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婚約破棄
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婚約破棄され、二ヶ月後。
少し心も癒えてきた頃だった。街を散歩して橋を渡り歩いている時だった。強い風が吹いて、わたしは飛ばされてしまった。
どぼん――と、底に落ちていく。
「…………ぁ」
ごぼごぼと水を飲んで死にかける。
苦しい……誰か助けて。
そんな願いが通じたかのように、わたしは引き上げられた。
「大丈夫かい、君」
青い瞳がわたしを見ていた。
なんてお優しい目をしているの。
「……あ、ありがとう……ございます」
「良かった。急に目の前で人が飛ばされたから何かと思ったよ」
「あの……あなた様は?」
「僕はこの近所に住む伯爵。名前は『ヒース』だ」
「ヒース……様」
この瞬間、わたしは彼に惚れてしまっていた。単純に助けて貰って嬉しかったし、彼はとにかくカッコ良かった。白い肌に白銀の髪。ずっと見ていたいとさえ思ったほど。
けれども、彼は立ち上がり……立ち去っていく。
「じゃあね」
「ま、待って下さい。お礼を……」
「礼は不要だ。僕は当たり前の事をしただけさ」
か、かっこいい……。
――この日から、わたしのアタックが始まった。
一日目……伯爵邸を訪れる。
「伯爵サマ、あのお話を」
「ごめん、今は忙しいんだ」
二日目……また伯爵邸を訪れる。
「お話を」
「……また君かい。ごめん、無理だ」
三日目……伯爵邸へ。
「おはようございます」
「キャロン、またかい。今日も話は無理だ」
一週間後……外で待った。
「伯爵サマ!」
「……分かった。少しだけ話そう」
「ありがとうございます。まずは一週間前のお礼を……ありがとうございました」
「うん、それは分かった。もういいかい」
「その、わたし、伯爵サマが好きなんです! あの時、助けて貰って本当に嬉しかったし、好きになってしまったんです……だから」
「君を傷つけたくはない。返答は差し控えるよ」
伯爵サマは少し冷たいなって思った。でも、それでもわたしは諦めなかった。だって、彼はなんだかんだ会ってはくれていたし、話もするようになっていたから。
この奇妙な生活を一ヶ月続けた。
「……キャロン、もう終わりにしないかい」
「……え」
「僕は、その……君に幸せになって欲しいよ。でも、その……なんていうか」
「ご、ごめんなさい……涙が」
「あっ、キャロン! 最後まで聞いてくれ!」
ショックだった。
終わりにしないかだなんて、今まで一言も言わなかったのに……なのに。最近はいろいろ話すようにもなっていた。なのに、どうして……。
伯爵サマは、わたしが嫌いなの?
迷惑、だったのかな。
「……」
そうね、少し距離を置いて放置してみよう。
トボトボ歩いていると、もうひとりの伯爵ヴァルムントが正面から歩いて来た。彼は積極的で優しいことで有名だった。……そうだ、彼を使おう。ちょっと申し訳ないけれど、伯爵サマを振り向かせる為よ。
「あ、あの……ヴァルムント様」
「ん? 君は……おお、キャロンか。知っているよ、君は美女だからね」
「いえ、そんな。ところでヴァルムント様……よろしければ、わたしとお茶など」
色目を使い、誘い込む。
さあ、乗って来なさい、ヴァルムント。
「おぉ、本当かい! いいね、じゃあ一緒に――」
「待て!!」
その時、ヒース様の声が張り上がった。
あまりの声量に驚く。
「なんだ君は……ん、ヒースじゃないか」
「待て、ヴァルムント。その人は……」
「なんだ、何が言いたい。ああ、キャロンか? この人は俺と付き合うんだぞ」
「……嘘だ。キャロン!」
「本当です。伯爵サマがいけないんですよ。振り向いてくれないから」
「ごめん、悪かった。僕は……本当は君が好きなんだ。最初はそりゃあ、ちょっと鬱陶しいなって思った時もあった。でも話していく内にキャロン、君を好きになっていた。
けれど、今更態度も変えられなくなっちゃって……だから冷たくしていたんだ」
「伯爵サマ……そうだったのですね」
だから、あんなに冷たく……良かった本音が聞けて。これが伯爵サマの気持ちだというのなら嬉しい。でも、まだよ。
「キャロン、僕の方へ来い」
「嫌です。だってあんなにお慕い申し上げたのに……振り向いてくれなかったではありませんか」
「それについては……すまなかった。僕が素直じゃなかったんだ、許してくれ」
伯爵サマはポケットに手を突っ込み、ごそごそと何かを取り出す。摘まんでそれを出すと……あっ!
