力まで目覚めたとなると流石に厄介ですね。……っ!?」
「俺のこと、忘れてんじゃねぇよ」
僕の投げたナイフは易々とリュウキの手によって掴まれた。だが、おかげで反撃の隙ができたらしい。リュウキがカイトの上から飛び退いたかと思えば、カイトの手には赤色の、不気味な形の剣らしきものが握られていた。
「少し舐めすぎましたか。やはりもっと、自分に有利な場を用意しておくべきでしたね。ではまた、お会いしましょう」
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