魔法で生きる、この世界

㌧カツ

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Episode.3 出会いと別れのセブンロード

6話 怒りの矛先

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 俺はダリッツの言葉が終わると同時に、視線の先にいるダリッツに向かって一目散に走り出す。

「喰らえッ!『火槍ファイアスピア』ッ!」

「おっと危ない」

 俺の放った火炎の槍は、身を捻ったダリッツの脇腹を掠めて消える。

 にこやかに笑うダリッツを視界に映し、俺が感じたのは怒り。
 一瞬忘れていた感情が、ダリッツによって再び呼び起こされたのだ。

「喰らえ! 喰らえっ喰らえッ!」

「怒りという感情は、それを持った者の奥底にある力を引きずり出してくれるんだ」

 俺にそう語りかけるダリッツは、既に暴かれた土魔法で俺に反撃を仕掛けてくる。
 いや、反撃と言うには相応しくないかもしれない。
 なにせそんなダリッツの体には、俺の魔法の乱射を浴びても傷一つ付いていないのだから。
 それもそうだろう。俺の放った魔法は、ダリッツの目の前に辿り着くと全て在らぬ方向へ逸れてしまうのだ。
 発動時に魔力を感じない不可視の力。これは十中八九――

「固有スキルッ!」

「ご名答。まぁ元々バレるだろうと思ってたけどね?」

 しかし、攻撃をリスク無しで全て跳ね返すような強すぎるスキルが存在するはずがない。何か弱点があるはずだ。
 一体何処に、どんな弱点がある?

「んな事考えてる暇ねえよ! 二人とも、援護頼む――ッ!?」

 背後に居るであろう二人に援護射撃を頼むべく叫ぼうとした時だった。
 突如、俺の背中に尖った何かが突きつけられた。
 それは長剣。それは短剣。
 俺はそれを知っていた。それの持ち主を、使い手を、知っていた。

 俺はそれを認めたくなかった。だから背後を見た。見てしまった。

「怒りとは素晴らしい物だ。でもね? 怒りは時に、人を狂わせてしまう事があるんだよ」

「――ダリッツ・ファーラァァァアアァッ!」

 背中に突き立てられた刃も忘れ、俺は一心不乱に魔法を撃ち続けた。
 固有スキルの事など頭の中に無かった。
 俺はただ、目の前にいる憎き男を殺すことしか考えていなかった。

「逸らせるのは、魔法の軌道だけじゃないんだよ」

「黙れ、黙れ黙れ、黙れッ! 許さねえ! 絶対に、絶対にッ!」

 自我すらも消え去ってしまいそうなほどの『憤怒』が、俺の身にまとわりついて離れない。
 世界さえも破壊してしまいたくなるような衝動が、俺の心の奥底から溢れ出て止まらない。

 分からない。何も分からない。何も理解できない。何も理解したくない。
 分かってしまえばきっと、壊してしまいたくなった時に悲しいだけだから。
 奴を殺してしまうだけできっと、何もかもが平和に終わるはずなのだから。

 だから、何も考えずに動きたい。
 だから、何も知らずに終わらせたい。

「殺す……殺す!」

「あーら怖い。でもそうやって叫んでるだけで何かが変わることなんて、有り得ないんだよ?」

 吠えながら魔法を乱射する俺の目の前で、ダリッツはそう言って気味の悪い笑顔を作ってみせた。

 俺は叫んだ。
 平穏な日々を奪ったこの男を、大切なものを奪ったこの男を、どうしても許せなかった。

 でもこのままこうしていても、何も変わらない。
 きっとそのうち俺の魔力が尽きて、俺が殺す前に俺が殺されるだろう。
 じゃあどうすればいい? それを考えるために、俺に何が出来る?

