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chapter9
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しおりを挟む雪 side
寮の屋上に繋がる非常階段とは反対側に、今は施錠されているけれど外に出られる階段がついている。そして、その扉が開いているのは最上階だけ。
画面に見えた白い壁のようなものは多分階段の落下防止のブロック。そして何より鮮明に聞こえてきた雨の音から外に面してる場所のは分かった。だから、あこそしかありえない。
「………………ついたっ。」
最上階のその扉が僅かに開いているのを目で確認してからワイヤレスイヤホンの電源を切りポケットへと入れる。端末の画面からは見えなかったけれど、非常階段での会話からその髪の色は、瑠夏の仕業だとは知っている。だけど、目の前の扉の隙間から白い髪が覗いてしまえば、ドアノブを持つ手を動かすことはできなかった。
「ずっと__________そうだった?」
小さな声で呟き
記憶の中の後ろ姿を隅に追いやって
扉に立てかけられるように置かれていた瑠夏の端末を回収する。バタンと閉まった扉の音に反応して、蹲っていた子が振り返り僕を見た。
「また、会った。」
僕が一歩近づくと、逃げるみたいに立ち上がって階段からの落下防止の背丈より低い白いブロックに背をつける。そこで初めて羽織もせずぐしゃぐしゃになった赤いジャージを手に持っている事に気づいた。
〝はるさん〟のジャージ?…………違う。
あの男、本当によくやってくれる。よりによって、何で。
思い出させるようなモノばかり渡すんだ。
「イルカの絆創膏の次は、赤いジャージ………なんて冗談じゃない。」
聞こえないように呟きながら
また一歩近づいて、逃げられないように春くんの腕を掴む。
「こんな所で、寒くないの?」
「………………………………。」
「こんなに、冷えてるのに?寒くない?」
「寒いのは、得意なので。」
濡れている春くんの頰を拭って下から覗き込むと、ふいっと避けられてしまう。
「濡れてるなって思って。ごめんね」
「雨に濡れたので。」
「大丈夫………………僕を見て。君は大丈夫だよ。僕から瞳をそらさないで。ほら、僕を見ていて。怖くなんかない。怖がらないで、僕は君の味方だから。」
「………………………同じ。」
「ん、何?」
「いえ。…………そんなに沢山、大丈夫なんて言われることがない、ので」
「あぁ、これは癖なんだ。兄から移ったみたいで。」
少し言い過ぎたかもしれない。
でも、一瞬、泣いてるのかと思って焦ってしまったから。
多分、この滴は雨のせいだとは思うけれどアレを聞いている僕からしたら、分からないから。
『………………なさい。ごめん…………い。』
誰にも踏み込んで欲しくないのか
あの泣いて助けを請うような声は欠片ほどもなくなって、感情のない波のない声だけが僕の鼓膜を震わせる。
冷え切っていて赤らむ指先を暖めようと絡ませると、一瞬、指先がピクリと反応したが拒絶するような仕草は見せなかった。
「ねぇ、それで。僕が誰なのか分かった?」
「今まで、挨拶もせずに申し訳ありません。」
「あぁ。………そっちがバレちゃったか。ほとんど誰も知らない僕の秘密だったのにな。」
たった1ヶ月ぐらいのことなのに、最初に会った時よりもはるかに隠すのが上手くなってる。それとも、もしかしたらあの時だけがおかしかったのかな。それでも、触られるのが苦手なのは変わらないみたいだけど。
「でも、そうだよ。訳あってここでは楪(ゆずりは)とは名乗っていないけど。僕の名前は楪 雪(ゆずりは ゆき)。僕は、佐藤純の弟だよ。」
「少しだけ。楪の名前をお借りします、楪にも純さんにも勿論、雪さんにも関わらないように迷惑をおかけしないようにします。なので、」
「やだよ。……………だって、君は僕の『弟』みたいなものだから。僕は賢い子が好きなんだよ。君が、一つのミスを犯したら楪や僕にまで飛び火がくる。だから、君を見てることにするよ。それとも、近くで僕がいるのは何か問題?」
「いえ…………すいません。問題ないです。」
「良かった。」
どれくらいこの場所にいたのか
すっかり冷え切っていた体温を確かめようと春くんの背中に腕を回すと、身体が硬直したのが分かった。
「緊張してるの?」
「そんなことないです。」
僕の特別を守る。
〝はるさん〟の弟を___________。
