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全てを奪われた元聖女
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ほんの一か月前までは幸せだったのに。
聖女の力を魔女に奪われたわたしは、家も財産も何もかもを奪われて孤立していた。けれど、アズール帝国で名高い赤髪の伯爵・ロイに拾われ、切迫した状況も絡んで婚約を結んだ。
そのお陰で、わたしは辛うじて生きていた。思えば、死んだ方がマシだったかもしれない。
◇
状況が変わったのは一ヶ月後。
ロイは、わたしに暴力を振うようになっていた。
「……きゃぁ!」
今日も頬を叩かれた。
「アムール、お前は細身で美しい美貌を持つ。だが、それだけしか価値がない。だからお前を拾ってやった……こうして私の欲望を満たす為にな」
またパシンと殴られた。
痛くて涙がポロポロと出て、悔しかった。……この伯爵は人でなしだ。出会った頃はあんなにも優しかったのに、今では人が変わったように暴力を振う。
手で押さえると頬がジンジンして赤く腫れているのが分かる。
「もう……止めて下さい」
「うるさい! 伯爵である私に指図するな!」
今度は蹴られた。
お腹に激痛が走って苦しい……。
ロイは、赤髪の好青年だった。
とても暴力を振うような性格ではなかったはず。少なくとも悪い噂は聞かないし、優しい人柄だと聞いていた。
なのに、どうして彼はこうも暴力的になってしまったのだろう。不思議に思っていると、伯爵はつまらなさそうな声でこう言った。
「もういい、婚約は破棄だ。お前のようなヤツを殴っても蹴っても面白くもない。また路頭に迷ってしまえばいい。出て行け」
「ど、どうして……」
「なんだ? まだ殴られ足りないのか? いいだろう、こうしてやる」
押し倒され、体を強く踏まれた。
……もう無理。
こんな人と一緒に生活なんて出来ない。
――結局、わたしはゴミのように屋敷の外へ投げ出された。泥まみれになって、また何もかもを失った。
「もう疲れた……」
アテもなくトボトボと歩く。
もう何も考えられない。
このまま何処かで朽ち果てよう。
ボロボロの中で道を歩いていると、馬車がわたしの横を通っていく。その馬車は急に止まった。すると中から、容姿の整った金髪の青年が現れた。あの身なりは、まるで皇子様みたいな……いや、あれは間違いなく皇子だった。
彼はこちらに来ると、わたしを透き通るような瞳で見つめた。
「……やはり、元聖女様。確か、アムール様ですよね?」
「え、ええ……」
「僕はセト。ご存知かもしれませんが、この帝国の第一皇子です。その……アムール様はどうして、そんなお姿に」
わたしは赤髪の伯爵の事を話した。
すると、セト様は親身になってわたしの話を聞いて下さり、わたしはそれが嬉しくて、自然と涙が出た。
「……だから、悔しくて悔しくて」
「そんな事情が。分かりました、では、お城に来て下さい。アムール様にはその昔、お世話になっていますし、貴女の奇跡は確かだった」
「い、いいんですか。わたしもう能力は奪われてしまって、ありませんし……なんの価値もないただの女です」
「ええ、噂は聞いております。傾国の魔女に奇跡を奪われたのですよね。その件はお辛かったでしょう。ですがもうご安心下さい。僕がお守りいたしますよ」
そう言って貰えて、わたしは酷く安堵して……また泣いた。
――お城に招待されたわたしは、お風呂を使わせて貰ったり、可愛いドレスを戴いたりして身なりを整えた。
「素晴らしい。やはり、アムール様は全てがお美しい。その銀髪は雪のようですよ」
「褒めて戴いて嬉しいです。でも、そのわたしはこれからどうすれば……」
「そうですね、過去にアムール様は帝国の為に貢献なされた。それを皇帝である父はもっと評価すべきだったと思いました。なのに力も奪われて……この不当な扱い。あまりに酷いではありませんか。
今はもう聖女ではないのですから、自由というわけです。なので人生を自由に生きてみてもいいのではないですか? 大丈夫、僕が貴女を支えます」
思わず涙が零れた。
