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第5章「蟻塚祐絵はやはり敵が多い」
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「……、大丈夫?」
1人で昼食を取っていたオレの元に来たのはさっきまでずっと傍にいてくれた柊だった。
オレがイライラしていたのを察してか、ハイキング中は無闇に話しかけてくるようなことはなかったが、それでも絶えず心配そうな眼差しを向けてくれていた。
こんな女の子に裏の顔があったとしたら、きっとオレは二度と異性を信じることはなくなるだろう。
「悪いな、心配させて」
「ううん、大丈夫だよ」
オレの隣の席に座り、一緒に昼食を取る。
なんだかんだ言って初めてかもしれない。
柊と2人で昼食を食べるのは。
「何があったの?」
「……え?」
「湊斗くんが怒るなんて珍しいから」
そんなことはない、と思ったが確かに柊の前では今まで一度も怒ったことはなかった。
もしかして現滅されたか?
「ちょっと色々あってな。怖がらせたか?」
「うん、少しだけ」
「……っ」
当たり前の返答に胸が痛む。
そりゃあ、怖いよな。
しかも、それが異性のものであればなおさら。
「でも、それくらい嫌な事があったのかなって思ったら……その、放っておけなくて」
「そうか」
か細い声ながらも、必死に思いを伝えようと頑張る柊は真っ直ぐにオレの瞳を見つめてくる。
本当によく出来た女の子だと思う。
そんな子に何もしてあげられないというのが今はとても心苦しい。
「だから……相談してほしい、かな」
「……え?」
「いつもは湊斗くんに頼ってばかりだけど……私も、湊斗くんの役に立ちたいから」
気丈な笑みを浮かべるも、柊は緊張からか少し震えている手をぎゅっと握りしめる。
その小さな身体で一体どれほどの勇気を振り絞ったのだろうか。
貴方の役に立ちたい、などそう簡単に言えるものではない。
勿論、『言うだけ』なら誰にでも出来る。
だが、それはあくまで口にするだけの行為であり、行動も伴わなければただの口先だけの奴にしかならない。
しかし、柊は違った。
本気でオレの力になりたいと思ってくれているからこそ、こうして普段は滅多に合うことのない目をしっかりとオレに向けてくれているのだろう。
「なんか……ムキになってたのが馬鹿馬鹿しくなってきたな」
「湊斗くん?」
ため息混じりに呟いたオレは項垂れる頭を手で支える。
さっきまでのイライラは消え、なんだかとてもすっきりした気分だ。
何をやってたんだろうな、オレは。
いつもなら冷静に矢渕のことを流せていたはずなのに。
……そういえば前にもあったな。
柊に酷いことを言われて矢渕を校舎裏まで連れていった事が。
……そうか。つまりオレは。
「多分、柊のことを悪く言われたのがスゲー悔しかったんだろうな。こんなに素直で優しくて魅力的な女の子なのにって」
「……っ!?」
その言葉を聞いた瞬間、柊はみるみるうちに顔を真っ赤に染めていく。
「ひ、柊?」
あまりの急変に驚き、声をかけるも柊は口をパクパクさせながら固まっている。
何かマズいこと言ったか?
