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第6話 お屋敷ご案内

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 わたしが『聖女』かもしれない?

 突然、カエルム様はそう仰られた。


「あの……わたし、ただの田舎貴族の娘ですよ? なんの力もありませんし、今現在は婚約破棄さえされて捨てられた女です……。とてもそんな人々を照らすような存在では……」


 大変申し訳ないけど、人違いだろうとわたしは思った。けれども、カエルム様は首を横に振って……澄み切った海のようなオーシャンブルーの瞳を向けてくる。


「それは違います。スピラ様は既に僕を照らしてくれていますし、生きる希望さえ与えて下さいました。そんな方が聖女でないはずがない」

「で、でも……」


「大丈夫ですよ、僕の領地になるかもしれない聖域クォ・ヴァディスへ行けば、スピラ様が聖女であるか、そうでないか判明します」


 相変わらず、噛みそうな名称。
 それをすんなり言えているカエルム様凄い……って、そうじゃないわね。


「行けば分かるんですか?」

「ええ、何故なら『聖域』だからです。申し遅れましたが、僕は皇帝陛下に認められし『インペリアルガーディアン』なのです。その証は、大賢者の手によって僕の背中に刻まれております。つまり、僕は聖者でもあるんです」

「せ、聖者様……!?」


 噂くらいは聞いた事があった。
 帝国の為に献身的に身を捧げ、認められれば大いなる力を得られると。それがインペリアルガーディアンであり、聖者なんだ。

 わたしはそんな凄い人と一緒の空気を吸い、同じ空間に立っていたんだ。なんて……恐れ多い。自分の身分の低さとか、今まで普通に接していた事が恥ずかしい。


「……あぁ、気にしないで下さい、スピラ様。今まで通り同じように話して下さると、僕としてはとても嬉しいのです。すみませんでした、いきなり聖女だとか動揺されてしまいますよね、この話はまたの機会に」

「そ、そうですね。まずはこのお屋敷の事とか、カエルム様の事がもっと知りたいです」

 微妙になった空気を何とか吹き飛ばそうとして、わたしは話題を変えた。すると、カエルム様は納得して頷き、立ち上がる。


「そうでした。屋敷のご案内を致しましょう。これから、スピラ様のお部屋にもご案内しなければなりませんからね」


 手を差し伸べられ、わたしはそれに応えた。
 気づけば、わたしは随分と落ち着きを取り戻していた。……不思議。彼といると、こんなにも心が穏やかになるだなんて……前にはなかった安心感がある。


「はい……お願いします」


 手を優しく引いて貰って、屋敷の案内が始まろうとしていたのだけど――



「――まったく、グラキエスは……」



 ぶつぶつと独り言をつぶやきながら、水浸しのユーデクス様が大広間に入ってきた。彼は色々とタイミングの悪い人らしい。――って、水浸し!?


「「「……あ」」」


 みんなで声を合わせた。


「兄上、そのカッコウは一体なんです? 全身濡れられて……突然の大雨でも降りました?

「……ご覧の通り外は青天さ。いや、ちょっとトラブルというかな。こちらは気にするな」


 なんだか可愛らしいクシャミをしながら、ユーデクス様は寒そうにされていた。あれでは風邪を引かれてしまう。


「カエルム様、タオルを戴けませんか」
「そうですね、少々お待ちを。兄上、タオルを持ってきます」

「ああ、すまないな」


 その後、ユーデクス様は温泉に向かわれたらしい。この屋敷にある大浴場なのだとか……もちろん、辺境伯のご趣味らしい。本当に何から何まであるのね。



 それからようやく、お屋敷の案内が始まった。


「この二階は部屋が有り余っています。どうぞ、お好きな部屋を選んで下さい」
「ほ、本当に好きな部屋を?」

「ええ、どこでも構いません。二階限定ですけどね」


 二階でも見晴らしは十分だった。
 どの部屋でも満足できそう。

 ただ、こちらはお世話になる身。ここは謙虚に隅の部屋を――。


「で、ではあちらの……」
「ほう、こちらの中央・・の」
「いえ!? あっちの隅です」

「では、中央・・へ」


 カエルム様、話聞いてない……。
 もしかして、遠慮しているのがバレているのだろうか。

「あの……」
「遠慮は無用です。スピラ様には、あの中央の部屋を推奨したいのです。もちろん、無理にとは言いませんが……」


 やっぱりバレていた。
 う~ん、カエルム様のお気持ちを無碍にも出来ない。


「お言葉に甘えさせて戴いてもよろしいですか……?」
「ええ、構いません。では参りましょうか」


 中央の部屋の前。
 他よりも大きな扉が備え付けられ、そこをゆっくりと開けると――


「わぁ……」


 大広間と大差のない広々とした空間があった。見晴らしもよく、あの庭園が見渡せた。綺麗ね……。

 内装もひたすら豪華で、けれど派手すぎず落ち着きがあった。こんな空間を独り占めできるとか、贅沢すぎる。しかも、どこか女性らしい雰囲気というか匂いがあった。


如何いかがでしょうか」
「こんな素敵な部屋を借りてもよろしいのですか」
「はい。実を言うと、ここは元々母が使っていた部屋なのです。ですので、スピラ様にはぜひこの部屋をと」


 ちょっと神妙な顔つきになられ、わたしは複雑になる。


「カエルム様のお母さまの!? そんな……さすがにお借りできませんよ」

「大丈夫。きっと母も喜んでいるはずです」


 もしかして……お母様は亡くなられて……。


 その時だった。


 背後からやたらテンションの高い女性の声がした。


「カエルム~、帰ったわよー!」
「あ……母さん」


 ――へ?


 ――って、お母さん生きてるしー!!
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