「それって……婚約指輪ですか?」
「そうだ、キャロン! 僕と婚約を結んでくれッ!!」
真剣な眼差しで申し込まれ、わたしはとても嬉しかった。この時を待っていた。やっと彼とひとつになれる。
「そういうわけなのです、ヴァルムント様」
「ああ、知っていたさ。キャロン、君がヒースの屋敷に通っている姿をよく見ていたんだ。近所だからね」
「そ、そうだったんですね。本当にごめんなさい」
「いいさ。また茶でも」
「はいっ、そのうち」
ヴァルムント様は爽やかな笑顔で去って行った。怒らずいてくれて、なんて良い人なんだろう。
「伯爵サマ、お受けします」
「良かった……キャロン。それと今まで冷たくして済まなかった。今までの分、君を愛するよ。いやそれ以上だ」
「嬉しいっ、伯爵サマ」
わたしから抱きつく。
抱き合って最高の至福を感じていた。
「あぁ、キャロン。僕のキャロン……ずっとこうしたかった」
わたしは目をそっと閉じた。
「……」
「キャロン、君を愛している」
情熱的なキスを交わす。
長い一ヶ月だったけれど、わたしはようやく彼と一緒になれた。……良かった、最後まで諦めなくて。
少し心も癒えてきた頃だった。街を散歩して橋を渡り歩いている時だった。強い風が吹いて、わたしは飛ばされてしまった。
どぼん――と、底に落ちていく。
「…………ぁ」
ごぼごぼと水を飲んで死にかける。
苦しい……誰か助けて。
そんな願いが通じたかのように、わたしは引き上げられた。
「大丈夫かい、君」
青い瞳がわたしを見ていた。
なんてお優しい目をしているの。
「……あ、ありがとう……ございます」
「良かった。急に目の前で人が飛ばされたから何かと思ったよ」
「あの……あなた様は?」
「僕はこの近所に住む伯爵。名前は『ヒース』だ」
「ヒース……様」
この瞬間、わたしは彼に惚れてしまっていた。単純に助けて貰って嬉しかったし、彼はとにかくカッコ良かった。白い肌に白銀の髪。ずっと見ていたいとさえ思ったほど。
けれども、彼は立ち上がり……立ち去っていく。
「じゃあね」
「ま、待って下さい。お礼を……」
「礼は不要だ。僕は当たり前の事をしただけさ」
か、かっこいい……。
――この日から、わたしのアタックが始まった。
一日目……伯爵邸を訪れる。
「伯爵サマ、あのお話を」
「ごめん、今は忙しいんだ」
二日目……また伯爵邸を訪れる。
「お話を」
「……また君かい。ごめん、無理だ」
三日目……伯爵邸へ。
「おはようございます」
「キャロン、またかい。今日も話は無理だ」
一週間後……外で待った。
「伯爵サマ!」
「……分かった。少しだけ話そう」
「ありがとうございます。まずは一週間前のお礼を……ありがとうございました」
「うん、それは分かった。もういいかい」
「その、わたし、伯爵サマが好きなんです! あの時、助けて貰って本当に嬉しかったし、好きになってしまったんです……だから」
「君を傷つけたくはない。返答は差し控えるよ」
伯爵サマは少し冷たいなって思った。でも、それでもわたしは諦めなかった。だって、彼はなんだかんだ会ってはくれていたし、話もするようになっていたから。
この奇妙な生活を一ヶ月続けた。
「……キャロン、もう終わりにしないかい」
「……え」
「僕は、その……君に幸せになって欲しいよ。でも、その……なんていうか」
「ご、ごめんなさい……涙が」
「あっ、キャロン! 最後まで聞いてくれ!」
ショックだった。
終わりにしないかだなんて、今まで一言も言わなかったのに……なのに。最近はいろいろ話すようにもなっていた。なのに、どうして……。
伯爵サマは、わたしが嫌いなの?
