5 / 7
最後に一つだけ教えてください
しおりを挟む
祖父母、両親の苦労はもちろん、ルフィナ自身年相応の気楽さとは無縁の子供時代だった。学院を目指したのも両親や領民の力になりたかったからだ。奨学金を得るために寝食を忘れる勢いで勉強した。祖父母、両親と相次いで亡くし、入学をためらう彼女の背中を信頼するひとたちが押してくれた。そして彼らに支えられて領主と学生を両立してきたのだ。
「しかしだな、ここを出てもそんな金を返すあてなど……そうだ、やっぱりお前を手伝ってやろう。
家族じゃないか、助け合っていこう」
「結構です。どうぞご家族同士で助け合ってください。私もそうしますから」
そう言ってルフィナが侍女や騎士たちに目をやると、彼らは誇らしげに胸を張った。
「それに行くあてがないのでしたらご心配なく。ちゃんとお迎えを呼んでありますよ」
そこに若い男が一人、執事とともに姿を見せた。騎士らしく見えるが、子爵家に所属するものたちとは装いが違う。
「ノルベルト・カルリーニとその妻ヴィオラ、娘アリーチェで間違いないな?」
問われて反射的にうなずいた三人に、騎士が書状を示す。
「身分詐称の疑いで取り調べる。同行願おう」
「いや、なにかの間違いだ!」
正式な場で名乗っていないのだから、望みがある。そう信じて言い逃れをするノルベルトに比べて、妻と娘はあきらかに顔色が悪い。子爵夫人に子爵令嬢。この家が自分たちの物になったと思い込んでいた彼女らはあちこちでそう名乗っていた。
「確かに状況によっては、友人同士の悪ふざけ、で通るかもしれませんね」
「そうだ、その通りだ!」
「でも伯父様。これをお忘れですか?」
ルフィナが笑顔でしめした封筒にノルベルトの顔色が失せた。
先日受け取った招待状だ。カルリーニ子爵宛だった。侯爵家と縁続きになったおかげで当主と認められたのだと喜んで返事を出した――。
「ご存じなかったようですが、私、つい先日陛下より襲爵のお許しを頂きました。
つまり、この招待状を送られたカルリーニ子爵とは私のことです。
非公式の場であればともかく、王族もおいでになる格式の夜会ですもの。
ノルベルト・カルリーニ子爵……嘘はいけませんよ、伯父様」
ノルベルトが虚脱すると、アリーチェが同情をひくように泣き出し、ヴィオラは義姪に縋ろうとする。
「私、知らなかったの。お願いルフィナ、あなたからなんとか言ってちょうだい」
「そう言えば、さっきお話しした立替金のことですけれど。
かなりの額に膨らんで困っていましたら、とある商会が親切に引き受けてくれまして。きちんと返済できるよう、お仕事も斡旋してくれるとか。良かったですね。
なんでもそこの会頭のお父様が、再婚するはずだったお相手に逃げられてしまったのですって。そのとき行きがけの駄賃にお母様の形見を盗まれてしまったのを、会頭は二十年経った今もたいそうお腹立ちなのだそうです。
あら、伯母様。顔色が悪いですよ?」
悄然とした夫婦とべそべそと泣いている娘が騎士たちに連れて行かれる。さすがに縛られはしなかった。
見送っていたルフィナがふと思い出した、というように伯父に声をかけた。
「伯父様。最後に一つだけ、教えていただきたいことがあるのですが」
「……何だ」
「憎い姪を陥れるためにせっせと拵えた罠に、可愛い娘がかかってもがいているのをご覧になるって、ねえ、どんなお気持ちですか?ぜひ教えてください」
「しかしだな、ここを出てもそんな金を返すあてなど……そうだ、やっぱりお前を手伝ってやろう。
家族じゃないか、助け合っていこう」
「結構です。どうぞご家族同士で助け合ってください。私もそうしますから」
そう言ってルフィナが侍女や騎士たちに目をやると、彼らは誇らしげに胸を張った。
「それに行くあてがないのでしたらご心配なく。ちゃんとお迎えを呼んでありますよ」
そこに若い男が一人、執事とともに姿を見せた。騎士らしく見えるが、子爵家に所属するものたちとは装いが違う。
「ノルベルト・カルリーニとその妻ヴィオラ、娘アリーチェで間違いないな?」
問われて反射的にうなずいた三人に、騎士が書状を示す。
「身分詐称の疑いで取り調べる。同行願おう」
「いや、なにかの間違いだ!」
正式な場で名乗っていないのだから、望みがある。そう信じて言い逃れをするノルベルトに比べて、妻と娘はあきらかに顔色が悪い。子爵夫人に子爵令嬢。この家が自分たちの物になったと思い込んでいた彼女らはあちこちでそう名乗っていた。
「確かに状況によっては、友人同士の悪ふざけ、で通るかもしれませんね」
「そうだ、その通りだ!」
「でも伯父様。これをお忘れですか?」
ルフィナが笑顔でしめした封筒にノルベルトの顔色が失せた。
先日受け取った招待状だ。カルリーニ子爵宛だった。侯爵家と縁続きになったおかげで当主と認められたのだと喜んで返事を出した――。
「ご存じなかったようですが、私、つい先日陛下より襲爵のお許しを頂きました。
つまり、この招待状を送られたカルリーニ子爵とは私のことです。
非公式の場であればともかく、王族もおいでになる格式の夜会ですもの。
ノルベルト・カルリーニ子爵……嘘はいけませんよ、伯父様」
ノルベルトが虚脱すると、アリーチェが同情をひくように泣き出し、ヴィオラは義姪に縋ろうとする。
「私、知らなかったの。お願いルフィナ、あなたからなんとか言ってちょうだい」
「そう言えば、さっきお話しした立替金のことですけれど。
かなりの額に膨らんで困っていましたら、とある商会が親切に引き受けてくれまして。きちんと返済できるよう、お仕事も斡旋してくれるとか。良かったですね。
なんでもそこの会頭のお父様が、再婚するはずだったお相手に逃げられてしまったのですって。そのとき行きがけの駄賃にお母様の形見を盗まれてしまったのを、会頭は二十年経った今もたいそうお腹立ちなのだそうです。
あら、伯母様。顔色が悪いですよ?」
悄然とした夫婦とべそべそと泣いている娘が騎士たちに連れて行かれる。さすがに縛られはしなかった。
見送っていたルフィナがふと思い出した、というように伯父に声をかけた。
「伯父様。最後に一つだけ、教えていただきたいことがあるのですが」
「……何だ」
「憎い姪を陥れるためにせっせと拵えた罠に、可愛い娘がかかってもがいているのをご覧になるって、ねえ、どんなお気持ちですか?ぜひ教えてください」
79
お気に入りに追加
86
あなたにおすすめの小説

