花は何時でも憂鬱で

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chapter9

化け物3

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荒谷新 side


俺が望むものはたったの一つだった。


唯一、それだけ。


どれだけ綺麗な宝石を贈られても、世界一の絵師が描いた絵画を見せられても、どれも俺にとってはつまらないものだった。

そんな俺の心を揺さぶったモノは、満開の花が咲く季節の春のような双子。


お気に入りのおもちゃより、大好きなお菓子より
どんなものよりも何よりもあの双子が好きだった。



あやめが笑えば、春が笑うあの空間が大好きだった。



俺が望んだものは、あの頃みたいに笑って欲しいそれだけだった。


でも、時々______________。
それを望んでおきながら、叶わないのではないかと思う。


その理由は、簡単だった。
春は、あの頃みたいに笑わないから。

あやめも、あの頃のように笑わないから。


【シン______________。お願い】


たったそれだけのことだ。
それでも、春のあやめの〝しあわせ〟の結末が見えない最大の理由だった。


春とあやめは、もう、望んでないのかもしれない。
もう、諦めた結末を見ようとはしていないのかもしれない。


もう彼らは_____2人で笑う、未来なんかを見ていない。望んでいない。


【お願い____________シン。お願いだから、あの化け物を壊して。傷つけて…………心を壊してしまって。……………………そうしてくれたなら、私は_______お願い。私を、助けてっ………。】


(君が。…………何でそれを言うの。何で。)


あやめ_______。君の言葉が俺を混乱させる。
〝化け物〟なんて。俺は、呑み込めない言葉だ。


もしかして_______春のことをそう思ってるのか?
………あやめ。


「何で」

「新くん。………大丈夫?」

「何が?」

「険しい顔してるから。西方くんは、黒河先生が何とかしてくれるよ。………停電に気づいて寮にいたから、西方くんが雨にさらされることはなかったし」


あまり使われはしないが寮の救護室で処置を受けている西方のことを救護室の外の椅子に座りながら待っていたら、いつの間にかこの前あやめに会ったときのことを思い出してしまっていたようで、それに気づいた矢井島が俺の顔を覗きこんでくる。

「それとも、別の考え事だったりして。……………………あたり?」

「あたり。……………………西方みたいにあんな風に、言葉で助けてくれって言ってくれる方がいいよな。………………俺は、察するとか苦手だから」

「そうね。そっちの方が簡単だ。でも、蒼くんはきっと言えないタイプだから。いや、死んでも言わないタイプ、か。………でもさ、新くん。助けてって言うのって案外、すごく難しいんだよ。素直が一番なのに。どうしても、そのたったの4文字がどうしても言えないんだ_______面倒な性格だね。」

矢井島が苦笑いしながら、足をぷらぷらとさせ渇いた声で呟く。

「矢井島」

「新くん」

お互いの顔をジッと見つめながら、ほぼ同時に名前を呼んだ。

「「あんな風に笑う(のかな/か)?」」

見つめあったまま、重なった言葉に俺と矢井島は小さく吹き出した。

「新くんもそう思ってたんだ。」

「多分、アイツはあんな風には笑わないから。」

「でも、アレは蒼くんだ。偽物なんかじゃないと僕は思うよ。………まぁ、長い時間を過ごしたわけじゃないから分かんないけど、僕の記憶にある蒼くんの笑い方は………これがあってるとは思わないけど。何か、いっつも寂しそうなんだよ。」



あやめのことがあるからこそ、思ってしまう。
昔と変わらない笑顔だけど。今の〝春〟はあんな風に笑わうのか、と。


でも、そう思うのはもしかしたら俺が。



「こんなこと考えるほど、会いたくないのか。」


何を考えているのか
春なのにこじつけて偽物にしたがってる。




「もう。新くんらしくないな。………新くん、前はもっと考えなしだったのに考えるから絡まっちゃうんだよ。もっと、そう。………もっと、シンプルに考えなよ」

「シンプルに?」

「うん。………どうしたいのかだけ考えればいいよ。後は、行動してから何とかすればいいよ。考えるのはコレだけでいい。………………蒼くんに、会いたい?会いたくない?」



シンプルに………。
余計なもん取っ払って、シンプルに考えろ。




「矢井島。………行ってくるな。」

「はいはい。いってらっしゃい」




西方のことでバタバタしていたから気づかなかったけれど、時計を見たらもう1時を回りそうな時間だったことに春の部屋の前まで来て気づいた。部屋にいるのか、部屋にいたとしても寝てるのかもしれないとは考えはしたが、もうどうにでもなれとインターホンを鳴らそうとした瞬間に、誰かがこっちに歩いてくる足音が聞こえた。


この時間帯に廊下にいるとしたら、先生か風紀委員くらいだ。見つかるのはまずいといつもは閉まっているはずの非常階段の扉に滑り込んだ。



扉を閉める音が聞こえないようにゆっくりと閉めると、ピンクの花びらが散っているのを見つけた。こんな所にあるわけがないその花びらを拾おうとしていたら、誰もいないと思っていた非常階段で誰かの息遣いを感じた。


非常階段の上の階から階段を駆け降りてくる足音に耳を澄ませていると後ろから腕を引かれ振り返る。



「春」

「あらや」


血の気がない青白い顔をした春は今にも泣き出しそうなほど酷い顔をしていた。


「名前………呼んで。荒谷」

「な、前?急になんで……………………っ、。」

俺を見つめているはずの春の瞳は、俺を見ていないような途方もない影が渦巻いている気がした。


「______________春。」

「もう一回………。」

「………春。」

そんな顔をして欲しいのではないと思わず抱きしめると
躊躇いながらも春は俺の背中に腕を回す。そして、気づいた。矢井島の言う通り、カツラを被っているわけではない黒だった春の髪は色素が抜け落ちたかのように白く染まっていた。

「_______もっと。………新、お願いだから」

「…………………………………………………………………はる」

ゆっくりと顔をあげた春の蒼い瞳は膜が張っていて光に反射し潤んでいた。

「新。…………抱きしめて_______もっと強くっ………。」

春の背中に回す腕に力をいれると、春の顔が歪む。

「新。………………けてっ_______。助けて」

「……………………………………………………はる。」





抱きしめていた片方の腕を背中から頬に添えて顔を近づけると蒼色の虹彩が艶めいたように揺らめいているのがはっきりと見えた。ゆっくりと春の目蓋が閉じていき、俺の好きな蒼色が姿を消した。




____________春。




ずっと、忘れられなかった。


ずっと、後悔してた。


あの時、帰らなければよかった。
側にいたかった。そうしたら、きっとあの笑顔を奪われることはないと思ったから。


今、白状するよ。
________本当は、あの時から。




俺は嘘が下手だから言葉にしてしまったならきっと今より隠せない。傷つけたいわけじゃない、苦しませたいわけでもない。言葉にすることは態度に示すことは雪さんの言う通り、春にとって苦しくて痛いのなら俺は、これだけは気づかない。これだけは気づかせない。…………好きだなんて思わない。





でも、今だけならいいだろう。
今だけ、言うのは許して。




「春______________好きだよ。」


驚いたように蒼色の目蓋が開く。
俺の好きな色、俺が好きな…………………人。


でも______________紛い物の人。


「アンタ………………………………誰だ。」

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。」



(俺の好きなものをまがい物で塗りつぶそうとするニセモノになら、構わないだろ。)


「春じゃない。………アンタ、誰だ。」

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。」




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