わたし……お優しいセト様が好きになっていた。でもきっと彼はまだわたしをそういう対象で見てくれていないはず。その為にも人生を頑張ろうって思った。
「嬉しいです。わたし、雑用でも何でもしますから、お願いします」
「いえ、雑用なんてとんでもない。確か、アムール様はポーションの製造が得意だとか噂で聞いたことがあります。では、まずは小さなお店から初めてみましょうか?」
なんて素敵な提案をして下さるのだろうと、わたしはこの上ない感激しかなかった。
――それから、わたしとセト様で小さなお店を初めた。ポーションは他に類を見ない良質なモノと噂が広まると、飛ぶように売れるようになった。
……二週間後。
いつものようにお店の棚の整理をしていると、血相を変えたセト様が驚くべき情報を下さった。
「伯爵が次の女性を狙って暴力を振っていたが、捕まったらしい。なんと、君を含めて五人も暴力を振っていた事実が判明したよ。これが帝国にも伝わり、伯爵は即時拘束、監獄送りになった。もう二度と出てこれないだろう。
それと傾国の魔女も伯爵との関係が明らかになって捕まったよ。どうやら彼の妹だったらしい」
「そうだったのですね……」
あの伯爵はやっぱり、人でなしだった。
わたしの全てを奪った魔女が妹だったなんて……。
あのままだったら、わたしは不幸になっていた。
良かった、逃げられて。
あれから、わたしは皇子であるセト様に拾われた。こうしてお店まで開けていた。過去に起こした奇跡が再評価されたのだ。最高に幸せ者。
「それにしても身分を隠してやるお店は楽しいですね。ここまで充実した毎日を送れるとは、アムール様のおかげです」
「それは、わたしのセリフですよ、セト様。全てはセト様のおかげですもの」
「となると――これは奇跡で、運命の出会いだったのかもしれませんね。アムール様、如何でしょうか、僕と婚約を結んで戴けないでしょうか」
婚約指輪を差し出され、わたしの胸はどうかなりそうだった。でも、心の底から嬉しいって感じた。……良かった、生きていて。
わたしはその指輪を受けとり、婚約を交わした。
全てを奪われたわたしだったけれど、今はとっても幸せ――。
聖女の力を魔女に奪われたわたしは、家も財産も何もかもを奪われて孤立していた。けれど、アズール帝国で名高い赤髪の伯爵・ロイに拾われ、切迫した状況も絡んで婚約を結んだ。
そのお陰で、わたしは辛うじて生きていた。思えば、死んだ方がマシだったかもしれない。
◇
状況が変わったのは一ヶ月後。
ロイは、わたしに暴力を振うようになっていた。
「……きゃぁ!」
今日も頬を叩かれた。
「アムール、お前は細身で美しい美貌を持つ。だが、それだけしか価値がない。だからお前を拾ってやった……こうして私の欲望を満たす為にな」
またパシンと殴られた。
痛くて涙がポロポロと出て、悔しかった。……この伯爵は人でなしだ。出会った頃はあんなにも優しかったのに、今では人が変わったように暴力を振う。
手で押さえると頬がジンジンして赤く腫れているのが分かる。
「もう……止めて下さい」
「うるさい! 伯爵である私に指図するな!」
今度は蹴られた。
お腹に激痛が走って苦しい……。
ロイは、赤髪の好青年だった。
とても暴力を振うような性格ではなかったはず。少なくとも悪い噂は聞かないし、優しい人柄だと聞いていた。
なのに、どうして彼はこうも暴力的になってしまったのだろう。不思議に思っていると、伯爵はつまらなさそうな声でこう言った。
「もういい、婚約は破棄だ。お前のようなヤツを殴っても蹴っても面白くもない。また路頭に迷ってしまえばいい。出て行け」
「ど、どうして……」
「なんだ? まだ殴られ足りないのか? いいだろう、こうしてやる」
押し倒され、体を強く踏まれた。
……もう無理。
こんな人と一緒に生活なんて出来ない。
――結局、わたしはゴミのように屋敷の外へ投げ出された。泥まみれになって、また何もかもを失った。
「もう疲れた……」
アテもなくトボトボと歩く。
もう何も考えられない。
このまま何処かで朽ち果てよう。
ボロボロの中で道を歩いていると、馬車がわたしの横を通っていく。その馬車は急に止まった。すると中から、容姿の整った金髪の青年が現れた。あの身なりは、まるで皇子様みたいな……いや、あれは間違いなく皇子だった。
彼はこちらに来ると、わたしを透き通るような瞳で見つめた。
「……やはり、元聖女様。確か、アムール様ですよね?」
「え、ええ……」
「僕はセト。ご存知かもしれませんが、この帝国の第一皇子です。その……アムール様はどうして、そんなお姿に」
わたしは赤髪の伯爵の事を話した。
すると、セト様は親身になってわたしの話を聞いて下さり、わたしはそれが嬉しくて、自然と涙が出た。
「……だから、悔しくて悔しくて」
「そんな事情が。分かりました、では、お城に来て下さい。アムール様にはその昔、お世話になっていますし、貴女の奇跡は確かだった」
「い、いいんですか。わたしもう能力は奪われてしまって、ありませんし……なんの価値もないただの女です」
「ええ、噂は聞いております。傾国の魔女に奇跡を奪われたのですよね。その件はお辛かったでしょう。ですがもうご安心下さい。僕がお守りいたしますよ」
そう言って貰えて、わたしは酷く安堵して……また泣いた。
――お城に招待されたわたしは、お風呂を使わせて貰ったり、可愛いドレスを戴いたりして身なりを整えた。
「素晴らしい。やはり、アムール様は全てがお美しい。その銀髪は雪のようですよ」
「褒めて戴いて嬉しいです。でも、そのわたしはこれからどうすれば……」
「そうですね、過去にアムール様は帝国の為に貢献なされた。それを皇帝である父はもっと評価すべきだったと思いました。なのに力も奪われて……この不当な扱い。あまりに酷いではありませんか。
今はもう聖女ではないのですから、自由というわけです。なので人生を自由に生きてみてもいいのではないですか? 大丈夫、僕が貴女を支えます」
思わず涙が零れた。
わたし……お優しいセト様が好きになっていた。でもきっと彼はまだわたしをそういう対象で見てくれていないはず。その為にも人生を頑張ろうって思った。
「嬉しいです。わたし、雑用でも何でもしますから、お願いします」
「いえ、雑用なんてとんでもない。確か、アムール様はポーションの製造が得意だとか噂で聞いたことがあります。では、まずは小さなお店から初めてみましょうか?」
なんて素敵な提案をして下さるのだろうと、わたしはこの上ない感激しかなかった。
――それから、わたしとセト様で小さなお店を初めた。ポーションは他に類を見ない良質なモノと噂が広まると、飛ぶように売れるようになった。
……二週間後。
いつものようにお店の棚の整理をしていると、血相を変えたセト様が驚くべき情報を下さった。
「伯爵が次の女性を狙って暴力を振っていたが、捕まったらしい。なんと、君を含めて五人も暴力を振っていた事実が判明したよ。これが帝国にも伝わり、伯爵は即時拘束、監獄送りになった。もう二度と出てこれないだろう。
それと傾国の魔女も伯爵との関係が明らかになって捕まったよ。どうやら彼の妹だったらしい」
「そうだったのですね……」
あの伯爵はやっぱり、人でなしだった。
わたしの全てを奪った魔女が妹だったなんて……。
あのままだったら、わたしは不幸になっていた。
良かった、逃げられて。
あれから、わたしは皇子であるセト様に拾われた。こうしてお店まで開けていた。過去に起こした奇跡が再評価されたのだ。最高に幸せ者。
「それにしても身分を隠してやるお店は楽しいですね。ここまで充実した毎日を送れるとは、アムール様のおかげです」
「それは、わたしのセリフですよ、セト様。全てはセト様のおかげですもの」
「となると――これは奇跡で、運命の出会いだったのかもしれませんね。アムール様、如何でしょうか、僕と婚約を結んで戴けないでしょうか」
婚約指輪を差し出され、わたしの胸はどうかなりそうだった。でも、心の底から嬉しいって感じた。……良かった、生きていて。
わたしはその指輪を受けとり、婚約を交わした。
全てを奪われたわたしだったけれど、今はとっても幸せ――。
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