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第2章「矢渕達也は常に異端児」
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そこは部室棟と呼ばれる校舎の空き教室だった。
木造の、少し年季が入った建物で歩く度にぎしぎしと軋んだ音を立てる。
壁も天井も薄汚れており、染みや傷があちこちに散見された。
積み上げられた机や椅子は埃をかぶっていて長年放置されていたことが窺える。
そんな場所に矢渕達也はいた。
正確には数人の先輩からリンチを受け、今は両脇から2人の先輩に拘束されて無理やり立たされているような状態だが。
「楽しそうにしてたところを悪かったな」
言葉とは裏腹にまったく悪気など感じてなさそうな声色で顔に傷のある男は言う。
「右京先輩……でしたっけ?悪いって思ってんならもう解放してくんないっすか?俺、暇じゃないんで」
「……」
大人数からのリンチを受けても尚、ヘラヘラと軽薄に笑う矢渕に対して、右京と呼ばれた男はただただ無感情を貫いていた。
まるで機械だな、と矢渕は思う。
「歯を食いしばれ」
「は?」
瞬間──鈍い音が教室中に響いた。
並の拳ではない、鍛え上げられた男の一撃だ。
その衝撃は矢渕の顔を突き抜け、脳を揺らす。
「余計なことを喋るな。殺すぞ」
「……っ」
殴られた頬が熱を帯びると同時に口の中に血の味が広がる。
今まで何十人という相手と喧嘩をしてきた矢渕だったが、今回ばかりは分が悪い相手だと悟った。
(……こいつ、マジだな)
この世には2種類の人間がいる。
冗談が通じる人間と通じない人間だ。
この男は間違いなく後者。
しかも、1歩間違えば簡単に一線を超えてくるようなタイプである。
「単刀直入に聞こう。アイツに手を出したのはお前だな?」
「だったらなんすか?」
勝てるビジョンなど一切ない、圧倒的に不利な状況であるにも関わらず、それでも矢渕は不敵に笑ってみせる。
知っているのだ。
虚勢だろうがなんだろうが、張り続けられない奴はただただ食われていくだけということを。
たとえ相手がどんな奴であろうと、どんなに劣勢だろうと、負けを認めることだけは絶対にあってはならない。
それが矢渕なりのプライドであり、生き方であった。
故に許せなかったのだ。
張ることも挑むこともせず、ただただ理由をつけては逃げてばかりだった臆病者が誰にも食われずにのうのうと生きていたことが。
故に潰した。食らってやったのだ。
結城湊斗という存在を。
なのに。
それなのに、アイツはまた立ち上がっていた。
しかも、ただ立ち上がっただけじゃなく自分よりも遥かに成長して。
かつて見下していたはずの男にいつの間にか追い越され、今度は自分が見下されているのだ。
なんて。
なんて心躍る展開だろうか。自然と笑いが込み上げてくるほど愉快な話極まりない。
「押さえてろ」
右京が低い声で指示を出すと、両脇にいた仲間が矢渕の腕をがっちりと固めた。
抵抗しようにもびくともしない。
流石にまずいかと思った矢先、右京の容赦ない蹴りが矢渕を襲った。
鳩尾にめり込んだつま先が肺の中の空気を全て吐き出させ、痛みで呼吸すらままならない。
「ぐふっ……!げほっ……!」
たまらず膝から崩れ落ちそうになる矢渕だが、なんとか堪えて踏みとどまる。
しかし、右京の攻撃はまだ終わらない。
何度も何度も、それこそ気が済むまで矢渕を蹴り続ける。
「……死ぬんじゃねーのあれ」
仲間たちが狼狽える中、やがて矢渕の口から血が流れ始めた頃になってようやく満足したのか、彼は蹴るのをやめた。
「これは警告だ。次はない」
「ははは」
血だらけの顔で矢渕は乾いた笑いを漏らす。
すでに満身創痍だというのにその瞳からはまだ光は失われていない。
そんな矢渕に不気味さを感じ始めたのか、周りの不良たちの間で動揺が広がる中、突然矢渕が右京に向かって唾を吐いたのだ。
「……や、やりやがった」
唾が彼の頬に命中し、焦り出す仲間たちだったが、当の右京はまったく動じていない。
むしろ、怒りを覚えた様子さえなかった。
ただ淡々と、無表情のまま言葉を続ける。
「これがお前の答えか?」
「望まれてないんすよ。誰かの言いなりになる矢渕達也なんて。それに」
と、矢渕はそこで言葉を区切ると笑顔から一変して真剣な表情で言い放った。
「他人の人生狂わせた奴が自分の人生守ろうとしてどうするよ」
その言葉を聞いた瞬間、右京の表情が僅かに歪んだ気がした。
「おい」
仲間に何かを要求する右京。
それを受けて不良の1人が短い返事と共に差し出したのは鉄製のバットだった。
「手加減はいらないな?」
「……」
矢渕は何も答えない。
ただ、生唾を呑み込んで覚悟を決めたように目を瞑っただけだった。
右京が握り締めたバットを振りかぶり、そのまま思い切り振り下ろそうとしたその時。
