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第六話 極々ありきたりな日常 そのいちっ
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【魔王城 エキナ姫の自室 AM05:30】
オルゴールが鳴る。
優しく、心地良く、けれどアップテンポで、少し大きめの音量。
「ん……………………ぅ…………」
とろとろとした意識の中。
最初は、なんでオルゴールが鳴っているんだろうって思ったけれど。
瞬間。刹那の後。
私は、全てを理解する。
ばっと飛び起き、ベッドの傍に置かれたオルゴールに目を向けた。
このオルゴールは魔王様がどこからか持って来て下さった物で、時計と一体となっている。指定した時間になるとオルゴールが鳴る仕組みだ。
その時計が指し示す時刻は朝の五時半。窓に引かれたカーテンから燦々と朝日が差し込んでいた。
……………………や…………や…………!
「やったあああああああああああああああっ!」
やったやった!やったやったぁ!
今まですっごく早起きして城下町を散歩したかったけれど、絶望的に寝起きが悪いせいで一度も出来なかった。
けれどばっちり目が覚めているし、もう眠くない!
やった…やったやったやった…!昨日この時間に起きるぞぉ!って決意した時間に起きられたぁっ!これで早朝のお城の中や城下町を散歩出来るっ!
「エキナ、起きておるか…?」
もっふもっふばっさばっさと枕に向かって喜びを表現していると、ヒルガオちゃんがそぉっと入って来る。
声がこそーっとしているのは眠っているであろう私を無理に起こさない為だろう。
「ヒルガオちゃんっ!」
扉からひょこっと顔を出したヒルガオちゃんと目が合った。
ヒルガオちゃんはしぱしぱと何度も瞬きをしていたけれど、やがてごしごしと何度も目をこすって、そうして私を見て。
「…とうとう…やった…のか…?」
「うんっ!
私…私、やっと…やっと一人で起きられたよっ!」
「……」
「…ヒルガオちゃん?」
「…………う」
「う?」
「宴じゃ者共おおおおおおおおおおおおおっ!」
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!』
ヒルガオちゃんが天に拳を突き上げ声を上げた瞬間、城中から雄叫びが聞こえたかと思うと、わらわらと私の部屋にみんなが入って来て、
「わっ!わっ!わわっ!?」
わーっしょいっ!わーっしょいっ!と胴上げされた。
なっ、何事!?どういう事!?何がどうしてこうなったの!?
「…………わぁいみんなありがとぉっ!」
まぁいっかみんな楽しそうだし!
わーっしょいわーっしょいと胴上げされながら運ばれた先には、よっぽどの事が無い限り見ない礼服を着た魔王様が立っていた。
礼服を着てくれるなんて…とっても嬉しい…!
「えー、エキナケア・ルクスカリバー殿!
貴方はすっごく頑張って朝起きた事をここに表彰します!良く頑張りましたっ!」
そう言って魔王様は私に表彰状を差し出してくれた。
す、凄い…表彰状の文字、緑色にきらきら輝いてる…!
「という訳でっ!今日はエキナ姫が早く起きられた記念日という事で祝日でーすっ!」
『おおおおおおおおおおおおっ!』
わぁーい祝日だぁ祝日だぁー!わぁーいわぁーい!
【魔王城 エキナの自室 AM07:56】
「えへへ…祝日だぁ…みんなありがとぉ…」
「エキナっ!エーキーナーっ!もうすぐ朝食じゃっ!はよう起きよっ!」
「わぁーい…わぁーい…」
「エキナーっ!戻って来ぉーいっ!」
…………えー…あー…。
こうして、魔王城の一日が始まっていくのでした。
…私対ベッド、五十二戦五十二敗…私が勝利出来る日は来るのかな…?
【魔王城 リネン室 AM09:26】
エキナ:「ツキミちゃーん、みんなから回収した洗濯物持って来たよー」
(わっせわっせと、エキナはかごいっぱいに乗せられた洗濯物をリネン室に運び入れる)
(そこには他にも数体メイドがおり、それぞれ洗濯物が山になっているかごが目の前に置かれていた)
ツキミ:「おけー。これで全部?」
サザンカ:「…ん、そうみたい」
ツキミ:「よっし!
それじゃあみんなー!ちゃっちゃか終わらせるよー!」
メイド達:『はーーーーい!』
(メイド達、そしてエキナは元気良く返事をすると、いくつもある巨大な金属の箱の中に洗濯物を放り込んでいく)
(その箱には風と水の魔術が組み込まれており、植物から抽出した洗剤を入れれば、自動で洗ってくれる仕組みとなっていた)
(ただ、そうした方法では洗えない洗濯物も中には存在する)
(そこはメイド達が手洗いで洗っていく寸法だ)
サザンカ:「…今日は良い天気。洗濯物もすぐ乾く」
メイド1:「そうですねぇー。
こんな良いお天気の日はのんびり陽向ぼっことか良いですねぇー」
メイド2:「ああ…本当に眠くなる…何もかもを放り出して眠ってしまいたい…」
メイド3:「あんたはいつもいつも徹夜してるからよ…」
エキナ:「徹夜ですか?」
メイド2:「ああ。
最近手芸にはまっていてね、これがどうしてなかなか奥が深くて…」
エキナ:「凄いですっ!何を作っているんですか!?」
メイド2:「金属を檻の形に加工して、その中に魔鉱石を入れたアクセサリーだよ。
ほら、こんな物さ」
(メイドがポケットからきらきらと輝く立方体のアクセサリーを取り出す)
(どういう金属を使っているのか、黒の中に虹色を称えるそれは鳥かごの様に編み込まれ、中には水色の丸い魔鉱石が淡い光を放っていた)
エキナ:「こ、これは…これは本当に凄いです…!
一流の細工師にも匹敵する出来です…!」
メイド1:「はぇー、これはなかなか綺麗な物ですねぇー」
メイド3:「あ…あんたにしては随分良い物を作るじゃない」
ツキミ:「なかなかどうして器用だねー」
サザンカ:「…売り物みたい」
メイド2:「そ…………そうかい…?
いや、まぁ、その…照れるな」
エキナ:「…んー…」
ツキミ:「エキナ、どしたの?」
エキナ:「あ、いえ。
こういった物を作って、それでおしまい…というのは勿体無い気がして」
メイド1:「確かにそうですねぇ…」
メイド3:「メイド長もそういうの色々作ってるんでしょ?
