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chapter9
忘れ得ぬ1
しおりを挟む雪 side
_______変わらない、と。
赤いジャージを抱きしめ
眠っている子を見ながら思う。
硬直し続ける身体の緊張が解けず眠れないのは、近くに僕がいるからと部屋を抜け出して時間をあけて戻ってきた時に漸く眠ってくれた。
「でも、それじゃあきっと_____。」
何かがあっても、決して何も言わない。
一人で何とかしてきた子なんだと思う、今までずっと。
「さっき、僕に何かされると思った?」
濡れた制服のボタンを外そうと春くんに手を伸ばした時に感じた違和感。急に手を伸ばしたせいなのか、反射のようにびくりと大きく肩を揺らして後ずさった。はっきりとその具体的なものを断言できるわけじゃない、でもあの反応はあの時と一緒だったから。
「…………きっと、違う。」
脳裏を過った嫌な考えを払拭しようと頭を振る。
それでも、一番最初に会った時の事が過ぎるから否定ができるわけがないけれど。
「うわっ。ちょ、引っ張るな。」
エスカレーター式の学園だったからなのか、わざわざ離島の学舎にきてスケッチをする美術の時間に急に騒がしくなった視線の先を見たら、授業中だろうに真っ赤なジャージを身に纏った天宮の跡取り_____天宮晴_____がいた。
「ねぇ、その子誰?」
「制服、着てないの何で何で?!」
「何で、ずっとフードしたままなの?」
同級生たちが天宮の跡取りに抱えられているパーカーのフードを深く被ったままの子を見ながら口々に呟く。
僕は、近づくほど興味があったわけじゃないから、早くスケッチを終わらせてしまおうと思って、別の場所へ移動した所で、後ろから誰かがぶつかってきた。
「大丈夫?」
後ろを振り返ると、ぶつかってきた子が目の前で転んでいた。そして、その子に焦点を合わせると指定の制服を着てなかったから、さっき天宮の跡取りに抱えられていた子だと思いながらしゃがんで話しかける。だけど、目の前の子からは痛いだとかそういう返事すら返ってこなかったから泣かせたかと思って何か話さないとと口を開こうとした時、胸元を掴んでいるその子の袖から白い包帯のようなものが覗いた。
「怪我してるの?どこか痛めた?」
「……………………っ、。」
脅かさないようにと目の前の子に手を伸ばしたら、びくりと肩を揺らして僕の手から遠ざかった。だけど、その拍子に僕の手にパーカーのフードが引っかかり取れてしまった。
「女の………子?」
真っ白な髪にポニーテール姿のその子を見て固まった。着ていた服装からして少し年下の男の子だと思っていたから。
でも、すぐにそんな思考は取り払われた。
「それ…………どうし、」
顔やパーカーの下から覗く白い何かに意識が向き
それが、保健室でよく見るような包帯とかガーゼだと理解するのに時間はかからなかったから。
その先の言葉を言えずにいたら
逃げるように立ち上がって背を向けた子の手を咄嗟に掴んだら、怯えたような目で僕を見た。
「どこ行くの?」
「っ、ぃやだ。」
「ぇ?」
「ごめっ、…………。もう、どこにも…………ぃかないから。ゃめて______。」
ぎゅっと胸元を掴むその子の様子が変だと思っていたらどこかから〝はる〟と呼ぶ声が聞こえてきた。
「はるっ!近くにいるなら、出ておいで。」
「はる?」
切羽詰まったような声で誰かが発していた誰かの名前を反芻すると、目の前の子が弾かれたように僕から離れ背を向けてどこかに行ってしまって_____。
「違う。」
「何が違うん?」
きっと僕の考えていることは違うはずだと昔のことを思い出していたらいつこの部屋に入ってきたのか瑠夏がすぐそばに立っていた。
「瑠夏。とりあえず、こっち。」
漸く、眠れたのに起こすわけにはいかないと瑠夏を部屋の外に連れ出して声のボリュームを落としながら尋ねる。
「荒谷くんは見つかったの?」
「よく、あの金髪ハーフくん、探しとるってよく分かったな。」
「なんとなく、勘?それにあの寮監さん少し気になるしね。それで、荒谷くんが近くにいないってことは見つけられなかったの?」