「ちょっと待った」
1人のとある男子生徒が2人の間に割って入った。
木造の、少し年季が入った建物で歩く度にぎしぎしと軋んだ音を立てる。
壁も天井も薄汚れており、染みや傷があちこちに散見された。
積み上げられた机や椅子は埃をかぶっていて長年放置されていたことが窺える。
そんな場所に矢渕達也はいた。
正確には数人の先輩からリンチを受け、今は両脇から2人の先輩に拘束されて無理やり立たされているような状態だが。
「楽しそうにしてたところを悪かったな」
言葉とは裏腹にまったく悪気など感じてなさそうな声色で顔に傷のある男は言う。
「右京先輩……でしたっけ?悪いって思ってんならもう解放してくんないっすか?俺、暇じゃないんで」
「……」
大人数からのリンチを受けても尚、ヘラヘラと軽薄に笑う矢渕に対して、右京と呼ばれた男はただただ無感情を貫いていた。
まるで機械だな、と矢渕は思う。
「歯を食いしばれ」
「は?」
瞬間──鈍い音が教室中に響いた。
並の拳ではない、鍛え上げられた男の一撃だ。
その衝撃は矢渕の顔を突き抜け、脳を揺らす。
「余計なことを喋るな。殺すぞ」
「……っ」
殴られた頬が熱を帯びると同時に口の中に血の味が広がる。
今まで何十人という相手と喧嘩をしてきた矢渕だったが、今回ばかりは分が悪い相手だと悟った。
(……こいつ、マジだな)
この世には2種類の人間がいる。
冗談が通じる人間と通じない人間だ。
この男は間違いなく後者。
しかも、1歩間違えば簡単に一線を超えてくるようなタイプである。
「単刀直入に聞こう。アイツに手を出したのはお前だな?」
「だったらなんすか?」
勝てるビジョンなど一切ない、圧倒的に不利な状況であるにも関わらず、それでも矢渕は不敵に笑ってみせる。
知っているのだ。
虚勢だろうがなんだろうが、張り続けられない奴はただただ食われていくだけということを。
たとえ相手がどんな奴であろうと、どんなに劣勢だろうと、負けを認めることだけは絶対にあってはならない。
それが矢渕なりのプライドであり、生き方であった。
故に許せなかったのだ。
張ることも挑むこともせず、ただただ理由をつけては逃げてばかりだった臆病者が誰にも食われずにのうのうと生きていたことが。
故に潰した。食らってやったのだ。
結城湊斗という存在を。
なのに。
それなのに、アイツはまた立ち上がっていた。
しかも、ただ立ち上がっただけじゃなく自分よりも遥かに成長して。
かつて見下していたはずの男にいつの間にか追い越され、今度は自分が見下されているのだ。
なんて。
なんて心躍る展開だろうか。自然と笑いが込み上げてくるほど愉快な話極まりない。
「押さえてろ」
右京が低い声で指示を出すと、両脇にいた仲間が矢渕の腕をがっちりと固めた。
抵抗しようにもびくともしない。
流石にまずいかと思った矢先、右京の容赦ない蹴りが矢渕を襲った。
鳩尾にめり込んだつま先が肺の中の空気を全て吐き出させ、痛みで呼吸すらままならない。
「ぐふっ……!げほっ……!」
たまらず膝から崩れ落ちそうになる矢渕だが、なんとか堪えて踏みとどまる。
しかし、右京の攻撃はまだ終わらない。
何度も何度も、それこそ気が済むまで矢渕を蹴り続ける。
「……死ぬんじゃねーのあれ」
仲間たちが狼狽える中、やがて矢渕の口から血が流れ始めた頃になってようやく満足したのか、彼は蹴るのをやめた。
「これは警告だ。次はない」
「ははは」
血だらけの顔で矢渕は乾いた笑いを漏らす。
すでに満身創痍だというのにその瞳からはまだ光は失われていない。
そんな矢渕に不気味さを感じ始めたのか、周りの不良たちの間で動揺が広がる中、突然矢渕が右京に向かって唾を吐いたのだ。
「……や、やりやがった」
唾が彼の頬に命中し、焦り出す仲間たちだったが、当の右京はまったく動じていない。
むしろ、怒りを覚えた様子さえなかった。
ただ淡々と、無表情のまま言葉を続ける。
「これがお前の答えか?」
「望まれてないんすよ。誰かの言いなりになる矢渕達也なんて。それに」
と、矢渕はそこで言葉を区切ると笑顔から一変して真剣な表情で言い放った。
「他人の人生狂わせた奴が自分の人生守ろうとしてどうするよ」
その言葉を聞いた瞬間、右京の表情が僅かに歪んだ気がした。
「おい」
仲間に何かを要求する右京。
それを受けて不良の1人が短い返事と共に差し出したのは鉄製のバットだった。
「手加減はいらないな?」
「……」
矢渕は何も答えない。
ただ、生唾を呑み込んで覚悟を決めたように目を瞑っただけだった。
右京が握り締めたバットを振りかぶり、そのまま思い切り振り下ろそうとしたその時。
「ちょっと待った」
1人のとある男子生徒が2人の間に割って入った。
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