他にも手芸とか工芸やってる魔物とかいそうだし…」
ツキミ:「じゃあ魔王城直営のショップとかやるのはどお?」
サザンカ:「…ちょっと面白そう」
メイド3:「それすっごく素敵じゃない!」
メイド1:「魔王様に案を提出してみようかしらねぇー」
メイド2:「ふふふ…ふふふふ…腕が鳴るね…!」
メイド3:「いやあんたはしっかり寝なさい」
【魔王城 魔王の執務室 AM10:32】
魔王:「タイム。この資料なんだけど、こっちの確認終わったから、タイムの方でもう一度チェックしてもらえる?」
タイム:「分かりました。
ではこちらの書類にサインと印をお願いします」
魔王:「分かった。
その書類ケースに入れておいて。こっちの資料片付けたらすぐに確認するから」
(魔王とタイムはせっせと事務作業をこなしている)
(書類はいくつもの山となし積み上がっていた)
(溜め込んでいた訳では無い)
(毎日毎日、このペースで書類が増えていくのだ)
魔王:「……」
タイム:「……むぅ……」
魔王:「ふむ…これは…ああ、こっちの書類と連動しているのか…」
タイム:「…………」
魔王:「…………」
(唸りながら、首を傾げながら、魔王とタイムは書類を処理していく)
(…………が、次第に唸り、首を傾げる時間が増えていった)
(集中力が切れ始めたのだ)
魔王:「…………ねぇねぇタイム」
タイム:「はぶふぉっ!!!!」
(魔王に呼ばれ顔を向けたタイムは突然吹き出す)
(それもその筈、どうやっているのか魔王の顔のパーツ全てがむぎゅうと中央に集められていたからだ)
(本来であればこんなお粗末な事では笑わないタイムだが、余程集中力が限界だったのだろう、ひーひーと涙を流しながら腹を抱えている)
魔王:「よっし!」
タイム:「ま…魔王様…唐突ですな…」
魔王:「僕の五十六勝七十二敗だねー」
タイム:「…魔王様」
魔王:「ふふん僕は滅多に笑わなんぐぉっ!!!!…鼻水出ちゃった…」
(余裕をこいていた魔王だったが顔のパーツ全てを可能な限りばらけさせたタイムの顔を見て鼻水付きで吹き出した)
タイム:「はっはっは。私の七十三勝五十六敗ですな」
魔王:「うぐぐ…悔しい…!」
(ぐでぇと机に伸びる魔王と、顔を軽くマッサージしながら書類に目を通すタイム)
(と、不意に執務室の扉がノックされる)
(魔王とタイムは目を合わせて頷き、各々自分が一番自信のある顔をして待ち構えた)
イキシア:「魔王ー、城下から要望書がいくつか上がってるから目ぇ通して置いてくれー」
魔王:「…………」
タイム:「…………」
(ぽりぽりと頭をかきながら執務室に入って来たのはイキシアだった)
(ぼーっと魔王とタイムを見ていたイキシアだったが、ふっと顔を伏せ)
魔王:「…………ッ!」
タイム:「…………ッ!」
(顔を上げた瞬間、魔王もイキシアもうずくまり、体をぴくぴくと痙攣させる)
魔王:「い、イキシア…それどうやってるの…!?」
タイム:「ひ…卑怯な…そんな隠し球を持っていたのか貴様…!」
イキシア:「安心しろ、これで三割だ」
魔王:「まだ凄いのがあるんだ…!」
タイム:「末恐ろしい…!」
イキシア:「…こりゃ完全に集中力切れてんな…一服するぞおめーらー」
【魔王城 キッチン AM11:42】
ネリネ:「そっちのスープひとつまみお塩足すんだぁよぉー」
コック1:「はいっ!」
ネリネ:「そっちのサラダはタマネギの量少し減らして、トマトはこのタイミングじゃないだぁよぉー」
コック2:「はいすいませんっ!」
(昼食前のキッチンは戦場に近い)
(魔王城で働く魔物は優に五十を超えるのだから、さもありなんと言った所か)
(コック長であるネリネの触手も平常時の五倍速でぬるぬると動き回り、他のコックに指示を出している)
コック3:「ネリネコック長っ!お客さんですっ!」
ネリネ:「もしイキシアならそこにあるサンドイッチ盛り合わせを渡せば万事解決だぁよぉー」
(魚十数匹を瞬時に三枚下ろしにしたネリネが答えた)
(イキシアはかなりの高頻度で「腹減ったんだけどなんかある?」とキッチンにやってくる)
(それがあまりにも高頻度である為、キッチンの冷蔵庫には常時何かしらの食べ物が置いてある程だ)
コック3:「いえっ!イキシアさんでは無いですっ!」
ネリネ:「…?」
(ネリネが下ろした魚を同時にフライ、トマト煮、バターソテー、塩焼きにしていた手を止め、声のした方を見る)
アマリリス:「遅くなり申し訳無い。
道中馬車が大破してしまい、代わりを用意するのに手間取ってしまった…」
(そこに立っていたのは、最近巷でも流通を始めたポテトの栽培を最初に始めたリラータ村の村長、オークのアマリリスだった)
(手にはアマリリス自身と同サイズと思われる麻の袋を肩に掛けている。中身はいつも通り大量のポテトだろう)
ネリネ:「おーーーー!
アマリリス、待っていただぁよぉ!
体、無事かぁよぉ?」
(いつもならアマリリスはもっともっと早い時間に着く)
(なかなか到着せず、しかも一切連絡が無かった為、ネリネはずっと心配していたのだ)
(そのせいで本来なら刹那に数十匹三枚下ろしに出来る筈なのに、今回は十数匹しか三枚下ろしに出来なかった)
アマリリス:「心遣い感謝する。
俺は筋肉と骨太で有名なオーク種だからな、この程度なら寝てしまえばいくらでも回復する。
…ほら、この通り、俺自身もポテトも殆ど無傷だ」
(アマリリスはにこっと笑い、ぐっと力こぶを作ってみせた。どうやら本当に大丈夫な様だ)
アマリリス:「…ああ、すまない。昼食を作っている最中だったな。
どこに置いておけばいい?」
ネリネ:「じゃあそこに置いて貰えると助かるだぁよぉー。
…そういえば、お昼は食べただぁ?」
アマリリス:「いや?」
ネリネ:「そっかぁ。
それなら、良かったらお昼食べていくと良いだぁよぉー」
アマリリス:「いや、そこまでお世話になる訳には…それにそういう事は魔王様に一度お話してから…」
アマリリス:「良いんだぁよぉー」
コック1:「料理に関する事はネリネコック長に一任されていますからねー」
コック2:「ネリネコック長が良いって言ったら全部大丈夫になりますから」
コック3:「それに魔王様だって特に何も言わないと思いますよ?
魔王様は食事する魔物が増えるのは大歓迎ですからねー」
アマリリス:「そ、そうか…。
それなら…そこまで言ってくれるなら、是非とも」
ネリネ:「うんうん。
それじゃあ食堂で待ってるだぁよぉー」
【城下町 ワルグのパン屋 PM02:35】
ミソハギ:「…よし、いつも通り最後の確認だ。
魔王を見ても?」
アスパ:「殴り掛からない!」
ミソハギ:「魔王城で?」
ラガス:「暴れない!」
ミソハギ:「魔王城にある物を?」
アスパ:「壊さない!」
ミソハギ:「他の魔物に?」
ラガス:「喧嘩をふっかけない!」
ミソハギ:「よし行って来い!」
アスパ:「行って来るぜー!」
ラガス:「行って来ますだぜー!」
(アスパとラガスはわいわいきゃいきゃい騒ぎながらワルグのパン屋を飛び出した)
ミヤコ:「相変わらず元気ですね…アスパちゃんとラガスちゃん」
アサガオ:「元気…というかパワフルというか…扉、大丈夫ですか?」
ミソハギ:「…買い替え時かもなぁ…」
ミヤコ:「…あー…二ヶ月前にも同じ様な事言ってませんでした?」
アサガオ:「そのすぐ後買い替えませんでした?」
ミソハギ:「買い替えたなぁ…」
(アスパとラガスが乱暴に開け閉めをするせいでひびが入り始めた扉を、ミソハギと、以前リラータ村遠征でエキナと行動を共にしたミヤコ、アサガオはため息をつきながら見ていた)
(ミソハギがアスパとラガスを魔王城へ送り出したのには理由がある…無論偵察の為では無い)
(魔王城では、暫く前から青空教室という放課後支援の場所を設けている)
(学校が終わった後また勉強が出来たり、他の子供達と交流が出来たり、魔王城で働いている魔物達に様々な事を相談出来る場所だ)
(…実は『アリウム』にも、かなり前からそういった場所を設けて欲しいと要望が上がっていた)
(『アリウム』でも散々協議し、魔王にも提案していた内容が、若干形を変えてではあるがこうして形を成した、という訳だ)
ミヤコ:「しかし大丈夫なんですか?」
ミソハギ:「何がだ?」
ミヤコ:「青空教室ですよ青空教室。
主導権殆ど魔王サイドが握ってるじゃないですか。
いくらなんでも魔王サイドに一任するっていうのは…」
アサガオ:「ええ。確かに現在青空教室は魔王サイドに一任しています。
…青空教室を運営する費用、場所、人員、設備、道具、その他全てを、魔王サイドが負担した上で…ですが」
ミヤコ:「んだよアサガオ、魔王サイドの肩を持つのか?」
アサガオ:「そういう訳ではありません。
…ただ…」
ミソハギ:「ただ?」
アサガオ:「…姪が凄く楽しそうに話して来るのです…その日青空教室で何があったのかを。
それがあまりにも楽しそうで、楽しそうで…………なんですかミヤコ。その変な物でも見た様な顔は」
ミヤコ:「あ…ああいや。
…………アサガオの笑った顔初めて見た」
(アサガオは慌てた様子ですぅとハーブティーをすする)
(その頬は、ほんのり、ほんの僅かに、血色が良くなっている様に見えた)
ミソハギ:「…んで?ミヤコ。
青空教室を魔王サイドに…なんだっけか?」
ミヤコ:「あーーーーもうなんでもねぇです良いですこのまま魔王サイドに一任でー!」
【魔王城 図書館 PM16:58】
スミレ:「…………ん…………さん…………セージさーん、ちょっと良いですかー?」
セージ:「…………んあー…あー…スミレ?どったの?」
(魔王城にある図書館のカウンター)
(そこに俯せてすうぴよと眠っていた司書であるハーピーのセージは、庭番であるゴブリンのスミレを見て首を傾げた)
スミレ:「いや、本を借りに来たんです首を傾げないで下さい…」
セージ:「はいはぁい…」
(スミレから本を受け取るセージの目はまだふわふわとしている。というより体が揺れている)
スミレ:「…随分と眠たそうですね…」
セージ:「ここ暫く夜遅くまで検閲を兼ねて本を読みまくってるからねー…その影響でねー…」
スミレ:「な、なるほど…。
…何かお勧めがあれば今度僕も読んでみたいんですが…」
セージ:「勿論っ!