『逸らせるのは、魔法の軌道だけじゃないんだよ』

「……!」

 そうだ。逸らすんだ。
 怒りの矛先を、ダリッツから逸らせばいいんだ。

 目を逸らせ。意識を逸らせ。
 俺が見ている視界の中から、ダリッツという存在を消し去るんだ。

「……な」

「ふっ」

 ――僕の伸ばした腕の先、そこには粉々に砕け散る岩があった。
 意識を逸らし、岩に向かって放った魔法は見事に命中。
 そりゃそうだ。岩は動きもしなければスキルも使わない。

「すっごいスッキリしましたよ。まるで大事なものを奪った憎き相手を殺したかのような、ね」

「……っ、どこ見てるんだよ。俺はここだぞ、殺したくないのか!」

「別に殺したくなんてありませんよ。僕が壊したかったのは、んですから」

「馬鹿な、そんなわけ」

 ねーよ。当たり前だろ。誰がただの岩を粉々にしたいほど憎むんだよ。

 僕は背後で叫ぶダリッツを見ようともせず、僕に向かって刃を向けている二人に近づいていく。

「はーいこれ見えるかなーよく見ててねー」

 僕は地面に落ちていた木の棒を拾い上げ、二人の前で左右に振り子のように揺らす。
 棒の奥にいる僕を見ていた二人の視線は、徐々に目の前で揺れる棒に吸い込まれていく。

「やめろお前、術は解かさせねえぞ! 『土槍ダートスピア』!」

 僕が何をしようとしているのかに気づいたダリッツが、背後から魔法で攻撃を仕掛けてくる。
 どの辺りに着弾するのかが分からないので、普通ならばこの状況で魔法を避けることは不可能に近いだろう。

 しかしそれは、狙う相手が普通ならの話だ。

「……は」

 僕を狙って撃ち出された土の槍は、後一歩で僕に届くというところで砕け散った。
 それは僕が仕掛けた、魔力を感知して魔力が防護壁になる自動防御の魔法だ。

「まぁ仕掛けるのに時間がかかるから、一回ずつじゃないと守れないんだけどね」

 弱点がないスキルや魔法など、この世界には存在しないのだ。
 ダリッツが使っていた、あらゆるものを逸らすスキルにだって弱点があったのだから。

「怒りに反応して発動する……ですか」

「…………」

「まさに、あなたにぴったりなスキルじゃないですか」

「……っ」

 振り返ることは無い。
 もし振り返ることがあればその時は、ダリッツを殺す時だろう。

「ちゃんとこれ見ててねー? それっ」

 二人の意識が木の枝に集中した瞬間、僕は持っていた枝を空中に投げ捨てる。
 すると次の瞬間、二人は同時に剣を振り、同時に枝を斬り捨てた。

 そうして怒りが発散されたことで、術によって逸らされていた二人の意識が舞い戻る。

「――あれ、俺は何を」

「――何を、してたんだっけ」

「あぁ、待って待って」

「「え?」」

 目が覚めるなりすぐに振り返ろうとしたため、僕は慌ててそれを止める。
 今振り返ってダリッツを視界に映してしまうと、ここまでやった意味が無い。

「あ、そうか。俺達ダリッツと戦ってて」

「視界に映した瞬間ああなっちゃったんだっけ」

「そう、だから振り返ると――」

 僕が説明しようとしたその言葉。
 それが全て伝えられるより前に、耳に入ってきた音が先だった。

「うわああああぁぁあ!」

「っ!?」

 静かな草原を切り裂いてしまうかのような悲鳴。
 僕達は背後から聞こえてきた絶叫に驚き、思わず振り返ってしまう。

 ――振り返って、しまった。

「――――」

「お前ら、ちょっと単純すぎるんじゃねえの? 俺にとっちゃ好都合なんだけどさ」

「――――」

「とりあえず仕切り直しってことで、よろしくどうぞ」

 いつか殺人鬼と対峙した時に頭の中に鳴り響いたあの警笛が、今もまた、ガンガンと煩く鳴り響いている。

 終わったはずの戦いが、自分という敵との戦いが、また始まってしまった。

「――ダリッツ・ファーラァァァアアァッ!」

『憤怒』の始まりを告げた誰かの怒号が、また、始まりを告げている。
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