感情を僕に教えて

沙羅

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「ほら、着いたよ。高校生にしては学校から家近いでしょ。雪の日とか大雨の日とか、バスが止まっちゃった時は利用してもいいよ。ケイなら大歓迎」

 ケイなら大歓迎、にぞっとする。彼はもっと多くの人に囲まれていて、彼の家に来たい人もいっぱいいるはずだ。なのにどうして僕に構うのか。そんな、1週間ほど抱き続けていた疑問をやっとぶつけてみた。

「永野君は、なんでそんなに僕に構うの? もっと他の人と仲良くなれるじゃん」
そんな問いに、彼は見たことないほどの笑顔でにっこりと笑った。「答え合わせはこの中でしようね」と言って僕を家へと招き、パタンと扉を閉めた。

 通された部屋は、物の少ない部屋だった。僕らが使っている教科書などは置いてあるからここが彼の部屋らしいということは分かるが、娯楽物はほとんど見当たらず極端なほどに整頓された部屋だった。家具も、ベッドと本棚付きの机くらいしか見当たらない。
 どこに座るべきか考えていると、「ベッドにでも座りなよ」と促されてその通りにする。彼は机の前の回転椅子に座って、くるりとこちらへ向き直った。

「あんまり見ないで。大したものなくてつまんないでしょ」
「いや、そんな風には思ってないけど……」
「嘘。ケイは嘘吐くの苦手なんだから、思ったことそのまま言った方がいいよ」

 つまんない、というよりは掴みどころがないところが彼っぽくて怖いなという印象だった。でも負の感情を抱いたというのは図星だったから否定ができない。
 変な沈黙に困っていると、彼はようやく僕の問いに答える気になったらしかった。

「なんで僕がケイに構うようになったか、だったね」

 そうして彼は、彼なりの動機を話し始めた。

「最初はテストがきっかけだった。俺ね、負けなしの人生だったの。学力も運動も。もちろん遠いどこかで自分に勝ってる人間がいるのは知ってた。全国模試は1番ってわけじゃなかったからね。でも、俺に見えてる世界の範囲では俺は1番だった。だから俺を負かせたケイに興味が出たの」
「僕が勝ってしまったから腹いせにってこと……?」
「んー。そう、次はそこなんだよね。ちょっと話して知りたい欲が満たされたら離れるつもりだった。なのにケイは俺の話ぜーんぜん聞いてくれないんだもん。こんなに邪魔そうに扱われたの初めてでさ。逆にもっと興味湧いちゃった。そうそう、1つ質問したいことがあったんだよね」

 話の内容をがんばって嚙み砕いて理解しようとしていると、急に会話のターンがこっちへと飛んでくる。

「ケイって俺のこと嫌いだよね? あ、嘘は吐かないでいいよ。傷つかないから」

 それは、落ち着いた問いだった。むしろ嫌い以外の選択肢を受け付けないような、ただ事実確認をしようとしているような問いの仕方だった。でも、別に嫌いというほどではなかった。関わりたいか関わりたくないかと言われれば関わりたくないけど、顔を見るのも嫌かと言われるとそうではない。だから偽りなく答えた。

「嫌いってほどではないけど苦手」
「……そうなんだ」

 そう言って彼はまた沈黙する。目は遠くを見つめていて、何やら考え込んでいるみたいだった。数分経ったあと、ねぇ、と声がかかる。

「考えてみたけど分かんないや。嫌いと苦手って何が違うの?」
「えっ、わかんないけど……僕的には顔を見たくないほど嫌な相手が嫌いで、できれば関わりたくないなと思う相手が苦手、みたいな……」
「できれば関わりたくない、ねぇ」
「永野君は僕よりいろんな人と関わってるから、そういう人間の1人や2人くらいいるでしょ?」

 だから僕に構うのはやめてほしい。自分がされたら困ってしまうようなことを人にしないでほしい、そう続けるつもりだったのに、斜め上の回答が降ってきた。

「いないかなぁ。興味ない人間ならたくさんいるけど、興味がないから関わりたくないとか顔を見たくないなんて感情すら湧いてこない」
 そこで初めて気づいたのだ。彼の心の中には欠陥があることに。

「あ、でもケイには興味があるんだよね。こんなの初めてで自分でも戸惑ってる。嫌いでもいいやって思ってたんだけど、関わりたくないって思われてるし実際避けられてたってことは、このままだと俺はあんまりケイと話せないってことだよね。それは困るんだよなぁ」

 今までもその片鱗はあった。嫌がっているのにそれを全く気にしないかのように構い倒してくるメンタルの強さ、周りのことなんて見えていないかのように冴えない自分に話しかけ続ける彼、そして嫌いも苦手も分からず興味がないと言い放つ。
 彼の言動は自分の、そして相手の感情をほとんど理解していないみたいだった。

「だからやっぱり試したいことはしてみないといけないよね。そしたらケイも、俺のことを好きになってくれるかもしれないし」

 彼は回転椅子から徐に立ち上がって、こちらへと歩いてくる。意図の見えない行動に動揺している間に、なぜか僕は押し倒されていた。
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