セージが好きそうな本も図書館に入るから、楽しみにしててねっ!
あ、はい、貸し出しの手続き終わったよー」
スミレ:「ありがとうございます。
…ちなみにその腕の羽、そんなに寝心地良いんですか?」
セージ:「もうぐっすり。羽毛枕界でトップを取れるかもしんない」
スミレ:「そんなにですか!?」
【魔王城 図書館 PM07:02】
ヒルガオ:「おぅい、セージー、スミレー、お夕飯にも来ずどうしたん…………おおぅ…」
エキナ:「え?どうしたのどうしたの?…………あー…ぐっすりー…」
(なかなかお夕飯に来ないセージとスミレを心配したヒルガオとエキナが見たのは、セージの羽を枕にし、くぅくぅすやすやと幸せそうな顔でカウンターに眠る、セージとスミレの姿だった…)
【魔王城 ツキミとサザンカ私室 PM11:16】
サザンカ:「…今日の内容、把握、おけ?」
ツキミ:「おけおけー!
今日は城下町で流行ってる噂話だよねっ!」
サザンカ:「…惜しい。
今日は城下町で流行ってる音楽特集」
ツキミ:「あっそっちだったかーあちゃー!」
サザンカ:「…確認しておいて良かった…」
ツキミ:「あははー…ごめんごめん」
(焦った様に笑うツキミと、ふぅとため息をつきながら少しだけ微笑むサザンカ)
(ツキミもサザンカも、もうすぐ始まる魔界通信の為、準備を行っていた)
(魔界通信にはファンも多い)
(中にはどういう技術を使っているのか、配信されている音声を保存して何度も聞いている猛者もいる様だ)
サザンカ:「…本当に内容、大丈夫?」
ツキミ:「…ちょっと不安だからもう一度確認する…!」
(だからこそ)
(魔鉱石の向こうで、魔界通信を楽しみにしてくれる誰かが、たった一体でもいるのなら)
(ツキミもサザンカも、手を抜かない。抜きたくない)
(何故ならば)
(…恐らくそっちの方が、ツキミとサザンカも楽しいからだろう)
(…それこそ、数十年前から、一日も欠かす事もないぐらいに)
ツキミ:「…………よっし確認おけ!」
サザンカ:「…良かった…」
ツキミ:「いやーご心配お掛けしましたぁー。
そっちの機材はどう?」
サザンカ:「…ん、こっちも大じょ(パキン)」
ツキミ:「…………あー…………サザンカ?
今一番聞きたくない音が聞こえた気がしたんだけれど…気のせいだよね?」
サザンカ:「…」
ツキミ:「…いやいや、いやいやいや。
…え、嘘でしょ?」
サザンカ:「……」
ツキミ:「…………いやいやいやいやっ!
えっ!?嘘っ!?よりにもよって今っ!?」
(やけに緩慢な動きで、機材の準備をしていたサザンカがツキミを見る)
(普段あまり表情筋が動かないサザンカの表情がぐにゃりと崩れ、今にも泣いてしまいそうだ)
サザンカ:「…つ、ツキミ…どうしよう…!」
(…ややあって、サザンカが口を開く)
(続いた言葉に、ツキミは天を見上げた)
サザンカ:「…………メインの魔鉱石、砕けちゃった…!」
【魔王城 エキナ自室 PM11:22】
(眠る前の穏やかな一時)
(部屋の明かりを落とし、ベッドの側に置かれた小さな照明だけを付けて)
(エキナは一人、ベッドの上で本を読んでいた)
(ひらり、ひらり、ページをめくり、時折紅茶に口を付ける)
(…その目は、本と照明の光以外、何も映す事は無く)
(…やがて本を読み終わったエキナは、んーっと背伸びをして)
ツキミ:「エキナ姫えええええええええええええええええええええッ!」
エキナ:「ぎゃああああああああああああああああああああああッ!?」
(…突如飛び込んで来たツキミの声に、滅多に上げる事は無いタイプの絶叫を上げた)
ツキミ:「魔王様っ!魔王様こっち来てないっ!?」
エキナ:「きっ、来てないですっ!」
ツキミ:「魔王様どこじゃああああああああああああああッ!」
エキナ:「!?!?!?!?」
(目を白黒させるエキナを残し、ツキミはぴゅーーーーっとどこかへと走り去ってしまった)
サザンカ:「ま…待ってぇ…!」
(その後を追い掛ける様に、サザンカがぜぇぜぇと息を切らして走っている)
エキナ:「さっ、サザンカちゃんっ!
いったい何があったのっ!?」
サザンカ:「ちょ、ちょっと、色々あって…待ってツキミーっ!」
(サザンカは説明もそこそこに、ツキミを追って走り出してしまう)
(…後に残されたエキナは、ただただ目を白黒させる事しか出来なかった…)
【魔王城 ランドリー PM11:28】
ツキミ:「魔王様はいねがあああああああああああああああっ!?」
ヒルガオ:「どうしたんじゃお主等っ!」
メイド1:「うわぁびっくりしたぁー」
メイド2:「…本当にびっくりしているのかい…?」
メイド3:「ツキミさんにサザンカさんじゃないっ!どうしたのっ!?」
サザンカ:「ちょ、ちょっと…ぜぇ…ぜぇ…トラブルが…」
メイド1:「それは一大事だねぇー」
メイド2:「いや理由も聞かず…けれど…ふむ、ツキミさんとサザンカさんがそんな慌てるのなら、よほどの一大事なんだろうね…」
メイド3:「メイド長は魔王様の居場所分からないの?」
ヒルガオ:「うーむ…分からん…。
…あ、そうじゃ。
儂から念話でどこにいるか聞いてみよう。もしかしたら案外近くにおるかもしれんし」
メイド1:「メイド長メイド長ー」
ヒルガオ:「ん?どうしたんじゃ?」
メイド2:「ツキミさんとサザンカさん、もうどこかに行ってしまったみたいだよ」
ヒルガオ:「…あぁやぁつぅらぁはぁぁぁぁ…!」
メイド3:「仕方ないわよ…なんたって一大事だし…」
ヒルガオ:「はぁ…。…あー魔王か?今どこにおる?
…ん、実は魔界通信で少しトラブルがあったみたいでの…」
【城下町 ワルグのパン屋 PM11:30】
魔王:「…ん。状況は分かった…うん、すぐ戻るよ。
ツキミとサザンカには自室にいる様に伝え…え?もうどっか行った?
…んー…見掛けたら捕まえておいて貰えると助かるかも。
うん…うん、お願いね」
ミソハギ:「…あの木偶ヤローからか?」
魔王:「メイド長からねメイド長。
なんか魔界通信の方でトラブルがあったみたい。もしかしたら配信機材の何かが故障しちゃったのかも」
ミソハギ:「故障ぐらいならツキミとサザンカでも修復出来んだろ…」
魔王:「機材は僕が作ったからねー…基本的な調整や簡単な修理なら出来るかもだけれど、重度の故障だったら僕が行って見なきゃ」
ミソハギ:「…なるほど、そうか。なら早く帰ってやれ」
魔王:「うん。
…あ、これありがとう。
今度売れ残りが出そうなら連絡してよ。全部定価で買い占めるから」
ミソハギ:「それなら明日来てもらおうか。
よーし通常量の五倍作って待ってっぞー」
魔王:「…ぼ、僕のプライベートマネーで足りるかな…!」
ミソハギ:「冗談だよ…」
【魔王城 キッチン PM11:31】
ツキミ:「まおおおおおおおおおさまあああああああああああっ!」
ネリネ:「おやツキミにサザンカ、どうかしたんだよぉー」
コック1:「魔王様はいらっしゃっていませんよ?」
コック2:「どうかされたんです…あ、もういない」
コック3:「疾風の様に去って行きましたね…」
【魔王城 図書館 PM11:40】
ツキミ:「ま゜っ」
セージ:「魔王様ならここには来てないよ?」
サザンカ:「…え…どうして分かったの…?」
スミレ:「そりゃあ…あれだけ絶叫しながらでしたら、嫌でも魔王様を探しているんだなって分かりますよ…」
サザンカ:「…どうしよう…どうしよう…魔王様どこにもいない…!」
ツキミ:「…とりあえず部屋に戻ろっか。
もしかしたら手持ちの魔鉱石でどうにかなるかもしれないし」
サザンカ:「…………うん…………」
【魔王城 通路 PM11:49】
サザンカ:「…………ごめんね、ツキミ…………」
(考え事をしているツキミに、サザンカはぽつりと呟く)
(ツキミが見たサザンカの顔からは異様な程血の気が引いている。まるでこの世の終わりに直面したかの様だ)
ツキミ:「なっ…ど、どうしたの!?」
(焦りを露わにしたツキミがサザンカに駆け寄る)
(…サザンカがここに来てから、どれぐらいの年月が経っただろう)
(サザンカはいついかなる時も…タイムに会った時を除けば、いかなる時も冷静で、真面目で、的確だった)
(…こんなにも…こんなにも気落ちしたサザンカを見たのは、初めてだ)
サザンカ:「私が…私がちゃんと整備していれば…こんな事にはならなかったのに…」
ツキミ:「しょうがないよっ!
