上 下
3 / 6

第3話 伯爵の悪事を密告したい

しおりを挟む
 帝国認定の呪術師・ギャレンは、伯爵ヴァーノンのお屋敷をぐるぐる歩き回っていく。その背後についていくヴァーノンとわたし。このままではギャレンと二人きりになれない……。

「確かに『呪い』の痕跡があるんだがな」
「ギャレン、君なら知っているだろう。僕が呪われた家系だってこと」

「それはそうだが、感じたのは“明確な殺意”だった。本来、ヴァーノンの呪いは受動的であり、己自身にしか振り掛からないモノのハズだ。だが、今回感じたのはそうではなかった……禁忌を犯したのではないのかな、ヴァーノン」

「くだらん。それに証拠がないだろう。死体が出てきたわけでもあるまいし」

 自信有り気にヴァーノンは言い放つ。けれど、わたしは知っていた。彼は呪いの力を使ってカリルの遺体を処分したんだ。今やもう彼の体の行方は分からない。多分、無になってしまったんだと思う。……本当に酷い人。

「確かに冤罪の可能性も否定できないが、その調査の為に自分がいる。分かってくれ」
「……仕方ないな。納得するまで見回ればいいさ」
「では、ヴァーノン、悪いが一人にしてくれ」
「いいだろう。ただし、リディアは連れていく」
「悪いけどリディアさんにも聞きたいことがある」


 ……!
 ギャレンのその言葉を待っていた。
 もしかして、二人きりになれるかも……。


「リディアに? なら僕もいる」
「二人きりにしてくれ」
「ふざけるな。リディアとお前を二人きりにできるか!」
「ヴァーノン、自分は“皇帝陛下”に任されているんだよ。それはローエングリン帝国に逆らうと同義だ」

 きっぱり物申すギャレンを前に、ヴァーノンは顔を引き攣らせた。さすがに強大な帝国が相手では分が悪い。ローエングリン帝国には、ギャレンのような優秀な呪術師やシャーマンがたくさん所属しているらしいと聞くし。逆らえば容赦ない公開処刑。だから誰も逆らわないし、逆らいたくない。


「分かった、いいだろう! リディアを貸してやる。ただし、指一本でも触れてみろ……お前を殴る。それくらいの権利はあるはずだ」
「少し話をするだけさ」

 わたしの隣でギリギリと歯を鳴らすヴァーノンは、最後までギャレンを睨み部屋から去っていく。


「ごめんなさい、ギャレン様」
「いやいや。それより、ようやく話せたね。ヴァーノンは、自分と君を二人きりにしたがらないし、会話も許そうとしなかった。はっきり言って異常だよ」


 その通り、彼は異常だ。
 ……いえ、そんな事よりも伯爵の悪事を密告しなきゃ。


「あの、お話があります」
「うん、それを聞こうと思っていた。手短にいこう」


 わたしはヴァーノンの事を伝えようと思った。……その時、急に胸が苦しくなり、手で胸を抑えた。


「……うっ、どうして……こんな時に」
「どうかしたのかい、リディアさん」
「いえ、あの……」


 も、もしかして『呪い』で話せない・・・・の……? ヴァーノンの殺人を伝えられない!? そんな……そんなのって。


 よく見ると部屋の出入り口にヴァーノンの姿があった。彼は楽し気に笑い、今度こそ去っていく。……あの悪魔っ!!


「ん? リディアさん?」
「…………あ、あのっ……えっと……」


 だめ。
 ヴァーノンの事を口に出せない。
 あの時の状況を伝えようとすると胸が苦しみ、口が止まってしまう。これは『呪い』としか思えない。この心臓の呪いは……そんな力もあるというの?


 なんとかしなきゃ。
 うまく彼に伝える方法を考えるの、わたし。永遠とヴァーノンの思い通りにさせるわけにはいかない。何か……何かないの? キョロキョロと周囲を見渡すと…………あっ!


 机の上に『ペン』と『紙』があった。
 そうよ、文字で書いて伝えればいいのよ。これしかない。


 わたしはペンを手に取った――。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

石塔に幽閉って、私、石の聖女ですけど

ハツカ
恋愛
私はある日、王子から役立たずだからと、石塔に閉じ込められた。 でも私は石の聖女。 石でできた塔に閉じ込められても何も困らない。 幼馴染の従者も一緒だし。

聖女はただ微笑む ~聖女が嫌がらせをしていると言われたが、本物の聖女には絶対にそれができなかった~

アキナヌカ
恋愛
私はシュタルクという大神官で聖女ユエ様にお仕えしていた、だがある日聖女ユエ様は婚約者である第一王子から、本物の聖女に嫌がらせをする偽物だと言われて国外追放されることになった。私は聖女ユエ様が嫌がらせなどするお方でないと知っていた、彼女が潔白であり真の聖女であることを誰よりもよく分かっていた。

嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜

𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。 だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。 「もっと早く癒せよ! このグズが!」 「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」 「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」 また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、 「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」 「チッ。あの能無しのせいで……」 頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。 もう我慢ならない! 聖女さんは、とうとう怒った。

聖女の能力で見た予知夢を盗まれましたが、それには大事な続きがあります~幽閉聖女と黒猫~

猫子
恋愛
「王家を欺き、聖女を騙る不届き者め! 貴様との婚約を破棄する!」  聖女リアはアズル王子より、偽者の聖女として婚約破棄を言い渡され、監獄塔へと幽閉されることになってしまう。リアは国難を退けるための予言を出していたのだが、その内容は王子に盗まれ、彼の新しい婚約者である偽聖女が出したものであるとされてしまったのだ。だが、その予言には続きがあり、まだ未完成の状態であった。梯子を外されて大慌てする王子一派を他所に、リアは王国を救うためにできることはないかと監獄塔の中で思案する。 ※本作は他サイト様でも掲載しております。

時間が戻った令嬢は新しい婚約者が出来ました。

屋月 トム伽
恋愛
ifとして、時間が戻る前の半年間を時々入れます。(リディアとオズワルド以外はなかった事になっているのでifとしてます。) 私は、リディア・ウォード侯爵令嬢19歳だ。 婚約者のレオンハルト・グラディオ様はこの国の第2王子だ。 レオン様の誕生日パーティーで、私はエスコートなしで行くと、婚約者のレオン様はアリシア男爵令嬢と仲睦まじい姿を見せつけられた。 一人壁の花になっていると、レオン様の兄のアレク様のご友人オズワルド様と知り合う。 話が弾み、つい地がでそうになるが…。 そして、パーティーの控室で私は襲われ、倒れてしまった。 朦朧とする意識の中、最後に見えたのはオズワルド様が私の名前を叫びながら控室に飛び込んでくる姿だった…。 そして、目が覚めると、オズワルド様と半年前に時間が戻っていた。 レオン様との婚約を避ける為に、オズワルド様と婚約することになり、二人の日常が始まる。 ifとして、時間が戻る前の半年間を時々入れます。 第14回恋愛小説大賞にて奨励賞受賞

逆行令嬢は聖女を辞退します

仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。 死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって? 聖女なんてお断りです!

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

帰還した聖女と王子の婚約破棄騒動

しがついつか
恋愛
聖女は激怒した。 国中の瘴気を中和する偉業を成し遂げた聖女を労うパーティで、王子が婚約破棄をしたからだ。 「あなた、婚約者がいたの?」 「あ、あぁ。だが、婚約は破棄するし…」 「最っ低!」

処理中です...