恋花ーコイバナー

東雲いさき

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第5章「蟻塚祐絵はやはり敵が多い」

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「級長、あんま食べてなかったけど大丈夫?」
「昼のカレーをちょっと食い過ぎたからな。太りやすい体質だから加減しないとヤバいんだ」
「へえー、なんか大変そうだね」
夕食を食べ終えたオレたちは、再び自室へ戻ってくると入浴時間までの間を、持参したトランプや雑談などで潰すことにした。
「バスでやられた屈辱を今ここで晴らす!スピードで勝負だ!」
「罰ゲームは?」
「気になる女の子に告白!」
「いいぜ。乗った」
クラスメイトの白熱した戦いを他所にオレはスマホで適当に調べ物を始めた。
橘が言っていた学校の裏サイト。
それがどうしても気になったのだ。
だが。
「ないな……」
いくら探してもそれらしきものは見当たらず、オレは諦めてスマホの画面を閉じる。
オレがネット慣れしていないのも原因なのかもしれないが、見つからないと逆に気になってしまうのが人間という生き物である。
「なあ、矢渕」
「んぁ?どうかした?」
視線をスマホの画面から外すことなく返事をする矢渕に、オレは橘の言っていた裏サイトについて尋ねてみる。
「お前は知ってるか?うちの学校の裏サイト的な奴」
「あー、それってあれでしょ?陰口を叩きあって日頃の不平不満を垂れ流すオタク君の巣窟みたいな場所」
むちゃくちゃ言ってんな、こいつ。
「何処にあるか知ってるか?」
「さぁね。興味ないし」
もしかしたらと思ったが、宛は外れてしまったらしい。
「結城くんは興味ある感じなの?もしかして帰巣本能?」
「違えよ。ちょっと気になったってだけだ」
「ふーん。昔の自分がバラされてないか心配で怯えてんだ?」
「あのな。今さらその程度でオレが落ち込むわけないだろ。いちいち心配するまでもない」
「まぁ、今の結城くんは昔がどうあれモテそうな見た目してるしね」
「モテる話なんてしてねえよ」
オレはスマホをポケットにしまい、そのまま机の上に突っ伏す。
そのタイミングで、部屋のドアを誰かがノックした。
ドアのほうを振り向くとほぼ同時に扉が開き、そこから顔を出したのは担任の早川先生だった。
「そろそろ1組の入浴時間だから準備してお風呂に入ってきていいわよ」
先生はそれだけ伝えるとすぐに扉を閉める。
おそらく他の部屋にいるクラスメイトたちにも伝えにいったのだろう。
オレは同部屋の男子たちに一声かけると、みんなで大浴場へと足を運ぶ。
脱衣所ではすでに入浴を終えた他のクラスの男子たちが、雑談しながら服を着ている最中だった。
オレは彼らから少し距離を取り、服を脱ぐ。
そして、タオルを片手に大浴場へと足を踏み入れた。
「この隣で女子も風呂に入ってんだよな」
矢渕がニヤけた面で、男子の方の浴場と女子の方の浴場を隔てる壁を見つめている。
その言葉に反応し、多くの男子たちが鼻息を荒くするのがわかった。
「……」
オレは油断している矢渕の頬にビンタを放つと、そのまま何事もなかったかのように歩きだし、体を洗い始める。
矢渕はビンタされた頬に手を当てながら、オレの隣に座りつつ文句を垂れ流し始めた。
「なんで叩くんだよー。誰だって想像するだろ、それくらい」
オレは矢渕の問いかけには一切答えず、シャワーで体についた泡を洗い流す。
知らない女子ならまだしも、よく知っている女子をそういう目で見られると何故かムカついた。何故なのかは自分でもよくわかっていない。
矢渕はそんなオレを見て、小さくため息をつくとそれ以上は何も言わなかった。
それから湯船に浸かってしばらく経ち、オレたちは大浴場を後にして着替えを済ませると、丁度脱衣所から出たところで柊と蟻塚に出くわした。
肌が火照り、髪も少し濡れた2人の色っぽい姿に、男子たちが鼻の下を伸ばす。
柊はオレを見るなり、小さく手を振りながら歩み寄ってきたが、蟻塚は特に何も言わずそのままオレの横を通り過ぎていく。
「少しは仲良くなれたか?」
柊はオレの問いに対し、小さく頷く。
どうやら上手くいっているようだ。
「でも……変、なのかな?」
「ん?何がだ?」
「蟻塚さんと仲良くしようとするのって」
柊は俯き、蟻塚が歩いて行ったほうをチラチラと見つめながらそう口にする。
その表情はどこか不安げだ。
大方、蟻塚のことをよく思わない女子が柊に何か言ったのだろう。
至極真っ当な意見だったに違いない。
だが、それはあくまで第3者の意見だ。
「まあ、変と言えば変かもな。でも」
オレはそこで一度言葉を止めると、柊に笑いかける。
そして、柊の不安を吹き飛ばすようにハッキリと告げた。
「前も言ったが柊のしたいようにしたら良い。お前の人生だ。他人にどうこう言われる筋合いなんかねえよ」
その上で、とオレは付け足す。
「間違った道に進みそうになったらオレが助ける。だから心配すんな。好きなだけ仲良くしてこい」
「……うんっ」
柊は嬉しそうに頷くと、蟻塚が歩いて行ったほうへ駆け出していく。
オレはその背中を見送りながら、小さくため息をついた。
「……、オレは何がしたいんだろうな」
「珍しく悩んでんじゃん。俺が相談相手になってやろーか?」
いつの間にか隣にいた矢渕が、肘でオレの横腹を小突きながらそんなことを言い出す。
オレは首を横に振り、無言のまま歩き出すと2人の少女を思い浮かべる。
萩元三結と柊南帆。
どちらも素直で優しい性格の女の子だ。
しかし、オレはそんな2人に抱く感情が微妙に違うことにも気付いていた。
例えば萩元三結に対しては世話の焼ける妹を見守る兄のような感情で。
柊南帆に対しては……、まだよくわかっていない。
ただ1つ言えるのは、2人と仲良くしていると何故か心がざわついて仕方がない、ということだった。
「……世話を焼いてるだけのつもりなんだけどな」
オレはそう呟くと、ざわつく感情の正体を考えながら、部屋へと戻るのだった。
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