魔鉱石の崩壊時間なんて誰にも分からないし、私だって魔鉱石の管理を怠ったのっ!
だからサザンカのせいじゃないよっ!ねっ!?」
(ツキミは笑って…少し歪だけれど、無理が見えるけれど、それでも笑って)
(…けれどもサザンカは、変わらない)
(サザンカはいついかなる時も、冷静で、真面目で、的確だった)
(…だからサザンカは、どんな事でも、自分が自分がと、責めてしまうのだ)
(冷静で、真面目で、的確だから)
(…一族からここに…魔王城に、逃げ込んで来たのだ)
ツキミ:「…………」
(ツキミはぎゅっと、サザンカを抱きしめる)
(氷の様に冷たい)
(…まるで、初めて会った、あの時の様だ)
(だからこそツキミは、ぎゅっとサザンカを抱きしめる)
(一緒に星を見た…初めてサザンカの微笑みを見た、あの時の様に)
ツキミ:「…大丈夫。大丈夫だよ。
部屋にある魔鉱石をかき集めて練成し直せば、どうにかなると思う」
サザンカ:「…………本、当…………?」
ツキミ:「うん。
失敗したら部屋ごとどうにかなっちゃうかもだし、サザンカにも負荷を掛けちゃうかもだけれど…でも、方法はあるの。
…だから、大丈夫だよ」
サザンカ:「…………うん。
ありがとう。…ありがとう、ツキミ」
(サザンカは微笑む)
(誰にも…魔王にも、タイムにすら見せた事の無い微笑み)
(不慣れで…それでも、とっても可愛らしい微笑み)
(…この微笑みを見る事が出来るあたしは、きっとこの星一番の幸せ者だなぁ)
(そんな事をぼんやりと思いながら、ツキミはにっこりと笑った)
ツキミ:「よぉしっ!忙しくなったっ!
そうと決まったら早く部屋に戻ろうっ!超特急でやる事沢山だよーっ!」
サザンカ:「…うんっ」
(ツキミもサザンカも、各々の満面の笑みで、一歩、歩き出し)
魔王:「ああようやく見つけたっ!
エキナとメイド長からツキミとサザンカが僕を探し回ってるって聞いて、あちこち探し回ってたんだっ!どうかしたの?」
ツキミ:「あ、えと、実は…」
魔王:「ああそうそう。
はいこれ、魔界通信のメインで使ってる魔鉱石の交換用の石。
魔鉱石からの魔力の流れがなんか鈍ってたからあと一、二週間ぐらいで寿命かなーって思って、ミソハギに丁度良い魔鉱石を探して貰ったんだー」
サザンカ:「…………あ…ありがとうございます…」
サザンカ:「魔力も満タンだから、交換してすぐに使用可能な状態に…どしたのそのえも言えない顔」
ツキミ:「あ、いえ」
魔王:「それで、本当にどうしたの?
ツキミもサザンカも取り乱すなんて、よっぽどの事だと思うけれど…機材の深刻な故障?」
サザンカ:「…たった今全部解決しました…」
魔王:「????」
【魔王城 エキナ自室 AM00:00】
ツキミ:『さて今宵も始まりました!日刊魔界通信!
お相手は私、ツキミ・スターリースカイと!』
サザンカ:『…サザンカ、スノウファイアがお届けします』
(エキナの自室)
(エキナと魔王は、紅茶を飲みながら、魔王が持って来た茶菓子を摘みながら、魔界通信を聞いていた)
エキナ:「間に合って良かったです…」
魔王:「いやぁ本当に焦った…まさかもう寿命を迎えて砕けていたなんてねー」
エキナ:「私の部屋に飛び込んで来たのもそう言った事情だったんですねー。
ツキミちゃんとサザンカちゃんが滅多にしない事だったので、びっくりしちゃいました…」
(いつもなら開始三十分前にはエキナの部屋を訪れていた魔王だったが、今日に限ってはギリギリだった)
(先程ツキミとサザンカが魔王を探して突然エキナの元を訪れた事も相まって魔王に事情を尋ねた所、この一時間に起きた一連の出来事を知る事となったのだ)
エキナ:「…でも、魔鉱石って寿命があったんですね…」
魔王:「…あ、そっか。
人間界だと魔鉱石の産出がそもそも少ないんだっけ」
エキナ:「はい。
それに博士達が魔鉱石の実験を行うと短期間で砕けてしまうので、てっきり魔鉱石に強い負荷を掛けるとすぐに砕けてしまう物と思っていました…」
魔王:「まぁ仕方無いよ。
確かに強い負荷…というより魔鉱石に込められた魔力を使い切れば砕けるのは事実だし、魔鉱石にどれぐらいの魔力があるのか、いつ砕けるか、僕だって完全に把握出来る訳じゃないからねー」
エキナ:「そうなんですか!?」
魔王:「うん。
だいたいこれぐらいかなーっていうのは分かるけれど、誤差一、二週間ぐらいかなぁ。
今度からはもっと早く準備しなきゃだねー」
(魔王はそう言って、さくりとクッキーを頬張る)
(エキナは「なるほど…」と小さく呟き、すぅと紅茶を啜った)
(それ以降、エキナと魔王の間に、会話は無い)
(音量を低くした魔鉱石から聞こえる魔界通信の音)
(さくりさくりとクッキーを頬張る音)
(すぅと紅茶を啜り、かちゃりとソーサーにカップが置かれる音)
(…エキナの部屋に満ちるその音の全てが、エキナにとって、そして魔王にとって、心地良い物だった)
魔王:「…エキナ姫がここに来てから、もうだいぶ立つね」
エキナ:「…はい。
…ここに…魔界に来てから、本当に…本当に、随分経ちました」
(エキナは手に持っていたティーカップを見つめる)
(ゆらゆら揺れる、自分の顔)
(…初めて…初めて魔界に来た時、私は、どんな顔をしていたのだろう)
(…きっと、あんまり良い顔はしていなかっただろうなぁ)
エキナ:「沢山の事を知って、沢山の魔物さんに出会って、沢山の楽しいを経験して、沢山の悲しいを経験して…。
…本当に…本当に、沢山の時間を、魔界で過ごしたんですね…」
(言葉では、「沢山の時間」で済んでしまう時間)
(…けれどそれは、言葉では到底語り尽くす事の出来ない、とても濃密な時間)
ツキミ:『それじゃあ次の曲!
おーこれはあたしも聞いた事ある!』
サザンカ:『…私も、結構好きな曲』
ツキミ:『それじゃあいってみよー!
ベリーベイビーロリポップで、『ハーモニー・カラー』!どぞっ!』
(ツキミの紹介の後、魔界通信を受信している魔鉱石から音楽が流れ始めた)
(複数の楽器の音を歪ませ、それを一つに束ね合わせた、聞き馴染みの無い、不思議な、けれどどこか耳に馴染む響き)
エキナ:「…あ、この曲、ミソハギさんの所で聞きました」
魔王:「そうなの?」
エキナ:「はいっ。この間パンを買いに行った時に流れていましたっ」
魔王:「て事は営業中に流しているのかなぁ…僕営業中には行かないから、僕聞いた事無いや。
…本当、魔界に馴染んだねー、エキナ姫って」
エキナ:「心の底からここにいるのが楽しいって思うと、自然に馴染む物なんですよ?」
魔王:「ん。…確かに。確かにそうだねー」
(エキナと魔王は、紅茶を飲み、クッキーをはみ、ぼんやり魔界通信を聞いている)
(時間は、流れていく)
(穏やかに、緩やかに、時に激しく、暴力的に)
(時間は、流れていく)
(流れ、流れて、また明日)
(貴方にまた、会えます様に)
(そうして時間は流れ、流れて、朝になり)
(賑やかで、騒がしくて、混沌とした一日が、始まるのだ)
第六話「みんなの一日を覗いてみましょう! そのいちっ」…CLEARED!