頭に疑問符を浮かべながらそんなことを考えていると、唐突に柊が机に手をついて立ち上がり、そのまま食堂を出て行ってしまった。
「……やっちまったか?」
女の子は無闇矢鱈に褒めればいいというものではないと聞いたことはある。
だからこそ、あえてオレはここぞという時にしか言わないようにしていたが、それが裏目に出たらしい。
「なるほど。アンタはあぁやって女を口説いてるわけね」
背後から聞こえてくる呆れ声。
振り返ると、そこにはトレイを持ってこちらに歩いてくる蟻塚がいた。
「口説いてるつもりなんてねえよ」
「あっそ」
特に興味もないらしく、蟻塚は席に着くなり手を合わせる。
「……私のせいで悪かったわね。嫌な気分にさせて」
「え?」
「だから、ごめんなさい」
それだけ言うと、蟻塚はただ静かに昼食を食べ始めた。
「謝れたんだな、お前」
正直、驚いた。
いつも強気なイメージの蟻塚が素直に謝るなんて。
だが、それは決して悪いことではない。
むしろ、良い傾向だと言えるだろう。
今までは例え自分が悪くても絶対に謝らない人間だったみたいだし。
「ぜーんぶどうでも良くなっちゃって。プライドとか評価とか、そういうの」
急にどうしたんだと聞くのはきっと野暮なんだろう。
大体の予想は着くし。
それよりもせっかく会話をしてくれるような雰囲気になっているのだ。
聞くなら今しかない。
「あの噂って結局どうなんだ?」
「……」
返事はなかった。
ただ黙々と箸を動かしては、食事を続けている。
沈黙が答えになってしまっている気もするが、今ここで深追いすることもないだろう。
オレはただの子供で、生徒だ。
後のことは大人である教師たちが決めてくれるはずだ。
「私は……どうしたらいいと思う?」
箸の動きを止め、小さく問いかけてくる蟻塚。
その顔はいつもの強気なものではなく、どこか弱々しかった。
「まあ、好きにすれば良いんじゃないかって普段のオレなら言うところだが、出来るならあいつと仲良くしてやって欲しい」
「……良いの?」
「どういう訳かお前と友達になりたがってるみたいだからな、柊は。散々虐めてきたんだ。あいつから奪った時間分の責任くらい果たせ」
「……噂だと私は見ず知らずのおじさんたち相手にお金を貰って性を売るようなことをしてるって話になってるみたいだけど?そんな女と仲良くしてたらあの子にも少なからず悪影響が出るんじゃない?」
「だとしても、オレは柊を信じてるし柊が信じようとしてる蟻塚を信じてるよ。第一、お前はオレのこと嫌いかもしれないけどオレは別にお前のこと嫌いじゃないしな」
「……」
蟻塚は驚いた様子で大きく目を見開く。
が、すぐにいつもの表情に戻ると、 その鋭い目付きでオレを睨みつけ、不敵に笑い出す。
「そういえばそうね。嫌いだったわ、アンタのこと」
その一言に胸がズキリと痛むのを感じつつ、オレは苦笑いを浮かべて呟く。
柊の親友になってくれるであろう、この女の子に。
「ホント、良い性格してるよ」
1人で昼食を取っていたオレの元に来たのはさっきまでずっと傍にいてくれた柊だった。
オレがイライラしていたのを察してか、ハイキング中は無闇に話しかけてくるようなことはなかったが、それでも絶えず心配そうな眼差しを向けてくれていた。
こんな女の子に裏の顔があったとしたら、きっとオレは二度と異性を信じることはなくなるだろう。
「悪いな、心配させて」
「ううん、大丈夫だよ」
オレの隣の席に座り、一緒に昼食を取る。
なんだかんだ言って初めてかもしれない。
柊と2人で昼食を食べるのは。
「何があったの?」
「……え?」
「湊斗くんが怒るなんて珍しいから」
そんなことはない、と思ったが確かに柊の前では今まで一度も怒ったことはなかった。
もしかして現滅されたか?
「ちょっと色々あってな。怖がらせたか?」
「うん、少しだけ」
「……っ」
当たり前の返答に胸が痛む。
そりゃあ、怖いよな。
しかも、それが異性のものであればなおさら。
「でも、それくらい嫌な事があったのかなって思ったら……その、放っておけなくて」
「そうか」
か細い声ながらも、必死に思いを伝えようと頑張る柊は真っ直ぐにオレの瞳を見つめてくる。
本当によく出来た女の子だと思う。
そんな子に何もしてあげられないというのが今はとても心苦しい。
「だから……相談してほしい、かな」
「……え?」
「いつもは湊斗くんに頼ってばかりだけど……私も、湊斗くんの役に立ちたいから」
気丈な笑みを浮かべるも、柊は緊張からか少し震えている手をぎゅっと握りしめる。
その小さな身体で一体どれほどの勇気を振り絞ったのだろうか。
貴方の役に立ちたい、などそう簡単に言えるものではない。
勿論、『言うだけ』なら誰にでも出来る。
だが、それはあくまで口にするだけの行為であり、行動も伴わなければただの口先だけの奴にしかならない。
しかし、柊は違った。
本気でオレの力になりたいと思ってくれているからこそ、こうして普段は滅多に合うことのない目をしっかりとオレに向けてくれているのだろう。
「なんか……ムキになってたのが馬鹿馬鹿しくなってきたな」
「湊斗くん?」
ため息混じりに呟いたオレは項垂れる頭を手で支える。
さっきまでのイライラは消え、なんだかとてもすっきりした気分だ。
何をやってたんだろうな、オレは。
いつもなら冷静に矢渕のことを流せていたはずなのに。
……そういえば前にもあったな。
柊に酷いことを言われて矢渕を校舎裏まで連れていった事が。
……そうか。つまりオレは。
「多分、柊のことを悪く言われたのがスゲー悔しかったんだろうな。こんなに素直で優しくて魅力的な女の子なのにって」
「……っ!?」
その言葉を聞いた瞬間、柊はみるみるうちに顔を真っ赤に染めていく。
「ひ、柊?」
あまりの急変に驚き、声をかけるも柊は口をパクパクさせながら固まっている。
何かマズいこと言ったか?
