花は何時でも憂鬱で

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chapter7

欠如2

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屋敷の外に出てみたものの会長の姿はもうなくて、戻ってきてすぐに石田さんに声をかけられて、お風呂場に押し込まれた。



シャワーだけ浴びて用意された浴衣に着替え終わり
縁側に出ると、妙な視線に辺りを見回してもそこに他人の姿はない。


さっきの会長の言葉もあってか、状況が学園の旧校舎での出来事に似ていたためか、足早に大広間へと足を向ける。


「荒谷も変なことを言ってたしな」


あの角を曲がれば大広間というところで
誰かにぶつかって顔をあげれば、黒いフードに烏の仮面の男が現れてフードを外した、その途端に思考がぶつりと途切れて視界が暗転した。

「………見つけた」


色鮮やかに花びらが舞っていた。







瞼をゆっくりと開いて、見たことのない天井がぼやけながら見えてくる。


指先にひんやりとした様な感触を覚えて
顔を横にすると、和室の様な部屋に紫色の花びらが身体一体に敷き詰められているのがぼけやる意識の中でも分かった。


「………ここは?」

最後の記憶を辿れば、あの烏の仮面を被った男を見た瞬間に意識がブラックアウトしたのを思い出した。


起き上がりたいのに、身体がどうもゆうことを聞かない。


「………起きた?」

甘く痺れる声の方へと意識をやれば
フードを外した男がそこに立っていた。




目深くフードを被っていたせいで気づかなかったが
烏の仮面は顔の下半分を隠すものだったらしい。
けれど、片目には眼帯がつけられていてどこかですれ違っても分からないだろう。



「…………薬、効果。薄い」

仮面の男は、何かの瓶を振る。
その薬によって、眠らされていたのかと考えを巡らしていると、目の前の烏は瓶の蓋を片手で開け、白い錠剤を一粒取り出した。


「………飲んでみる?それとも………吸ってみる?」

烏は畳の上に広がる花びらを片手で掬い上げるように手のひらいっぱいに乗せると、その花を宙に放った。


その瞬間、薬品のような匂いが充満したことから花びらにも薬でも仕掛けていたのだと理解すると
口元を覆う為に手で抑えようとするが、指先一つも動きそうもない。

「………痺れ薬に、眠り薬なのに…………。可笑しいね。何で……………………もう、起きてるの?」



仮面の男は、答えは求めてないのかそれとも本当は分かっているのか薬の瓶を仕舞い込んで
力の入らない指先を包み込むように触れてくるのに
ぎゅっと瞼を閉じる。

「…………君は、欠けている。…………それ。断片的、原因。」

また、襲うであろうあの気味の悪い身体の不調を覚悟していたが、一向にそれがくる気配はないのにおそるおそる瞼を開ける。

「でも………。唯一、分かる。…………あの血は、涙は君のもの……………………違う。」

この仮面の男の言っている事が
分かるようで、俺には分からない。
自分のことなのに、自分のことじゃない気もする。


「………見せて。」

仮面の男が、左胸に手を這わせられた途端
腹のなかに渦巻くような気持ち悪さとともに
流れ込んでくる音に、耳を塞いだ。

「…………やめっ。」


音が鮮明に聞こえる。


誰かの泣く声が鮮明に聞こえる。
聞きたくない泣き声。

それは
激しく地面を打つ雨の中に、まじってひどく不快な音だ。


「もっと…………見せて。」

胸に添えられる手が俺の服をぐしゃりと掴むと
窒息してしまいそうに息苦しかった。

「あ、ンタ……。何が目的っ_____。」

「白鬼…………はお前だった。僕の依頼を邪魔した。僕の邪魔は誰にも……………………させない。」

烏が首元へと伸ばした手が  
指輪に繋がるチェーンに触れられてその手を反射的に振り払いその部屋から逃げた_____。


「気持ち、悪い。」

ぐらぐらと揺れ続ける視界に吐き気を覚えながら
首筋へと伝っていく汗を拭って、相変わらず体力だけはないなと頭の片隅で思いながら嘆息した。

「………宗心の、痕」

烏の片目が驚いたように見開き、呟かれる。






「ぃっ。______誰かと思えばお前か。」

あの烏から離れたくて
気持ち悪さから逃れたくて出鱈目に走っていた。
だから、目の前に誰かがいるなんて考えてもいなかった。

「申し訳ありません。」

口早にそう言って、その場から立ち去りたかったのに
すんなりとことは運んでくれずに、腕を引っ張られてお風呂場へと連れてこられた。

「どこに行っていたかと思ってはいたが、美音とかいう生徒じゃなくて烏と遊んでたのか。」


会長はどこに何があるのか全部わかっているようで
棚からタオルを取り出すと冷水で濡らして首筋にあててきた。

「このまま放っておくのは、釈然としないだけだ。」

ほんのわずかだけではあったが
あの気持ち悪さが和らいだ気がした。

「こんなに早く烏に目をつけられるなんてな。貧乏くじを引きやすいのか、それとも楪お前自身に理由があるのか_____。何にせよ、林間学校が始まるんだ。どう転ぶかみものだな」

