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緑の部屋の奥方
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静かな毎日が続いていく。
衰弱しきっていたわたしを宝物でも扱うかのように丁寧に看病してくれるルキウス。嫌な顔ひとつせず、ずっと寄り添ってくれた。
どんな悩みも聞いてくれた。
どんな要望もひとつ返事で頷いてくれた。
こんなにも人から優しくされたことはない。でも逆に申し訳なさも感じ始めていた。
「元気がないね。どうしたんだい、リリス」
「……いえ、その」
「もしかして気にしているのかい? 気に病む必要はないさ」
微笑むルキウスは、わたしの手に優しく触れた。泣きたいくらいに嬉しい。嬉しい……とても嬉しい。だからこそ気になった。
「ルキウス様は、どうしてそんなにお優しいのですか」
「実はね、病弱な母がいるんだ。だから、困っている女性は放っておけなくてね」
「そうだったんですね……。では、わたしなんかを構っている暇はないのでは」
「大丈夫。顔は出しているし、かかりつけの医者もいるんだ」
そうとは知らずに、わたしは……。
こんなに甘えてしまっていいのかな。
「その、負担になるようでしたら、わたしは……」
「言ったろう、気にする必要はないと。母もきっと同じことを言う。――そうだ、リリス。よかったら母と会ってくれないか」
「お母様とですか? ……その、よければご挨拶を」
是非とルキウスは快く頷いてくれた。
せめて感謝の気持ちは伝えたい。
* * *
隣の部屋に案内され、わたしは驚いた。隣だったなんて。
「失礼します」
恐る恐る部屋に入る。
緑の壁が広がっていて美しい。
そんな自然のような中、ベッドで仰向けに寝ている女性の姿があった。あの方が……けれど、衰弱しきっていて弱々しい。
「……あら、例のお客さんね」
「はじめまして、リリスです。この度は大変なご迷惑とご負担を」
「いいのよ、リリスちゃん。あなた、泥まみれで倒れていたそうね」
「はい……」
「事情はよく分からないけど、大変だったのね」
起き上がろうとするルキウスの母。
わたしはビックリして止めた。
「あ、あの……お身体に障りますから」
「ごめんね。私は病に侵されているから……」
病……どんな病なのだろう。
いや、訊ねるのは失礼か。
それに、わたしは医者ではない。
でも、昔から医者になりたいと必死に勉強した時期もあった。だから、それなりの知識はあるつもりだった。
少しでも力になれればいいのにな……。
そう思っていると扉をノックする音が。それに対応するルキウス。
「入れ」
「お話し中のところ失礼します。定期健診に参りました。入ってもよろしいですかな」
「医者か。丁度いい、母を診てくれ」
部屋に入ってくる中年の男性。
どうやら、専属の医者のようね。
医者は丁寧にルキウスの母を診ていた。
「奥方の状態はいつも通り悪いです。このままでは命が危ういかと」
「なぜだ。なぜ母は良くならない」
「さあ、なぜでしょう」
この偉そうな医者でもお手上げってことなのね。ということは、わたしが診ても無駄かな……。
「秘薬でもないものか……」
「残念ですが、秘薬も万能薬も期待できませんでしょう」
「金は払う。見つけてくれ」
「分かりました。……では、私は帰りますね」
「報酬はいつも通り、メイドから受け取ってくれ」
「毎度ありがとうございます、ルキウス様。――ところで、この緑の壁は気に入っていただけていますかな」
「ああ、お前がプレゼントしてくれた顔料は僕も母も気にっている。色鮮やかで素晴らしいエメラルドグリーンだ」
エメラルドグリーン……。
わたしは、その言葉に何か引っかかった。
……まって。
そういえば、遠方の国で原因不明の病魔が広がったと聞いたことがある。あれは確か……この部屋のように“緑”が原因だった。
――まさか。
「ありがとうございます。では、これで私は――」
「お待ち下さい、お医者様」
「……なんだね、君は」
「あなた、緑の顔料をルキウス様に差し上げたとおっしゃっておりましたね」