「せやで。残念ながら、どこにもあの金髪ハーフくんはおらへんかったで。ただ、あの寮監はちゃんと救護室に運んだ後に金髪ハーフくんがいなくなったからあの寮監は関係ないと思うで。何で怪しいと思ったん?」
「勘。そんなことより説明して欲しいんだけどさ。このボールペンとそれと言うの忘れてたけど広場で吹きつけてきた香水のこととか?後、居場所を知っていたくせに僕を煽ってわざわざ名谷はるかの所まで行かせたことへの説明してくれるんだよね?」
「雪は新入生くんと昔からの知り合いなん?」
「僕の質問に」
「会長の件の前からも気にしてはいたみたいやけど、会長の件ぐらいから新入生くんを異様に特別扱いしとったみたいやし。それにや、怪我に妙に反応しとったのは何でなのか気になるとこやけど、」
僕の不穏な空気を感じ取ったのか瑠夏は途中で口を噤むと視線を一瞬、扉の方へと向けて言った。
「雪に、協力してもええよ。」
「急に、何のこと?」
「新入生くんを名谷はるかから守りたいんやろ?」
「…………瑠夏が、そんなこと言うなんて変なものでも食べたの?」
「クク、信用ないみたいやな。でも、せやなその新入生くんは、少し………。」
「少し、何?」
瑠夏は、僕の問いかけに答える気はないようにいつものように薄ら笑いをしながら言った。
「雪は、顔をよく逸らすことが多かったり、誰かが側にいると身体が強張ったり、頻繁に何かを掴んでたり、手のひらに爪立てたりするのってどんな時やと思う?」
「さぁ?」
「どれもこれもストレスがかかってる時やと思うんやけど、そう思わへん?」
「僕には分からないかな。とりあえず、もうそろそろ寝ないとまずい時間だから僕の寝室の方で寝て。」
「枕変わると寝れへんのやけど。」
「それなら、元の自分の部屋に行って寝てください。広報様だったらもっといいベッドでしょ。」
「雪しかおらんの知っとるのに辛辣やな。」
瑠夏に話を打ち切らせようと思ってそれが何とか成功したと思っていたのに、急にそれを持ち出してくるのは少し卑怯だと思う。崩れないその表情の裏では何を思ってるのかなんて正直、僕には汲み取れない事の方が多い。だけど、僕が言葉に詰まるのを分かっていながら口にしたことだって経験上知っていた。
「瑠夏。…………一発、殴らせてね。」
「…………っ、と、急に殴るのは反則やろ。」
瑠夏は殴られたお腹を押さえてはいたが、どうせわざと避けなかったのは読み取れた。
「だって、さっきから鬱憤が溜まってたから。僕の部屋使っていいからさっさと寝て。」
「雪。………………不都合が生じない限りは協力したるから1%ぐらいは信用してもええで。まぁ、不都合が生じた時は分からへんけど。」
「本当に1%?」
僕がそう尋ねると、瑠夏は少しだけ頭を傾けながら言った。
「どういう意味や。」
「瑠夏は、1%よりもっと上……………………99%くらいは信用できるってこと。」
「はは。そないに信用されてるとは思わへんかったわ。」
僕よりあの子のことを分かっている瑠夏なら、100%信用出来るわけじゃないけれど、99%の信用はある。ただ、今日あの子に言ったことやしたことに納得したわけじゃないけれど。
「ただ、その1%が厄介なんだけどね。瑠夏、寝る前に色々片すのとシーツ変えるから待ってて。後、もし佐藤くんが起きたらすぐに教えて。」
何日か前に取り込んだシーツは、ソファーか机の上に畳んで置いたはずだと記憶を辿っていたら、急に後ろから体重を預けるようにして抱き締めてきた瑠夏は僕の首筋を戯れるように齧る。
「急にな、」
「雪。一つだけ頼み聞いてくれへん?」
「「ブラックコーヒー」」
頭の中で思っていたことを口に出すと、瑠夏は僕の身体に回していた腕を解いてケラケラと笑った。
「ほんま、流石やわ。雪のブラックコーヒー淹れてくれるん?」
「瑠夏には協力して貰ったから淹れてもいいけど。でも…………寝る前はあんまり良くないと思うんだけど。」
「それでもええから、淹れてくれへん?」
「いいよ。」
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