頭に疑問符を浮かべながらそんなことを考えていると、唐突に柊が机に手をついて立ち上がり、そのまま食堂を出て行ってしまった。
「……やっちまったか?」
女の子は無闇矢鱈に褒めればいいというものではないと聞いたことはある。
だからこそ、あえてオレはここぞという時にしか言わないようにしていたが、それが裏目に出たらしい。
「なるほど。アンタはあぁやって女を口説いてるわけね」
背後から聞こえてくる呆れ声。
振り返ると、そこにはトレイを持ってこちらに歩いてくる蟻塚がいた。
「口説いてるつもりなんてねえよ」
「あっそ」
特に興味もないらしく、蟻塚は席に着くなり手を合わせる。
「……私のせいで悪かったわね。嫌な気分にさせて」
「え?」
「だから、ごめんなさい」
それだけ言うと、蟻塚はただ静かに昼食を食べ始めた。
「謝れたんだな、お前」
正直、驚いた。
いつも強気なイメージの蟻塚が素直に謝るなんて。
だが、それは決して悪いことではない。
むしろ、良い傾向だと言えるだろう。
今までは例え自分が悪くても絶対に謝らない人間だったみたいだし。
「ぜーんぶどうでも良くなっちゃって。プライドとか評価とか、そういうの」
急にどうしたんだと聞くのはきっと野暮なんだろう。
大体の予想は着くし。
それよりもせっかく会話をしてくれるような雰囲気になっているのだ。
聞くなら今しかない。
「あの噂って結局どうなんだ?」
「……」
返事はなかった。
ただ黙々と箸を動かしては、食事を続けている。
沈黙が答えになってしまっている気もするが、今ここで深追いすることもないだろう。
オレはただの子供で、生徒だ。
後のことは大人である教師たちが決めてくれるはずだ。
「私は……どうしたらいいと思う?」
箸の動きを止め、小さく問いかけてくる蟻塚。
その顔はいつもの強気なものではなく、どこか弱々しかった。
「まあ、好きにすれば良いんじゃないかって普段のオレなら言うところだが、出来るならあいつと仲良くしてやって欲しい」
「……良いの?」
「どういう訳かお前と友達になりたがってるみたいだからな、柊は。散々虐めてきたんだ。あいつから奪った時間分の責任くらい果たせ」
「……噂だと私は見ず知らずのおじさんたち相手にお金を貰って性を売るようなことをしてるって話になってるみたいだけど?そんな女と仲良くしてたらあの子にも少なからず悪影響が出るんじゃない?」
「だとしても、オレは柊を信じてるし柊が信じようとしてる蟻塚を信じてるよ。第一、お前はオレのこと嫌いかもしれないけどオレは別にお前のこと嫌いじゃないしな」
「……」
蟻塚は驚いた様子で大きく目を見開く。
が、すぐにいつもの表情に戻ると、 その鋭い目付きでオレを睨みつけ、不敵に笑い出す。
「そういえばそうね。嫌いだったわ、アンタのこと」
その一言に胸がズキリと痛むのを感じつつ、オレは苦笑いを浮かべて呟く。
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