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第3話 帝国ウィスティリア
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「グラキエス・インサニア!」
ガタッとベンチから立ち上がり、驚くカエルム様。相手の女性の顔を見て、震えてさえいた。誰、この赤髪の少女……歳はわたしと変わらないようだけど。
「カエルム様。どこへ行ったのかと心配しておりましたのよ~…。さあ、戻りましょう」
と、赤髪の少女はカエルム様の腕を取ろうとする。けれど、彼は拒絶した。
「や、止めてくれ。僕はこのスピラ様と家に帰るんだ……。というか、グラキエス・インサニア……君と僕は何もない。ただの他人だ」
「そんな事ありませんわ。わたくしと貴方は婚約していますもの」
ガタッとわたしも立ち上がって、青ざめた。……ちょっと、どういう事よ!
「カ……カエルム様?」
「スピラ様。誤解ですよ」
「誤解?」
「ええ。この赤髪の女性、グラキエス・インサニアとは何でもないのです。彼女の一方的な婚約で、僕は望んじゃいない。といいますか、グラキエス、君は兄上の婚約者だろう! なぜ僕なんだ」
――そういう事。
つまり、赤髪の彼女はカエルム様のお兄様との婚約者だったけど、何かしらの事情で今はカエルム様に入れ込んでいるらしい。
「なぜも何もありません! 兄のユーデクス様もそれは素敵な方です。けれど、カエルム様がもっと素敵すぎたんです。貴族でお料理ができる男性、理由はそれだけで十分です」
「すまない、僕は君が好きじゃない」
「そ、そんなー!!」
いきなり振られてグラキエスは深いショックを受けていた。カエルム様って結構容赦ないのね……!
「さあ、行きましょう。スピラ様」
手を引かれ――わたしはドキッとした。
そんな大胆な彼も……うん、ちょっとイイカモ。
◆
夕刻――。
茜色の空が反射してまぶしい。
昔ながらの木造住宅が立ち並ぶ帝国ウィスティリアの街並み。変わらず美しく、けれど、どこか寂しさもあった。
水路のせせらぎ、わたしの横を通り過ぎる猫耳の少女たち。この大橋の先を行けば、貴族の屋敷が多く見えてくる。
「この先にオーリム家があるのですね」
「そうです。……ああ、失礼ながらスピラ様の家は、帝国ではなく『アスプロ』という国境付近にある街の家でしたね」
そう、わたしは帝国の人間ではなかった。田舎の出だからこそ、ヘルブラオ・ヴァインロートは、騙しやすいと思ってわたしに目をつけたのかもしれない。
そう思うとムカムカしてきた。
「ええ。いつか移住しようと考えて、両親の反対を押し切り……わたしが先に帝国へ来たのです。そこで、ヘルブラオ・ヴァインロートと出逢ったんです。でも……彼は」
「そうでしたか……でも、大丈夫です。この僕が何とかしてあげますよ。まだ信じられないかもしれませんが……きっと、いえ、必ず力になってみせますよ」
ちょっとずつだけど、彼が信用できるかもって思えてきた。ここまで良くして貰っているし……でも、まだ人柄の良さとかしか分かってない。これからもっと彼を理解し、本当に信頼し合えるか見定めていかなくちゃ。
さもなければ、ヘルブラオ・ヴァインロートの二の舞。
なんて考えてみたものの、現状、頼れるのはカエルム様ただひとり。彼を失えば、わたしは本当に何もかもを失う。それだけは避けねばならない……。
「ありがとう。ところで、あのお城――」
「あの中心にあるのは、ポルフィルン城です。とっても赤い、深紅の壁をしているでしょう。あれはレッドウォールと呼ばれ、情熱の壁とも呼ばれていまして……敵国からの攻撃を防ぐために膨大な魔力を宿しているとか。しかし、情熱の赤とも捉えられカップルのちょっとした恋愛スポットにもなっているんです」
面白い返答が返ってきて、私はちょっと驚く。まさかカエルム様がこれほどお城について情熱的に話してくれるだなんて。
「お詳しいのですね。へぇ、カップルの……うんうん、もっと教えて下さいませんか?」
「いいですよ~。あちらの石像は――」
閑談をしながら歩いて行けば、帝国の知識も増えた。ヘルブラオはここまでエスコートしてくれなかったし、優しくなかった。
思えば、満足に散歩もしてなかったっけ……。
メイド服を着せられ、愛でられる毎日。わたしはその対価として色々買い漁ってはいたけれど――そうか、わたしに足りなかったのは、これかもしれない。
外の世界を満喫していれば『オーリム家』の門前。あまりに広く、荘厳な邸宅が目の前にはあった。
「こ、これは……タウンハウス?」
ガタッとベンチから立ち上がり、驚くカエルム様。相手の女性の顔を見て、震えてさえいた。誰、この赤髪の少女……歳はわたしと変わらないようだけど。
「カエルム様。どこへ行ったのかと心配しておりましたのよ~…。さあ、戻りましょう」
と、赤髪の少女はカエルム様の腕を取ろうとする。けれど、彼は拒絶した。
「や、止めてくれ。僕はこのスピラ様と家に帰るんだ……。というか、グラキエス・インサニア……君と僕は何もない。ただの他人だ」
「そんな事ありませんわ。わたくしと貴方は婚約していますもの」
ガタッとわたしも立ち上がって、青ざめた。……ちょっと、どういう事よ!