オルゴールが鳴る。
優しく、心地良く、けれどアップテンポで、少し大きめの音量。
「ん……………………ぅ…………」
とろとろとした意識の中。
最初は、なんでオルゴールが鳴っているんだろうって思ったけれど。
瞬間。刹那の後。
私は、全てを理解する。
ばっと飛び起き、ベッドの傍に置かれたオルゴールに目を向けた。
このオルゴールは魔王様がどこからか持って来て下さった物で、時計と一体となっている。指定した時間になるとオルゴールが鳴る仕組みだ。
その時計が指し示す時刻は朝の五時半。窓に引かれたカーテンから燦々と朝日が差し込んでいた。
……………………や…………や…………!
「やったあああああああああああああああっ!」
やったやった!やったやったぁ!
今まですっごく早起きして城下町を散歩したかったけれど、絶望的に寝起きが悪いせいで一度も出来なかった。
けれどばっちり目が覚めているし、もう眠くない!
やった…やったやったやった…!昨日この時間に起きるぞぉ!って決意した時間に起きられたぁっ!これで早朝のお城の中や城下町を散歩出来るっ!
「エキナ、起きておるか…?」
もっふもっふばっさばっさと枕に向かって喜びを表現していると、ヒルガオちゃんがそぉっと入って来る。
声がこそーっとしているのは眠っているであろう私を無理に起こさない為だろう。
「ヒルガオちゃんっ!」
扉からひょこっと顔を出したヒルガオちゃんと目が合った。
ヒルガオちゃんはしぱしぱと何度も瞬きをしていたけれど、やがてごしごしと何度も目をこすって、そうして私を見て。
「…とうとう…やった…のか…?」
「うんっ!
私…私、やっと…やっと一人で起きられたよっ!」
「……」
「…ヒルガオちゃん?」
「…………う」
「う?」
「宴じゃ者共おおおおおおおおおおおおおっ!」
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!』
ヒルガオちゃんが天に拳を突き上げ声を上げた瞬間、城中から雄叫びが聞こえたかと思うと、わらわらと私の部屋にみんなが入って来て、
「わっ!わっ!わわっ!?」
わーっしょいっ!わーっしょいっ!と胴上げされた。
なっ、何事!?どういう事!?何がどうしてこうなったの!?
「…………わぁいみんなありがとぉっ!」
まぁいっかみんな楽しそうだし!
わーっしょいわーっしょいと胴上げされながら運ばれた先には、よっぽどの事が無い限り見ない礼服を着た魔王様が立っていた。
礼服を着てくれるなんて…とっても嬉しい…!
「えー、エキナケア・ルクスカリバー殿!
貴方はすっごく頑張って朝起きた事をここに表彰します!良く頑張りましたっ!」
そう言って魔王様は私に表彰状を差し出してくれた。
す、凄い…表彰状の文字、緑色にきらきら輝いてる…!
「という訳でっ!今日はエキナ姫が早く起きられた記念日という事で祝日でーすっ!」
『おおおおおおおおおおおおっ!』
わぁーい祝日だぁ祝日だぁー!わぁーいわぁーい!
【魔王城 エキナの自室 AM07:56】
「えへへ…祝日だぁ…みんなありがとぉ…」
「エキナっ!エーキーナーっ!もうすぐ朝食じゃっ!はよう起きよっ!」
「わぁーい…わぁーい…」
「エキナーっ!戻って来ぉーいっ!」
…………えー…あー…。
こうして、魔王城の一日が始まっていくのでした。
…私対ベッド、五十二戦五十二敗…私が勝利出来る日は来るのかな…?
【魔王城 リネン室 AM09:26】
エキナ:「ツキミちゃーん、みんなから回収した洗濯物持って来たよー」
(わっせわっせと、エキナはかごいっぱいに乗せられた洗濯物をリネン室に運び入れる)
(そこには他にも数体メイドがおり、それぞれ洗濯物が山になっているかごが目の前に置かれていた)
ツキミ:「おけー。これで全部?」
サザンカ:「…ん、そうみたい」
ツキミ:「よっし!
それじゃあみんなー!ちゃっちゃか終わらせるよー!」
メイド達:『はーーーーい!』
(メイド達、そしてエキナは元気良く返事をすると、いくつもある巨大な金属の箱の中に洗濯物を放り込んでいく)
(その箱には風と水の魔術が組み込まれており、植物から抽出した洗剤を入れれば、自動で洗ってくれる仕組みとなっていた)
(ただ、そうした方法では洗えない洗濯物も中には存在する)
(そこはメイド達が手洗いで洗っていく寸法だ)
サザンカ:「…今日は良い天気。洗濯物もすぐ乾く」
メイド1:「そうですねぇー。
こんな良いお天気の日はのんびり陽向ぼっことか良いですねぇー」
メイド2:「ああ…本当に眠くなる…何もかもを放り出して眠ってしまいたい…」
メイド3:「あんたはいつもいつも徹夜してるからよ…」
エキナ:「徹夜ですか?」
メイド2:「ああ。
最近手芸にはまっていてね、これがどうしてなかなか奥が深くて…」
エキナ:「凄いですっ!何を作っているんですか!?」
メイド2:「金属を檻の形に加工して、その中に魔鉱石を入れたアクセサリーだよ。
ほら、こんな物さ」
(メイドがポケットからきらきらと輝く立方体のアクセサリーを取り出す)
(どういう金属を使っているのか、黒の中に虹色を称えるそれは鳥かごの様に編み込まれ、中には水色の丸い魔鉱石が淡い光を放っていた)
エキナ:「こ、これは…これは本当に凄いです…!
一流の細工師にも匹敵する出来です…!」
メイド1:「はぇー、これはなかなか綺麗な物ですねぇー」
メイド3:「あ…あんたにしては随分良い物を作るじゃない」
ツキミ:「なかなかどうして器用だねー」
サザンカ:「…売り物みたい」
メイド2:「そ…………そうかい…?
いや、まぁ、その…照れるな」
エキナ:「…んー…」
ツキミ:「エキナ、どしたの?」
エキナ:「あ、いえ。
こういった物を作って、それでおしまい…というのは勿体無い気がして」
メイド1:「確かにそうですねぇ…」
メイド3:「メイド長もそういうの色々作ってるんでしょ?