オレンジ色の電光等に照らされる会長の顔は
優しさなんて微塵も感じさせなかったが
その割に具合が悪そうな他人ををほっとけないような性格らしい、食堂でのあの一件を思い出せば優しいなんて思わないけれど。


感情で動くひとなのかと思うけど、あの学園の会長が
そんな単純だとも思わない。


「俺の顔に、何かついているのか」

「何となく見ていただけです。男女ともに放っておかれなさそうだと思って」

「今更だな、楪。_____この学園では力こそが全てだ_____。でも、お前にはそれがないらしい。自分を守る術を知らない奴はここでは生き残れな、」

「少し待ってください」

会長の口を手で塞いで
ドアの向こう側に耳をすますと縁側を歩く足音が聞こえた。


眉間に眉を寄せた会長が口に当てていた俺の手を引き剥がす。


「漸く、分かったよ。楪を気になる理由が」

首筋にタオルをあてている腕とは反対の手で
壊れ物を扱うように頬を撫ぜる。
優しく、熱っぽい視線で見つめられる。

「急に、どうかされたんですか。」

「分からないのか、それとも分からないふり?俺を覚えてはいない?」

急な変化に戸惑いを隠せないでいると
甘く笑った。
凶悪なほど綺麗に笑う会長は、頭を俺の肩へと預けると
耳元で囁いた。

「_____好きだ。ずっと前から、あの時から。」


熱っぽい声で告げられる内容に衝撃が走る。


それでも、確かな確信をもちながら本物じゃないと感じていると会長は軽薄に笑った。
それは、薄っぺらくて冷え冷えとしていて


きっと、会長という人間を全く知らなければ
本物のそれに近くて勘違いしてしまうのだろう。


でも__________。
どんなに言葉で取り繕っていても、その瞳は、ドロドロに暗い目をしている気がした。


新歓の時にも思った。
この人は、多分、どこか壊れてる。
大切な感情の回線が壊れている。


「最も必要な能力がお前にはない。荒谷新にはあるがお前にはない。だから、生き残れない。絶対に」

「貴方には、あるもの何ですか」

「あぁ________。笑えるほど簡単に動いてくれるからな。」






会長がその言葉を言い終わると同時に、ドアが開かれて
そこには着物姿の男女が立っていた。

「お邪魔だったか?でも、宗心、お目当てがいるぞ」

素朴な服装ではあったがそれでも綺麗な女性が
後ろにいる女性らしい身体つきをした見目秀麗な
男性に目配せをしながら言った。



その後ろにいた男性は扇子越しではあったが、笑ったのが分かった。


「こら、いとあはれやね。それにしても、手酷くやられたみたいそやけども。…………ご挨拶いたします。月城家、前当主、今は京のしがない書道教室を営んでおります、月城宗心と申します。以後、お見知り置きを。」

扇子をパチンと優雅に品良く閉じられると
ニコリと笑みながら告げられ
差し出された手をとると、さっきまでの吐き気を催すような気持ち悪さが全て消えていくようだった。


「…………随分、生者の顔つきをするようになった。」

「え?」

「いや、こっちの話だよ。それよりも久しぶりだね。」


月城宗心と名乗った男に声をかけられた会長は
一瞬だけ考えるような仕草を取ったが、直ぐに笑顔を見せて言った。

「すいません。どこかでお会いましたか。」

「あぁ。別の子と、勘違いしとったかもしれへん。
ごめんね」

「いえ。」

「さて、佐藤蒼様、貴方にいうことはただ1つ。どんな事でも力になると約束致します。___月城は、違ってもこの私、月城宗心だけは貴方の味方に。」


深々と優雅にお辞儀をして顔をあげた月城宗心という男は、扇子ごしで会長には聞こえないように耳打ちするとニコリと笑んだ。


「唐突にこんな事を言われても困惑しとる事でしょう。そやし、これだけは覚えておいてください。………何の見返りもなく、貴方の願うまんまの意を叶えること、お約束します。」


困惑しながらも
その日は、大部屋とは別室で寝ることになり


次の日の朝、会長と一色達とは別の車で学園に帰ることとなった。何故か、荒谷がいない状態で。




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