迷惑、だったのかな。
「……」
そうね、少し距離を置いて放置してみよう。
トボトボ歩いていると、もうひとりの伯爵ヴァルムントが正面から歩いて来た。彼は積極的で優しいことで有名だった。……そうだ、彼を使おう。ちょっと申し訳ないけれど、伯爵サマを振り向かせる為よ。
「あ、あの……ヴァルムント様」
「ん? 君は……おお、キャロンか。知っているよ、君は美女だからね」
「いえ、そんな。ところでヴァルムント様……よろしければ、わたしとお茶など」
色目を使い、誘い込む。
さあ、乗って来なさい、ヴァルムント。
「おぉ、本当かい! いいね、じゃあ一緒に――」
「待て!!」
その時、ヒース様の声が張り上がった。
あまりの声量に驚く。
「なんだ君は……ん、ヒースじゃないか」
「待て、ヴァルムント。その人は……」
「なんだ、何が言いたい。ああ、キャロンか? この人は俺と付き合うんだぞ」
「……嘘だ。キャロン!」
「本当です。伯爵サマがいけないんですよ。振り向いてくれないから」
「ごめん、悪かった。僕は……本当は君が好きなんだ。最初はそりゃあ、ちょっと鬱陶しいなって思った時もあった。でも話していく内にキャロン、君を好きになっていた。
けれど、今更態度も変えられなくなっちゃって……だから冷たくしていたんだ」
「伯爵サマ……そうだったのですね」
だから、あんなに冷たく……良かった本音が聞けて。これが伯爵サマの気持ちだというのなら嬉しい。でも、まだよ。
「キャロン、僕の方へ来い」
「嫌です。だってあんなにお慕い申し上げたのに……振り向いてくれなかったではありませんか」
「それについては……すまなかった。僕が素直じゃなかったんだ、許してくれ」
伯爵サマはポケットに手を突っ込み、ごそごそと何かを取り出す。摘まんでそれを出すと……あっ!
「それって……婚約指輪ですか?」
「そうだ、キャロン! 僕と婚約を結んでくれッ!!」
真剣な眼差しで申し込まれ、わたしはとても嬉しかった。この時を待っていた。やっと彼とひとつになれる。
「そういうわけなのです、ヴァルムント様」
「ああ、知っていたさ。キャロン、君がヒースの屋敷に通っている姿をよく見ていたんだ。近所だからね」
「そ、そうだったんですね。本当にごめんなさい」
「いいさ。また茶でも」
「はいっ、そのうち」
ヴァルムント様は爽やかな笑顔で去って行った。怒らずいてくれて、なんて良い人なんだろう。
「伯爵サマ、お受けします」
「良かった……キャロン。それと今まで冷たくして済まなかった。今までの分、君を愛するよ。いやそれ以上だ」
「嬉しいっ、伯爵サマ」
わたしから抱きつく。
抱き合って最高の至福を感じていた。
「あぁ、キャロン。僕のキャロン……ずっとこうしたかった」
わたしは目をそっと閉じた。
「……」
「キャロン、君を愛している」
情熱的なキスを交わす。
長い一ヶ月だったけれど、わたしはようやく彼と一緒になれた。……良かった、最後まで諦めなくて。
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