他にも手芸とか工芸やってる魔物とかいそうだし…」
ツキミ:「じゃあ魔王城直営のショップとかやるのはどお?」
サザンカ:「…ちょっと面白そう」
メイド3:「それすっごく素敵じゃない!」
メイド1:「魔王様に案を提出してみようかしらねぇー」
メイド2:「ふふふ…ふふふふ…腕が鳴るね…!」
メイド3:「いやあんたはしっかり寝なさい」
【魔王城 魔王の執務室 AM10:32】
魔王:「タイム。この資料なんだけど、こっちの確認終わったから、タイムの方でもう一度チェックしてもらえる?」
タイム:「分かりました。
ではこちらの書類にサインと印をお願いします」
魔王:「分かった。
その書類ケースに入れておいて。こっちの資料片付けたらすぐに確認するから」
(魔王とタイムはせっせと事務作業をこなしている)
(書類はいくつもの山となし積み上がっていた)
(溜め込んでいた訳では無い)
(毎日毎日、このペースで書類が増えていくのだ)
魔王:「……」
タイム:「……むぅ……」
魔王:「ふむ…これは…ああ、こっちの書類と連動しているのか…」
タイム:「…………」
魔王:「…………」
(唸りながら、首を傾げながら、魔王とタイムは書類を処理していく)
(…………が、次第に唸り、首を傾げる時間が増えていった)
(集中力が切れ始めたのだ)
魔王:「…………ねぇねぇタイム」
タイム:「はぶふぉっ!!!!」
(魔王に呼ばれ顔を向けたタイムは突然吹き出す)
(それもその筈、どうやっているのか魔王の顔のパーツ全てがむぎゅうと中央に集められていたからだ)
(本来であればこんなお粗末な事では笑わないタイムだが、余程集中力が限界だったのだろう、ひーひーと涙を流しながら腹を抱えている)
魔王:「よっし!」
タイム:「ま…魔王様…唐突ですな…」
魔王:「僕の五十六勝七十二敗だねー」
タイム:「…魔王様」
魔王:「ふふん僕は滅多に笑わなんぐぉっ!!!!…鼻水出ちゃった…」
(余裕をこいていた魔王だったが顔のパーツ全てを可能な限りばらけさせたタイムの顔を見て鼻水付きで吹き出した)
タイム:「はっはっは。私の七十三勝五十六敗ですな」
魔王:「うぐぐ…悔しい…!」
(ぐでぇと机に伸びる魔王と、顔を軽くマッサージしながら書類に目を通すタイム)
(と、不意に執務室の扉がノックされる)
(魔王とタイムは目を合わせて頷き、各々自分が一番自信のある顔をして待ち構えた)
イキシア:「魔王ー、城下から要望書がいくつか上がってるから目ぇ通して置いてくれー」
魔王:「…………」
タイム:「…………」
(ぽりぽりと頭をかきながら執務室に入って来たのはイキシアだった)
(ぼーっと魔王とタイムを見ていたイキシアだったが、ふっと顔を伏せ)
魔王:「…………ッ!」
タイム:「…………ッ!」
(顔を上げた瞬間、魔王もイキシアもうずくまり、体をぴくぴくと痙攣させる)
魔王:「い、イキシア…それどうやってるの…!?」
タイム:「ひ…卑怯な…そんな隠し球を持っていたのか貴様…!」
イキシア:「安心しろ、これで三割だ」
魔王:「まだ凄いのがあるんだ…!」
タイム:「末恐ろしい…!」
イキシア:「…こりゃ完全に集中力切れてんな…一服するぞおめーらー」
【魔王城 キッチン AM11:42】
ネリネ:「そっちのスープひとつまみお塩足すんだぁよぉー」
コック1:「はいっ!」
ネリネ:「そっちのサラダはタマネギの量少し減らして、トマトはこのタイミングじゃないだぁよぉー」
コック2:「はいすいませんっ!」
(昼食前のキッチンは戦場に近い)
(魔王城で働く魔物は優に五十を超えるのだから、さもありなんと言った所か)
(コック長であるネリネの触手も平常時の五倍速でぬるぬると動き回り、他のコックに指示を出している)
コック3:「ネリネコック長っ!お客さんですっ!」
ネリネ:「もしイキシアならそこにあるサンドイッチ盛り合わせを渡せば万事解決だぁよぉー」
(魚十数匹を瞬時に三枚下ろしにしたネリネが答えた)
(イキシアはかなりの高頻度で「腹減ったんだけどなんかある?」とキッチンにやってくる)
(それがあまりにも高頻度である為、キッチンの冷蔵庫には常時何かしらの食べ物が置いてある程だ)
コック3:「いえっ!イキシアさんでは無いですっ!」
ネリネ:「…?」
(ネリネが下ろした魚を同時にフライ、トマト煮、バターソテー、塩焼きにしていた手を止め、声のした方を見る)
アマリリス:「遅くなり申し訳無い。
道中馬車が大破してしまい、代わりを用意するのに手間取ってしまった…」
(そこに立っていたのは、最近巷でも流通を始めたポテトの栽培を最初に始めたリラータ村の村長、オークのアマリリスだった)
(手にはアマリリス自身と同サイズと思われる麻の袋を肩に掛けている。中身はいつも通り大量のポテトだろう)
ネリネ:「おーーーー!
アマリリス、待っていただぁよぉ!
体、無事かぁよぉ?」
(いつもならアマリリスはもっともっと早い時間に着く)
(なかなか到着せず、しかも一切連絡が無かった為、ネリネはずっと心配していたのだ)
(そのせいで本来なら刹那に数十匹三枚下ろしに出来る筈なのに、今回は十数匹しか三枚下ろしに出来なかった)
アマリリス:「心遣い感謝する。
俺は筋肉と骨太で有名なオーク種だからな、この程度なら寝てしまえばいくらでも回復する。
…ほら、この通り、俺自身もポテトも殆ど無傷だ」
(アマリリスはにこっと笑い、ぐっと力こぶを作ってみせた。どうやら本当に大丈夫な様だ)
アマリリス:「…ああ、すまない。昼食を作っている最中だったな。
どこに置いておけばいい?」
ネリネ:「じゃあそこに置いて貰えると助かるだぁよぉー。
…そういえば、お昼は食べただぁ?」
アマリリス:「いや?」
ネリネ:「そっかぁ。
それなら、良かったらお昼食べていくと良いだぁよぉー」
アマリリス:「いや、そこまでお世話になる訳には…それにそういう事は魔王様に一度お話してから…」
アマリリス:「良いんだぁよぉー」
コック1:「料理に関する事はネリネコック長に一任されていますからねー」
コック2:「ネリネコック長が良いって言ったら全部大丈夫になりますから」
コック3:「それに魔王様だって特に何も言わないと思いますよ?
魔王様は食事する魔物が増えるのは大歓迎ですからねー」
アマリリス:「そ、そうか…。
それなら…そこまで言ってくれるなら、是非とも」
ネリネ:「うんうん。
それじゃあ食堂で待ってるだぁよぉー」
【城下町 ワルグのパン屋 PM02:35】
ミソハギ:「…よし、いつも通り最後の確認だ。
魔王を見ても?」
アスパ:「殴り掛からない!」
ミソハギ:「魔王城で?」
ラガス:「暴れない!」
ミソハギ:「魔王城にある物を?」
アスパ:「壊さない!」
ミソハギ:「他の魔物に?」
ラガス:「喧嘩をふっかけない!」
ミソハギ:「よし行って来い!」
アスパ:「行って来るぜー!」
ラガス:「行って来ますだぜー!」
(アスパとラガスはわいわいきゃいきゃい騒ぎながらワルグのパン屋を飛び出した)
ミヤコ:「相変わらず元気ですね…アスパちゃんとラガスちゃん」
アサガオ:「元気…というかパワフルというか…扉、大丈夫ですか?」
ミソハギ:「…買い替え時かもなぁ…」
ミヤコ:「…あー…二ヶ月前にも同じ様な事言ってませんでした?」
アサガオ:「そのすぐ後買い替えませんでした?」
ミソハギ:「買い替えたなぁ…」
(アスパとラガスが乱暴に開け閉めをするせいでひびが入り始めた扉を、ミソハギと、以前リラータ村遠征でエキナと行動を共にしたミヤコ、アサガオはため息をつきながら見ていた)
(ミソハギがアスパとラガスを魔王城へ送り出したのには理由がある…無論偵察の為では無い)
(魔王城では、暫く前から青空教室という放課後支援の場所を設けている)
(学校が終わった後また勉強が出来たり、他の子供達と交流が出来たり、魔王城で働いている魔物達に様々な事を相談出来る場所だ)
(…実は『アリウム』にも、かなり前からそういった場所を設けて欲しいと要望が上がっていた)
(『アリウム』でも散々協議し、魔王にも提案していた内容が、若干形を変えてではあるがこうして形を成した、という訳だ)
ミヤコ:「しかし大丈夫なんですか?」
ミソハギ:「何がだ?」
ミヤコ:「青空教室ですよ青空教室。
主導権殆ど魔王サイドが握ってるじゃないですか。
いくらなんでも魔王サイドに一任するっていうのは…」
アサガオ:「ええ。確かに現在青空教室は魔王サイドに一任しています。
…青空教室を運営する費用、場所、人員、設備、道具、その他全てを、魔王サイドが負担した上で…ですが」
ミヤコ:「んだよアサガオ、魔王サイドの肩を持つのか?」
アサガオ:「そういう訳ではありません。
…ただ…」
ミソハギ:「ただ?」
アサガオ:「…姪が凄く楽しそうに話して来るのです…その日青空教室で何があったのかを。
それがあまりにも楽しそうで、楽しそうで…………なんですかミヤコ。その変な物でも見た様な顔は」
ミヤコ:「あ…ああいや。
…………アサガオの笑った顔初めて見た」
(アサガオは慌てた様子ですぅとハーブティーをすする)
(その頬は、ほんのり、ほんの僅かに、血色が良くなっている様に見えた)
ミソハギ:「…んで?ミヤコ。
青空教室を魔王サイドに…なんだっけか?」
ミヤコ:「あーーーーもうなんでもねぇです良いですこのまま魔王サイドに一任でー!」
【魔王城 図書館 PM16:58】
スミレ:「…………ん…………さん…………セージさーん、ちょっと良いですかー?」
セージ:「…………んあー…あー…スミレ?どったの?」
(魔王城にある図書館のカウンター)
(そこに俯せてすうぴよと眠っていた司書であるハーピーのセージは、庭番であるゴブリンのスミレを見て首を傾げた)
スミレ:「いや、本を借りに来たんです首を傾げないで下さい…」
セージ:「はいはぁい…」
(スミレから本を受け取るセージの目はまだふわふわとしている。というより体が揺れている)
スミレ:「…随分と眠たそうですね…」
セージ:「ここ暫く夜遅くまで検閲を兼ねて本を読みまくってるからねー…その影響でねー…」
スミレ:「な、なるほど…。
…何かお勧めがあれば今度僕も読んでみたいんですが…」
セージ:「勿論っ!