「それがなんだ。部屋が美しくていいではないか」
「それがダメなんです!」
わたしは強い口調で医者に言い放った。
「な……なにを言う。ルキウス様、この女はなんですか」
困惑する医者は、ルキウスに助けを求めるけれど彼は真剣な眼差しでわたしを見据えた。悪ふざけではないと悟って微笑む。
「リリス。君は何か気づいたようだね。教えてくれ。それが母の救いになるのなら」
「はい。この『壁』です」
「……壁?」
「これは恐らく『パリグリーン』という毒性の強い顔料です」
「なんだって……?」
パリグリーン。
別名・死の緑。
ある錬金術師によって作れた色鮮やかな人工顔料。けれど、パリグリーンは強い毒性を持つ。
これを遠方の国では、ドレスや壁紙、家具にも塗っていたという。それが原因で次々に人が亡くなったと書物で読んだことがあった。
それを説明すると、医者は青ざめて震えていた。
「……いや、それは、その……違うのです! ルキウス様!」
「なにが違う! 母の病気はお前の寄越したパリグリーンが原因ではないか!」
激怒するルキウスは、指を鳴らし衛兵を呼んだ。
「どうなさいましたか、ルキウス様」
「衛兵、この者はヤブ医者だ。我が母を死に至らしめようとした大罪人。捕えて牢にぶち込んでおけ」
「分かりました」
衛兵は医者の腕を引っ張る。
「……ル、ルキウス様! き、聞いてください! 私は騙されたのです!」
「呆れた男だ。この僕を騙しておいて、自身が騙された……? 打ち首にされたくなければ、その汚い口を閉じていろッ」
「は、伯爵です! 伯爵があああぁぁぁ…………」
最後まで醜く叫んで医者は連れていかれた。
伯爵……?
まさか、ヴァンのこと?
気になったけど、それよりも。
「ルキウス様、早くお母様も別のお部屋に移してあげてください」
「ありがとう、リリス。君のおかげで母を救えそうだ……本当にありがとう」
この上ない笑みを向けられ、わたしの胸は高鳴って弾けそうになった。
「い……いいんです。お世話になりっぱなしですから」
「謙虚でなんて素晴らしい女性なんだ。リリス、君に出会えて良かった。僕は心の奥底から感激している」
両手を握られ、わたしは顔を真っ赤にするしかなかった。……お役に立てて良かったぁ。
衰弱しきっていたわたしを宝物でも扱うかのように丁寧に看病してくれるルキウス。嫌な顔ひとつせず、ずっと寄り添ってくれた。
どんな悩みも聞いてくれた。
どんな要望もひとつ返事で頷いてくれた。
こんなにも人から優しくされたことはない。でも逆に申し訳なさも感じ始めていた。
「元気がないね。どうしたんだい、リリス」
「……いえ、その」
「もしかして気にしているのかい? 気に病む必要はないさ」
微笑むルキウスは、わたしの手に優しく触れた。泣きたいくらいに嬉しい。嬉しい……とても嬉しい。だからこそ気になった。
「ルキウス様は、どうしてそんなにお優しいのですか」
「実はね、病弱な母がいるんだ。だから、困っている女性は放っておけなくてね」
「そうだったんですね……。では、わたしなんかを構っている暇はないのでは」
「大丈夫。顔は出しているし、かかりつけの医者もいるんだ」
そうとは知らずに、わたしは……。
こんなに甘えてしまっていいのかな。
「その、負担になるようでしたら、わたしは……」
「言ったろう、気にする必要はないと。母もきっと同じことを言う。――そうだ、リリス。よかったら母と会ってくれないか」
「お母様とですか? ……その、よければご挨拶を」
是非とルキウスは快く頷いてくれた。
せめて感謝の気持ちは伝えたい。
* * *
隣の部屋に案内され、わたしは驚いた。隣だったなんて。
「失礼します」
恐る恐る部屋に入る。
緑の壁が広がっていて美しい。
そんな自然のような中、ベッドで仰向けに寝ている女性の姿があった。あの方が……けれど、衰弱しきっていて弱々しい。
「……あら、例のお客さんね」
「はじめまして、リリスです。この度は大変なご迷惑とご負担を」
「いいのよ、リリスちゃん。あなた、泥まみれで倒れていたそうね」
「はい……」
「事情はよく分からないけど、大変だったのね」
起き上がろうとするルキウスの母。
わたしはビックリして止めた。