「カ……カエルム様?」
「スピラ様。誤解ですよ」
「誤解?」
「ええ。この赤髪の女性、グラキエス・インサニアとは何でもないのです。彼女の一方的な婚約で、僕は望んじゃいない。といいますか、グラキエス、君は兄上の婚約者だろう! なぜ僕なんだ」
――そういう事。
つまり、赤髪の彼女はカエルム様のお兄様との婚約者だったけど、何かしらの事情で今はカエルム様に入れ込んでいるらしい。
「なぜも何もありません! 兄のユーデクス様もそれは素敵な方です。けれど、カエルム様がもっと素敵すぎたんです。貴族でお料理ができる男性、理由はそれだけで十分です」
「すまない、僕は君が好きじゃない」
「そ、そんなー!!」
いきなり振られてグラキエスは深いショックを受けていた。カエルム様って結構容赦ないのね……!
「さあ、行きましょう。スピラ様」
手を引かれ――わたしはドキッとした。
そんな大胆な彼も……うん、ちょっとイイカモ。
◆
夕刻――。
茜色の空が反射してまぶしい。
昔ながらの木造住宅が立ち並ぶ帝国ウィスティリアの街並み。変わらず美しく、けれど、どこか寂しさもあった。
水路のせせらぎ、わたしの横を通り過ぎる猫耳の少女たち。この大橋の先を行けば、貴族の屋敷が多く見えてくる。
「この先にオーリム家があるのですね」
「そうです。……ああ、失礼ながらスピラ様の家は、帝国ではなく『アスプロ』という国境付近にある街の家でしたね」
そう、わたしは帝国の人間ではなかった。田舎の出だからこそ、ヘルブラオ・ヴァインロートは、騙しやすいと思ってわたしに目をつけたのかもしれない。
そう思うとムカムカしてきた。
「ええ。いつか移住しようと考えて、両親の反対を押し切り……わたしが先に帝国へ来たのです。そこで、ヘルブラオ・ヴァインロートと出逢ったんです。でも……彼は」
「そうでしたか……でも、大丈夫です。この僕が何とかしてあげますよ。まだ信じられないかもしれませんが……きっと、いえ、必ず力になってみせますよ」
ちょっとずつだけど、彼が信用できるかもって思えてきた。ここまで良くして貰っているし……でも、まだ人柄の良さとかしか分かってない。これからもっと彼を理解し、本当に信頼し合えるか見定めていかなくちゃ。
さもなければ、ヘルブラオ・ヴァインロートの二の舞。
なんて考えてみたものの、現状、頼れるのはカエルム様ただひとり。彼を失えば、わたしは本当に何もかもを失う。それだけは避けねばならない……。
「ありがとう。ところで、あのお城――」
「あの中心にあるのは、ポルフィルン城です。とっても赤い、深紅の壁をしているでしょう。あれはレッドウォールと呼ばれ、情熱の壁とも呼ばれていまして……敵国からの攻撃を防ぐために膨大な魔力を宿しているとか。しかし、情熱の赤とも捉えられカップルのちょっとした恋愛スポットにもなっているんです」
面白い返答が返ってきて、私はちょっと驚く。まさかカエルム様がこれほどお城について情熱的に話してくれるだなんて。
「お詳しいのですね。へぇ、カップルの……うんうん、もっと教えて下さいませんか?」
「いいですよ~。あちらの石像は――」
閑談をしながら歩いて行けば、帝国の知識も増えた。ヘルブラオはここまでエスコートしてくれなかったし、優しくなかった。
思えば、満足に散歩もしてなかったっけ……。
メイド服を着せられ、愛でられる毎日。わたしはその対価として色々買い漁ってはいたけれど――そうか、わたしに足りなかったのは、これかもしれない。
外の世界を満喫していれば『オーリム家』の門前。あまりに広く、荘厳な邸宅が目の前にはあった。
「こ、これは……タウンハウス?」
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