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第2章「矢渕達也は常に異端児」
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「ちょっと待った」
オレは矢渕と顔に傷のある男の間に立ち、静止を促す。
「結城、くん?」
矢渕の呼び掛けに答えることなく、ただ真っ直ぐに傷の男を見やる。
人を殺めそうになってたってのに表情一つ変えないとか殺し屋かよ。
メンタルバグってんだろ。
「どけ」
そう短く言葉を放つ男に対してオレは首を横に振る。
「許してやってもらえませんか?こいつの事を」
相手の目をしっかりと捉えて言うが、男は眉一つ動かすことなくジッとオレを睨む。
「なぜ庇う?コイツはお前をーーー」
「嫌いだからです」
男が言い終えるよりも先に言葉を遮り、そのまま続ける。
「死ねばいいのにって思ったこともあります。でも、オレが変わりたいって思った一番のきっかけはコイツなんで」
「……」
オレの返答を聞いてもなお、表情に変化はない。
ただ黙ってこちらを見ているだけだ。
正直言ってめちゃくちゃ怖い。
だが、オレもここで引くわけにはいかなかった。
「見返してやりたいんです、こいつの事を。だから、それまで見逃してもらえませんか?オレが納得出来るまで」
そう言って静かに頭を下げる。
誰かに頭を下げるのなんて生まれて初めての事だった。
それも人生で唯一嫌いとも言える、こんな奴の為なんかに。
きっとオレくらいなものだろう。こんなバカな事をする奴は。
理解できないと言われても仕方ないのかもしれない。
でも、ここで引いたらきっとこの先後悔する。
それだけは何となく解っていた。
だから、せめて他の誰かにボコられてざまぁみろと笑うのではなく、自分なりの納得のできるような形で。
納得のできる方法で見返しておきたいのだ。
「言いたいことはそれだけか?」
しかし、オレの説得も虚しく傷のある男から返ってきた言葉は冷たいものだった。
まあ、当然と言えば当然か。
向こうからしたらいきなり現れて何言ってんだって話だろうし。
……覚悟決めるか。
「もしも、オレが矢渕の代わりに殴られたらこいつのことはチャラになりませんか?」
「……は?」
オレの言葉に間の抜けたような声を出す矢渕。
「急に、何言ってんのさ。頭おかしいんじゃない?」
流石の矢渕もかなり動揺しているらしい。
今まで見たことのない顔をしていた。
確かに今オレがやろうとしていることはとてもじゃないが正気とは思えないことだ。
下手すれば死ぬ。
いや、下手しなくても後遺症が残るレベルの怪我を負うかもしれない。
だが、それでも。
「良いんだな?」
変わらず無表情のまま男はオレに問いかける。
「……」
オレはただ黙って頷くことで肯定の意を示す。
もう後戻りはできない。するつもりもない。
やると決めたのなら最後まで貫き通すべきだ。
それが例えどんな結果になろうとも。
鉄のバットを振り上げて男は再び構えを取る。
その目は本気だ。
頼むから耐えてくれ、オレの身体。
そんな願いを込めてギュッと目を閉じる。
次の瞬間、何かがひび割れたような鈍い音がオレの耳に響いた。
「……?」
衝撃に備えて身構えていたが、一向に痛みが訪れる気配はない。
痛みを感じる間もなく死んだのか?と、恐る恐る目を開けるとそこには傷の男によって叩き割られた床があり、矢渕と不良たちは口を開けたまま呆然と立ち尽くしていた。
「馬鹿で助かったな」
誰に言うでもなくそう呟く傷の男。
「お前たち、行くぞ」
そう言って何事もなかったかのように傷の男が出ていくと、その後を追って不良たちも次々と空き教室から去っていく。
どうやら本当に見逃てくれるらしい。
ホッと胸を撫で下ろすと同時に全身から力が抜けていくのを感じた。
「結城くん、えっと……」
おずおずと声をかけてくる矢渕に振り返ることなく、背を向けたままオレも教室から出ていく。
感謝の言葉などは別にいらなかった。
オレが今こいつから欲しいのは「まいった」の一言だけだ。
まぁでも、あえて何か言うことがあるとすれば。
「人を散々嫌な目に遭わせておいて簡単に死ねると思うなよ?」
オレは矢渕と顔に傷のある男の間に立ち、静止を促す。
「結城、くん?」
矢渕の呼び掛けに答えることなく、ただ真っ直ぐに傷の男を見やる。
人を殺めそうになってたってのに表情一つ変えないとか殺し屋かよ。
メンタルバグってんだろ。
「どけ」
そう短く言葉を放つ男に対してオレは首を横に振る。
「許してやってもらえませんか?こいつの事を」
相手の目をしっかりと捉えて言うが、男は眉一つ動かすことなくジッとオレを睨む。
「なぜ庇う?コイツはお前をーーー」
「嫌いだからです」
男が言い終えるよりも先に言葉を遮り、そのまま続ける。
「死ねばいいのにって思ったこともあります。でも、オレが変わりたいって思った一番のきっかけはコイツなんで」
「……」
オレの返答を聞いてもなお、表情に変化はない。
ただ黙ってこちらを見ているだけだ。
正直言ってめちゃくちゃ怖い。
だが、オレもここで引くわけにはいかなかった。
「見返してやりたいんです、こいつの事を。だから、それまで見逃してもらえませんか?オレが納得出来るまで」
そう言って静かに頭を下げる。
誰かに頭を下げるのなんて生まれて初めての事だった。
それも人生で唯一嫌いとも言える、こんな奴の為なんかに。
きっとオレくらいなものだろう。こんなバカな事をする奴は。
理解できないと言われても仕方ないのかもしれない。
でも、ここで引いたらきっとこの先後悔する。
それだけは何となく解っていた。
だから、せめて他の誰かにボコられてざまぁみろと笑うのではなく、自分なりの納得のできるような形で。
納得のできる方法で見返しておきたいのだ。
「言いたいことはそれだけか?」
しかし、オレの説得も虚しく傷のある男から返ってきた言葉は冷たいものだった。
まあ、当然と言えば当然か。
向こうからしたらいきなり現れて何言ってんだって話だろうし。
……覚悟決めるか。
「もしも、オレが矢渕の代わりに殴られたらこいつのことはチャラになりませんか?」
「……は?」
オレの言葉に間の抜けたような声を出す矢渕。
「急に、何言ってんのさ。頭おかしいんじゃない?」
流石の矢渕もかなり動揺しているらしい。
今まで見たことのない顔をしていた。
確かに今オレがやろうとしていることはとてもじゃないが正気とは思えないことだ。
下手すれば死ぬ。
いや、下手しなくても後遺症が残るレベルの怪我を負うかもしれない。
だが、それでも。
「良いんだな?」
変わらず無表情のまま男はオレに問いかける。
「……」
オレはただ黙って頷くことで肯定の意を示す。
もう後戻りはできない。するつもりもない。
やると決めたのなら最後まで貫き通すべきだ。
それが例えどんな結果になろうとも。
鉄のバットを振り上げて男は再び構えを取る。
その目は本気だ。
頼むから耐えてくれ、オレの身体。
そんな願いを込めてギュッと目を閉じる。
次の瞬間、何かがひび割れたような鈍い音がオレの耳に響いた。
「……?」
衝撃に備えて身構えていたが、一向に痛みが訪れる気配はない。
痛みを感じる間もなく死んだのか?と、恐る恐る目を開けるとそこには傷の男によって叩き割られた床があり、矢渕と不良たちは口を開けたまま呆然と立ち尽くしていた。
「馬鹿で助かったな」
誰に言うでもなくそう呟く傷の男。
「お前たち、行くぞ」
そう言って何事もなかったかのように傷の男が出ていくと、その後を追って不良たちも次々と空き教室から去っていく。
どうやら本当に見逃てくれるらしい。
ホッと胸を撫で下ろすと同時に全身から力が抜けていくのを感じた。
「結城くん、えっと……」
おずおずと声をかけてくる矢渕に振り返ることなく、背を向けたままオレも教室から出ていく。
感謝の言葉などは別にいらなかった。
オレが今こいつから欲しいのは「まいった」の一言だけだ。
まぁでも、あえて何か言うことがあるとすれば。
「人を散々嫌な目に遭わせておいて簡単に死ねると思うなよ?」
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