セージが好きそうな本も図書館に入るから、楽しみにしててねっ!
あ、はい、貸し出しの手続き終わったよー」
スミレ:「ありがとうございます。
…ちなみにその腕の羽、そんなに寝心地良いんですか?」
セージ:「もうぐっすり。羽毛枕界でトップを取れるかもしんない」
スミレ:「そんなにですか!?」
【魔王城 図書館 PM07:02】
ヒルガオ:「おぅい、セージー、スミレー、お夕飯にも来ずどうしたん…………おおぅ…」
エキナ:「え?どうしたのどうしたの?…………あー…ぐっすりー…」
(なかなかお夕飯に来ないセージとスミレを心配したヒルガオとエキナが見たのは、セージの羽を枕にし、くぅくぅすやすやと幸せそうな顔でカウンターに眠る、セージとスミレの姿だった…)
【魔王城 ツキミとサザンカ私室 PM11:16】
サザンカ:「…今日の内容、把握、おけ?」
ツキミ:「おけおけー!
今日は城下町で流行ってる噂話だよねっ!」
サザンカ:「…惜しい。
今日は城下町で流行ってる音楽特集」
ツキミ:「あっそっちだったかーあちゃー!」
サザンカ:「…確認しておいて良かった…」
ツキミ:「あははー…ごめんごめん」
(焦った様に笑うツキミと、ふぅとため息をつきながら少しだけ微笑むサザンカ)
(ツキミもサザンカも、もうすぐ始まる魔界通信の為、準備を行っていた)
(魔界通信にはファンも多い)
(中にはどういう技術を使っているのか、配信されている音声を保存して何度も聞いている猛者もいる様だ)
サザンカ:「…本当に内容、大丈夫?」
ツキミ:「…ちょっと不安だからもう一度確認する…!」
(だからこそ)
(魔鉱石の向こうで、魔界通信を楽しみにしてくれる誰かが、たった一体でもいるのなら)
(ツキミもサザンカも、手を抜かない。抜きたくない)
(何故ならば)
(…恐らくそっちの方が、ツキミとサザンカも楽しいからだろう)
(…それこそ、数十年前から、一日も欠かす事もないぐらいに)
ツキミ:「…………よっし確認おけ!」
サザンカ:「…良かった…」
ツキミ:「いやーご心配お掛けしましたぁー。
そっちの機材はどう?」
サザンカ:「…ん、こっちも大じょ(パキン)」
ツキミ:「…………あー…………サザンカ?
今一番聞きたくない音が聞こえた気がしたんだけれど…気のせいだよね?」
サザンカ:「…」
ツキミ:「…いやいや、いやいやいや。
…え、嘘でしょ?」
サザンカ:「……」
ツキミ:「…………いやいやいやいやっ!
えっ!?嘘っ!?よりにもよって今っ!?」
(やけに緩慢な動きで、機材の準備をしていたサザンカがツキミを見る)
(普段あまり表情筋が動かないサザンカの表情がぐにゃりと崩れ、今にも泣いてしまいそうだ)
サザンカ:「…つ、ツキミ…どうしよう…!」
(…ややあって、サザンカが口を開く)
(続いた言葉に、ツキミは天を見上げた)
サザンカ:「…………メインの魔鉱石、砕けちゃった…!」
【魔王城 エキナ自室 PM11:22】
(眠る前の穏やかな一時)
(部屋の明かりを落とし、ベッドの側に置かれた小さな照明だけを付けて)
(エキナは一人、ベッドの上で本を読んでいた)
(ひらり、ひらり、ページをめくり、時折紅茶に口を付ける)
(…その目は、本と照明の光以外、何も映す事は無く)
(…やがて本を読み終わったエキナは、んーっと背伸びをして)
ツキミ:「エキナ姫えええええええええええええええええええええッ!」
エキナ:「ぎゃああああああああああああああああああああああッ!?」
(…突如飛び込んで来たツキミの声に、滅多に上げる事は無いタイプの絶叫を上げた)
ツキミ:「魔王様っ!魔王様こっち来てないっ!?」
エキナ:「きっ、来てないですっ!」
ツキミ:「魔王様どこじゃああああああああああああああッ!」
エキナ:「!?!?!?!?」
(目を白黒させるエキナを残し、ツキミはぴゅーーーーっとどこかへと走り去ってしまった)
サザンカ:「ま…待ってぇ…!」
(その後を追い掛ける様に、サザンカがぜぇぜぇと息を切らして走っている)
エキナ:「さっ、サザンカちゃんっ!
いったい何があったのっ!?」
サザンカ:「ちょ、ちょっと、色々あって…待ってツキミーっ!」
(サザンカは説明もそこそこに、ツキミを追って走り出してしまう)
(…後に残されたエキナは、ただただ目を白黒させる事しか出来なかった…)
【魔王城 ランドリー PM11:28】
ツキミ:「魔王様はいねがあああああああああああああああっ!?」
ヒルガオ:「どうしたんじゃお主等っ!」
メイド1:「うわぁびっくりしたぁー」
メイド2:「…本当にびっくりしているのかい…?」
メイド3:「ツキミさんにサザンカさんじゃないっ!どうしたのっ!?」
サザンカ:「ちょ、ちょっと…ぜぇ…ぜぇ…トラブルが…」
メイド1:「それは一大事だねぇー」
メイド2:「いや理由も聞かず…けれど…ふむ、ツキミさんとサザンカさんがそんな慌てるのなら、よほどの一大事なんだろうね…」
メイド3:「メイド長は魔王様の居場所分からないの?」
ヒルガオ:「うーむ…分からん…。
…あ、そうじゃ。
儂から念話でどこにいるか聞いてみよう。もしかしたら案外近くにおるかもしれんし」
メイド1:「メイド長メイド長ー」
ヒルガオ:「ん?どうしたんじゃ?」
メイド2:「ツキミさんとサザンカさん、もうどこかに行ってしまったみたいだよ」
ヒルガオ:「…あぁやぁつぅらぁはぁぁぁぁ…!」
メイド3:「仕方ないわよ…なんたって一大事だし…」
ヒルガオ:「はぁ…。…あー魔王か?今どこにおる?
…ん、実は魔界通信で少しトラブルがあったみたいでの…」
【城下町 ワルグのパン屋 PM11:30】
魔王:「…ん。状況は分かった…うん、すぐ戻るよ。
ツキミとサザンカには自室にいる様に伝え…え?もうどっか行った?
…んー…見掛けたら捕まえておいて貰えると助かるかも。
うん…うん、お願いね」
ミソハギ:「…あの木偶ヤローからか?」
魔王:「メイド長からねメイド長。
なんか魔界通信の方でトラブルがあったみたい。もしかしたら配信機材の何かが故障しちゃったのかも」
ミソハギ:「故障ぐらいならツキミとサザンカでも修復出来んだろ…」
魔王:「機材は僕が作ったからねー…基本的な調整や簡単な修理なら出来るかもだけれど、重度の故障だったら僕が行って見なきゃ」
ミソハギ:「…なるほど、そうか。なら早く帰ってやれ」
魔王:「うん。
…あ、これありがとう。
今度売れ残りが出そうなら連絡してよ。全部定価で買い占めるから」
ミソハギ:「それなら明日来てもらおうか。
よーし通常量の五倍作って待ってっぞー」
魔王:「…ぼ、僕のプライベートマネーで足りるかな…!」
ミソハギ:「冗談だよ…」
【魔王城 キッチン PM11:31】
ツキミ:「まおおおおおおおおおさまあああああああああああっ!」
ネリネ:「おやツキミにサザンカ、どうかしたんだよぉー」
コック1:「魔王様はいらっしゃっていませんよ?」
コック2:「どうかされたんです…あ、もういない」
コック3:「疾風の様に去って行きましたね…」
【魔王城 図書館 PM11:40】
ツキミ:「ま゜っ」
セージ:「魔王様ならここには来てないよ?」
サザンカ:「…え…どうして分かったの…?」
スミレ:「そりゃあ…あれだけ絶叫しながらでしたら、嫌でも魔王様を探しているんだなって分かりますよ…」
サザンカ:「…どうしよう…どうしよう…魔王様どこにもいない…!」
ツキミ:「…とりあえず部屋に戻ろっか。
もしかしたら手持ちの魔鉱石でどうにかなるかもしれないし」
サザンカ:「…………うん…………」
【魔王城 通路 PM11:49】
サザンカ:「…………ごめんね、ツキミ…………」
(考え事をしているツキミに、サザンカはぽつりと呟く)
(ツキミが見たサザンカの顔からは異様な程血の気が引いている。まるでこの世の終わりに直面したかの様だ)
ツキミ:「なっ…ど、どうしたの!?」
(焦りを露わにしたツキミがサザンカに駆け寄る)
(…サザンカがここに来てから、どれぐらいの年月が経っただろう)
(サザンカはいついかなる時も…タイムに会った時を除けば、いかなる時も冷静で、真面目で、的確だった)
(…こんなにも…こんなにも気落ちしたサザンカを見たのは、初めてだ)
サザンカ:「私が…私がちゃんと整備していれば…こんな事にはならなかったのに…」
ツキミ:「しょうがないよっ!
