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chapter7
影7
しおりを挟む身体の妙な気だるさも
耳の不調も治るまで暫くかかり、門限ギリギリに
寮まで急いで戻ってくると、俺の部屋の前に誰かが蹲っていると思ったら俺と目が合った瞬間、こちらに寄ってきた。
「あ、やっと帰ってきた!」
「……荒谷、何で部屋の前に」
「何でって、鍵失くしたから」
「……失くしたって?何を」
「だから、鍵を。どこに落としたのか全く覚えてないんだよなぁ」
あっけらかんと言ってのける荒谷に
痛まない頭が、痛くなった気がした。
「だからって、ここにいる必要はないだろ?マスターキーくらい、寮監が持ってるはず」
「あー。なるほど、その手があったか!全然気づかなかったなぁ」
ポンっと手のひらに拳を乗せて今、気づいたかのような動きをすると荒谷からグーとお腹の音が鳴り響いた。
「ま、それも後だな。取り敢えず、お腹減ったな。何か食べさせて、春」
「俺は、料理とか作れないんだよ。それと、春って呼ぶな」
「アレだけは、作れるだろ。あの何だっけホラ………『黄色のお化け』だ!……腹減って死にそうだから」
ワイシャツの裾を掴まれて懇願されながら
俺でさえ忘れていたその単語に反応しつつ
徐に鍵を取り出して、扉を開けた。
「取り敢えずは、いれてもいい」
「……やった!」
さっきまでの覇気のなさはどこへいったのか
軽い足取りで荒谷は開いた扉の中へと入っていった。
「黄色のお化け作ってくれるんだよな!」
遠足の前日の小学生並みに興奮を抑えられていない
荒谷を椅子に座らせて、キッチンへと向かう。
「黄色のお化け……ね」
一体、どこまで知っているのか。
本当の目的は、何なのか。
けれど、俺の記憶にはどこを探したって
『荒谷新』の名前はなかった。
中学の一時を除けば、覚えていないなんてありえないのに。
※
「どうぞ」
「いただきます!」
荒谷はパクパクとその『黄色のお化け』つまりは、たまご粥を勢いよく口にいれていった。
「俺が、どこまで知ってるのか。気にならないのか?」
不意に荒谷から問いかけられた内容に
なんとなくベランダに向いていた視線を荒谷へと向ける。
「……別に。興味ない」
「ほんとーに、興味ないのか?春。『黄色のお化け』は、春とあの子だけが知ってる筈の事なのに」
「煽っても、無駄だ。荒谷」
「確か、ちょーマイナーなアニメに出てきた卵を投げつけてくるお化けに似てたからだったな!久しぶりに、あのアニメちょー見たいな。」
「マイナーじゃない。」
「いんや、マイナーだった!だって、アレ誰も知らないし」
「マイナーじゃない。絶対に、違う。アレがマイナーなら、この世の全部のアニメがマイナーだ。」
「フフフ、昔もこんな話してたなぁっ。マイナーって言ったら、泣きそうだったあの子の為に反論してたもんな。……これも、覚えてないの?天宮春」
「その話をしたのは、覚えているけど。お前の事は、全く覚えてない。絶対に忘れる筈ないのにな、その容姿なら。それをいくら話しても無駄だよ、荒谷新」
荒谷が机に突っ伏した体勢から
肘をついてじっとこっちに視線を向けてくるのに
居心地の悪さを感じた。
「なに」
「いんや。………昔は、もっと可愛かったのになぁーって思っただけ。もっとこう、可愛げが……っ」
「……荒谷。黙ってその皿片さないと部屋から出ていかせる」
「……了解しました!すぐ、片しますっ!」
急いでたまご粥を腹のなかにいれていく荒谷はものの数秒で平らげてご馳走様でした、と手を合わせた。
「なぁ、春」
「その名前で呼ぶな。」
「それ、痛くはない?」
荒谷のいう“ソレ”がすぐには、理解できなかったが
顔に貼られた絆創膏や湿布だという事に気づいて
軽く頰に貼られる湿布に触れながら答えた。
「直ぐに治るだろ。1週間もすれば完治する。」
「もしかして、その湿布が原因で、今日、眼鏡もしてなかったのか。それに、瞳の色も違う」
「あの地下室で眼鏡を失くした。瞳の色が違うのは、その方がいいと思ったからだ。元々、好きじゃなかった色だったし。このままでも」
「………いや!駄目だ、だってその色は赤と青で対になる色だし、元に戻さなかったら____お前の秘密をバラしてやる!」
ガタリと立ち上がった拍子に椅子を倒しながらも
荒谷はこれまでにないほど、必死な形相で訴えた。
「……は。荒谷、優しい王子様みたいな見た目して意外と抜け目ないのな」
「そうだよ。俺は、抜け目ないんだよっ。だから、お前を脅したし。これからも、必要ならそうする。ま、必要になったらだけどな。………なぁ、何か眠くなったから寝ていーぃ?」
荒谷は、大きな欠伸をすると
トテトテと歩いて部屋にあるソファに横たわった。
「……バカなこと言ってないで、自分の部屋に……。って、もう寝てるし」
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