「あ、あの……お身体に障りますから」
「ごめんね。私は病に侵されているから……」
病……どんな病なのだろう。
いや、訊ねるのは失礼か。
それに、わたしは医者ではない。
でも、昔から医者になりたいと必死に勉強した時期もあった。だから、それなりの知識はあるつもりだった。
少しでも力になれればいいのにな……。
そう思っていると扉をノックする音が。それに対応するルキウス。
「入れ」
「お話し中のところ失礼します。定期健診に参りました。入ってもよろしいですかな」
「医者か。丁度いい、母を診てくれ」
部屋に入ってくる中年の男性。
どうやら、専属の医者のようね。
医者は丁寧にルキウスの母を診ていた。
「奥方の状態はいつも通り悪いです。このままでは命が危ういかと」
「なぜだ。なぜ母は良くならない」
「さあ、なぜでしょう」
この偉そうな医者でもお手上げってことなのね。ということは、わたしが診ても無駄かな……。
「秘薬でもないものか……」
「残念ですが、秘薬も万能薬も期待できませんでしょう」
「金は払う。見つけてくれ」
「分かりました。……では、私は帰りますね」
「報酬はいつも通り、メイドから受け取ってくれ」
「毎度ありがとうございます、ルキウス様。――ところで、この緑の壁は気に入っていただけていますかな」
「ああ、お前がプレゼントしてくれた顔料は僕も母も気にっている。色鮮やかで素晴らしいエメラルドグリーンだ」
エメラルドグリーン……。
わたしは、その言葉に何か引っかかった。
……まって。
そういえば、遠方の国で原因不明の病魔が広がったと聞いたことがある。あれは確か……この部屋のように“緑”が原因だった。
――まさか。
「ありがとうございます。では、これで私は――」
「お待ち下さい、お医者様」
「……なんだね、君は」
「あなた、緑の顔料をルキウス様に差し上げたとおっしゃっておりましたね」
「それがなんだ。部屋が美しくていいではないか」
「それがダメなんです!」
わたしは強い口調で医者に言い放った。
「な……なにを言う。ルキウス様、この女はなんですか」
困惑する医者は、ルキウスに助けを求めるけれど彼は真剣な眼差しでわたしを見据えた。悪ふざけではないと悟って微笑む。
「リリス。君は何か気づいたようだね。教えてくれ。それが母の救いになるのなら」
「はい。この『壁』です」
「……壁?」
「これは恐らく『パリグリーン』という毒性の強い顔料です」
「なんだって……?」
パリグリーン。
別名・死の緑。
ある錬金術師によって作れた色鮮やかな人工顔料。けれど、パリグリーンは強い毒性を持つ。
これを遠方の国では、ドレスや壁紙、家具にも塗っていたという。それが原因で次々に人が亡くなったと書物で読んだことがあった。
それを説明すると、医者は青ざめて震えていた。
「……いや、それは、その……違うのです! ルキウス様!」
「なにが違う! 母の病気はお前の寄越したパリグリーンが原因ではないか!」
激怒するルキウスは、指を鳴らし衛兵を呼んだ。
「どうなさいましたか、ルキウス様」
「衛兵、この者はヤブ医者だ。我が母を死に至らしめようとした大罪人。捕えて牢にぶち込んでおけ」
「分かりました」
衛兵は医者の腕を引っ張る。
「……ル、ルキウス様! き、聞いてください! 私は騙されたのです!」
「呆れた男だ。この僕を騙しておいて、自身が騙された……? 打ち首にされたくなければ、その汚い口を閉じていろッ」
「は、伯爵です! 伯爵があああぁぁぁ…………」
最後まで醜く叫んで医者は連れていかれた。
伯爵……?
まさか、ヴァンのこと?
気になったけど、それよりも。
「ルキウス様、早くお母様も別のお部屋に移してあげてください」
「ありがとう、リリス。君のおかげで母を救えそうだ……本当にありがとう」
この上ない笑みを向けられ、わたしの胸は高鳴って弾けそうになった。
「い……いいんです。お世話になりっぱなしですから」
「謙虚でなんて素晴らしい女性なんだ。リリス、君に出会えて良かった。僕は心の奥底から感激している」
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