魔鉱石の崩壊時間なんて誰にも分からないし、私だって魔鉱石の管理を怠ったのっ!
だからサザンカのせいじゃないよっ!ねっ!?」
(ツキミは笑って…少し歪だけれど、無理が見えるけれど、それでも笑って)
(…けれどもサザンカは、変わらない)
(サザンカはいついかなる時も、冷静で、真面目で、的確だった)
(…だからサザンカは、どんな事でも、自分が自分がと、責めてしまうのだ)
(冷静で、真面目で、的確だから)
(…一族からここに…魔王城に、逃げ込んで来たのだ)
ツキミ:「…………」
(ツキミはぎゅっと、サザンカを抱きしめる)
(氷の様に冷たい)
(…まるで、初めて会った、あの時の様だ)
(だからこそツキミは、ぎゅっとサザンカを抱きしめる)
(一緒に星を見た…初めてサザンカの微笑みを見た、あの時の様に)
ツキミ:「…大丈夫。大丈夫だよ。
部屋にある魔鉱石をかき集めて練成し直せば、どうにかなると思う」
サザンカ:「…………本、当…………?」
ツキミ:「うん。
失敗したら部屋ごとどうにかなっちゃうかもだし、サザンカにも負荷を掛けちゃうかもだけれど…でも、方法はあるの。
…だから、大丈夫だよ」
サザンカ:「…………うん。
ありがとう。…ありがとう、ツキミ」
(サザンカは微笑む)
(誰にも…魔王にも、タイムにすら見せた事の無い微笑み)
(不慣れで…それでも、とっても可愛らしい微笑み)
(…この微笑みを見る事が出来るあたしは、きっとこの星一番の幸せ者だなぁ)
(そんな事をぼんやりと思いながら、ツキミはにっこりと笑った)
ツキミ:「よぉしっ!忙しくなったっ!
そうと決まったら早く部屋に戻ろうっ!超特急でやる事沢山だよーっ!」
サザンカ:「…うんっ」
(ツキミもサザンカも、各々の満面の笑みで、一歩、歩き出し)
魔王:「ああようやく見つけたっ!
エキナとメイド長からツキミとサザンカが僕を探し回ってるって聞いて、あちこち探し回ってたんだっ!どうかしたの?」
ツキミ:「あ、えと、実は…」
魔王:「ああそうそう。
はいこれ、魔界通信のメインで使ってる魔鉱石の交換用の石。
魔鉱石からの魔力の流れがなんか鈍ってたからあと一、二週間ぐらいで寿命かなーって思って、ミソハギに丁度良い魔鉱石を探して貰ったんだー」
サザンカ:「…………あ…ありがとうございます…」
サザンカ:「魔力も満タンだから、交換してすぐに使用可能な状態に…どしたのそのえも言えない顔」
ツキミ:「あ、いえ」
魔王:「それで、本当にどうしたの?
ツキミもサザンカも取り乱すなんて、よっぽどの事だと思うけれど…機材の深刻な故障?」
サザンカ:「…たった今全部解決しました…」
魔王:「????」
【魔王城 エキナ自室 AM00:00】
ツキミ:『さて今宵も始まりました!日刊魔界通信!
お相手は私、ツキミ・スターリースカイと!』
サザンカ:『…サザンカ、スノウファイアがお届けします』
(エキナの自室)
(エキナと魔王は、紅茶を飲みながら、魔王が持って来た茶菓子を摘みながら、魔界通信を聞いていた)
エキナ:「間に合って良かったです…」
魔王:「いやぁ本当に焦った…まさかもう寿命を迎えて砕けていたなんてねー」
エキナ:「私の部屋に飛び込んで来たのもそう言った事情だったんですねー。
ツキミちゃんとサザンカちゃんが滅多にしない事だったので、びっくりしちゃいました…」
(いつもなら開始三十分前にはエキナの部屋を訪れていた魔王だったが、今日に限ってはギリギリだった)
(先程ツキミとサザンカが魔王を探して突然エキナの元を訪れた事も相まって魔王に事情を尋ねた所、この一時間に起きた一連の出来事を知る事となったのだ)
エキナ:「…でも、魔鉱石って寿命があったんですね…」
魔王:「…あ、そっか。
人間界だと魔鉱石の産出がそもそも少ないんだっけ」
エキナ:「はい。
それに博士達が魔鉱石の実験を行うと短期間で砕けてしまうので、てっきり魔鉱石に強い負荷を掛けるとすぐに砕けてしまう物と思っていました…」
魔王:「まぁ仕方無いよ。
確かに強い負荷…というより魔鉱石に込められた魔力を使い切れば砕けるのは事実だし、魔鉱石にどれぐらいの魔力があるのか、いつ砕けるか、僕だって完全に把握出来る訳じゃないからねー」
エキナ:「そうなんですか!?」
魔王:「うん。
だいたいこれぐらいかなーっていうのは分かるけれど、誤差一、二週間ぐらいかなぁ。
今度からはもっと早く準備しなきゃだねー」
(魔王はそう言って、さくりとクッキーを頬張る)
(エキナは「なるほど…」と小さく呟き、すぅと紅茶を啜った)
(それ以降、エキナと魔王の間に、会話は無い)
(音量を低くした魔鉱石から聞こえる魔界通信の音)
(さくりさくりとクッキーを頬張る音)
(すぅと紅茶を啜り、かちゃりとソーサーにカップが置かれる音)
(…エキナの部屋に満ちるその音の全てが、エキナにとって、そして魔王にとって、心地良い物だった)
魔王:「…エキナ姫がここに来てから、もうだいぶ立つね」
エキナ:「…はい。
…ここに…魔界に来てから、本当に…本当に、随分経ちました」
(エキナは手に持っていたティーカップを見つめる)
(ゆらゆら揺れる、自分の顔)
(…初めて…初めて魔界に来た時、私は、どんな顔をしていたのだろう)
(…きっと、あんまり良い顔はしていなかっただろうなぁ)
エキナ:「沢山の事を知って、沢山の魔物さんに出会って、沢山の楽しいを経験して、沢山の悲しいを経験して…。
…本当に…本当に、沢山の時間を、魔界で過ごしたんですね…」
(言葉では、「沢山の時間」で済んでしまう時間)
(…けれどそれは、言葉では到底語り尽くす事の出来ない、とても濃密な時間)
ツキミ:『それじゃあ次の曲!
おーこれはあたしも聞いた事ある!』
サザンカ:『…私も、結構好きな曲』
ツキミ:『それじゃあいってみよー!
ベリーベイビーロリポップで、『ハーモニー・カラー』!どぞっ!』
(ツキミの紹介の後、魔界通信を受信している魔鉱石から音楽が流れ始めた)
(複数の楽器の音を歪ませ、それを一つに束ね合わせた、聞き馴染みの無い、不思議な、けれどどこか耳に馴染む響き)
エキナ:「…あ、この曲、ミソハギさんの所で聞きました」
魔王:「そうなの?」
エキナ:「はいっ。この間パンを買いに行った時に流れていましたっ」
魔王:「て事は営業中に流しているのかなぁ…僕営業中には行かないから、僕聞いた事無いや。
…本当、魔界に馴染んだねー、エキナ姫って」
エキナ:「心の底からここにいるのが楽しいって思うと、自然に馴染む物なんですよ?」
魔王:「ん。…確かに。確かにそうだねー」
(エキナと魔王は、紅茶を飲み、クッキーをはみ、ぼんやり魔界通信を聞いている)
(時間は、流れていく)
(穏やかに、緩やかに、時に激しく、暴力的に)
(時間は、流れていく)
(流れ、流れて、また明日)
(貴方にまた、会えます様に)
(そうして時間は流れ、流れて、朝になり)
(賑やかで、騒がしくて、混沌とした一日が、始まるのだ)
第六話「みんなの一日を覗いてみましょう! そのいちっ」…CLEARED!
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