花は何時でも憂鬱で

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chapter6

微笑6

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瞳を伏せて、深く息を吸って吐ききる。
そして、伏せた瞳をあげて荒谷へと視線を向ける。




高鳴り続ける心臓は鳴るたびに張り裂けてしまいそうなのに、頭は至って冷静だった。


俺は、認められない。
春なんて人間は、存在しない。


俺には、『佐藤蒼』が必要だ。
いや、いっそ、その名前以外の自分はもうないようなものだ。


「俺の名前は、春なんて名前じゃない。何かの勘違いだろ」

「好きなものは、金平糖と甘いイチゴ牛乳」

「…………」

「お揃いの猫の人形。誕生日に貰った指輪。…………毎日、捨てられていた花束」

「……、」

最初、その名前が出た時は中学の時の同級生かと思っていた。けれど、何故そこまで知っているんだと言いたいほどの荒谷の言葉に呼応して
胸が苦しくかんじるほど脈を打って頭上でガチャリと音が鳴った。





息が詰まって、うまく呼吸できてるのかも分からなくなってくる。



それでも、幾らかマシなのはきっと
荒谷新という人間が見せる感情の色が燻んで見えるからだ。



今の荒谷から滲む感情は
読み取れはしない。
けれど、その色は敢えていうのなら燻んだ藍色。
お世辞にも綺麗だとは言えない__________色。



「俺がお前に勝負を挑んだのはお前が目的じゃない。俺は俺の心を救いたいんだ。誰かのためなんかじゃないあの時に救えなかったものを俺は……救いたいんだ」

「もう、いい。」


荒谷新がどこの誰で
何を言おうとしているのか全くといっていいほど分からなかったし興味もない。



けれど、もうその瞳に見えるのが
暖かみだけではなくなったから、どうでもよかった。

「俺は、春なんて名前じゃない。けど、もう勝手にしてくれていい」



得体の知れない不気味な感情より
脅しだったり悪意の方が何倍も安堵できる。
だから、もうどうでもいい。




「……矢井島、美音」

段々と苦しくなる息苦しさの中、その名前を告げると荒谷は怪訝な顔をした。

「そこに行けば、わかる」

「お前は、どうするんだ」

「ここにいないと、後から………っ面倒なことになるから。今はっ……」

「………お前、でも様子がおかし、」


荒谷の言葉の続きは、耳を劈く様な機械音で
引き裂かれた。


ピーッと高い機械音がどこからか響いて
その部屋に反響した。

「うわっ!なんだ!?」

荒谷が、上着やズボンのポケットを探って
漸く見つけた音の出所は端末だった。


_______警告、警告


機械的な音は更に大きく鳴り出して
警報音に変わった。


_______直ちに、勝負(ゲーム)の契約(コントラ)を遂行しなければ、即刻、退学とします。1分以内に、対象者から離れて下さい


「荒谷。これは、多分。あの時の勝負の」

「あぁ。みたいだ」

「これは、後で何とかする……からっ。それでいいだろ。何か目的があるんじゃないのか?ここで、退学したらここに来た意味もないと思うけど」

「……でもっ。…………いや、分かった」

荒谷は
何か言いたげそうにしながらも
この警報音は、今はどうしようもないと踏んだのか
この部屋から出ていった。



「………やっと行った」

締め切られた扉の音に目をぎゅっと閉じる。


俺にとって
荒谷新という存在は恐怖を煽る人間でしかなかった。




優しい瞳を映す、人間




向けられるのなら
別の意図を持った視線の方がまだ、マシだと思えるほどに酷く激しい焦燥を与えてくるものだった。



__________好意、心配、慰め、温かさ



もう一度、拾えと言われることは
ただの苦痛でしかない。


手から零れ落ちていったものを
もう一度、拾い上げることは俺にはできない。




「__________だから、嫌いだ」


呼気がうまく入ってこなくて息苦しく
肩で息をしながら辺りを見回す。
この場所がいけない。
この動けない状況がいけない。



「でも、まだ駄目だ」



色々と面倒事が起きているけれど
今は、後だ__________。



そこに、伸びている河井颯斗の件の方をつけなくてはいけないから。




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