聖女の聖涙 死者蘇生の奇跡

夜桜

文字の大きさ
上 下
7 / 8

【6】 奇跡

しおりを挟む
 悪魔の形相と共に迫りくる包丁。
 鋭利な凶器がミラの胸部へ――。

(……う、うそ……わたし、ここで死ぬの?)

 タイミングの悪いことに“三日の制約”により魔力を使えない絶望的状況だった。たとえ、死亡して辛うじて“聖涙”を流したとしても今の魔力では効力は薄い。蘇生する可能性は限りなく低い。精々、傷が癒えるだけで魂の回帰までは望めないだろう。

 やがて、刃がミラの胸に突き刺さろうとしていた。もうダメだと察したミラは、目を閉じた。もう間に合わない。


「――――!」


 ぐしゃっと肉を突き刺す音がした。

 鼓膜がギンギンと異音で軋む。


(さ、刺されたの……?)


 視界が真っ暗で分からない。痛みがあるのかさえ分からない。ミラは、ただ闇に囚われていた。けれど、直ぐに状況を理解した。

「えっ……血?」
「…………く、はぁっ」

 どばっと口から血を吐くディン。なんとディンがミラを庇い包丁で刺されてしまっていた。ディンの背中に包丁が深く刺さっていた。あまりの事態にミラは青ざめる。


「ディン様! そんな、しっかりして下さい……どうして、出逢ったばかりのわたしなんかをかばって下さったのです……!」

「い、言っただろう……。僕は君を好きになってしまったと。愛してしまったと。これで分かってくれたかな。僕は……僕は……ぐぼっ」


 弱々しく本音を漏らした。けれど、激しく吐血し、ディンは数秒も経たず目を閉じた。包丁は致命傷を与えていた。ディンはまたも死へと誘われてしまったのだ。


「…………うそ。どうして、ディン……なんで、そんな銀髪の女なんかを!! ありえない……ありえないわ。だって、だって……ディンはわたくしを愛していたはず」


 ネヴァロはがくがくと震えた。自分がディンを刺してしまったという現実を受け入れられなかった。こんなのは悪夢だと否定する。

 頭を抱え発狂するネヴァロの前で、ミラは茫然となっていた。ディンがまた死んだ。第二の人生をはじめたばかりだったのに。わたしを好きと言ってくれたのに――ミラは悲しみに支配されていた。心が押しつぶされそうになって、今にも泣き出しそうだった。

「ディン様……わたし、わたしも好きです」

 ぽろぽろと涙を流し、それがディンの頬を伝う。やがて、膨大な魔力を帯びた“聖涙”は反応を示し、ディンを急速に癒し始めた。


(えっ、どうして……どうして涙が反応を?)


 突然の事態にミラは驚いた。
 ほとんど魔力がないと思ていたのに、ミラの聖涙は完璧なまでに発動を果たしたのだ。なぜ上手くいったのか不思議でならなかった。

 見守っていると、ディンの魂も回帰。
 苦しそうに目を開け、ミラを見た。


「……こ、ここは? 僕は確か包丁で刺されて……あれ。傷が癒えている。痛みもないし、死んでもいない。も、もしかして……ミラが助けてくれたのかい!?」

「え、ええ! ディンが死んでしまって……悲しくて涙を流したら、それが上手く発動したんです。理由は分かりません」

「そうか……でも助かったよ。これで助けられたのはニ度目か。本当にもう感謝しても仕切れないよ」


 ミラは、ディンの体を支えて起き上がらせた。まだネヴァロが発狂している最中だったからだ。油断をすればまだ刺されるだろうと感じていた。その通り、ネヴァロは蘇生したディンを見て混乱していた。

「え、え、えぇ!? ディンが蘇った?? なんで、なんで、なんでえ!? あぁ、そっか……そっかそっか! わたくしの為に帰って来てくれたのよね!! うれしいなあ!!」

「もういい加減にしてくれ、ネヴァロ! 君を僕を殺した罪で逮捕する」

「逮捕ぉ? なんでよ。その銀髪の女の方が罪深いでしょ!! 死んだ人を蘇らせるとか倫理に反しているわ!! そいつこそ神を冒涜している叛逆者よ!! 死刑よ!!」

「そうか。それがネヴァロ――君の答えか。残念だよ」
「はぁ!?」


 その瞬間、ディンはネヴァロの隙をつき、護身術を使ってその身を確保した。更に手刀を入れて気絶させた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者に「愛することはない」と言われたその日にたまたま出会った隣国の皇帝から溺愛されることになります。~捨てる王あれば拾う王ありですわ。

