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公爵ルキウス・メリディアス

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 天候が悪化し、大粒の雨が降ってきた。
 ヴァンの屋敷から逃げ出したわたしは、ずぶ濡れになりながらも自宅を目指した。けれど、強い風と雷に見舞われ、うまく歩けない。

 なんで、わたしがこんな目に……。

 ついに力尽きたわたしは、地面に転げ落ちて泥まみれになった。


「………………だれか、たすけて………」


 苦しい。
 悲しい。
 心が壊れそう。
 今にも死んでしまいそう。

 本来なら、わたしは死んでいたはず。でも、奇跡的に助かった。ヴァンは今頃わたしを必死に探しているはず。

 でも、ここまで逃げた。
 ……そうだ、偶然にしろ命拾いしたんだ……ヴァンに復讐するまでは死ねない。

 ほとんど体力が残っていないけど、わたしは力を振り絞って、這い蹲っていく。今はカッコ悪くてもいい。泥まみれでもいい。

 家に帰って今は一眠りしたい。
 それだけが望み。


 …………生きたい。
 わたしは…………生きたい。


 祈るようにしていると、馬車らしきものが目の前で止まった。


『…………』


 扉が開いて馬車の中から誰が出てきた。……男性? 顔はよく見えなかった。今にも意識を失いそうだったから。

 その人は優しい口調でこう手を差し伸べてくれた。


「こんな泥まみれになってしまって可哀想に。君を助けてあげるからね」


 ――それからの記憶はない。
 意識を失ってしまった。


 * * *


「――――」


 目を覚ますと、そこはフカフカのベッドの上だった。見た事のない天上。部屋の風景。お人形とか可愛い服が並んでいる。なんだか女の子の部屋っぽい。

 ここはどこ……?


「やあ、気づいたのかい」
「……あ。貴方は?」
「はじめまして。僕はルキウス。ルキウス・メリディアスさ」


 メリディアス……その名前をどこかで聞いたことがある気がする。
 少なくとも彼が只者ではないのは確か。
 雪原のような銀髪。
 吸い寄せられそうなエメラルドの瞳。
 全て人間を惹きつける造形美の容姿。

 ――あぁ、そうか。

 思い出した。


「メリディアス……って、公爵様では?」
「そんなところかな」

 照れくさそうに笑う公爵様。
 わたしってば、凄い人に拾われていたのね……驚いた。

「あの、助けていただきありがとうございました」
「困っている人を助けるのは当然のことさ。ところで、君の名前を聞いても?」

 そうだった。
 わたしとしたことが名乗っていなかった。

「わたしはリリスです。リリス・クィントゥスです」
「クィントゥス……。この辺りでは聞かない名だね」

 それも当然。
 わたしは田舎出。田舎令嬢・・・・なのだから……知名度なんてあってないようなもの。伯爵ヴァンと婚約できたことだって偶然の出会いだった。


「……うぅ」
「落ち込む必要はない。リリス、なんて素敵な名前なんだ。それに、泥まみれの時は気づかなかったけど君は美しい」

「えっと、その……」

 凄く嬉しかった。
 こんなにもドキドキするのは初めて。
 公爵様がこんなに良い人だったなんて感激。

「ともあれ、しばらくは家を使うといい。落ち着いたら、どうしてあの場所に倒れていたのか教えてくれるかな」

「はい……きっと」

 そう返事を返すと公爵様は、太陽のような笑みを浮かべて部屋を去った。…………良い人で本当に良かった。
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