〝はるさん〟が、もう守れない弟を。
なんの因果か君に会う日は雨が降ってる。
〝はるさん〟がいなくなった日と同じような、どんな泣き声も叫び声も掻き消してしまいそうな雨が降ってる。
「緊張してくれないんだ。寂しいな」
僕を受け入れるのは、きっと__________。
楪だから。そして多分、瑠夏が言った事が大きく関係している。
でも
〝はるさん〟の名前を出した瞬間に、楪だからと側にいられる大義名分を失ってしまうんだろう。昔、この学園で会ったのが僕だと気づいてないなら幸いだ。
「ねぇ、僕さ。今、寒いから………………我慢してね。」
もっとぎゅっと春くんを抱き締めると
前髪に隠れて表情なんてその心なんて分からないけど、赤いジャージを強く縋るように抱き締めている姿が〝はるさん〟に縋っているみたいで正直、どうしてあげるのが正解なんて分からない。
あぁ、困るな。
軋んで、捩れて、叩かれて、刺されて
息がつまる。
そのどうしようない感情を消化できなくて
〝はるさん〟にまで八つ当たりしてしまいそうで
もっと強く抱きしめることで、その思考を散らした。
_________苦しいのかもしれない。
どうしてかな。
どうして、5年前のあの日に気づいてあげられなかったのか。
_________5年の間。
〝はるさん〟意外には誰もいなかった?
それとも、誰かは、いてくれたのだろうか?
誰かがそばにいてくれたなら、それでいいから。
「そういえば、どうして………僕が楪だって分かったの?」
この感情を別のものにしたくて、春くんに尋ねる。
「佐藤さんから送られてきた書類の中に楪について書かれた冊子があったので。そこに、家族構成も色々と載っていたので。」
「そっか。兄さんがね。まぁ、そうか。」
兄さんが、この学園に来た時に、一度、余計な事をしないように軽く釘を刺されたのをよく覚えてる。まぁ、言われたからと言って大人しく従うつもりはなかった。漸く周りの兄さんへの態度が軟化してきた時に、兄さんを利用するつもりだろうと踏んで。だから『佐藤』の名前の子に片っ端から近づいていた。なのに________君とは思わなかった。
「そっちの秘密はバレちゃったみたいだけど。僕のこと本当に覚えてない?」
最初、僕の近づいた動機は褒められたものではないのは自覚はしてるけれど、忘れられてるのは結構ショックかもしれないなと思いながら、ほんの僅かな隙間ができるくらいに身体を少しだけ離して春くんの顔を覗き込む。
「わからない?どうかな?」
「あの新入生歓迎会の前日に、保健室に運んで頂いてご迷惑おかけしました。雪さん。」
「そっちも正解。でも、欲しいのはそっちの言葉じゃないんだけどな。」
本当に、分からないみたいだ。
僕は本物が欲しいんだけど、今はきっとその言葉は自然に出てきてはくれないだろうな。
「もし、分かる時が来たら言ってよ。僕は、どうしても本物が欲しい傲慢な人間だから。僕の欲しい言葉が分かったら言ってくれる?」
「わかりました。」
「うん。いい子だ。」
真っ白な髪を撫でていたら、さっきまでそんな素振りもなかったのに避けられてしまった。
「白い色がつくので、すいません。」
「あぁ、そういえば瑠夏がカラースプレーつけたんだったね。」
指先についた白色から春くんの真っ白な髪へと視線を移す。こんなに指先に白い色がつくのなら、カラー塗料が剥がれ落ちて黒い髪が見え隠れしてもおかしくないはずなのに、それが全く見えないってことは、断言はできないけどもしかしたら黒色が抜けて地毛の白に近くなってしまってるのかな。
言及する気は全くないけれど君は嫌いだと言ったこの色だけれど、僕はこっちの方が好きなんだけどな。
「それじゃあ、あったまったことだし。僕の部屋においで怪我してるでしょ。手当てしてなかったみたいだし、僕がしてあげる。」
多分、瑠夏の言う通りなら坂田によって左足首に巻かれていたはずの包帯がコンクリートの階段に転がっていることには気づかないフリをした。
「おいで。それとも、一人で歩けない?」
「一人で、歩けます。」
「一人で歩けなくなったら言ってね。手を貸すから」
いつか_______________。
〝はるさん〟さえ、教えてくれなかった秘密をいつか、教えて。
「君は僕にとって特別だからね?」
代わりになれるとは思わないけれど
それでも代わりに君を守る。
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