大きくなったら結婚しようと誓った幼馴染が幸せな家庭を築いていた
黒うさぎ
恋愛
「おおきくなったら、ぼくとけっこんしよう!」
幼い頃にした彼との約束。私は彼に相応しい強く、優しい女性になるために己を鍛え磨きぬいた。そして十六年たったある日。私は約束を果たそうと彼の家を訪れた。だが家の中から姿を現したのは、幼女とその母親らしき女性、そして優しく微笑む彼だった。
小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+にも投稿しています。
貴方に私は相応しくない【完結】
迷い人
恋愛
私との将来を求める公爵令息エドウィン・フォスター。
彼は初恋の人で学園入学をきっかけに再会を果たした。
天使のような無邪気な笑みで愛を語り。
彼は私の心を踏みにじる。
私は貴方の都合の良い子にはなれません。
私は貴方に相応しい女にはなれません。
愛を語れない関係【完結】
迷い人
恋愛
婚約者の魔導師ウィル・グランビルは愛すべき義妹メアリーのために、私ソフィラの全てを奪おうとした。 家族が私のために作ってくれた魔道具まで……。
そして、時が戻った。
だから、もう、何も渡すものか……そう決意した。

私を運命の相手とプロポーズしておきながら、可哀そうな幼馴染の方が大切なのですね! 幼馴染と幸せにお過ごしください
迷い人
恋愛
王国の特殊爵位『フラワーズ』を頂いたその日。
アシャール王国でも美貌と名高いディディエ・オラール様から婚姻の申し込みを受けた。
断るに断れない状況での婚姻の申し込み。
仕事の邪魔はしないと言う約束のもと、私はその婚姻の申し出を承諾する。
優しい人。
貞節と名高い人。
一目惚れだと、運命の相手だと、彼は言った。
細やかな気遣いと、距離を保った愛情表現。
私も愛しております。
そう告げようとした日、彼は私にこうつげたのです。
「子を事故で亡くした幼馴染が、心をすり減らして戻ってきたんだ。 私はしばらく彼女についていてあげたい」
そう言って私の物を、つぎつぎ幼馴染に与えていく。
優しかったアナタは幻ですか?
どうぞ、幼馴染とお幸せに、請求書はそちらに回しておきます。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

誰も残らなかった物語
悠十
恋愛
アリシアはこの国の王太子の婚約者である。
しかし、彼との間には愛は無く、将来この国を共に治める同士であった。
そんなある日、王太子は愛する人を見付けた。
アリシアはそれを支援するために奔走するが、上手くいかず、とうとう冤罪を掛けられた。
「嗚呼、可哀そうに……」
彼女の最後の呟きは、誰に向けてのものだったのか。
その呟きは、誰に聞かれる事も無く、断頭台の露へと消えた。

婚約破棄をされて魔導図書館の運営からも外されたのに今さら私が協力すると思っているんですか?絶対に協力なんてしませんよ!
しまうま弁当
恋愛
ユーゲルス公爵家の跡取りベルタスとの婚約していたメルティだったが、婚約者のベルタスから突然の婚約破棄を突き付けられたのだった。しかもベルタスと一緒に現れた同級生のミーシャに正妻の座に加えて魔導司書の座まで奪われてしまう。罵声を浴びせられ罪まで擦り付けられたメルティは婚約破棄を受け入れ公爵家を去る事にしたのでした。メルティがいなくなって大喜びしていたベルタスとミーシャであったが魔導図書館の設立をしなければならなくなり、それに伴いどんどん歯車が狂っていく。ベルタスとミーシャはメルティがいなくなったツケをドンドン支払わなければならなくなるのでした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる