16 / 24
第2章「矢渕達也は常に異端児」
8
しおりを挟む
「ちょっと待った」
オレは矢渕と顔に傷のある男の間に立ち、静止を促す。
「結城、くん?」
矢渕の呼び掛けに答えることなく、ただ真っ直ぐに傷の男を見やる。
人を殺めそうになってたってのに表情一つ変えないとか殺し屋かよ。
メンタルバグってんだろ。
「どけ」
そう短く言葉を放つ男に対してオレは首を横に振る。
「許してやってもらえませんか?こいつの事を」
相手の目をしっかりと捉えて言うが、男は眉一つ動かすことなくジッとオレを睨む。
「なぜ庇う?コイツはお前をーーー」
「嫌いだからです」
男が言い終えるよりも先に言葉を遮り、そのまま続ける。
「死ねばいいのにって思ったこともあります。でも、オレが変わりたいって思った一番のきっかけはコイツなんで」
「……」
オレの返答を聞いてもなお、表情に変化はない。
ただ黙ってこちらを見ているだけだ。
正直言ってめちゃくちゃ怖い。
だが、オレもここで引くわけにはいかなかった。
「見返してやりたいんです、こいつの事を。だから、それまで見逃してもらえませんか?オレが納得出来るまで」
そう言って静かに頭を下げる。
誰かに頭を下げるのなんて生まれて初めての事だった。
それも人生で唯一嫌いとも言える、こんな奴の為なんかに。
きっとオレくらいなものだろう。こんなバカな事をする奴は。
理解できないと言われても仕方ないのかもしれない。
でも、ここで引いたらきっとこの先後悔する。
それだけは何となく解っていた。
だから、せめて他の誰かにボコられてざまぁみろと笑うのではなく、自分なりの納得のできるような形で。
納得のできる方法で見返しておきたいのだ。
「言いたいことはそれだけか?」
しかし、オレの説得も虚しく傷のある男から返ってきた言葉は冷たいものだった。
まあ、当然と言えば当然か。
向こうからしたらいきなり現れて何言ってんだって話だろうし。
……覚悟決めるか。
「もしも、オレが矢渕の代わりに殴られたらこいつのことはチャラになりませんか?」
「……は?」
オレの言葉に間の抜けたような声を出す矢渕。
「急に、何言ってんのさ。頭おかしいんじゃない?」
流石の矢渕もかなり動揺しているらしい。
今まで見たことのない顔をしていた。
確かに今オレがやろうとしていることはとてもじゃないが正気とは思えないことだ。
下手すれば死ぬ。
いや、下手しなくても後遺症が残るレベルの怪我を負うかもしれない。
だが、それでも。
「良いんだな?」
変わらず無表情のまま男はオレに問いかける。
「……」
オレはただ黙って頷くことで肯定の意を示す。
もう後戻りはできない。するつもりもない。
やると決めたのなら最後まで貫き通すべきだ。
それが例えどんな結果になろうとも。
鉄のバットを振り上げて男は再び構えを取る。
その目は本気だ。
頼むから耐えてくれ、オレの身体。
そんな願いを込めてギュッと目を閉じる。
次の瞬間、何かがひび割れたような鈍い音がオレの耳に響いた。
「……?」
衝撃に備えて身構えていたが、一向に痛みが訪れる気配はない。
痛みを感じる間もなく死んだのか?と、恐る恐る目を開けるとそこには傷の男によって叩き割られた床があり、矢渕と不良たちは口を開けたまま呆然と立ち尽くしていた。
「馬鹿で助かったな」
誰に言うでもなくそう呟く傷の男。
「お前たち、行くぞ」
そう言って何事もなかったかのように傷の男が出ていくと、その後を追って不良たちも次々と空き教室から去っていく。
どうやら本当に見逃てくれるらしい。
ホッと胸を撫で下ろすと同時に全身から力が抜けていくのを感じた。
「結城くん、えっと……」
おずおずと声をかけてくる矢渕に振り返ることなく、背を向けたままオレも教室から出ていく。
感謝の言葉などは別にいらなかった。
オレが今こいつから欲しいのは「まいった」の一言だけだ。
まぁでも、あえて何か言うことがあるとすれば。
「人を散々嫌な目に遭わせておいて簡単に死ねると思うなよ?」
オレは矢渕と顔に傷のある男の間に立ち、静止を促す。
「結城、くん?」
矢渕の呼び掛けに答えることなく、ただ真っ直ぐに傷の男を見やる。
人を殺めそうになってたってのに表情一つ変えないとか殺し屋かよ。
メンタルバグってんだろ。
「どけ」
そう短く言葉を放つ男に対してオレは首を横に振る。
「許してやってもらえませんか?こいつの事を」
相手の目をしっかりと捉えて言うが、男は眉一つ動かすことなくジッとオレを睨む。
「なぜ庇う?コイツはお前をーーー」
「嫌いだからです」
男が言い終えるよりも先に言葉を遮り、そのまま続ける。
「死ねばいいのにって思ったこともあります。でも、オレが変わりたいって思った一番のきっかけはコイツなんで」
「……」
オレの返答を聞いてもなお、表情に変化はない。
ただ黙ってこちらを見ているだけだ。
正直言ってめちゃくちゃ怖い。
だが、オレもここで引くわけにはいかなかった。
「見返してやりたいんです、こいつの事を。だから、それまで見逃してもらえませんか?オレが納得出来るまで」
そう言って静かに頭を下げる。
誰かに頭を下げるのなんて生まれて初めての事だった。
それも人生で唯一嫌いとも言える、こんな奴の為なんかに。
きっとオレくらいなものだろう。こんなバカな事をする奴は。
理解できないと言われても仕方ないのかもしれない。
でも、ここで引いたらきっとこの先後悔する。
それだけは何となく解っていた。
だから、せめて他の誰かにボコられてざまぁみろと笑うのではなく、自分なりの納得のできるような形で。
納得のできる方法で見返しておきたいのだ。
「言いたいことはそれだけか?」
しかし、オレの説得も虚しく傷のある男から返ってきた言葉は冷たいものだった。
まあ、当然と言えば当然か。
向こうからしたらいきなり現れて何言ってんだって話だろうし。
……覚悟決めるか。
「もしも、オレが矢渕の代わりに殴られたらこいつのことはチャラになりませんか?」
「……は?」
オレの言葉に間の抜けたような声を出す矢渕。
「急に、何言ってんのさ。頭おかしいんじゃない?」
流石の矢渕もかなり動揺しているらしい。
今まで見たことのない顔をしていた。
確かに今オレがやろうとしていることはとてもじゃないが正気とは思えないことだ。
下手すれば死ぬ。
いや、下手しなくても後遺症が残るレベルの怪我を負うかもしれない。
だが、それでも。
「良いんだな?」
変わらず無表情のまま男はオレに問いかける。
「……」
オレはただ黙って頷くことで肯定の意を示す。
もう後戻りはできない。するつもりもない。
やると決めたのなら最後まで貫き通すべきだ。
それが例えどんな結果になろうとも。
鉄のバットを振り上げて男は再び構えを取る。
その目は本気だ。
頼むから耐えてくれ、オレの身体。
そんな願いを込めてギュッと目を閉じる。
次の瞬間、何かがひび割れたような鈍い音がオレの耳に響いた。
「……?」
衝撃に備えて身構えていたが、一向に痛みが訪れる気配はない。
痛みを感じる間もなく死んだのか?と、恐る恐る目を開けるとそこには傷の男によって叩き割られた床があり、矢渕と不良たちは口を開けたまま呆然と立ち尽くしていた。
「馬鹿で助かったな」
誰に言うでもなくそう呟く傷の男。
「お前たち、行くぞ」
そう言って何事もなかったかのように傷の男が出ていくと、その後を追って不良たちも次々と空き教室から去っていく。
どうやら本当に見逃てくれるらしい。
ホッと胸を撫で下ろすと同時に全身から力が抜けていくのを感じた。
「結城くん、えっと……」
おずおずと声をかけてくる矢渕に振り返ることなく、背を向けたままオレも教室から出ていく。
感謝の言葉などは別にいらなかった。
オレが今こいつから欲しいのは「まいった」の一言だけだ。
まぁでも、あえて何か言うことがあるとすれば。
「人を散々嫌な目に遭わせておいて簡単に死ねると思うなよ?」
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
恋より友情!〜婚約者に話しかけるなと言われました〜
k
恋愛
「学園内では、俺に話しかけないで欲しい」
そう婚約者のグレイに言われたエミリア。
はじめは怒り悲しむが、だんだんどうでもよくなってしまったエミリア。
「恋より友情よね!」
そうエミリアが前を向き歩き出した頃、グレイは………。
本編完結です!その後のふたりの話を番外編として書き直してますのでしばらくお待ちください。
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
王命を忘れた恋
水夏(すいか)
恋愛
『君はあの子よりも強いから』
そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。
強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?
そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。
夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」
婚約者すらいない私に、離縁状が届いたのですが・・・・・・。
夢草 蝶
恋愛
侯爵家の末姫で、人付き合いが好きではないシェーラは、邸の敷地から出ることなく過ごしていた。
そのため、当然婚約者もいない。
なのにある日、何故かシェーラ宛に離縁状が届く。
差出人の名前に覚えのなかったシェーラは、間違いだろうとその離縁状を燃やしてしまう。
すると後日、見知らぬ男が怒りの形相で邸に押し掛けてきて──?
婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが
マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって?
まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ?
※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。
※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる