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宮廷錬金術師・サリエリ
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書斎へ向かうと、のんびりと葉巻を嗜むお父様の姿があった。
「お父様、失礼します」
「怖い顔をしてどうした、エリザ」
「伯爵です。ヘイズがわたしを猛毒で殺そうとしたんです!」
わたしは婚約指輪に毒が塗られていたことを説明した。お父様は事実を聞かされて青ざめ、凍り付いていた。
「…………エリザ、それは本当か?」
「冗談でこんなことは申し上げません。さきほど、アーノルドに任せてヘイズを連行してもらいましたから」
「そ、そうか……。やはり、噂は本当だったか」
「なんの噂ですか?」
「伯爵と関係を持った女性は不幸になるとな……。まさか、とは思っていたが本当だったとは」
そんな噂、初めて耳にした。
お父様によれば、伯爵は過去に何度も貴族令嬢と婚約を交わしていたみたい。でも、なぜか女性は不運に見舞われ……死んでしまったという。
その人数は四人にも及ぶ。
わたしで五人目だったなんて……。
そうだったの……知らなかった。
「もっと早く言って下さい、お父様。そうであれば、わたしはあんな男と婚約を結ぶこともなかったのに」
「……お前が幸せそうだったからだ。愛してはいたのだろう?」
「そ、それは……そうですけれど」
お父様は、わたしの幸せを願ってくれていた。だから、変な噂を耳に入れたくなかったのだろう。わたしを心配させたくなくて。そう言う意味でなら、納得できる。
――その後、ヘイズが勾留されていることが分かった。
今回のことが『重大事件』として扱われていると聞いて、ホッとした。
三日後、更なる事実が判明した。
婚約指輪に塗られていたのは『トリカブト』とグフという魚の毒『テトロドトキシン』が配合された猛毒だった。
即効性がなく、時間をかけてゆっくりと――まるで嬲るようにジワジワと侵食させる特殊な毒だった。
これはつまり、二つの毒を混ぜると“拮抗作用”が起こるようだった。やがて、拮抗作用が崩壊すると毒によって死に至ると判明した。
それがこの帝国随一と呼ばれる宮廷錬金術師・サリエリの見解だった。
手紙を最後まで読み終わり、わたしは驚きと如何ともしがたい恐怖に苛まれた。
この毒はつまり……計画殺人用に用意された毒ということ。過去、殺されてしまった貴族令嬢たちは……ヘイズの計画的犯行によって、その命を落としたんだ。
あまりに衝撃的な事実に、眩暈がした。吐き気もした。……これが人間のやること? あれは悪魔よ。
わたしは、なんて男と付き合っていたの。悍ましすぎる。
震えていると、玄関の方からノックをする音が。わたしは返事をして扉を開けた。すると、そこには少しやつれた男性が立っていた。……貴族ではあるみたいね。
「はじめまして。私はヨハンと申す者。エリザ様、貴女に話があって参りました」
「話、ですか……?」
「ええ、あの男……ヘイズのことです」
「ヘイズですか……なにを御存知なのです?」
「私は……彼に婚約者を取られ、後に大切な人を失った……被害者の一人です」
もしかして――とは思った。
過去、誰かのパートナーを奪って事件を起こしたのではないかと……。嫌な予感が的中してしまった。
ヘイズ、あの男だけは絶対に許せない。
怒りを抑えながら、わたしはヨハンから話を聞くことにした。
「お父様、失礼します」
「怖い顔をしてどうした、エリザ」
「伯爵です。ヘイズがわたしを猛毒で殺そうとしたんです!」
わたしは婚約指輪に毒が塗られていたことを説明した。お父様は事実を聞かされて青ざめ、凍り付いていた。
「…………エリザ、それは本当か?」
「冗談でこんなことは申し上げません。さきほど、アーノルドに任せてヘイズを連行してもらいましたから」
「そ、そうか……。やはり、噂は本当だったか」
「なんの噂ですか?」
「伯爵と関係を持った女性は不幸になるとな……。まさか、とは思っていたが本当だったとは」
そんな噂、初めて耳にした。
お父様によれば、伯爵は過去に何度も貴族令嬢と婚約を交わしていたみたい。でも、なぜか女性は不運に見舞われ……死んでしまったという。
その人数は四人にも及ぶ。
わたしで五人目だったなんて……。
そうだったの……知らなかった。
「もっと早く言って下さい、お父様。そうであれば、わたしはあんな男と婚約を結ぶこともなかったのに」
「……お前が幸せそうだったからだ。愛してはいたのだろう?」
「そ、それは……そうですけれど」
お父様は、わたしの幸せを願ってくれていた。だから、変な噂を耳に入れたくなかったのだろう。わたしを心配させたくなくて。そう言う意味でなら、納得できる。
――その後、ヘイズが勾留されていることが分かった。
今回のことが『重大事件』として扱われていると聞いて、ホッとした。
三日後、更なる事実が判明した。
婚約指輪に塗られていたのは『トリカブト』とグフという魚の毒『テトロドトキシン』が配合された猛毒だった。
即効性がなく、時間をかけてゆっくりと――まるで嬲るようにジワジワと侵食させる特殊な毒だった。
これはつまり、二つの毒を混ぜると“拮抗作用”が起こるようだった。やがて、拮抗作用が崩壊すると毒によって死に至ると判明した。
それがこの帝国随一と呼ばれる宮廷錬金術師・サリエリの見解だった。
手紙を最後まで読み終わり、わたしは驚きと如何ともしがたい恐怖に苛まれた。
この毒はつまり……計画殺人用に用意された毒ということ。過去、殺されてしまった貴族令嬢たちは……ヘイズの計画的犯行によって、その命を落としたんだ。
あまりに衝撃的な事実に、眩暈がした。吐き気もした。……これが人間のやること? あれは悪魔よ。
わたしは、なんて男と付き合っていたの。悍ましすぎる。
震えていると、玄関の方からノックをする音が。わたしは返事をして扉を開けた。すると、そこには少しやつれた男性が立っていた。……貴族ではあるみたいね。
「はじめまして。私はヨハンと申す者。エリザ様、貴女に話があって参りました」
「話、ですか……?」
「ええ、あの男……ヘイズのことです」
「ヘイズですか……なにを御存知なのです?」
「私は……彼に婚約者を取られ、後に大切な人を失った……被害者の一人です」
もしかして――とは思った。
過去、誰かのパートナーを奪って事件を起こしたのではないかと……。嫌な予感が的中してしまった。
ヘイズ、あの男だけは絶対に許せない。
怒りを抑えながら、わたしはヨハンから話を聞くことにした。
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