松ノ木るな
恋愛
 純真無垢な心の侯爵令嬢レヴィーナは、国の次期王であるフィリベールと固い絆で結ばれる未来を夢みていた。しかし王太子はそのような意思を持つ彼女を生意気と見なして疎み、気まぐれに婚約破棄を言い渡す。  伴侶と寄り添う心穏やかな人生を諦めた彼女は悲観し、井戸に身を投げたのだった。  あの世だと思って辿りついた先は、小さな貴族の家の、こじんまりとした食堂。そこには呑めもしないのに酒を舐め、身分社会に恨み節を唱える美しい青年がいた。  どこの家の出の、どの立場とも知らぬふたりが、一目で恋に落ちたなら。  たまたま出会って離れていてもその存在を支えとする、そんなふたりが再会して結ばれる初恋ストーリーです。

誰も信じてくれないので、森の獣達と暮らすことにしました。その結果、国が大変なことになっているようですが、私には関係ありません。

木山楽斗
恋愛
エルドー王国の聖女ミレイナは、予知夢で王国が龍に襲われるという事実を知った。 それを国の人々に伝えるものの、誰にも信じられず、それ所か虚言癖と避難されることになってしまう。 誰にも信じてもらえず、罵倒される。 そんな状況に疲弊した彼女は、国から出て行くことを決意した。 実はミレイナはエルドー王国で生まれ育ったという訳ではなかった。 彼女は、精霊の森という森で生まれ育ったのである。 故郷に戻った彼女は、兄弟のような関係の狼シャルピードと再会した。 彼はミレイナを快く受け入れてくれた。 こうして、彼女はシャルピードを含む森の獣達と平和に暮らすようになった。 そんな彼女の元に、ある時知らせが入ってくる。エルドー王国が、予知夢の通りに龍に襲われていると。 しかし、彼女は王国を助けようという気にはならなかった。 むしろ、散々忠告したのに、何も準備をしていなかった王国への失望が、強まるばかりだったのだ。

石塔に幽閉って、私、石の聖女ですけど

ハツカ
恋愛
私はある日、王子から役立たずだからと、石塔に閉じ込められた。 でも私は石の聖女。 石でできた塔に閉じ込められても何も困らない。 幼馴染の従者も一緒だし。

夫で王子の彼には想い人がいるようですので、私は失礼します

四季
恋愛
十五の頃に特別な力を持っていると告げられた平凡な女性のロテ・フレールは、王子と結婚することとなったのだけれど……。

自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?

長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。 王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、 「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」 あることないこと言われて、我慢の限界! 絶対にあなたなんかに王子様は渡さない! これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー! *旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。 *小説家になろうでも掲載しています。

全てを諦めた私は、自由になります

天宮有
恋愛
 侯爵令嬢の私ルリサには特殊な力があって、国を繁栄させていた。  私の力で国が繁栄していたから、ゼノラス王子が婚約者になる。  その後――私の力は危険だと思い込んだ国王に、私は国外追放を言い渡されてしまう。  ゼノラスは私の妹サレアを好きになったようで、私との婚約が破棄されることを喜んでいた。  私が消えれば大変なことになると話しても、誰も信じようとしない。  誰も信じてくれず全てを諦めた私は、国を出て自由になります。

醜い私を救ってくれたのはモフモフでした ~聖女の結界が消えたと、婚約破棄した公爵が後悔してももう遅い。私は他国で王子から溺愛されます~

上下左右
恋愛
 聖女クレアは泣きボクロのせいで、婚約者の公爵から醜女扱いされていた。だが彼女には唯一の心の支えがいた。愛犬のハクである。  だがある日、ハクが公爵に殺されてしまう。そんな彼女に追い打ちをかけるように、「醜い貴様との婚約を破棄する」と宣言され、新しい婚約者としてサーシャを紹介される。  サーシャはクレアと同じく異世界からの転生者で、この世界が乙女ゲームだと知っていた。ゲームの知識を利用して、悪役令嬢となるはずだったクレアから聖女の立場を奪いに来たのである。  絶望するクレアだったが、彼女の前にハクの生まれ変わりを名乗る他国の王子が現れる。そこからハクに溺愛される日々を過ごすのだった。  一方、クレアを失った王国は結界の力を失い、魔物の被害にあう。その責任を追求され、公爵はクレアを失ったことを後悔するのだった。  本物語は、不幸な聖女が、前世の知識で逆転劇を果たし、モフモフ王子から溺愛されながらハッピーエンドを迎えるまでの物語である。

その婚約破棄喜んで

空月 若葉
恋愛
 婚約者のエスコートなしに卒業パーティーにいる私は不思議がられていた。けれどなんとなく気がついている人もこの中に何人かは居るだろう。  そして、私も知っている。これから私がどうなるのか。私の婚約者がどこにいるのか。知っているのはそれだけじゃないわ。私、知っているの。この世界の秘密を、ね。 注意…主人公がちょっと怖いかも(笑) 4話で完結します。短いです。の割に詰め込んだので、かなりめちゃくちゃで読みにくいかもしれません。もし改善できるところを見つけてくださった方がいれば、教えていただけると嬉しいです。 完結後、番外編を付け足しました。 カクヨムにも掲載しています。

処理中です...